『屋敷神様がみてる』
「まず、この世界の成り立ちについてだが、母上お一人の力でこれを創造・維持することはまず不可能だ。協力者──図らずもそうなってしまっている者がいると考えるのが妥当だろう」
確かに、弟が弟なだけにそういった素質を有している可能性は大いにあれど、陽の経験上視え始めて間もない人間が独力でこれを形成し得るとは思えません。
「で、図らずもそうなってしまっている者っていうのが」
「ああ、余の目の前にいる」
王子が僅かに目を細めました。されど、責めるような眼差しではありませんでした。
「ま、僕だよな」
どこか力ない笑みが、陽の口許に浮かびます。そうする他──ありませんでしたから。
「驚きはしないのだな」
「僕だって全くの無知じゃあない。いくら勘が悪くても──というか諦めが悪くたってこれは気付く」
何らかの形で、この世界に加担していることに。
「どうやら──余はお二人が持つ特有のエネルギーの差異を判別できるようだ。だからこそ、この世界が父上と母上の“合作”によるものであると気付くことができた。恐らくは余が成った経緯に基づいているのだろうが」
陽は狐を一瞥してから、
「絶対バラすなよ。百パーセントネタにされる」
と小声で王子に警告しました。
承知していると言葉にする代わりに、王子はわざとがましい咳払いを致します。
「一体──僕と千影は、何を喚んだ?」
王子が、天井に目を向けます。陽の目にはそうとしか映っていませんが、きっと天井を越えた
「恐らくは、
屋敷神──。
「ジジイの親戚みたいなもんか?」
トイレもまた屋敷の一角には違いないわけで。
「厠神や神棚を始めとする屋内神とはまた別物だ。屋内で祀られている屋敷神もいるにはいるが、それは元来外で祀っていたものを何らかの事情でそこに移したのだろう。屋敷神とは、屋内神と村のような共同体を護る神──その中間に位置するものだ」
桃の木みたいなもんだよ──と狐が補足を加えました。まるでピンとこないカバーに、陽はついつい顔をしかめてしまいます。
「植えるでしょ? 庭の北東に」
「いや、生きとし生けるもの普遍の常識みたいに言われてもだな」
「魔除けよ魔除け。で、そこに住む一族──っていうよりか、その辺一帯を護ってんの」
言いながら、狐は両腕を目いっぱい広げて見せます。余談ですが、北東に植え込むのは陰陽道においてそれが鬼門とされているからでしょう。
「狐の言う通り、屋敷神とは地所の神なのだ。それゆえ、屋敷の傍にある社や祠に祀られた場合、屋敷の住民がいなくなったところで、彼らはそこを護り続けるほかない。そして、人に忘れられた神々は──」
「しばしば祟りを起こすぞってね。まさに神様って感じ」
「それに──此度の件、屋敷神はどうも一体ではない。母上と父上は、喚起した複数のそれを結束させてこの世界を形成している。それゆえ境界がないも同然になっているのだ。父上が我らをこの場に喚び寄せられたのもそのため。厠神だから厠を離れることができない。狐だから狸の結界内で自由に行動できない。そういった制限さえ、ここでは意味を成さなくなっている。加えて、少しずつこの世界は拡大している。あちこちに点在する祀られていた、あるいは今なお祀られている屋敷神。それらを取り込みながら、これは
「おいおい、凶悪過ぎだろ。僕と千影の力を合わせたって、フツーこんな規模になるのか?」
陽の率直な疑問に、
「お二人の力を合わせたというよりは──」
と一旦言葉を切って、王子と狐は意味ありげなアイコンタクトを交わします。
「屋敷神がチョー頑張ってるんだよ」
「は?」
「だから、屋敷神がチョー張り切ってるんだよ。二人のために」
──二人のために?
