賢者クライスの冒険-水平思考が世界を変える- 正義は勝つのか? シリーズ〈エピソード1〉

猪股 洋陽

賢者クライスの冒険

「賢者クライスの冒険 ―水平思考が世界を変える―」



 幕が上がり、物語は始まる。


(もしも、自分が知っていることだけで世の中のほとんどのことが成り立っていると思っていたら、それは大変危険なことかもしれない―)



 そしてクライスの旅は続く。


 今回は、とある強大な王国へやって来た。彼は、両親がいない七歳のアースと四歳のユーという姉弟を連れていた。クライスの口癖はこうだ。

「いいか、二人共、暴力は悲しみと復讐心しか生まない。問題が起こった時は、とにかく頭を使い、色々な方向から考えなさい。頭脳で戦うんだ」

それからこうも言っていた。

「失ったものを数えるな。今あるものを最大限に活かせ」と。


 村の中をしばらく進んだところで、三人は、悲しみに暮れている親子に遭遇した。父一人、娘一人のその親子は母親を亡くしてからも、力を合わせ、毎日コツコツと一所懸命に働きながら暮らしていた。

 クライス達はその父親から詳しい話を聞く。

「先日、村のある役人達による、大量の税金の使い込みが発覚しました。それが、この国のジータ王の耳に伝わってしまったらしいのです。王は、気まぐれで激しい気性の持ち主だと噂されています。恐らく、よくても島流し、機嫌が悪ければ、それ以上の罰が与えられると思われます。それを察知した役人達は、ありとあらゆるコネや金を使って、罪を私達二人に擦り付けたのです。そして明日、ジータ王のところへ行かねばなりません」

 アースとユーは「おじいちゃん、何とかしてあげて」と、必死で頼み込む。クライスは、落ち着いた口調で答えた。

「分かりました。とにかく明日、一緒について行きましょう」

 翌日、その親子はジータ王のもとへ連行された。クライス一行も同行する。

 

 ジータ王は、自分のものである税金を勝手に使われた、という屈辱に打ち震えながら、開口一番、「お前達の罪は全く許される余地はない。二人共、死刑だ。以上」

 完全に、取り付く島もなかった。

 しかし、ジータ王はその娘を見た後、考えが変わる。(この娘はよく見ると、まだ若いが顔も体もかなりの上玉ではないか。この際、税金の問題はさておき、何とかしてこいつを頂こう)と考え始めていた。

 そして、こう提案した。

「まあ、しかし、俺も鬼ではない。最後にお前達二人に、運試しのチャンスをやろう」

 彼はそう言いながら、地面から白と黒の石を一つずつ拾う。

「今から俺が、この二つの石を右手と左手に一つずつ持つ。もしも、白を引き当てることができたら、お前達の運の良さに免じて、今回の件は無かったことにしてやろう。だが、黒を引いた場合は、父親は罪を償って死刑。娘は一生俺のいいなりにさせる。いいな」

 もともと死刑判決を受けている二人は、この提案を断ることはできなかった。そしてこの五十パーセントの確率に命を賭けるしかなかった。

 しかしここで、親子二人とクライス達は、とんでもない光景を目の当たりにしてしまう―。

 なんと、ジータ王は下品な薄笑いを浮かべながら、白と黒の石をすり替えたのである。つまり、彼の右手の中にも左手の中にも、黒の石が入っているのである。だが、ここで不正を暴いて彼を怒らせても、元通りの、二人共死刑という判決になるだけである。父親、娘、アース、ユーは、絶望感で目の前が真っ暗になる。

 クライスは自分に言うかの如く、小声で呟く。

「いいか、頭を使え、絶対に諦めるな」


「おい、そろそろ運命の石を取りに来い」(かわいそうな奴らめ。お前達には、一パーセントも勝つ可能性はないがな……)

 両手を軽く握りしめながらジータ王は言う。

「ではそちらの娘に引かせてやろうではないか。早くこっちへ来い」

 どちらを引いても黒石、ということが分かり切っている中、震える足取りで娘は王の方へ向かう。

 するとそこで、クライスは姉のアースに何やら耳打ちをする。


「ちょっと待って」

 娘を呼び止めたアースは、それを娘に告げた。

(何を考えようが、どちらを引いても俺の勝ちなんだよ。バカ共め)

