三
いざ美帆を探すとなった時、優吾は美帆についての何の情報も持っていないことに気づく。それは、美帆が自分のことを話さなかったせいでもあったが、優吾にとって美帆はずっと傍にいるものと思っていたからでもあった。美帆が使っていた部屋に残された荷物の中にも行方を示すものはなかった。
優吾はまず、美帆がバイトをしていたコンビニに行ってみたが、突然来なくなって、こちらこそ迷惑していると、ケンもホロロに追い返されただけだった。だが、美帆との生活の中から唯一手がかりになり得ると思われる人物を思い出した。それは美帆から飲み友達として紹介された松沼カリナという女性だった。確か、美帆は同じ大学の子だと言っていた。慌てて携帯の登録番号を確認すると、幸いなことに番号が残っていた。早速電話してみる。
「もしもし、私、田中美帆と付き合っている内村優吾と言いますが」
「はい?」
「田中美帆をご存知ですよね?」
「えっ、待って。ああ思い出した。あの美帆ちゃんね。それで?」
優吾は簡単に事情を話し、会ってもらうことにした。
「田舎に帰ったんだよね」
「そう言ってたんですけど。連絡が取れなくなって、今や音信不通状態なんです」
「彼女の田舎って、どこだっけ?」
「茨城県県の那珂市の、額田って聞いてます」
「やだ、それって、私の田舎だよ」
「ええー」
「そう言えば、私、彼女にうちの田舎のことについて話したことがある」
美帆が見ていた景色は他人のものだったのだろうか。
「そんなあ」
「彼女って、あなたにどんな話をしてたわけ?」
「同じ大学で気の合う子だって…」
「いやー、もう笑っちゃうね。そもそも彼女とは以前バイト先が一緒だっただけで、それほど親しくもなかったし。もちろん、大学も違うしね」
二人で過ごした時間が心許ないものになっていた。
「あなた、遊ばれたんじゃないの?」
「そんなはずないです…」
他人にはわからない小さな棘がささった。
「そう思いたいのはわかるけど」
「松沼さん、誰か彼女のことがわかる人知りませんか?」
「一人だけ思いつく子がいる」
松沼が携帯に表示された名前を優吾に見せた。
「この人は?」
「彼女が辞める時、後釜として彼女が連れて来た後輩」
翌日、松沼から訊いた番号に電話する。
「はい、横井ですけど」
「突然の電話で失礼します。横井さんが以前アルバイトをされていた時のバイトリーダーだった松沼さんから紹介されて…」
「ああ、はい。それで?」
「横井さんは、田中美帆さんのことご存知ですよね」
「知っていますけど…」
「どうしてもお会いして話したいことがあるんです」
「そうですか。でも、今美帆さんは病院に入院されてます。ですので、とりあえず、私が代理でお話を聞かせてください」
「わかりました。お願いします」
優吾は横井の言うことを全面的に信用したわけではなかったが、今は他に選択肢がなかった。
翌日、指定された喫茶店に出向くと、童顔なのに濁った暗い沼のような瞳の女が待っていた。
「今日は、お時間いただいてすみません」
優吾が挨拶すると、横井はにこりともせずに頷いただけだった。
「それで、姉にどんなご用ですか」
心の一部がしびれ、双眸が開く。
「えっ、美帆さんはあなたのお姉さんですか?」
「そうです。ただ、田中美帆というのは偽名です。姉の本名は北川好美です」
目の前の景色がぐらりと揺れ、冷たい絶望に落ちる。同時に、自分の薄汚れた記憶が蘇る。やんちゃだった中学時代、部活終わりの帰り道で偶然出会った他校の女子生徒を襲った。さんざん弄んだ後に、偶然持っていたナイフを突きつけ『絶対に誰にも言うなよ』と凄んで見せた。
「どうされましたか。顔面蒼白ですけど。明日姉をこの場に連れてきます。やっとあなたが愛した人に再会できるんです。ですから、必ず来てくださいね」
嘘 シュート @shuzou
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