第十二話:友人


 ずっと一緒にいても、他人は自分じゃない。だから、何を考えてるのかなんて、一生わからない。


 それは本当に怖いことで、でも、だからこそ、わかりあいたいと、手をのばす。







 *


「なにしてるの」

 渇いたかさかさの喉からようやく出てきたのは、そんな言葉だけだった。縫は、わたしの言葉にひどく責められたかのような顔をした後、わたしから目を逸らして、血が出てしまいそうなほど強く、唇を噛んだ。


「……ひとを殺そうとしてたんだ」


 返ってきたのは、そんな、どうしようもない、言葉だ。手の中に握りしめていたトンカチが、ずしりと重量を増したような気がした。

 ばくばく、と心臓が音を立てる。するりと家から逃げ出した猫が、ネズミの頭を咥えて帰ってきたみたいな気分だった。突拍子が無さすぎる。だって、縫が、人をころそうとするなんて、そんな。

 縫は、自分の罪を一から十まで認めてしまった罪人のような顔をしながら、ポケットの中から紙をだして、わたしに差し出した。一番上に、「廃棄最終決定者」という無機質な7文字が並んだその下の欄には、クラス名とわたしの名前が並んでいた。

 廃役が発表されるのは、卒業前の3月のことだけれど、実際に決められているのはもっと前からだ。…わたしは、余命の最終通告を受けた末期癌の患者の様な気分で、それを受け取った。



「……。こびんは、それをみてもまだ冷静でいられるんだね。


 …僕は、ちっとも、駄目だった。




 君が殺されることを、仕方のないことだなんて、ちっとも割り切れなかったんだ」



 縫は、そう言ってぼろぼろと泣きはじめた。いつもあれだけ気を使っているファンデーションが落ちることも、目の周りが黒ずむことも気にしないで、流れ落ちる涙をごしごしと拭っては、嗚咽はますます酷くなっていく。


「こびんが、いなくならない方法があるなら、僕はどんなことだってする。


 ひとを殺して、君に罪をなすりつける。君が悪役になったとしても、それでも、君が生きているなら、それでいい。




 こびんが、生きてさえいてくれるなら、僕は、それだけでいい。


 君が生きることを諦めたんなら、僕は無理やりにでも、君を生かすよ。何度だっておんなじ事をする。もう、そう決めたんだ」



 ぐすぐす、と鼻を鳴らしながら、縫は、真っ黒に汚れた目で、わたしをみた。わたしは、縫の発した言葉の羅列を咀嚼して、頭の中でゆっくりと飲み込んだ。


 …縫は、つまり、わたしが死ぬのが嫌で、わたしを生かすために、ひとをころそうと、したって?





 わたしは、ぽかんと口を開けた。縫がわたしのことを真剣に案じてくれていたのは知ってたし、友人だと、大切だと、思われていることも知っていた。


 …でも縫は、きっとわたしが死んでしまったら、確かに悲しむだろうけど、…、それでも仕方のないことだと、いつか受け入れて、…やがて忘れていくものだろうと思っていたのだ。


 わたしが知ってる人ってみんなそんなものだった。




 廃役になっても構わない、死ぬのは少し嫌だけど、でも、それでも構わないと思えたのは、だれもわたしを必要としていないと信じていたからだ。自分に期待することをやめたわたしは、いつしか他人に期待することもやめて、いた。

 わたしが大切に思っている人はきっと、わたしのことをそこまで大切に思っていないものだろうと、そう決め付けていたのだ。





「…こびん?」

 わたしはとりあえず、このどうしようもなく馬鹿で不細工で人殺し未遂を犯した友人を、強く抱きしめた。わたしは今までずっと、大切なものに、寄っかかって、大切なくせに見ないふりをして、勝手に諦めて、勝手に世界からいなくなろうとして、逃げて、逃げて、逃げ続けていた。そういうことに、わたしは今やっと、本当に今やっと、気がついた。





「…縫のこと、女装したクラスメイトって思ってる。…これは本当」

「え、突然なに?」

「それから、もう一個思ってる。


 …縫はわたしの友人だって、わたしはずっと思ってる。…死んでもいいなんて、言ってごめん。適当にばっかり生きて、縫のいうことめんどくさがって聞かなくて、ごめん。








 わたしのこと、生きてほしいって、そう思ってくれて、ありがとう」




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