 ジータ王の方は余裕である。再び娘は、王のもとへと歩み寄る。

 そして、運命の石を引いた―。


「クライスさん、もう行ってしまうの?」寂しそうに、娘は聞く。

「ええ、また次の場所で、私達を必要としている人がいるかもしれないからね」

「アースちゃんもユー君も本当にありがとう。またいつかこの村にも立ち寄ってね」

「うん、お姉ちゃんも元気でね」アースも目に涙を溜めながら言う。

「また来るね~」ユーが手を振る。

「本当に、ありがとうございました」娘と父親はいつまでも頭を下げ続けた。

 クライスの旅は続く。



「おじいちゃんは本当に凄いなあ」アースは呟く。

「お前達も日頃から頭を使っていれば、簡単に私を超えられるよ」クライスはいつもの穏やかな表情で微笑む。

 ところで、あの村の娘さんとその父親は、あそこからどうやって賭けに勝って無罪になったのか? 気になりますよね。その答えはこうでした。


 娘は、アースに耳打ちされた通りに行動した。まず、王の手から石を取った瞬間に石を地面に落としてしまう。これで、彼女が取った石が何色かは、分からなくなる。

 それからこう言う。

「ごめんなさい、ごめんなさい。緊張で手が震えてしまって。でも大丈夫ですよね。王様の手に残っている石がどちらかを見れば、私の引いた方も分かりますよね……」



 クライス達は、西へ西へと移動しながら旅を続けている。


 このジータ王国はかなり広いため、次の町もまだ彼の国の中であった。ここではアースとユーも昼間は、地元の小学校で一緒に勉強させてもらっていた。担任の先生は、まだ二十歳そこそこの若い女性で、少し気の弱そうな面もあるが、とても優しく、面倒見のいい人だった。二人もすぐに彼女のことを好きになっていった。


 さて、前回、クライス達に煮え湯を飲まされたジータ王であったが、彼は非常に教育熱心でもあった。もちろん、自分の国を強くするために子供達を鍛える、という理由も大きかったが、学校の教師達を厳しく監視することでも有名だった。

 常々、手下の者を使い、授業を見に行かせていた。そこで出来のいい教師は好待遇を受けることになっていくが、大半の教師は減俸、ひどい場合は馘首にされる、との噂もあった。

 そして今日、アース達の先生が、その研究授業に当てられてしまっているそうだ。しかもこの授業は、いつも教えていない生徒達に対して行わなければならない。クライスも町の人々から、ある程度の情報は得ていた。ジータはとにかく子供達の消極的な態度を嫌い、かつ、回答の正解率が低いことも許さない、という話らしい。

「おじいちゃん、私達の先生の授業がうまくいくように、アドバイスしてあげて」朝ご飯を食べている時に、アースとユーが必死に頼み込む。

 一方、その先生も当日の朝、非常に緊張した面持ちで考え込んでいた。彼女は自分の給料で、親の介護に加え、弟と妹の面倒も見ている。ここで悪い評価が下されれば、家族全員が路頭に迷うことは必至だった。

 朝、七時過ぎ、アースは職員室の前で先生を待ち伏せる。

 そして何かを伝えた―。


 翌日、三人は、また旅立たなくてはならなかった。

 先生は自分の弟達や、クラスの仲間達を連れて、見送りに来てくれた。

「アースちゃん、ユー君、短い間だったけれど、とても楽しかったわ。それに昨日はありがとう。お蔭で、緊張も解けて楽しく授業ができたわ。更に、いい評価も得て、昇給することも決まったのよ!」

「いきなり入って来た私達にも、とても優しくしてくれて、本当にありがとうございました。授業のアイデアは、おじいちゃんのものだけど、お役に立てて良かったです」

「ありがとうございました。また、先生やみんなにも会いたいです」アースとユーもお礼を告げる。

「元気でね~」

「みんな、ありがとう!」

 別れは辛いが、また新たな出会いが待っていることだろう。

 彼らの旅は続く―。


 クライス達は、次の町へと辿り着いた。

「ねえ、お姉ちゃん、あの朝、授業の前に先生になんて言ったの?」ユーが尋ねる。

「それはね」アースが答える。

「授業が始まる前に、生徒達に『いい、皆、とにかく先生が質問した時は全員元気よく手を挙げて。但し、答えに自信が無い時は左手を、自信がある時は右手を挙げて』と伝えて」と言ったのよ。

「なるほど。それで授業は、全員が積極的な姿勢を見せながらも、正解率も高かったんだね。やっぱり、おじいちゃんは凄いや!」


 ある日の昼下がり、クライスは二人に問題を出した。

「ここに一人の女性がいる。この人は今から自分の国へ帰るところである。だが、この先は『正直者の町』と『嘘つき者の町』に分かれていて、そのどちらかを通って行かないと帰れない。嘘つき者の町に行ったら、彼女は騙されてとんでもない目に遭いかねないので、絶対に正直者の町を通って行きたい。ここで一人の馬車引きの男が通りかかる。この男に一言だけ質問することが許されるが、この男が正直者、嘘つき者、どちらの町の人間かは分からない。さあ何と聞くか?」

「分かったわ!」アースが即答する。

「この男に、『あなたの住んでいる町へ連れて行って』と聞くのよ。そうすれば、この男が、正直者ならば正直者の町へ、嘘つき者だった場合でも嘘をつくから正直者の町へ連れて行ってくれるわ」

「素晴らしい」クライスは、この上なく幸せそうな眼差しをアースへ向ける。

「僕だってもう少し時間があったら分かったよ。アースは先に答えちゃって、ずるいや!」

「ユーもどんどん賢くなってきていて、偉いぞ」再度、優しい目で、ふくれっ面のユーに微笑む。


 クライスにとっては、二人の笑っている姿を見る時が、何よりも幸せを感じることができる瞬間であった。アースもユーも、突然、両親が亡くなってしまったのだから無理もないが、はじめは全く話すことすらしなかった。が、クライスと一緒に旅を続けるうちに、少しずつ話し出し、最近ではよく笑うようになってきていた。

