癒しを求めて生きていただけなのだが

見崎志念

第1話 道に迷ったようだ

「困った……。完全に道を間違えたらしい」


 木々のざわめきがやたらと響く森の中、信じたくない事実を受け入れざる負えなくなってきた。

 いくら散歩で使えるくらいの標高とはいえ道案内の看板を20分以上見かけないっていうのもさすがにおかしい。

 人の少ない時間帯を狙って来たというのはあるけれど、さすがに今まで誰ともすれ違わないということは、多分やらかしているのだろう。


「くぅーん?」

「ああ、大丈夫大丈夫。そんな心配そうな顔するなよ。ちゃんと帰れるからさ」


 カーレッジが俺の足に頭を摺り寄せてきた。

 わしゃわしゃと首のところを撫でながら話しかける。


「とはいってもなぁ……。明らかに植物の生態系変わってるよな」


 上ってくる時に見た植物たちは、少し背の高い草が多い手入れのされた林って感じだったのに、今いる場所は苔とかキノコが目につくような密度の濃い森って感じだ。

 じめっと張り付くような空気を、今までこの散歩コースで感じたことはないんだけどな。


「わん!」

「ん? カーレッジどうしたー?」


 急に鼻をひくひくと動かしたかと思うと俺を先導して舗装された(といっても踏み固めたような簡素なものだが)道から離れた場所でもう一度吠えた。


 そこにはぜんまいをいくつも重ねたような形の植物が群生していた。


「見たことない形の植物だな。図鑑でも見たことないぞこれ。


 って、おい!」


 俺が止める間もなくカーレッジはぜんまいもどきを一つ口の中に入れてむしゃむしゃと食べ始めた。


 俺の相棒であるカーレッジは決してアホな犬ではない。

 『まて』も『おすわり』もできるし、病院に行ってもおとなしく待ってくれるし、歯磨きは嫌がらないし、少し難しい要望もやってくれる賢いやつだ。

 だからこそ、俺の許可なく食べるなんてことするような子じゃないはずなんだ。


「ご主人! これおいしいぞ! …………ん?」


「ああ、うまいのかそれそうか。…………ん?」


 まあ、喋ることはしなかったはずなんだけど。あれー? どうなってるんですかねこれ。


 喋れていることに困惑している様だ。まあ、俺だっていきなり英語をネイティブに話せるようになったらビビる。

「うー? 変だ。ご主人と同じだ!」


「おい」


 さらっと侮辱された気がするよ。 


「ご主人、カーレッジの言葉わかる?」

「ああ、分かるよ。てか、なんで喋れてんだよ」

「わかんない。けど、嬉しい! ご主人と同じ!」


 首をかしげて困っていたかと思ったら今度は嬉しそうに俺の周りをくるくると回りだした。


 よくわからん状況だけど、カーレッジと話せるのは素直に嬉しいし。まあ、いいか。


 カーレッジ用の携帯食(ジャーキー)を袋から出して掌に載せる。

 くるくると走り回っていたカーレッジは俺の前でピタッと止まっておすわりの体制で待つ。

 いつ見てもかわいい目をしているなぁ。なんでこんなにかわいいんだろうか。

「……とりあえず帰る道探すか。ご主人を家まで連れて行ってくれたまえ」


「無理」


「即答かよ」


「あう……。だって、匂い、違う。ここ、違う」


「ん? どういうこと?」




 ちょっと顔をしかめたら申し訳なさそうに顔を伏せながら説明してくれた。


 カーレッジは俺の表情見ただけですぐに態度が変わるからかわいいんだよなぁ。




「わかんない。けど、知らないところ。知らない匂い、いっぱいある」


「んん?」


 俺はカーレッジを結構いろいろなところに連れて回っている。海に山に温泉に、こいつを連れていけるところはかなり巡ったと思う。カーレッジは物覚えがいいから一度嗅いだ匂いを忘れているとは思えないし、人間なんかより断然鼻の利くこいつが言っているってことは、まじでこのあたり未知の場所ってことか?




「ううぅぅ、役に立てなくてごめん……」


 俺が考え込んでいるのを自分のせいだと思ったらしく、すごくしおらしくなっているカーレッジ。


 いかんいかん。こういうときこそご主人様がしっかりしていないと!




 カーレッジに笑って見せて、いつものように首の横をわしゃわしゃと撫でてやる。

 掌の携帯食(ジャーキー)を顔の前までもっていき食ってよしの合図で食べ始める。何度見てもかわいくて仕方がない。おいしそうに食べるよなぁ。

 

「まあ、なんとかなる。とりあえず、まずは山降りなきゃいけねーな」


 ついでだし、ここらの山菜もいくらか採取しておこう。非常時だし、管理の人も許してくれるだろ。


 手を合わせて、いただきますしていくらか引き抜きました。



「生き物がいっぱいいる場所とか、水の流れてる場所はわかるか?」

「大丈夫、わかる!」

「よしカーレッジ、そこまで俺を案内しろ」

「了解! ご主人!」 


 嬉しそうに俺の前を歩きだすカーレッジ。ちぎれんばかりにしっぽを振っていた。

 

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