ショートショート「華麗なる転身」
棗りかこ
ショートショート「華麗なる転身」(1話完結)
芸能界に格付けがあるように…。お笑い界にも、格付けがある。
また、ギャラにも雲泥の差がある。扱われ方にも、天と地ほどの差があった。
芸能界の暗部が、お笑い界には、隠然として残されていた。ブラックな、ブラックな、因習が…。
「とにかく派手にかまそうよ。」プロデューサーは、ディレクターに指示をした。
「とにかく、製作費を安く、そして、インパクトのある絵を獲る!」
「わっかりました~。」
「芸人の手配は、済んだか。」
「ハイ。」「新人のレッドゾーンを呼んであります。」
レッドゾーンか…。いい名だ。面白い絵が獲れそうだ…。
プロデューサーは、ポンとディレクターの肩を叩いた。
「わかってるじゃん。佐野D。」
今日は、火薬をじゃんじゃん使え!季節外れで、安く火薬が手に入る…そんなことも、危ない衝動を煽っていた。
「彼に、事前に説明は…。」「いい。」「今日は、説明抜きでいく。」
レッドゾーンは、グループ名を名乗っていたが、茅野猛(ちのたけし)個人ユニット名だった。
「このチャリを漕いで、この岩場を走ってください。」
指示されたのは、それだけで、見るからに安っぽい、ママチャリに番組名を描いたノボリ旗がついていただけのシロモノだった。
一生懸命、必死にチャリを漕ぐ…と、説明を受けて、レッドゾーン茅野は、とにかく走ればいいんだな、と、指示される儘に、ママチャリを漕ぎ出した。
だが、漕ぎ出してみると、砂利が、石が邪魔して、うまく走れない。
それでも、頑張ろうと漕ぎ続ける茅野のすぐ前の岩場で、突然、ドカーンと、火薬の炸裂する音がした…。
「な、なんだ????」
「走れ~!!!!走り続けろ~~~~~!!」ディレクターが大きく手を回しながら、大声で叫ぶ。
「カメラはまだ回ってんぞ~。」次の爆発が起こったのは、その言葉の直後だった。
「え~、ですから。」プロデューサーは、携帯電話を持って、渋い顔で、話し込んだ。
「事故は、起きないように、万全の注意を払っていた訳で…。」
「ヤバいじゃん。」「アイツが事故ったのが、マスコミにバレちまうなんてさ。」
プロデューサーは、不機嫌そうに振り返った。
「知名度の低い新人を使う…そのメリットはな。」ポンポンと、ディレクターの肩を叩く。
「事故っても、炎上しないことにあるんだぜ。」
プロデューサーは、かつての、シンゴの事故を引き合いに出した。あの二の舞は、御免こうむる。あの時は、知り合いが叩かれ、始末書を書かされていた。
「病院へは?」ディレクターがおそるおそる尋ねると、
「君行ってきて~。」「安い花でも買ってさ。機嫌とってきてよ。」
とにかく…と、プロデューサーは真顔で念を押した。「警察沙汰だけは、避けたいんだよ、俺は。」
ディレクターは、指示に黙って頷いた。
レッドゾーンは、それから、テレビ界から姿を消した。
事故を起こしたタレントという汚名が、彼の名前についてまわっていた。
「使いづらいなあ。アイツ。」あらゆる制作会社が、手を引いていった。
誰もが、レッドゾーン茅野猛のことを、忘れた頃、投稿動画サイト「MyTube」(マイチューブ)に、面白い動画があると、いう評判が立った。
そのサイトは、毎週更新される、画期的なお笑いコーナーで出来ていた。
「ひゃはは。何これ~?」評判が評判を呼んで、そのサイトは、人気マイチューバーとして、MHKの取材を受けるようになっていた。
「あなたのお名前は。」「茅野猛と言います。昔レッドゾーンというユニット名で、お笑い界にデビューしたことがあります。」
MHKは、事故のことを、知らなかった。
茅野は、事故の怪我とやけどから、回復すると、安く買った業界用ビデオカメラを元手に、前衛的なお笑いサイトを作り上げた。
「自分がどれくらいのことが出来るか、試してみたくて。」
MHKの取材だったので、茅野は、綺麗事を言った。
レッドゾーンのマイチューバー転身は、「ナイト10」で、放送され、新たなファンが、茅野のサイトに押し掛けた。
「やるじゃん、レッドゾーン茅野た・け・し。」かつてのプロデューサーも、番組を見ていた。
そして、携帯電話を取ると、「あ、ディレクターの佐野ちゃん?」と、部下を呼び出した。
「マイチューバーのレッドゾーン茅野猛を押さえて頂戴。」
「いけるなあ…。レッドゾーン。」彼の頭の中には、次次のクールで打ち出していく、新番組の構想が出来ていた。
「よろしく頼むぜ、レッドゾーン。」 プロデューサーは、企画書を立ち上げようと、自宅のパソコンの前に座って、打ち始めた。
敏腕P 頤肇(おとがいはじめ)。彼の頭には、かつての事故のことなど、微塵もなかった。
華麗なる転身…。
(おわり)
ショートショート「華麗なる転身」 棗りかこ @natumerikako
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