第25話 逃亡

 誰がこうなることを予測できただろう。


 オレの何が間違っていたのか。


 アマリンを探さなかったことか? 武道大会に参加したことか? ドラゴンを倒して名をあげたことか? それとも……そもそも魔法王に復讐を誓ったことが間違いなのか?


 オレには、それだけの価値も力も無かったってことなのか?


 あれから、シャールについて夜になるまで飛んだ。

 手近な宿をとり、気を落ち着けるため休む。

 いったい何が起きたのか、もう一度確認する。


「アマリンは……死んでいたのか?」

「わからない。少なくとも、心臓は止まっていた」

「そんなこと、なんでわかる!」

「傷だよ。階段から落ちたとき、ひたいと腕に傷を負っていたんだ。腕のものはひどく、大きな裂傷になっていた」

「だから何だ、それだけで死ぬか?」

「そうじゃない。そんなにひどい怪我なのに、血が、ほとんど出ていなかったんだ」

「血が……?」

「つまり、階段から落ちる前から、心臓は止まっていた可能性が高い」


 握りしめた拳の手のひらに、爪が食い込む。

 テトロ、許さない。最初から交渉するつもりも無かったのか。


「こんなこと、許されていいの?」


 ミズキが耐えるように、いや、耐えられないように、心の欠片をもらす。


「試合記録用も、防犯用も、いくつもの映像記録が残っているはずだ。ちゃんと調べれば、何があったのかすぐにでもわかるはずだ。ただ……」


 シャールは苦しそうに続ける。


「『ダムドダムド』は国の偉いやつらとつながっている。どういう扱いになるのか……」


 ひゅう、と息を吐く音が聞こえる。ミズキの怒りが抑えきれない。


「だが、今戻って奴らを殺そうとしたところで、そう簡単にはいかないし、こちらが犯罪者になるだけだ」

「じゃあ、どうすればいいんだ。あてはあるって言ったよな」


 オレはシャールに詰め寄る。


「あるよ。まあ落ち着きたまえよ」


 シャールは軽い口調で言うが、その眼差しは真剣だ。


「まず、目的をはっきりさせよう。一つはもちろん『触るな危険トキシック』、テトロをぶちのめすこと」


 シャールは指を一つ伸ばす。続いて二つ目。


「そしてもう一つ、魔法王をぶちのめして、紅玉を取り返すこと」

「それだ。なんでそれを知っている?」


 オレは聞き返す。ミズキは話の突然の転換についてこれない。


「僕達も、魔法王からの密命を知らされてたからさ」


 聞く気は全く無かったけどねと、そう続ける。


「なんでだ。なんでオレに力をかしてくれるんだ?」

「嫌いだからだよ、自分勝手な奴らが。そんなのは、相方だけで十分だよ」


 なぜだろう、一瞬だけ背中に悲哀を感じた。


「で、本題だけど、両方を同時に解決する方法が一つだけある」


 シャールは、彼自身がなにかを決意するように言う。


「こっちも魔のモノになって、襲いかかればいいんだ」


 魔のモノ?


「南に下り、大陸を渡る」

「まさか……キミは、魔族なのか?」

「どうだろう、僕自身はこっちの生まれだけどね。だけどもし僕にその資質があるのなら、君にも十分、当てはまると思うんだよね」


「ねえ」


 ミズキがたまらず割り込む。


「何の話? 魔族の資質とか、どう見ても二人とも人間だよ?」


 そうか、一般的には知られてないんだったな。


「ミズキの知ってる魔族は、毛むくじゃらで角があって、大きな牙で人間を頭からバリバリ食べちゃうやつだろ?」

「そうよ、違うの?」

「こっちの大陸と魔族の大陸は仲が悪いからね、敵対意識を植え付けるために魔物のイメージを広めているんだ。でも、実際に魔族と戦うことを考えている上層部は、当然本当のことを知っている」


 オレは一息ためをつくる。


「魔族はね、『魔法使い族』を略したものなんだよ。つまり、魔族も人間なんだ」


 ミズキは混乱している。


「魔法……使い? そんなの、おとぎ話じゃ……」


 一般的に『魔法使い』は存在しない。『魔法』とは万能の力、それこそおとぎ話の世界の話だ。だから人が使えるのは『魔術』。技術の延長上にあるものだ。


「もちろん、本物じゃない。ただ、それだけの力を持っているっていう称号のようなものなんだ。『魔法王』と同じだよ」


 魔法王とは、特に魔術に長けた王のこと。実力がともなわなければそう呼ばれない。


「でもその扱いだからこそ、こっちの大陸で「魔族に殺された」ってなると、戦争や殺人よりも、事故の方がイメージされやすい」


 シャールが話を進める。


「魔族の住まうビタン大陸に渡り、魔法王をもしのぐ実力をつけて戻ってくる。魔法王ムユルの統治するスツヌフ王国を単独パーティーで突破出来れば、勝手に魔族として扱われるってものさ」


 なるほど、確かにそうかもしれない。

 ……ん? それって、オレが最初に無理だと思った方法だよな。だからこそ他の国で地位を上げて戦争を仕掛けようとか、軍に取り入ってなんとかしようとか考えていたわけで。


 結局、力業で押し切るわけね。いや、それが出来るっていうなら、それでもいいんだけどさ。


 今までオレが考えてた目論見って……。


「でも、いきなり大陸を渡ったって、知らない土地でどうしたらいいのか」


 ミズキの悩みももっともだ。


「あっちに知り合いがね、いるんだよ。本当は彼女に頼るのは不本意なんだけど」


 シャールの知り合いで女性? それって。


「『閃光の双竜シャイニングダブルドラゴン』のもう片割れ、〈剣舞〉レイアードは、正真正銘、魔族なのさ」


 シャールはそう言った。なぜか哀愁を漂わせながら。


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復讐の魔術師 ~奪われた紅玉《彼女》を取り戻すまで~ i-トーマ @i-toma

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