「な、何で?」
「陽ちゃんは、自分が一番偉いんだぞってふんぞり返ってるワンマンリーダーと、いつだって部下への気遣いを忘れない謙虚なリーダー、どっちのもとで働く方がモチベが上がると思う?」
「そりゃ謙虚な方だろ」
「似たようなことがあたしらにも言えるの。自分たちを感得した人間のあり方によって、モチベが変わる。まあコイツのためなら力振るってやるのも悪くないかなって、人となりを見てるんだよ」
「父上と母上は、ただ鬼神を感得するのみならず、喚起したそれに好かれやすい天賦の才をお持ちだ。お二人に喚ばれたからこそ、屋敷神も存分に力を振るっているのだろう。全てはお二人の想いに応えるために」
──二人の想い。
ぐっと心臓を鷲掴みにされたような心地が致します。自分と千影は、屋敷神に何を望んでいるのでしょう。
「僕が家に帰れないのも、望みの一部だって言うのか?」
「厳密には違えど拡大解釈した結果、そういう事象として現れたのだろう」
「じゃあ、このループから抜け出す方法は──」
「ああ、父上のみぞ知るということだ」
肩を落とす陽に、王子は少し言い辛そうに言葉を続けます。
「余が思うに、父上の中ではっきりしていないのではないか? 母上に会って、何と言葉をかけていいものか」
「言葉って──」
そんなもの、会ってから考えればいいだろ。
当然のようにそう言いたくて、言えませんでした。
──千影が視えるようになったのは、僕が移したからか?
その問いを千暁は否定しました。
事態はもっと単純で、壮大で、救いようがないと。
相変わらず──言葉遊びが過ぎます。当人としては優しさのつもりなのかもしれませんが、おかげでワケがわかりません。ただ──事実視えるようになった千影は、鬼神を感得できる立場に回った彼女は、今何を思っているのでしょう。陽のことをどう思っているのでしょう。
──いっそ陽くんにフラれてしまえばとさえ思ってる。
どうして家に帰れないのか、ループする仕組みを創ってしまったのか。
陽は、なんとなく察しました。
「僕は──ビビってるんだと思う。関係が変わってしまうかもしれない。千影とこれまで通りじゃいられなくなるんじゃないかって。アイツのところへ急がなきゃいけないのに。いざ会って、僕のせいで視えるようになったって責められたら──嫌われてたらどうしようだなんて」
大切な恋人の命より、自分が傷付かないことを優先している。
王子が、沈痛な面持ちで何ごとかを口にしかけたところで──。
あぐぅっと陽は情けない声を上げました。いつの間にか彼の背後に回り込んでいた狐が、その膝裏に無言の前蹴りを浴びせたからです。
「何だよ。真面目に考えてんだぞ!」
「やー、真面目に考えるのはイイけどさ。余計なこと真面目に考えても仕方なくない?」
陽は、言葉に詰まります。あまりにもごもっともな指摘です。
狐が長く息を吐きました。自らの
「千影ちゃんって視えだして間もないんでしょ? だったら、今千影ちゃんを支配してるのは恐怖だけ。視えてるものに対する怯えだけだよ。そんな状況下でさ、陽ちゃんのことどう思うもこう思うもなくない?」
絶対そんな余裕ないでしょと強く言い切ってから、狐はさらに続けます。
「だから、まずは行ってみよーよ。千影ちゃんの気持ちを勝手に決めつけて落ち込んでるヒマなんかないって。こっちは面子も揃って、もう陽ちゃん一人じゃないんだからさ。皆で行けば何かできるかもしれないじゃん」
陽とジジイと王子が、三者揃って目を
何だか──思っていたのと違うリアクションに、狐はつい後退ります。
「な、何さ」
「いや、あまりにも的を得ているというかだな」
「まとも過ぎて一瞬誰コイツってなっちまった。え? もしかして中の人変わった?」
あたしは元からこうだっつーのという抗議と共に、陽の足へ
王子が、そっと落とすように笑いました。
陽と狐は戯れ合いを止めて、彼に注目します。
「すまない。だが──狐の意見ももっともだ。まずは動くとしよう。何よりここでは意思の力が物を言う。もし、父上が我らの存在を少しでも頼もしいと思ってくれているのであれば、この世界にも何か良い変化が起きているやも知れない」
王子の言う通り、空間的異常の一因が陽の気の持ちようにあるのであれば──彼らと一緒にいる今こそ事態を動かすことができるかもしれません。
「あっれ~? 何か空気良くね~?」
狐は、本物の狐よろしく軽やかな動きで陽の
人間と気軽にコミュニケーションが図れない都合上、どうしても影が薄くなってしまうジジイもまた満ち足りた笑みを湛えております。部員を温かく見守る運動部の名物顧問っぽいオーラが若干──本当に、若干鼻につきますが。ここは目を瞑ると致しましょう。
陽は胸を張って、
「もちろん、頼りにしてるよ」
そう断言しました。誰かの力を借りなければ何もできない自分に対する気後れは、大分薄れていました。
いつだって前へ進むために誰かの力を求めることができる。
それこそが、彼女の教えてくれた長所なのですから。
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