第二話:無駄

「縫、書き終わったよ」

 未だに鏡の中の自分を見つめていた縫にそう声をかけると、どうやら現実に帰ってきてくれたようだった。縫は、何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべて、わたしから紙を受け取る。…どうしよう、期待してる。嘘でもいいから世界一かわいいとか書けばよかったかな。



 正直怒られるかとも思ったが、「名前が短いところ」という一文を読んでも、縫はにこにこしたままだった。それどころか、おもむろにスマートフォンを取り出して、問48の部分の写真を撮りはじめる。え、拡散するつもりだろうか?僕の友人が冷血漢で人のことをなんとも思っていない件、みたいな?



「何してるの」

「こびんが僕のこと褒めてくれたのが嬉しくて。拡大コピーして部屋に飾るんだ」


 ……わたしの心配はどうやら杞憂に終わったようだった。そういえば縫は、昔からこういうやつだ。わたしは小さくため息をついてから、余った授業時間を睡眠に費やすべく、机に頭を預けた。


 まぶたが完全に閉じるその一瞬前に、視界が白く染まる。再生紙の匂いがすん、と鼻をくすぐった。どうやら縫に紙を突きつけられたらしい。


「こびんのアンケート。48のところ、僕が書いといたよ」


 読んでよ、と得意げに縫が言っているのが鼓膜を通して聞こえてくる。が、それを無視してわたしは完全に目を閉じた。眠かったのだ。


 …それにね、縫。どうせこんなアンケートに、意味なんてないんだよ。

このアンケートは無駄だし、この時間も無駄。



…どうせ7ヶ月後に、わたしはこの世界から消えるんだもの。




 *


「空乃ー、なんで呼び出されたのか分かってるよな?」

「……」


 放課後、わたしは「先生」に呼び出されていた。30手前のまだ若い「先生」だが、少しやつれて見えるのは、教師という職業が大変だからだろうか。リポビタンD、飲みます?



「ちがう。今まで受け持ってきたどの生徒よりも、お前の持ってきたアンケートがめちゃくちゃだからだよ」

「エスパーですね」

「別に全部埋めろとは言わない。でもな、趣味とか、得意なこととか、そういうのくらい埋められるだろ?」


「先生」はワイシャツの胸ポケットからボールペンを取り出して、わたしに差し出した。今ここで書け、ということらしい。

「休みの日とかさ、してること書けばいいんだよ」

「…ねること?」

「お前「三年寝太郎」にでもなる気か?」


 眉をひそめて先生の顔を見ると、「先生」も同じくらい眉をひそめてわたしの顔をみた。眉の角度では負けたく無かったので、わたしがさらに眉頭に力を入れていると、「先生」ははあ、と大きなため息を鼻から吐いた。ため息をつきたいのはわたしの方だ。…早く帰りたい。


「わかった、趣味はもういいよ。……とりあえず、最後の問だけは今埋めてくれ」


「先生」はぐっと紙をわたしのほうに寄せて、声を低くしてそう言った。


 アンケートの最後の問い。見なくても何が書かれているのかなんて、分かりきっていた。高校三年間全36回実施されるアンケートで、毎回同じことが聞かれているからだ。そして、わたしが一度も埋めていないところ。埋める気の、ないところ。


 


 わたしは、「先生」の右目にぽっかりと開いた深い穴をぼんやりと眺めながら、黒のボールペンでぐりぐりとアンケート用紙を塗り潰した。








 *



 100:卒業後、あなたの希望するキャラクターはなんですか?



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