1 いざ仕事へ!
『まえがき』
軽くおさらいです。
***
金がない!
財布の中ももちろんだが、ステイツの銀行口座の方もあまり余裕がない。
東ニホン魔法高校の学費と施設利用料はステイツから支給されているが、任務中の諸経費がまとめて振り込まれるのはまだ先だ。
銃弾や魔石の補充費用を立て替えるための貯蓄には余裕があったはずなのだが、それ以外の出費がかなり
これまでに
全寮制の東高では朝晩の食事が出るが、昼食は各自で解決する必要がある。
それに毎晩寮で夕食を済ませるかいうと、必ずしもそうとは限らない。
食事の時間に間に合わず、余所で調達することあれば、たまには外食することだってある。
授業や実習で忙しいと言っても、土日までも学園にいると、じっとしていることはできない。
生徒会メンバーと出かけることもあるが、会長様に強制連行されるケースが多い。
普段着に無頓着なことを自覚している俺だが、
他にも寮の自室で使っているデスクトップPCはステイツからの支給品だが、持ち歩いているスマートフォンはニホンに入ってから私的に契約したものだ。
毎月の電話料金とローン代は地味に大きい。
さらに以前から趣味の洋楽では、気にいったものは無料配信で済まさないでしっかりと購入している。
特に最近は一押しが1人いる。
ニホンに渡る直前、ステイツでメジャーデビューした女性アーティストのHigh Princess。
海を越えたこの国でも、ハイプリなどと呼ばれて広く認知されている。
彼女はもともと人気Y〇uTuberであり、黒猫と共に世界中を旅する動画を投稿していた。
その映像で自由気ままに歌う姿が話題を生んで、瞬く間にデビューに至った。
かつては根のない旅人だった俺も、彼女の動画のファンだったのが、その歌声は間違いないく文化の壁を飛び越える力がある。
ネットでは容姿が映らないように撮影されており、芸能事務所に所属してからもその正体を明かしていない。
ただ一部ネット上ではニホン人という噂もある。
おっと話題が逸れてしまった。
金策について、俺の周りの人間はどうしているのかと言うと、蓮司は東高に入学するまでに随分と蓄えていたようだ。
他にも将来有望な魔法使いに対する奨学金も多数存在するが、俺の入学試験最下位の結果では採用の見込みが薄い。
ステイツからの奨学金もあるが、真剣にライセンスを目指す学生を優先している。
俺1人ならば無一文でも山や海、森にでも行けば生活できるが、あまり任務を
ニホンで2つしかない魔法高校の東ニホン魔法高校に入学した俺は、
昨年、東高に最下位の順位で入学した彼女は生徒会
たった一戦で“絶対強者”の称号を冠することになった彼女だが、世界が無視できない事件を巻き起こした。
生徒会役員の
曰く、九重紫苑は“精霊殺しの剣”を持つ。
魔法使い達を束ねる4つの魔法公社は、19世紀に人類に接触した精霊王の契約者という最強のカードをちらつかせることで他を取り込み、この世界を
精霊王の魔力は他の生物と比べ物にならなく膨大が、それ以上に特筆すべきは彼らの本体が精霊界と呼ばれる異世界にあることだ。
物理攻撃だろうが、魔法攻撃だろうが通用しない。
その壁を突破する存在として精霊殺しの剣が噂されていたが、実在するならばこの世界のバランスブレイカーになりかねない。
当然ながら各国が強奪を試みたが、全て返り討ちに
被害を受けた中には、俺の同僚達も含まれている。
ステイツの上層部では慎重論を唱える穏健派と、九重紫苑を危険人物として排除を主張する強硬派で割れている。
それでも他の国に先を越されることを懸念する点では一致しており、護衛と諜報要員を複数送り込んだ。
その中でも彼女に接触を命じられたのが、ちょうど15歳でニホン人の両親を持つ俺という訳だ。
世界が注目する彼女だが、東高の生徒会長とは別のもうひとつの顔がある。
魔法第5公社副長。
公社を名乗っておきながら、依頼窓口を持たない謎多き組織。
その正体は4つの公社の不正を摘発する魔法使いを取り締まる集団。
俺としても、とある理由で
まだ正式な第5のメンバーではないが、次のライセンス試験の合格内定状態であり、学生の身でありながらも難易度の高い仕事に従事できる。
しかしここに、とある落とし穴があった。
専門性の高いカリキュラムを複数用意している東高では、単位制を採用している。
必修を除くと、選択科目、ランキング戦の成績、部活動、そして学生向けの依頼などが単位として認められている。
