第十九話:終結

「そう」


 わたしの口から出てきた言葉は、そんな短い2文字だった。今日、わたしは、死ぬ。


…でもそれは、神様に捨てられたからじゃない。…わたしは戦って、それで、負けたから、死ぬんだ。…それなら、わたしはそれでいい。それで、いいんだ。




「いやいや、まだ別に死ぬとはいってないよ。捨てるっていうのは、キャラクターとしての君をって話」

「は?」


 キャラクターとして捨てられるのは、廃役という意味じゃないのか?…あと、わたしの思考を次覗いたらその顔殴るぞ。


「こわっ。思考読んじゃうのは、神様だからしょーがないんだって。…えっとなんだっけ?あ、キャラクターとして捨てるって話か。


 そうそう、君のことはキャラクターとしては捨てるけど、神様会議で、君のことは特別に神様にすることにしました。やったね!」


 パチパチ、と神様が手を叩く。よくわからない異空間全体から手が生えてきて、一斉にわたしに向かってクラッカーを鳴らした。煙い、臭い、煩いの三重苦に我慢できなくなって、わたしは目の前の神を殴り飛ばした。いい加減にしろ。


「ふざけてる?」

「いやー、全然。これでも過去に例がないことだから、私たちも真剣に議論したんだよ。…だってまさかキャラクターが物を「創り出す」なんて、そんなこと誰も想像したことなかったからね」


 神はそう言って、ぱちんと指を鳴らした。すると、どこからかホワイトボードとペンが現れる。神様はきゅぽ、と音を立てて赤ペンのキャップを外した。…神が赤ペンのキャップを外すって、…いや、もういちいち突っ込んでいるとキリがないから、やめよう。


 なんか先生っぽくて楽しいから、という理由で、神はそれから一瞬で紺色のスーツに着替えたが、わたしは絶対にコメントを言わないように努めた。すぐに調子に乗る、ということを、この僅かな間に理解したのだ。



「さて、まずね、私たち神が作り上げたものは沢山あるよね。例えばー?……AIとか、人工知能とかだ。…でも、いくら科学が発達しても、機械に出来ないことがあったんだよ。それはね、「創造」すること、だ」


 誰も必要としていないのに、神はきゅっきゅっとホワイトボードに創造!と書いて二重で囲った。


「私たち神は、その後もたくさんのものを創り上げた。でもね、そうして出来たものには、「創造」できないっていう、致命的な欠陥があったんだ。…「創造」っていうのは、もしかしたら本物の神が私たちに気紛れに与えた奇跡ってやつなのかもしれないね。


 …私たちが、物語を作るために、神に姿形を模した君ら「キャラクター」を創り出したときもそう。君らは私たちに作られた以上、創造することは絶対にできない。…っていうのが私たちの世界の常識なんだよ。そしてそれは、昨日まで、当たり前のことだったんだ」


 神が再び指を鳴らすと、ホワイトボードが消えて、代わりにわたしが書いた原稿用紙が出現した。…あのホワイトボード、2文字しか書いてなかったけど、使った意味あったんだろうか。



「君が書いた話は、大筋は実体験に基づいているみたいだけど…創作もかなり多い。そして、「面白かった」。


 …私たちにとって、「面白い」っていうのは、本当に重要な意味を持つんだ。…君らの寿命は、今いくつくらいに設定してるんだっけ?」

「…聞かなくてもわかるくせに、わたしに聞かないで」

「えー、だって話してくれないと、寝てないか心配になるんだもん。君ってそういうキャラクターだろ?」


 わたしはイライラしながら、「80」と答えた。多分未だかつてここまで80という数字を吐き捨てるように言った人はいないと思う。


「大体、21世紀くらいの寿命だね。…私たちは君たちと違って、もう、死っていう概念がなくなるくらいの歳を生きているんだ。時間が有り余っていて、ようするに暇なんだよ。昔は世界大戦とかやって暇つぶししてたんだけど、それも飽きたしね。…で、私たちの中で強い意味を持つようになったのが小説とか漫画とかアニメとかゲームとかの、娯楽だ。だからこそ、「面白い」作品を作るために、君たちみたいなキャラクターを生み出し、世界を生み出し、そこに投資をしたのさ」


 わたしは話を聞きながら、ぼんやりとシノのことを思い返していた。話が長すぎるからだ。シノは神をやたらと嫌っていたけれど、それはお互い似ているところがあるからじゃないだろうか。


「もういいよ、わかった。

 …つまり、わたしは「面白い」作品を創り出したから、貴方たちにとって価値のある存在ってこと」

「そうだね。…君が神になるなら、寿命を私たちくらいまで引き伸ばしていいし、世界を移動する権利も与えるし、私たちが住んでいる世界に来ることもできる。…悪い話じゃない。むしろとびきりいい話だ」






 突然神様がわたしに与えた選択肢は、わたしに大きな動揺をもたらした。


…わたしは、確かにあの日「神になる」と言った。…言ったけど、それは別に、本当の意味のつもりじゃなかったのだ。わたしはただ、捨てるとか捨てられるとか、そういうのが嫌だっただけで。





 神様。…もしも神様になれば、わたしは、わたしみたいに苦しんでいる人を救うことができる。



…。神様になって、これからも生まれ続けるであろう廃役の人達を主人公にした物語を書けば、わたしは永遠にその人たちを救うことができる。…それはとてもいいことだ。きっと、優しい人がすること。世間一般で、正しい行いだ。


 ああ、そうだ。…縫もシノも箱乃さんも、だれも傷つかない物語を書きつづければ。お父さんのようにだれも無意味に死なないで済む。


 誰にも必要とされていない人を、わたしが必要と



 捻くれた女子高生は、可哀想な人たちを、みんなみんな助け出して、世界にはへいわがおとずれました。




…これが、ハッピーエンド?わたしは神様になって、それで。







 みんなをすくうの?





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