 実はクライスも、同じ時期に最愛の一人娘を事故で亡くしていた。よって彼自身も、この二人と一緒にいることで、生きる喜びを少しずつ取り戻していたのであった。


 一行は西へ進む。


 次の町へ行くには砂漠地帯を通り抜けなければならない。この辺りは、昼は灼熱、夜は氷点下、というかなり厄介な気候らしい。砂漠が珍しくて嬉しいのか、アースとユーは走りながら、クライスのはるか前方を進む。

 するとそこで、困り顔で途方に暮れている、三十人ばかりの大男達に遭遇する。その横には大きなピラミッドのようなものもあった。二人が、どうしたのかと理由を聞くと、リーダーと思しき男が、筋肉質な体の割には、丁寧な口調で話し始める。

「実は我々は、ジータ王からの命令で、彼のお墓となるこのピラミッドを作りました。毎日二千人程で石を運び、組み上げ、三カ月もの時間をかけてやっと完成しました。しかし、本日、これを見に来たジータ王は『俺の言った場所はここではない。もう五百メートル程東のところだ!』と激怒しました。そして更に『明日の昼までにそこへ移動できなかったら、お前ら全員、向こう十年間ただ働きの刑にしてやる』という滅茶苦茶な言葉を置いて、先程、帰って行ってしまいました。ご覧の通り、この巨大なピラミッドを、どうやって運ぶことができるのか、しかも明日までに、と、困り果てていたところであります」

「いくらおじいちゃんでも、今回ばかりは無理そうね」アースも困り顔で言う。

「いや、おじいちゃんなら、きっとこう言うよ。『諦めるな、考えろ』ってね」と、ユーは返す。

「おじいちゃ~ん、早く来てよ」二人は、まだ少し後方にいるクライスを手招きする。


 そして翌朝、ピラミッドは、ジータ王の言っていた位置へと移動することになる―。

「本当にありがとうございました。何とお礼を申し上げればよいのか」リーダー格の男とその仲間達は、深々と下げた頭をなかなか上げようとしない。

「顔を上げて下さい。実際にやったのはあなた達なのですから」クライスは、緩やかな川の流れのような微笑みで、彼らに話しかける。

「良かったね!」一緒に手伝ったアースとユーも手を取り合い、喜ぶ。

 そして彼らに見送られながら、三人は出発した。


「やっぱり、すぐにあんなことを思い付く、おじいちゃんは凄いや」ユーが呟く。


 皆さん、あの少ない人数で、どうやって、あんなに重い物を運べたのか分かりますか?

 大きなヒントが冒頭の気候の説明にあります。そう、夜は氷点下にまで気温が下がる、というところです。クライスはここにすぐに気付いたのです。

 早速、それから皆で夜までに、ピラミッドの下の部分から移動させる位置まで、なだらかな坂道を作り、そこに大量の水を撒いたのです。それが夜になると凍り、ピラミッドはそこまで勝手に滑り下りていった、という訳でありました―。


 三人の旅は続く。


 途中、クライスは「アース、ユー、ここには、親を亡くした子供達が、一緒に力を合わせて暮らしている村があるそうだ。『かなり賢い子供達だ』という噂を聞いたことがある。勉強になるかもしれないので、二人で少し見ておいで」と提案した。好奇心旺盛な二人はもちろん頷き、すぐにその村に行く。


 村に入ってすぐ、アースとユーは、何やら品の無い二人組の男と隣り合う。彼らの話し声が、聞きたくなくても二人の耳に入ってしまう。

「ここが、バカな子供達がいる、と言われている村か?」

「皆、『百円玉と十円玉どっちが欲しい』と聞くと、十円玉の方を選ぶらしいぞ」

「しかも何度も、百円玉の方が十倍価値がある、と教えてもそうするらしいぜ」

「俺達も一回、試しにやってみよう」

「おう、それで次は、このことを知らない奴を連れて来て、百円と十円の説明をちゃんとした上でそいつらがどっちを選ぶのか、という賭けをして儲けるか」

「お、それいいね」


 その下品な二人から離れると、ユーはアースに聞く。

「あれ、おじいちゃんは『賢い子供達がいる』って言ってたよね」

「どういうことなんだろうね。とにかく行ってみようよ」

 ほどなく、学校のような場所が現れ、そこに沢山の子供達が集まって勉強していた。学校といっても、ちゃんとした机や椅子がある訳ではなく、先生すらいなかった。子供達の身なりも薄汚く、ぱっと見た瞬間、彼らが賢そうには見えなかった。アースとユーが、近寄って挨拶する。全員、警戒心むき出しの表情で、二人の方を振り返る。

「ここは学校なの?」

 誰も返事すらしない。

 しかし、その先生役を務めていた長身の男の子は、アースとユーの顔をよく見た後、少し緊張感を緩めた。その子は二人から直感的に、知性や品性を感じ取った模様であった。そこからは会話が進み出す。更には、アースとユーも両親を亡くしているということが分かると、全員との距離は一気に縮まっていった。

