2 依頼
『あらすじ』
会長様と仕事へ
***
東高を出てバスと電車を乗り継ぐこと約50分。
会長様と俺はトウキョウなのかと疑いたくなる静かなニホン
さすがに
一般人でも奮発すれば払えなくもないが、
和の雰囲気を壊さないように、キャストは全員着物姿だった。
若い
畳の上に置かれたテーブルの前には、対面で座るように2枚の座布団が敷かれていた。
先に席を選んだ会長に続いて、俺も残りに腰かけた。
1度退席した仲居はすぐに戻り茶を置いて再びいなくなった。
こんな状況に放り出され、仕事の全容がまったく見えてこない。
いつでも五月蠅いことがアイデンティティのような会長様が、物静かに茶を
さすがの彼女も、この空気に遠慮しているのだろうか。
会話のないまま、ただただ時が流れていく。
たまにはこういう放課後も悪くないが、どうせ束の間に過ぎない。
「準備が整いました」
茶を飲み終えた頃に、今度は別の仲居がやってきた。
3回に分けて、正式な作法で
年齢だけでなく彼女の着付け方や物腰から、最初の案内人よりも長くここで働いていることが見て取れる。
そんな人物の招きによって、さらに家屋の奥へと進む。
通された新たな部屋の間取りは先ほどと同じで
どうやら茶をいただいた部屋は、ただの待機室に過ぎなかったようだ。
今度のテーブルにはすでに料理が並んでおり、そして待ち人がいた。
おそらく今回の仕事の依頼主なのだろう。
入口に近い席に客人が座っており、奥の上座に2人分の食事がある。
この配置から互いの立場が読み取れる。
競合している5つの魔法公社からしてみれば、依頼人は大事にすべきなので、本来ならば俺達が先に来て下座に収まるべきだ。
しかし当たり前のように先方がこの配置で待っていた。
つまり向こうからしてみたら、
「どうぞ、ごゆっくり」
俺たちの着席を見届けて、案内人は去って行った。
ぱっと見だが、料理は全て運びこまれているようだ。
こういう料亭ならばコース料理の様に順番に
そして仲居の残した言葉は、慣用句などではなく、文字通りなのだろう。
つまりここは密談目的
対面に座るのは40、50代の女性だ。
少しやせ細っているだけでなくその肌は荒れており、フォーマルスーツで精一杯に身だしなみを整えているようだが、こんな場所に似つかわしくない。
魔力が無いことだけでなく、魔法使い相手に取引できるような人物には見えない。
最初に口火を切ったのは会長だった。
「依頼を受けた九重紫苑と、こっちはサブの高宮よ。せっかくの料理だし食べながら話しましょ。大まかな事情は伺っているけど、あなたの口から聞かせて欲しいわ。特に高宮には先入観を持たないように説明をしていないので、最初から話してくれるかな」
年上に対して
今回の仕事について何ひとつ聞かせられていなかったのだが、彼女の言う通り本当に先入観を持たないためなのだろうか。
単純に自分で説明するのが面倒だからだと疑いたくなる。
しかし今は依頼の内容よりも、どうしても気になることがある。
目の前に並べられた
それでも刺身にしても、すき焼きの肉にしても、付け合わせにしても、デザートの果実にしても、舌に載せなくても見ただけでかなり手が凝っていることが分かる。
たとえアルコール類が無くても、食事だけで1人2万エンは覚悟しなければならない。
割り勘なのか、それとも俺の支払いなのか。
金が必要な今の状況で、出費が発生するとは。
現状、自分の分を払うのが精一杯だ。
しかも部屋の利用料金まで別途請求される可能性がある。
その支払いを誰が行うのかがとても気がかりだ。
失礼だが目の前の人物にそんな資金があるとは思えない。
会長様は生徒会メンバーになら
何日皿洗いすれば済むのだろうか。
いやいや、任務続行の為にフレイさんに借金かな。
そんな俺の心配事を払拭するために会長様が言葉を掛けた。
「あなたも遠慮しないで食べなさい。連れてきておいて払えなんて無茶言わないわ。好きなだけ食べていいわよ」
そう言いながら彼女は自身のグラスに飲み物を注いだ。
依頼主の前だからだろうか、珍しく優しい。
もしかしたら会長なりの、俺に対する日々の
