暁に祈る
@1498
暁に祈る
……
静かな森に雨が降る。
雨音が各地にこだまする。
川の流れの音と一緒になってある種の幻想的な音楽を奏でている。
ゆっくりと、水が頬を伝う
それが涙か、雨粒かも知らない
しかし、それを拭う力も気力も湧いてこない
いつから此処に居るだろうか
ふと薄暗い森の中を見渡しながらそう思う。
作戦の途中、飛来した弾に撃たれて、負傷した。
追っ手を撒き、何とか休めそうな場所に辿り着いてから早くも一週間。
そして飲まず喰わずの日も三日になる。
救援を呼ぶといって味方陣中へ戻って行った
そのまま三日目の夜が明けようとしている。
傷口にウジ虫が沸く。
払う気にはなれず、ただ身体が蝕まれる様子を眺めるだけ
このまま死に行く時を待つだけか……
「ブルブルッ」
ふと、真横から息遣いが聴こえてくる
何、お前も忘れちゃいないさ
ゆっくりと目を向ける
そこには私と同じように傷ついた愛馬がいた。
そして、その傷口には同じようにウジが沸いていた…
本当なら払ってやりたい
本当なら馬を洗い、綺麗だった栗毛に戻してやりたい
しかし、そんな願いも叶わない。
愛馬もそれを分かっているのか顔が悲しげだ
すまない
そんな顔をしないでくれ……
そんな思いで、右手を動かす。
動かすのも一苦労で、なかなか身体が言うことを聴いてくれない。
やっとの思いで愛馬の頭に手を乗せる。
力が入らない
表面を擦るだけだがその頭を撫でてやる
愛馬は安心したのか、また顔を下ろした……
「すまん…な」
何度この言葉を掛けただろうか。
言う度に苦しくなる。
愛馬の悲しげな顔が、頭から離れない。
まだ、雨は降り続いている
強く、力強くざぁざぁと土砂降りで降り注いでいる。
この静かな森に雨音だけがこだまする
思えば、國を出てから幾月が経っただろうか
当時の雰囲気に圧されて、陸軍に志願した
そこまでは良かった
だが、最後がこの様とは
走馬灯のように頭のなかを思い出が駆け巡る
子供の頃、走り回った自分の故郷
自分の父母の顔
よく服を汚して怒られたな
難しかった、大学試験。
彼処にいかなければ、今の自分は無かっただろう。
そういえば、その頃のお見合いで出会ったんだな
愛しい妻よ……
今頃は家で息子と一緒に寝ているのだろうか。
出征したあの日、汽車から見た息子の、妻の顔が鮮明に思い出せる。
千切れるほどに振ってくれた旗
その姿が本当に嬉しかった……
目の前に広がるこの森が
あの山が
あの川が
遠い故郷を思い出させる。
また一筋
頬を水が伝う
今度ははっきりと分かる。
これは涙だ。
体の何処にそんな水分が在ったのか
溢れ出てきて止まらない……
力を振り絞って胸ポケットから軍隊手帳を取り出す
開いた途端、中から写真が落ちてくる。
なんとかそれを掬い上げ、じっくりと眺める
この間、手紙と一緒に送られてきた
妻と息子の写真だ。
そこには二人が笑顔で写っている。
やはり涙が止まらない。
今日が最後の夜だろうか……
ふと、今まで考えたことも無かったことが頭を過る
私も死期が近い…か
いつの間にか雨は止んでいた。
月が綺麗に私と愛馬を照らし出す。
愛馬は、そっとその瞳を閉じた。
お前も一緒……か。
月の光を元に、最期の力を出す。
手帳に手紙を残すのだ
例え、届くことが無くても
私が存在した
その証を遺すのだ……
『妻よ、よくやった。息子よありがとう……
何処にそんな力が残っていたか、はたまた身体が温存していたのか
軍隊手帳が一杯一杯、書けなくなるまでびっしりと文字を書いた。
いつの間にか月も西に沈んでいる。
愛馬は呼び掛けても、その瞳を閉じたまま。
いつもの呼吸音も聴こえてこない……
「ありがとう、愛馬よ。ありがとう……」
思えば、お前にも感謝の気持ちしかない。
最期まで供にさせて悪かったな……
自らも、そっと目を閉じる。
最後に見た暁は、とても綺麗で、儚くて、手を伸ばせば届きそうな位に……
しかし、その手を挙げる気力はもうない。
最後に、あの暁に祈る。
我が妻と息子に永遠の幸があらんことを……!
『End』
最後まで読んで頂き、誠に有り難うございます。
相変わらずの駄文っぷりで申し訳ないです。
これからも時々軍歌をモチーフにした短編をあげていく予定ですので、よろしくおねがいします。
感想、アドバイス、質問等々ありましたらお気軽にどうぞ!
では、またいつかお会いしましょう
m(_ _)m
暁に祈る @1498
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