「ねえ、皆、なんで百円と十円のどちらかをくれる、って言われても十円しかとらないの。さっきもそこで、ここはバカな子供の村だ、って言われていたわよ」アースは尋ねる。

 そこにいた皆は、顔を見合わせ、笑いを噛み殺す。

「ああ、あれね。私達の今の勉強のテーマは、常に新しいものを生み出し続ける、ということなの。そしてそのためには『質問力』『ネットワーキング力』『観察力』『実験力』を強化していくことが大事だ、と考えているの。あれはそのうちの実験の一つよ」

 この女の子も、よく見るとかなり利発そうな顔をしていた。

 また、別の子が説明を続ける。

「これは、バカなふりをして情報を集める、という実験さ。実際、今このことが話題で、あちこちの町から、様々な人々がこの村を訪れ、何らかの情報を置いて帰ってくれる。しかも、皆、常に十円をくれる」

 聞いている皆も、つい笑ってしまう。

「もしも当たり前に百円を取ってしまったら、その百円で利益は終わりだ。が、そうしないことで、今でも、常に情報と十円の利益が入り続けている。この実験は成功したと言えるね」

「これからは、人と違った考えを思い付き、常にイノヴェーションをおこしていける人だけが生き残っていく、と僕達は考えているのさ」先生役の男の子が、そう付け足す。


 わずか半日程の出来事でしたが、同じ年頃の子供達のしっかりとした姿から、二人はとても大きな刺激を受けたのでありました。

「やっぱりおじいちゃんの言った通り、本当に賢い子達ばっかりだったね」

「来てみて良かったね」帰り道、二人は話し合う。

 彼らは将来、必ず成功していくんだろうなあ、と考えながら―。


 さて、一行は次なる町へと辿り着く。


 ここでは、ユーが近所に住むある男の子と仲良くなった。この子は、肌の色が皆と違うから、という理由により、町の皆から差別を受けていた。奴隷のような扱いを受け、学校やプールや馬車等、他の皆と同じところには入れてもらえなかった。ユーにはその理由が全く分からない。

「おじいちゃん、なんで、皆、あの子とは遊ばないの?」ユーは質問する。

「ユー、それは皆が間違っているんだ。あの子はいい子だ。お前は、いつも通りに一緒に遊びなさい」

「うん。言われなくてもそうするさ」

 その男の子は毎日、日中ほとんどの時間、働かされていた。そしてもちろんお金を貰える訳でもなかった。また、住む家も無かった。牛や馬達と一緒に、小屋の中で藁葺きを被りながら、雨や寒さを凌ぐ毎日であった。

 彼の両親は、とても真面目で聡明な人間だった。今は二人揃って、沢山仕事がある都会の方へ出稼ぎに行っている。その子は、両親の教え通り、常に何かを学ぼうとしていた。仕事中でも工夫して、可能な限り本を読んでいた。そして、この逆境を乗り越えた先に幸せがある、と信じ、毎日頑張っていた。

 その夜、男の子は、いつものように牛小屋の藁にもぐりながら、外套から漏れる明かりを頼りに本を読んでいた。すると、七、八人の男達が何やら相談している声が聞こえてきた。それはどうやら、「三日後、凱旋帰国の途中でこの町を通るジータ王を、細い山道で襲う」という話らしかった。

 ジータ王は今回、またもや隣国を征服し、領土を拡げていた。その力量は、誰しもが認めるところではあった。だが一方では、その短気で気まぐれな性格と、度重なる重税政策等により、庶民からかなり嫌われている、ということも事実であった。

 これを聞いた男の子は、何としてでもこれを阻止しなければいけない、と思った。ジータ王はかなり用心深い性格だということを聞いていたからだ。しかも持っている武器や人数が全然違う。(何とかして、彼らが襲ったということを、ジータ王には気付かれないようにしなければならない)と考えたその子は、男達の話を注意深く聞いた。そして、彼らの襲撃予定ルートを詳細にメモしておいた。

それから襲撃当日までの三日間、男の子はそのルートの途中に深さ二メートル程の落とし穴を必死で掘り、その上に紙を引き、草を沢山のせておいた。更にその穴の中に「お前達が襲撃に来ることは分かっていた。次に来た時は、お前達一族は皆殺しにしてやろう。ジータ」と書いた紙を入れておいた。(ここに落ちてしまえば、彼らが返り討ちにあって殺される、ということから免れるだろう)。


 襲撃予定日当日、その子の思惑通りにことは運び、ジータ王達は何事も無くこの町を通り過ぎ、帰還して行った。

 数日後、ジータ王が部下と共に、その男の子のもとへ現れる。ちょうど仕事の合間の時間で、男の子はユーと一緒に遊んでいる時だった。

「お前が、ここでの襲撃をくい止めてくれたそうだな」王がいきなり切り出す。

 突然の王の出現に驚いた男の子は、何と言ったら良いのか分からない。しかも実際には王を助けようとした訳ではなく、町の仲間が返り討ちにあって殺されるのを防ぎたかっただけなのである。

 ジータ王は続ける。

「実はあの帰り道、戦の勝利により、完全に皆、酔っ払っていた。ましてやこんな田舎の山道で襲われるとは、夢にも思っていなかった。お前の機転がなかったら、我々の命も危うかったかもしれん。小僧、礼を言うぞ。それから褒美を取らせる。何でも欲しい物を言え」