初めて彼女のことをお姉さんと敬いたいと思ってしまう。
ステイツの仕事で、高級レストランで料理を口にした経験は何度かあるが、和食に関しては初めてだ。
笑みがこぼれそうだが、他人の目があるので、平静を装いながらも箸を手にした。
俺達の二口、三口を待ってから依頼人が話を始めた。
「私は孤児院の職員をしている
須藤と名乗った女性は
食べるのに忙しい会長様に代わり、サブの俺が率先して受け取ると、箸を手にしたままの彼女が隣から覗き込んできた。
そこに映し出されていたのは、夫婦と思わしき若い男女の間に囲まれた10歳程度の少女、そして少し後に控える目の前の須藤だ。
写真の裏に書かれていた
3人の表情から多少のぎこちなさを感じるが、この写真だけではさすがに悪意までは読めない。
ちなみにニホンでは児童養護施設の配備が進んでいるが、現状民間の孤児院にも頼らざるを得ない。
大戦後の高度経済成長と魔法公社の進出は社会発展に
手の届かないところで高いコストパフォーマンスを発揮する魔法使いの存在は、特に福祉制度の構築を政府が後回しにしてしまう結果を招いた。
依頼の概要を聞いた限りでは、警察にでも相談すればいい案件なのだが、こんな場所で話すほどなので何か他にも事情があるのだろう。
「お2人はテトラドの会という精霊信仰についてご存知でしょうか」
肯定も否定もしない会長様はどちらか分からないが、俺は軽く首を振って見せた。
テトラドとはギリシャ語の“4”だったかな。
おそらく四元素が由来なのだろうが安直だな。
精霊王と人類の接触によって魔法が表舞台に出たことは、社会のいたる所に影響を与えたが、それは信仰だって例外ではない。
伝統宗教では元来の信仰に精霊や魔法、魔獣について新たな解釈を加える程度の改変なのだが、異形そのものを信仰の対象へと祭り上げる新宗教までもが現れてきた。
全てが上辺だけのまやかしでもないのだが、母数が多くなると、どうしても怪しげな団体が出てくる。
宗教を隠れ
ステイツでの任務で何度も摘発したことがある。
たしか1年ほど前、魔獣の密輸をしていた宗教団体と抗争した際は、最後にはベヒモスと戦うことになり“魔法狩り”でなんとか切り抜けた。
「テトラドの会は祈りを捧げることで精霊魔法に目覚めるという教えを説いており、多くの信者から支持を集めております。大口のスポンサーをいくつも抱えているようで、私の働く施設に多額の寄付金を出しております。そのため団体が紹介した親をあまり無下にできず、本来のあるべき手順を簡略化して優先的に養子縁組することになりました」
精霊魔法とは、
四元素の概念自体は紀元前から存在するが、今はもっぱら精霊王由来の魔法が主流だ。
たしかに後天的に新たな属性に目覚めることはある。
訓練によって身につくこともあれば、精霊王から加護を授かることもある。
属性が増えれば使える魔法の種類だけでなく、魔力の回復速度や変換効率なども上昇するので、魔法使いとして急激に成長することができる。
東高でも年に1度、精霊祭という行事で祈りを捧げることで属性が増える学生が数名いる。
しかし本当に精霊王が信仰を聞き届けているのか、それとも自己暗示的な作用なのか議論は決着していない。
そして精霊王から契約者に選ばれる条件として知られているのは四元素魔法の実力だけで、信仰についてはあまり重要視されていない。
ちなみに会長達が土の精霊王と戦ったのも、その精霊祭でのことだ。
須藤さんの説明を聞く限りだと、テトラドの会とやらはただの新興宗教ではなく、養子縁組を利用して何かをしているかもしれない。
こうなると単純な子供の捜索ではなく、団体の調査、特に潜入が必要になりそうだ。
まずは引き取った両親について調べるところを皮切りにするかな。
「施設の規定で養子縁組の後もケアをするのですが、両親の
引き取った両親すら行方不明か。
ここまでの話を聞いただけでも、かなり黒に近いグレーだな。
先週から音信不通ということは、すでにこの世にいないことも覚悟しなければならない。
だけど行方不明の子供を見つけ出さない限り、強行策は選べない。
はっきり言って正面突破を好む会長様との相性が悪い仕事だ。
