第十五話:小説
「神になる」と宣言した後に、何事もなかったかのようにその場に座ると、縫が無言でわたしの額に手を当ててきた。
「あれ、熱はないな…なんで?」
なんでって、わたしが至って平熱で平常だからである。…そんな精神異常者を見る目でわたしのことを見ないで欲しい。別に気が狂ったわけではないのだ。わたしは縫のおでこにデコピンをかましてから、未だにわたしの足にすがり付いて来ていた箱乃さんをひっぺかして、えほん、とわざとらしく咳払いをした。
とりあえず話を聞け。
「…わたしが廃役になったのは、どうしてだと思う?」
わたしがそう尋ねた瞬間、シノが勢いよく手を上げた。別に挙手制にしたつもりはなかったが、とりあえず話を進めるために、シノの名前を呼ぶ。
「あれだね。君が無個性で平凡で画一的で、どこにでもいるようなモブだからだね」
…ほぼ初対面の人に、ここまで楽しそうに悪口を言われたのは生まれて初めてだったが、全くその通りだったので、甘んじて受け入れた。…縫、お願いだからコップでシノの頭殴ろうとしないで。割れちゃう。
「うん、まあ、そう。…この世界で個性のない人間は必要ない。だって物語を面白くできないから」
「こびん…」
わたしたちは、そうあるべきものとして創られたのだ。不要なものはゴミ箱行き。物語の展開を面白くするためなら、わたしたちは「死」すらも受け入れて、キャラクターを務めあげる。
「…わたしは、でも、そういうのはもう、いや。誰かに選ばれるとか、選ばれないとか、必要だとか、必要じゃないとか、価値があるとか、価値がないとか。…そんなの、疲れる。…わたしはモブかもしれないけど、それがいけないことだと思わない。長所も趣味も特技もなくても、自分がいらない、悪い人間だとは思わない」
頭の中のごちゃごちゃした思いを、そのまま言葉にしているせいでちっとも上手く纏まっていなかった。でも、シノも、縫も、箱乃さんも、茶化したりしないで、ただ黙って最後までわたしの話を聴いてくれた。
「…だから、わたしは、神様になる。
この世に必要のない人間を決めるのは、貴方たちじゃない、選別すること、されることは当たり前じゃないって、そう伝えたいの」
*
小瓶の放った言葉に、その場の誰も口を開くことができなかった。僕らが当たり前に受け入れていたルールを、小瓶はその瞬間、いともたやすくひっくり返したのだ。…たとえば地球が回っていることを知らなかった人間が、はじめてそれを知ったときのように、…僕らは、ただぽかんと口を開けて小瓶を見ることしかできなかった。
小瓶はといえば、長い言葉を喋って疲れたのか、また体育座りをして蹲っている。自分がどれだけとんでもないことを口にしているのか、まるで理解していないらしい。
…一昔前の人間が信じていた神様というやつは、一週間で世界を作り上げたという。当時それをやろうとした人間がいたか、と言われたら、当然に答えはノー、だろう。
僕らにとって何かを「創り出す」というのはそれと全く同じことだ。物語であれ、なんであれ…僕らが享受しているものは、全て神様が創り出した模倣品で、「キャラクター」たちが生み出したものなど一つたりともない。誰もそれをやろうとしなかったし、できなかったのだ。
「小瓶。さっき言ってたこと訂正するよ。…君は無個性で平凡で画一的で、本当の不敬者だってね」
シノは、彼にしては珍しく、心底楽しそうに笑いながら、そういった。今まで僕ら全員のことを、というか、この世の全てを見下しているかのように薄ら笑いを浮かべていたシノが、その時初めて空乃小瓶という人間のことを認めたかのように思えた。…いや、勝手に認められても困るんだけど。
「か、空乃さん。…でも、物語なんてどうやって書くんですか?私たちキャラクターには、異界に移動する権限も、観察権限も何一つ、与えられて無いんですよ…?」
小瓶は、箱乃さんの言葉にちょっと首を傾げて、それから黙り込んだ。どうやらそこから先は何も考えていなかったらしい。小瓶は、行き当たりばったりに、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「…それは、…あれ。そんなものは、使わなければいい」
「全部想像だけで物語を書くってこと?…君みたいな初心者じゃ難しいんじゃない?」
「…それはめんどくさいからやだ」
ぼんやりと頭をゆらゆら揺らしながら、小瓶の姿勢がだんだんと雪崩のように崩れていく。僕は慌ててシノをソファから引きずり下ろして、小瓶をソファに寝かした。
小瓶は立つのも座るのも嫌なのだ。頭が重くて疲れると、前に寝ながら言っていた。
「はい」
僕は、小瓶を寝かしながら、右手を真っ直ぐピンと上げた。小瓶が半目で僕のことを見ながら、「縫」と小さく名前を呼ぶ。僕はちゃんと小瓶が僕の名前を呼んでくれたことに喜びながら、意気揚々と口を開いた。…今までのことで、ちょっと思いついたことがあったのだ。
「僕と、シノと、それから箱乃さん、あと、こびん。僕らの四人の物語をそのまま書くっていうのはどうかな」
「…それ、面白い?」
「わ、かんないけど、ちょっと脚色とかしてさ。あ、同じ学校の他の廃役の人とかも登場させて。…今まで沢山の物語が生み出されて来たけど、僕らキャラクターになる前の人間の物語って、なかった気がするから」
どうかな、と首を傾げながらそういうと、小瓶は無意識にか、僕に向かってにっこりと微笑んで「ん、採用」と呟いた。
こうして、僕らの小説が、空乃小瓶という一人の捨てられた少女の手によって、書かれることになったのだった。
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