 男の子は少しの間、考える。

 その時、ユーが少し悪戯っぽい目で、男の子に提言する。「町の住民はかなり多くの税をジータ王に巻き上げられている」「彼はかなり自分勝手に人の物を奪ってきた」「王は計算が苦手だという噂だ」これらのことが、男の子の頭をよぎる。

(それいいかもね、でも、いいって言うかな)ユーに微笑み返す。

「何だ、どんなことでもいいから言ってみろ」王は上機嫌だった。

「では……」男の子は、ユーに言われた案を、恐る恐る告げる。

「ここに神社へ続く階段があります。ここの一段目に1円を、二段目に2円を、と、二倍ずつ一番上まで増やした額のお金を下さい」

(ん、これはだいたい二十数段の階段だな。一段目で一円、二段目で二円、三段目で四円、四段目で八円……十段目でも五百十二円か。なんだ、二、三百万円位はやろうと思っていたのに、欲の無い小僧だ)

「よかろう、後日送ってやろう」王は答えた。

 男の子とユーは喜びを隠しながら、あえて顔を見合わせなかった。


 よく数えてみると、階段は、上の方の小さい段も含めて三十一段あった。皆さん、これ、一番上までいくと、何円になるか分かりますか?

 な、なんと「十億七千三百七十四万千八百二十四円」になるのです。


 結局、その子は、全額は貰えなかったものの、相当数の金額を得たそうであった。しかも、貰ったお金の全てを、その町のために使ったそうだ。そして、これは後々の話となるが、その町の長となっていたこの男の子から、ユー宛の手紙が届くことになる―。

「あの時、皆から差別を受けていた僕に、全く普通に接してくれてありがとう。嬉しかったよ。それから、あのジータ王の件は本当に楽しかったね。まさかあの条件で、OKをもらえるとはね!あれから、僕はあの町の長を頼まれることになり、毎日、一所懸命頑張っています。でも、今でも無性に君に会いたくなる時があります。(実は君のことを思い出すと、少し涙が出てしまいます)。君と会えなかったら、今の僕はいなかったかもしれない。いつでも僕の町に遊びに来て下さい。全町民をあげて歓迎するよ。では、また会える時を!」


 この頃になると、クライス達の評判は、国中のあちこちに広まっていた。毎日、引っ切り無しに、彼らのもとへ困っている人々が相談に訪れるようになっていた。

 クライスは人々に、「とにかく、色々な方向から考えなさい。ヒントは、平等に周りに落ちている。大事なのは、それを拾えるかどうかだ」と説き続けた。そして子供達には、「勉強は楽しいものだ。まだ知らないことを、次々に知ることができる。こんなに素晴らしいことはない」と教え続けた。

 彼の言った通りに行動すると、必ず、ことはうまく運んだ。まるで彼には未来が見えているかのようだった。そして、いつしか彼は、皆から「預言者」と呼ばれるようになっていた。

 

 当然ながら、その噂はジータ王の耳にも入っていた。かつて何度も邪魔をされたということに加え、人一倍、猜疑心の強いジータ王は、このままでは自分の地位も危うい、と思い出していた。実際に、いくつかの町では「クライスを国王に!」という運動も広まりだしていた。

 ついに業を煮やしたジータ王は、クライスを逮捕する、という強硬手段に打って出た。もともと独裁政権な王国である。全ての権限はジータ王が持っているため、罪状等は何でもよかった。そして、王への反逆罪、反宗教罪、等といういくつかのデタラメな理由により裁判を行い、彼を死刑にする、という決定を下した。


 死刑執行の当日がやってくる。

「ねえ、おじいちゃんは何も悪くないのに、こんなことがあっていいの!」

「僕達で、ジータ王を殺しに行く!」

 怒り狂う二人を、クライスは、変わらぬその静かな微笑みでなだめる。

「ユー、そんなことをしてもまた次にお前達が殺され、その憎しみは永遠に繰り返されていくだけだ。そんなことは、私は望んでいない。どうせ、我々は誰もがいつかは死ぬ。私もどっちにしても、じきに死ぬ運命にあるんだ。それならば、その後、いかに皆の心の中に生き続けられるか、ということが最も大事なことなんだ。お前達の心の中に、そして私を慕ってくれている沢山の人々の心の中に、生き続けることができれば、それは私の本望でもある。だから、心配いらないさ」

「だけど……」もちろん、二人は、この別れを納得することはできない。

 クライスは、最期の時を迎えても、いつもと全く変わらぬ穏やかな笑顔で、アースとユーに話しかける。

「二人共、私のいつもの言葉を覚えているかい?」

「『考えろ、最後まで諦めるな』でしょ」アースとユーは、かすれ声で、言葉にならない言葉で、答える。

「正解だ」クライスはそう言い残し、ジータ王の方へ、すなわち死刑台の方へと歩き出す。

「行かないで!」二人は泣き叫ぶ。

 それを聞いたクライスは、笑顔で涙を流す。


 一方、ジータ王の方は、全国民への見せしめ、という意味合いからも、クライスを、最も残酷な方法で葬り去ろうとしていた。その方法とは、磔の刑に加えての獣葬、というものだった。これはどういうものかというと、まずは、クライスを十字架に磔にした上で、猛禽類やカラス達の好物を彼の体中に塗りたくる。そして体ごと食べさせながら殺していく、という残忍極まりない刑であった。

 クライスは素直に、十字架へと向かう。

 普通は、磔の刑だけでも疲労と飢えにより数日とは持たない、と言われている。が、今回は更に、獣葬までをも加えている。ジータ王は、自分の力を全国民へ改めて見せつけることができる、というこの状態をとても喜んでいた。

 ここで、一つ目の奇跡が起きる。

 三日、四日、一週間と経ってもクライスは死ななかった。顔色もあまり変わっていない。どうしてなのか?

