第十四話:神様

 *


 帰りたい、とは確かに思った。だが、それは一人で、だ。




「こびん、初めて家に来て言うのもなんだけど、ちゃんと掃除してる?ここ、埃積もってるよ」

「俺一回不法侵入してるから来たことあるよ」

「は!?君本当にこびんの半径500メートル以内に近づかないでもらえる!?あとついでにしね!いや僕がころす!」

「お邪魔します。…えっと、空乃さん、何かお手伝い出来ること、ありますか?」



 未だかつて、こんなにまとまりの無い集団が居ただろうか?…助けて、お父さん。あと箱乃さん、勝手にうちの冷蔵庫開けて人数分のお茶注ぐのやめてもらえる?



 …あれから結局一緒に帰ることになって、さらに何故か家にまで上がり込んできた3人を、どうにも追い出すことが出来ずに、わたしは仕方なく絨毯の上に体育座りした。いつも寝ているソファは、当然のようにシノに使われている。…この家の住人の如く振る舞っているが、彼は不法侵入者である。一刻も早く帰って欲しい。



 しばらくして、箱乃さんがお茶とわたしの楽しみに取っておいた餃子の皮チップスをお茶請けに出してきた。「こんなものしかなくて…」と申し訳なさそうに言っているが、こんなものってなんだ?喧嘩売ってるの?買うよ?



 *


 少しして、まず初めに口を開いたのは、シノだった。足を組んでソファに座っている姿が、まるで玉座に座る悪の帝王のようで、妙に様になっている。彼は、餃子の皮チップスを左手に、こう真剣な表情で切り出した。


「第一回、小瓶をどうやって生きながらえさせるかの会議ー」


 わたしは死ぬことになっていた。…いや、まあそうなんだけど。え、ていうかなんでこの人、わたしが廃役になってること知ってるんだろう。わたしが心の中で首を傾げていると、縫が「あいつはこびんのストーカーなんだよ、気をつけてね」と小声で教えてくれた。不気味だとは思っていたが、犯罪者だったらしい。1秒でも早くわたしの家から出て行け。


「空乃さん、死んでしまうんですか?」

「このままいったらね。てか君も、廃役になってたよ」


 箱乃林檎は、「廃役」という言葉を聞いて青ざめたあと、「あっ」と小さく声を漏らした。どうやら思い当たるフシがあったらしい。聞けば、アンケートに「希望するキャラクター:勇者。世界を3回くらい救って、ものすごく気持ちよくなりたいです」と書いたという。物凄い私利私欲だ。ここまで傲慢な勇者が今だかつていただろうか。


「嫌です、しにたくないです、どうせ死ぬなら村を一つ救って村人に盛大に感謝されながらしにたいです」


 そう言って、箱乃さんは泣きながらわたしの足に抱きついてきた。わたしにそんな事を言われても困る。何でもしますから助けてください、と言っているが、箱乃さんにとって「何でもする」はご褒美なので全く信用ならない。わたしは無視して話を促した。


「んー。実際問題、人殺すのが一番お手軽だと思うんだけどなー。小瓶が人殺すとこ、俺見てみたいし」

「おい、こびんの視界の中に入るな、こびんが汚れる」

「えー?…なんかいつも君らは人殺しが悪いことみたいに言うけどさ、いったい何がそんなに駄目なの?」


 シノは、手についた粉をぺろりと舐めながら、心底わからない、という顔をしてわたしたちを馬鹿にするように伸びをした。


「大体、悪っていう概念からして俺には理解できないね。…世の中には常に一定数の人間がいるけどさ、そん中には絶対俺みたいな、悪人と呼ばれる人間が存在するわけだろ?全人類がやさしくて善人、なんてことがあり得ないことくらい、世の中わかりきってる。つまり俺たちは、世の中に一定数存在する悪人ってパーツを、たまたま割り当てられただけの被害者なんだよ。善人も悪人も、そんなに違いはないね。人間がある程度多く生まれれば、どこかに一番いい役をやれる奴がいて、その一方で最悪な役を割り与えられる奴がいるってだけの話だ。君らが善人側だっていうなら、それは俺らが悪人を引き受けてるからたまたまそうなってるだけの話だね。だから君らは、俺に感謝すべきなんだよ」

「…前から思ってたけど、君話長いね」


 全く縫のいう通りである。多分わたしがあの文量を喋ったら、3日は何も話せなくなる。この人、弁論大会とか出た方がいいんじゃないだろうか。

 わたしは、最後の一枚の餃子の皮チップスを取ろうとしたシノの手をはたいて、それを口に含んだ。美味しい。人から奪い取った餃子の皮チップスは、最高の味だった。





「人をころすのは、しない」

 わたしは余すところなく味わってから、ごくんと飲み込んで、そう言った。縫がわたしの指についた粉をティッシュペーパーで拭って、口周りも拭いてくれる。…そこまで世話されなくても、流石に口ぐらい自分で拭うんだけど。


「なんで?少なくとも人一人殺せば、間違いなく廃役にはならないんだよ?良心が痛むっていうんなら、俺と一緒に作者かみさまでも殺せばいいじゃん。あいつらが物語の中で殺してきた人間の数聞けばさ、小瓶も殺してもいいかなって気分になると思うよ」

 シノの話は最初の一文しか聞いていなかったが、わかったフリをしてとりあえずふんふん、と頷いておいた。そして最後まで聴き終わったフリをしながら、わたしはゆっくりと首を横に振った。




「しない。だってめんどうだから」



 そう、面倒なのである。相手は抵抗してくるだろうし、道具とか用意するのも面倒だ。わたしの体力がもたない。あ、あと倫理的にもとても良くないと思う。



「こびん、でも、本当にどうするの?…今から作者に土下座でもしにいく?それとも僕、脅しにいこうか?」

 縫がまた物騒なことを言い始めたが、可愛かったので即座に許した。わたしはとりあえず縫の頭を撫でて、心を落ち着かせてから、お茶を一気にぐいっと飲み干した。そして立ち上がる。シノと縫と箱乃さんが一斉にこっちをみたが、わたしは特に気にせずに口を開いた。







「決めた。わたし、神になる」



 わたしの出したしょーもない結論に、3人の口がぱかりと開いた。


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