戦い方が特殊な俺は、該当する選択科目が無く、実力を隠すためにランキング戦は適当に流している。
新人戦を無断欠席したペナルティとして順位を下げられ、さらにそれ以降は全て黒星で校内ランキングを急降下中だ。
さらに部活動にいたっては、会長様と2人だけの不定期の活動で実績なんて作りようがない。
先日の地獄の門での、女神ヘルとの接触なんて学園に報告しても信じてもらえないだろう。
最後に残された学生向けの依頼は、公社がライセンス不要と判断した仕事を
依頼を解決できれば、その手段は問われないので、とても俺向きだ。
そして現状唯一の金策だった。
しかし第5公社とサブライセンス契約をしたせいで、他の公社を1度経由した依頼を受けることができなくなってしまった。
もちろん第5での活動も単位認定されているし、報酬も発生する。
しかし公社の不正を摘発することを目的にしているので、仕事のペースは不規則であり、実りも少ない。
金が欲しくても仕事が無い。
そんな悩みを抱えていた俺は、必修の授業が終わった放課後に生徒会ハウスに訪れていた。
本日は生徒会役員の用事は無い。
だからといって会長様に会うためでもない。
副会長の凛花先輩にお願いして、第5の仕事を紹介してもらうつもりだ。
もちろん会長様の方に権限があるのだが、面倒になることは目に見えている。
護衛だからといって、四六時中一緒にいる必要はない。
ステイツからの狙撃手を退けて以来、敵の影は見えないし、俺以外にも優秀な協力者達が控えている。
いつも生徒会ハウスで仕事をしているイメージの凛花先輩だが、第5公社の正式メンバーであり、野球部で活躍し、工藤の会社で魔道具の開発までしている。
多忙な相手にアポなしで会いに来てしまったが、基本的に生徒会ハウスに寝泊まりしているので待てば来るだろうし、頼ってきた相手を邪険にするような人でもない。
生徒会ハウスは校舎から少し離れた位置にある2階建ての洋館だ。
塀に囲まれ、小さな門が構えている。
呼び鈴などは存在しない門を開けると、『ぎー』っと金属が
それを合図に洋館の玄関が内側から解き放たれた。
「後輩く~ん! お姉さんに会いに来たのね」
黒く長い髪を
真っ直ぐな瞳に、笑顔の絶えない少女。
学年としてはひとつ上の先輩なのだが、自分勝手な彼女をお姉さんだと思う場面はあまりない。
むしろ副会長の凛花先輩の方が頼りになるみんなのお姉さんだ。
「なんか失礼なこと考えたでしょ」
周りの言葉を聞かない彼女だが、意外にも勘が鋭く、思慮深い一面がある。
「むーっ」と頬を膨らませているが、本当に怒っている訳ではないことが分かる程度の付き合いだ。
むしろ俺が恐れているのは彼女の本題の方だ。
何か突拍子もないことを言いださないか気が気でない。
ここ2カ月と少しで、ステイツでの任務や母さんとの旅での経験以上に、理不尽な現場に何度も直面した。
最近のことだと、目が覚めると砂漠に放り出されていたことがあった。
「後輩君、仕事が欲しいのかな? 欲しいよね? 欲しいと言いなさい!」
なんとタイムリーなことだろうか。
会長様は俺のお財布事情を把握しているのか。
仕事は欲しいが、厄介な案件なのは十分に予想できるので今からでも回避したい。
できれば1日で終わりたいし、さらに欲を言えば俺の能力と相性の良い業務を選びたい。
しかしこちらに決定権が無いことも、これまでの経験で分かっている。
「さぁ、行くわよ。しゅっぱーつ!」
ほらっ。
相変わらず聞いておきながら、俺の答えの前に号令を掛けた。
一応抵抗を試みるが、すぐに
会長様からは逃げられないので、俺は大人しく自分の足で歩きだす。
こうして仕事の内容を知らないまま、東高を後にすることになった。
“この仕事が2人の関係に亀裂を入れるとは、このとき思ってもみなかった”
***
『あとがき』
芙蓉視点でのプロローグでした。
今回のエピソードとは関係ありませんが、
ニホン人で放浪癖があって、歌とダンスが趣味で、黒猫と一緒と言えば、一択しかないはずです。
気になる方は『3章登場人物紹介』を復習してみてください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054891672552/episodes/16816452219038721839
SSで来日します。
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