 それは、寄って来た鷲や禿鷹、カラス達は、彼の体に付いている餌だけを食べ、一切体には口を付けなかったからであった。更にそれだけではなく、彼の口へ、水、木から採ってきた果物、野菜、等を入れてあげていたのである。クライスの優しさは、動物達にも伝わっていたのだろう。

 連日、彼のもとを訪れている人々や、この噂を聞いた国民の多くは、とうとう彼をこう呼び始めた。「彼は不死身だ!」「神だ!」「彼は天から舞い降りて来た、神様だ!」と。

 怒りと焦りで、ジータの脳みそは沸騰し、はらわたは煮えくり返っていた。

「じわじわと苦しみを与える予定だったが、もうやめだ。こうなったら、即死の刑に切り替えだ」


 翌日、この国最大のコロッセウムで、刑の執行が開始されようとしていた。クライスは、椅子に縛り付けられている。客席には、アースやユーはもとより、クライスに今まで助けられた者達、神といわれている彼の姿をひと目見ておきたいという者達、三万人以上の人々が集まっていた。

「早速だが、刑の変更を告げる。そして今から執行する」

 ジータ王は、やっと邪魔者を消せる、という喜びに満ち溢れた表情で、クライスと観客全員に向かって喋り始める。

「さあ、クライスよ、これで本当にお別れだ。神が俺の前では何もできない、とは皮肉なものよ。更にこれで、俺が神以上の存在である、ということも証明されてしまうな」ジータは、これ見よがしに、会話が会場中に聞こえるようにマイクを設置していた。

 クライスは、いつもと変わらぬ穏やかな表情で、雲一つない真っ青な空を見上げていた。その姿は、空の先にある宇宙から、何らかの力を得ているかのようでもあった。


「お前は、皆から『預言者』と言われているらしいな。では最後に、お前に、その得意な預言というものをさせてやろう。それが当たれば『毒殺の刑』、外れれば『ギロチンの刑』、だ。まあ、どっちにしても死ぬがな!ガハハハハ」ジータのこの上なく下品な笑い声が、コロッセウム中に響き渡る。

 と、その瞬間、アースとユーは何かに気付く。真っ暗闇の先に光を見つけた時のように、目を輝かせる。そして、猛然と壇上へ駆け上がる。

「王様、一つだけお約束を」

「貴様らは、クライスのところのクソガキ共ではないか。この期に及んでどうした」

「王様、命に賭けて、絶対に言ったことは守る、と誓って下さい」

「つくづくバカな奴らめ。守るに決まってるだろう。どっちにしたってこの後、毒かギロチンかで殺す、と言ってるんだぞ!」


 そして、クライスは一言、静かに預言を告げる―。

「私は、ギロチンで殺される」


 数秒後……。

 観客席からは、大歓声が沸き起こる。

「これならば、どちらでも殺せないぞ~」「さすがクライスさん」「奇跡だ!」「神よ!」

 全員が各々、何かを叫びながら、一人、また一人、とステージ上になだれ込み、喜び合う。


 そして三人の旅は続く―。 



 ここで、エンドロールが流れ出す。

 カントリー調の音楽にのせて、やや悲しげな歌詞を囁く女性ヴォーカルのかすれ声も心に響くなあ、と彼は思う。

 この後、ラストの場面での、クライス達に助けられた人々が集まり、力を合わせて新しい国を作ろうとする、というところも良かった、と彼は思った。

 そして、あの差別を受けながらも頑張っていた子と、最初に救われた美しい娘が結ばれる、というシーンでこの映画はTHE・ENDとなった―。



(約二時間前)



 彼は困っていた。

 彼の名は、高橋誠二。ごく平均的な家庭で育った、次男。平凡な見た目で、そんなに悪くはないが良くもない大学を出て、ごく普通の会社に入社。悪いこともしないが良いこともせず、営業として四年目の二十六歳。 

 この日も外回り中だったが、アポを取っていた相手先から「急に会議が入ったため、申し訳ないが二時間後に来てくれないか」と言われていたのだった。彼の会社からするとここは大手企業なので、当然、言われるがままに待つしかなかった。

(一回会社に戻って、また出てきても時間の無駄だしなあ)

 という訳で、彼は困っていたのであった。

 と、そこで彼の目に入ったのが、駅前の寂れた映画館での上映スケジュールだった。何やら昔の映画のリバイバル上映らしいが、一時間そこそこで終わる、値段が通常の半額、ということが、彼にその映画館入りを決心させたようだった。



(再び現在、上映終了後)



