オヤジ

オヤジ

 1本120円ぐらいのしょぼい缶ビール

それがオヤジの匂いだった。


 安いアルコールと染み付いた金属の匂い。


 飲める歳になって10年20年経った今、

急にふと俺はそれがオヤジの匂いだと気づいた。


 取り立てて変わったことのない平凡な家庭に俺は生まれ、両親の平凡な愛情をもらって問題も栄光もなく育ってきた。


 いつもオヤジは黙っていた。


 幼い頃は何でもオヤジに聞いていたけど

大人になるとオヤジとの話し方を忘れていった。


 どこの家庭でもそうでは無いのだろうか。

母と子の話す機会は自然と多く、オヤジとの話は不自然なほど少なくなる。


 だからオヤジって何を考えてるか分からないし、家庭という名の縄張りのあるじのはずなのに少し浮いているのだろう。


 孤独だと勝手に思っていた。

俺もあんな風になるのだろうか、

あの人の血が入っているから俺も子供に

対しては寡黙になって、家庭を築いても

そこに居場所もないまま生きていくのだろうか。


 若い時はそう思っていた。


 女房も娘も眠った静かなリビングで

晩酌しながら平凡な自分を振り返る。


 こんな俺でも家族ができた。家庭を持てた。あんなオヤジに育てられても。


 別にオヤジは暴力とかDVや前科持ちという訳では無い。ただ家族との触れ合いをしてこなかった。


 だから俺はオヤジを知らないし、オヤジは

古い俺しか知らない。


 それが鬱陶しくて煩わしくて、妙に熱を

持っていた。


 まだ何も知らねぇ頃の娘はキラキラした目とこっちの事情を無視したワガママと溢れんばかりの元気を携えて、俺に接してくる。


 それを見て女房も笑いながらパパを困らせちゃダメよ、とかパパの事が好きなのね、などはたからみたら立派に幸せな家庭を作れているんだろうと俺は考える。


 でも、娘も小学5年生になった。

家族よりも友達と遊ぶほうが楽しくなり、

将来の結婚相手はお父さんよりアイドルに

なっていく。


 そんな変化に上手く対応しようとするのだが、何だかギクシャクして自分が不器用だと思い知る。


 娘に呆れられて、女房にも無理しなくていいのよと優しく見切りをつけられた。


 やっぱり俺はオヤジなんだろうか。

オヤジみたいに頑固に1人で意地はって、

居場所を失い続けてひっそりと生きていくのだろうか。


 飲んでいた缶ビールを握りながら、

背もたれへと体重を逃していく。

だらしなく伸び切った足とたるみ切った腹が

やけに重くて変に柔らかくて嫌になる。


 オヤジになりたくねぇな、

そんな事を思いながら俺はビールを喉に通して枝豆をつまむ。


 やけに枝豆がしょっぱかったのが、

やっぱりお前はオヤジだと聞こえづらい声で

呟いてるように思えた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オヤジ @tanajun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