俺だってあまり得意ではない。
姿を隠しての調査ならば可能だが、宗教組織という特殊な環境に忍び込むのはとても難しい。
「確認だけど、依頼の内容はこの写真の沙耶ちゃんを探し出して保護すればいいのかな。テトラポッドの会の扱いはこっちで決めるわよ」
まともなことを口にする会長様だが、残念ながらテトラポッドではなくテトラドだ。
「沙耶の、あの子の無事が一番ですが、他にも被害者がいないのか気がかりです」
大方の方針は見えてきた。
どの道、沙耶ちゃんという子を確認できれば、テトラドの会を摘発する十分な状況証拠になる。
ついでに物証を得られればベストだ。
緊急事態と判断できれば、魔法公社の権限で保護は可能だ。
その後は1度警察に報告して改めて捜査することになる。
しかしここで気になる点がいくつかある。
まずこれは第5公社の本来の役割ではないことだ。
第5の主な仕事は魔法公社内部での不正の調査であり、さらにその摘発によって空いた業務を埋めることだ。
行方不明の調査は俺達の仕事ではない。
そもそも目の前の須藤という人物は、どうやって会長に依頼を持って来たのだろうか。
第5公社には一般人向けの窓口はなく、接触は困難なはずだ。
そうなると須藤は、対面に座る彼女が第5公社の副長であることを知って話しているのか。
彼女らの接点は分からないが、密談の理由は簡単に想像できる。
孤児院の人物が警察や魔法公社の出張所に出向けば、テトラド側に伝わるかもしれない。
会が多額の寄付をしているならば、孤児院の内部にも密接な繋がりがあると考えられる。
嗅ぎまわっていることが知られると、沙耶ちゃんの身に危険が及ぶ可能性がある。
秘密裏の仕事を依頼するならば、公社に属さないモグリの魔法使いに金を握らせるという選択肢もなくはない。
一方で謎に包まれた第5だが魔法公社としての体裁を整えてあるので、信頼性がありながらも裏で動くことのできる都合が良い組織だ。
先方にとって俺達は都合の良い存在かもしれないが、俺達にとってはあまり旨味がない。
須藤さん本人にしろ、孤児院にしろ、報酬はあまり期待できない。
それに宗教団体の調査から、子供の保護までとなると、あまりにも時間が掛かり過ぎてしまう。
そもそも九重紫苑が学外を動き回るのは、監視と護衛体制の問題で好ましくない。
多少は心苦しいが今回の仕事は降りる方が賢明だ。
「明日からテトラポッドに潜入するわよ!」
先手を打たれてしまった。
普段は彼女の好きなように振り回されている俺だが、ここは退くわけにはいかない。
「後輩君、料理を食べたでしょ。事前に報酬を聞かれたから、『美味しいごはん』ってお願いしたら、須藤さんは快く前払いしてくれたわ」
知らないうちに逃げ道を防がれていた。
メインのすき焼きは半分ほど胃の中にあり、手つかずはデザートくらいだ。
この状況で断ることはできないし、しかもどうやら
まぁ、彼女の護衛である以上、勝手に動かれるよりはマシか。
この後、俺達は沙耶ちゃんと引き取った菅野夫妻、そしてテトラドの会について詳しい資料を受け取ると、1度東高へと帰還した。
「明日の朝から調査開始ね!」
校門で解散した時に会長様が残した言葉だ。
もちろん明日も授業があるのだが、そんなことを口にしても通用しないことはこれまでの付き合いで分かっている。
***
『おまけ』登場人物紹介
・フォーティーン
実験体失敗作の少女。約8年前にガウェインに救出され、九重に預けられる。現在16歳前後。
・スリー
実験体成功作の少年。約8年前にガウェインに救出され、九重に預けられる。現在18歳前後。
・須藤
40代女性。依頼人。孤児院の職員。
・沙耶
10歳前後の少女。孤児院から引き取られた。行方不明。
・菅野夫妻
20代前半の夫婦。沙耶の新たな両親。テトラドの会の信者。行方不明。
***
『あとがき』
現実の日本では孤児院はなく、公的な児童養護施設が尽力なさっているので、寄付金でどうこうは無理なようです。
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