 彼、高橋誠二は、しばらくの間、動かなかった。上映が終わり、会場が明るくなってからも止まっている。何かが彼の琴線にでも触れたのだろうか。そしてようやく腰を上げた。すると同じように、一人きり、椅子に座ったままの女性を見付けた。彼女は、恐らく誰もが、一度見たら何とかして必ずもう一度見ようとするであろう程の綺麗さだった。有名な女優が隠れて一人で映画を見に来たに違いない、と思わせる程の美貌だった。

 立ち上がった彼と、彼女は目が合う。

 しかし残念ながら、ごく普通の彼が、この後すぐに彼女とどうなるという訳でもなかった。


 だがその数日後、奇跡としかいいようのないチャンスが、彼に訪れる。その映画のDVDを買いに、最近できたばかりの近所の大きなレンタルビデオ屋に行った時のことである。彼はあの映画のタイトルを告げ、店員に探してもらっていた。

「昔のものなので、あるかどうか分かりませんが……」と言いながらも、その店員は丁寧に探してくれていた。しかし、なかなか見つからないようであった。全国にある支店にも電話をかけ、在庫の確認をしてくれているようだが、どこにもないらしい。

 それからしばらくして、「ありました。これ一本だけ見つかりました」と言いながら、その店員はDVDを持って来てくれた。

「ありがとうございます」彼がお礼を言いながらレジでお金を払っている時に、横で女性の声がする。

「あの……、『クライスの冒険』のDVDはありますでしょうか?」

 彼は横を見る。彼は、というか、店内の男達は全員彼女を見ていた。

「もうこの一本以外はどこにもないそうですよ。僕が今、ちょうど買ってしまいました。だけど、この映画も、僕よりもあなたに持っていてもらった方が喜ぶと思いますので、よかったらプレゼントします」

 彼は本当に心からそう思った。そして素直に彼女に伝えた。当然ながら、彼女は遠慮し、断ったが、結局彼の押しに負け、受け取ることにした。

「では、お礼に、お紅茶でもご馳走させて下さい」

 彼にとっては、これだけでもとても幸運なことであった。DVD一本分の代金よりも、はるかに価値のあることだったはずだ。彼女は覚えていなかったが、あの時一緒に映画館にいた、ということから始まり、映画の話、好きな本の話、家族の話、等々、見た目はつり合わない二人だったが、意外にも話は盛り上がったようであった。


 彼女の名前は、亜美。その整った小さな顔とスタイルの良さだけでも十分なのに、加えて、成績優秀、育ちの良さも抜群という、まさに非の打ち所の無い女性だった。彼女の父親は賢者として物凄く有名な人らしく、母親は小学校の先生だった。そして両親はずっと仲良く、一人娘の彼女のことも大事にしていたため、家族三人は大変仲が良かったそうだ。


 一般的に、動物もそうかもしれないが、人間は、より良い遺伝子を後世に残したい、と思うものであるらしい。よって、その相手となる異性には、自分にないものや、より良いものを求める。それは例えば、見た目の美しさであったり、頭の良さ、運動神経、等であったりするだろう。


 この二年後に、彼女、亜美と誠二は結婚することになる。

 亜美の周囲からは、彼でいいのか? 彼のどこが? という声が漏れ聞こえてきたが、彼女からすれば無意識のうちに、唯一、自分に足りないもの、そう「平凡さ」を彼に求めていたのかもしれない。人生、こういう逆転劇もあるものなのだ―。



(そこから約三十年後)



「高性能な人工知能を埋め込んだマイクロチップが開発され、とうとう実用化が決まる!」

 この日、全てのメディアは、この話題で持ち切りであった。そして、このニュースは国内のみならず、瞬く間に全世界中を駆け巡った。

 このチップを埋め込んだロボットは、命令通りに正確に動くことに加え、自ら学習することも可能であった。よって、一緒にいればいる程、相手のことも理解していくので、完全なる会話も可能になる。もちろん、暴走を防ぐための制御システムも万全である。

 今後増え続けるであろう認知症の老人への介護、からはじまり、車や乗り物等の自動運転、危険な場所での労働、等々、その効用は計り知れないものであった。更には、現在飛んでいる宇宙衛星に、考えることのできるこのロボットを乗せることで、新たな発見が増える、という期待もある。実際に、人間では耐えることができない速度で、更に遠くまで飛ぶことが可能なロケットはもう開発されているそうだ。ここに、このロボットを乗せ、「より宇宙の奥まで探索する」という計画も実行間近らしかった。しかも、情報さえ得ることができれば、このロケットは帰還できなくてもいいのである。よって、開発において、最も気を付けるべき部分の一つについての予算を、大幅に省くこともできたのであった。

「倉石 明日(あす)美(み)・優人(ゆうと)」

 今や、世界中でこの名を知らぬ者はいないであろう。これが、このマイクロチップを発明した姉弟の名前であった。二十七歳と二十四歳という二人の若者の快挙に世の中は沸いていた。


 この日は記者会見が行われていた。

「この発明が、全ての人々の役に立てることを願っています」優人が言う。

 そして明日美が、「いつも伸び伸びと、私達二人を育ててくれた父と母、それから祖父母に感謝します」と続く。

「お母様はどのような方なのですか?」との問いには、「お母さんは、とても綺麗で常に優しく、私の理想の女性でした」と、嬉しそうに明日美は答える。

「では、お父様は?」今度は、はからずも二人が同時に答えた。

「とても平凡な人でした」


 実は彼らの両親は、まだ二人が幼い頃に、突然、事故で亡くなってしまっていた。だから残念ながら、彼らの両親は、このニュースを聞くことはできなかった。次男であったこの父親は、一人娘であった母親の家から頼み込まれ、婿養子という形で結婚していた。そして二人が亡くなった後は、この母親の両親が彼らを育てていたのであった。


 明日美と優人は、家に着くと、両親の遺影の入った額に報告した。

「父さん、母さん、やったよ」

 遺影の横には、一本のDVDが置いてある。これはこの姉弟が小さい頃、家族皆でよく観たものであり、この父親と母親の、出会いのきっかけとなったものでもあったらしい。ケースの表紙に写っている姉弟の写真を見ながら、明日美と優人は思い出していた。

 両親がよく、「これは、お前達二人に本当によく似ているなあ」と言いながら、優しく笑い合っていた姿を―。     

                                    [完]



   エピローグ



 記者会見の数週間後、明日美と優人は、とある超一流ホテルに呼び出される。この日、このホテルに、世界の主要大国四カ国の大統領達が集まるらしい。この四人の大統領が、どうしても二人にお礼を伝えたい、ということらしかった。

「お礼、って何のことだろうね」

「しかも、集まるメンバーが凄すぎるね」二人は、豪華な待合室で待っている間、話し合う。が、これが何の集まりなのかは、全く分からない。

 やがて、「皆様、お揃いのようですので、こちらへどうぞ」と、総支配人が直々に彼らをもてなす。今まで見たこともないような綺麗な部屋に、明日美と優人の二人も通される。部屋の中には、四人の大統領と司会者のような人が座っていた。何故か四人は、久しぶり、というような微笑を、明日美と優人に向けていた。まずは全員で、ワイングラスを片手に乾杯する。それからこの司会者が、四人を簡単に紹介してくれた。

 一人目は、サーラという四十歳位の女性。彼女は教育方面でめざましい活躍をしてきたそうである。優しそうな笑顔が印象的だった。

 二人目は、マルティネス。五十代前半、褐色の肌で筋肉質な体をしていた。最初の仕事は建築関係であったそうだ。体の割には、丁寧な振る舞いをみせていた。

 三人目は、スティーブン。三十代前半、長身。彼のいくところには必ずイノヴェーションの嵐が巻き起こる、と言われているらしい。数々の歴史的な発明を行った後、政界入りしたそうだ。

 最後、四人目、名はバルラック。優人と同じ位の年齢に見える。彼は、奴隷制度の撤廃、人種差別の撲滅、等で有名な人物だそうだ。また、その大国の歴史上、黒人で初めて大統領となった人物であったらしい。

 この集まりが何なのか、いまだ全く分からず、やや緊張した面持ちの明日美と優人の二人をよそに、非常に和やかなムードで、会は進行していく。更に、ホテルの威信をかけた料理やワインも大盤振る舞いされたため、全員、笑顔が絶えない。その雰囲気に、二人もやっと、楽しい気分になってきていた。

 と、そこで、一番年上のマルティネスが、ゆったりとした口調で切り出す。

「では、そろそろこの会の本題に移りたいと思います。皆さん、宜しいでしょうか」

サーラが、その優しい瞳で続く。

「ええ、まず一つ目は、我々、皆で力を合わせ『国境を越えた新しい国をつくりましょう』ということ」

更に、発明好きな長身のスティーブンが、力を込める。

「そう、それから二つ目は、二人のこの発明への感謝。これは間違いなく、これからの世界を変える!」

「そして三つ目、これが最大の目的です。我々は皆、かつて、あなた達とおじいさまの三人に、助けられているのです。もしかしたら、あの時、まだ小さかったあなた達は、あまり覚えていないかもしれません。が、やっとそのお礼を言える時がきました。本当にありがとう」

 バルラックの目からは、涙がこぼれ落ちそうだ。

 そしてそこから、すぐに人懐っこい笑顔に変わる。

「そうそう、もう一つ、おまけがあったよ。彼女がやっと僕のプロポーズを受けてくれたんだ。皆にも一緒に喜んで欲しかったので、ここに呼んだのさ。今、到着したみたいだ。ここからは、僕達の婚約パーティーだ!」


「こんばんは」

 彼女が部屋に入って来る。

 そのあまりの美しさとスタイルの良さに、全員、声が出ない。

「ああ、あの、石の時の!」

 アースとユーは思い出した。       


                              THE・END



参考文献


・水平思考の世界     著者 エドワード・デボノ 講談社


・頭の体操 第5・8・9集 著者 多湖 輝     光文社


・イノベーションのDNA  著者 クレイトン・クリステンセン

ジェフリー・ダイアー  ハル・グレガーセン 翔泳社

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賢者クライスの冒険-水平思考が世界を変える- 正義は勝つのか? シリーズ〈エピソード1〉 猪股 洋陽 @inosan

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