『僕とジジイと社長となっちゃん(寄宿生ver.)と時々(ry』

 気持ち小奇麗な装いで現れたジジイは、巧みなボディランゲージ(狐を表すそれはなけなしの毛髪を使った即席ツインテール、王子のそれは何故かブタ鼻の変顔でした。後者は──単に不仲だからでしょう)によって狐と王子の無事を教えてくれました。

 安堵する一方、陽は疑念に首を捻ります。

「そういえば、何で平気なんだ?」

 何故ヒト型に姿を変えられていないのか。

 あの家自体が、術式で護られているからか。あるいは千影の"お情け"という名の難易度調整か。

 ジジイが、すっと陽を指差しました。僕が関係してるって言うのか──という問いかけに、こくりと頷きます。心当たりがあるようなないような。強いて言えば、彼らを喚起したのは自分です。


「僕に喚び出された存在だから、被害に遭わずに済んだ──と」


 うんうんと首肯するジジイを見るに、どうやら正解のようです。

 が、陽は姉や千暁とは違う、ただ感得できるだけの人です。鬼神に振り回されるばかりのしがない立場です。彼らのように、抜きん出た才をもって生まれたわけでもなければ、特殊な修練を積んだ憶えもありません。

 一体──何が違うというのでしょう。

「さぁて、喚んでみたはいいけどよー」

 言いながら、陽は腕を組みました。同じ心境なのか、ジジイもまた同じポーズで渋い顔を作ります。見知った存在が現れ、いくらか安心感は得られたものの、結局どう動けばいいかは一向に定まっていないわけで。

 そもそもジジイはトイレあっての神なのです。ひとたびそこから離れれば、コンディションをフラットに保つことさえできません。

 陽は、頭を悩ませながらトイレを離れました。ジジイもまたトイレを離れます。匍匐前進ではなく、ふよふよと僅かに上下しながら。

 足を止めました。ジジイを──二度見しました。

「えっ、何で付いてこれんの?」

 それも飛びながら、力の源泉であるトイレから離れてなお澄ました顔で。

 ジジイは自分の躰を見るや──口元を両手で覆い、大きく目を剥きました。

「うわっ、私の年収、低すぎ──じゃなくて気付いてなかったんかい!」

 陽は、トイレ掃除を経てジジイを喚び出しました。が、これは何もそうすれば喚べると過去に教わったわけではありません。こうすれば出るんじゃないかという憶測から、実行したに過ぎないのです。

 もしかして、召喚の儀とは案外こういうものなのでしょうか。

 否、恐らくはこの世界がどうかしているのです。大凡儀式とは呼べない儀式を以てなお、喚起しようと思えばできてしまう──かもしれない。そんな鬼神オバケの無法地帯なのです。


 それすなわち"喚べる"と思ったら"喚べる"ということ。


 陽は、よしっと胸の前で拳を握ってから、ジジイにこう言いました。

「ついて来てくれ。僕に──考えがあるんだ」

              ※

「おいすー陽ちゃーん。元気そうじゃーん。──えっ、何そのポーズ」

 思いのほか、あっけらかんと手なんか振って見せる狐に対して、その場に片膝を着きかけていた陽は、

「──何でもねぇよ」

 とだけ返して、膝を伸ばしました。今まさに広げようとしていた両腕をたたみました。

 眼前のフィギュアに白狐の霊魂が宿り、目を瞬いた直後、陽としては熱烈なハグを交わしたい程度には、再会を祝う気持ちが昂っておりましたが、彼女のテンションがあまりに平素通りだったため、瞬間頭を冷やした次第です。

 大学の近くにある複合商業施設。物産展やミニコンサートなど、ちょっとした催しが開かれるイベントスペースにいま陽たちは集まっていました。例に漏れずそこも"浸水"していましたが、性質が性質なので、移動の妨げにはなり得ませんでした。

 狐は、襟や袖のレースを軽く引っ張りながら、

「ま~た陽ちゃんのオンナの趣味だよ」

 と拗ねたふうに朱色の唇を尖らせます。

 リズミカルにカールしたツインテールに、葡萄酒色を基調にした膝丈スカートのドミトリードレス。器としたのは、施設内にあるアニメショップから拝借した「なっちゃん」の期間限定寄宿生バージョンです。

 ──どうでもいいですが、狐のなっちゃんと狸のはっちゃんが登場する件の作品、どういう世界観なのでしょうか。

「他意はねぇから。性的嗜好関係ねぇから」

「まっ、あたしは全然いいんだけどさ──」

 狐は何やら言いたげな面持ちで、を見ました。陽もまた少しバツが悪そうな顔で、その目線を追います。そこに立っていたのは──。

 クラシカルなオールバックスタイルに、均整のとれた躰を装うブランドもののスーツ。フリー写真素材サイトに跋扈ばっこしがちな「多分アメリカ国籍のデキるビジネスマン」が、そのまま顕現されたかのような身なりの青年。


「──どちらさま?」


 陽と狐の声がハモりました。

 青年はやや呆れたような口ぶりで、こう言います。

「言っておくが、余をこの姿で喚起したのは父上だぞ」

 赤い無地のネクタイを締め直す所作が、やたらと板についてました。

 正直に言って、王子の喚起は困窮を極めました。彼のイメージと結びつく器が、一向に見当たらなかったからです。おもちゃ屋に行けばカエルのぬいぐるみはありましたが、陽の中で彼がかつて三本脚のそれっぽい妖怪──蜮だった事実は大分希薄化しておりました。迂闊にカエルのぬいぐるみを使えば、最悪縁もゆかりもない存在を喚び出しかねません。

 そこで、陽は見方を一転、連想ゲームを試みることにしました。

 王子といえば金持ち、金持ちと言えば社長、社長と言えばハイブランドのスーツ──。

「で、スーツを着たマネキンに至ると」

「いや、無茶って言うか、流石に雑だとは思ったけどな。うん、正直成功できたことに心底ビビってる」

「元が中国妖怪でそこから王子に転身して、トドメに社長とかキャラ波乱万丈過ぎない?」

「──ことキャラクター云々うんぬんにおいて君にとやかく言われるのだけは心外だぞ」

「とりあえず、チョーお金持ってそう。社長~稲荷寿司奢ってよぉ~」

 そこは稲荷寿司でイイんだ──という陽と王子(流石に最終話で社長と記すのも不憫かつややこしいので)の心の声が人知れずハモります。


 何にせよ、役者は揃いました。


 改めて面子を見渡します。

 ホバリングする和装の老人(トイレグッズは袂に収納済みのため、厠の神様感はぱっと見ゼロ)。清楚ここに極まれりなドレスを装用した妖狐とサキュバスのハーフ(ただし中身は稲荷神の神使)。もはや高級腕時計を着けていないことが不自然なくらい、恵まれたビジュアルの若手社長(ただし中身は中国の妖怪)。

 陽は、自らの固唾を飲む音を聞きました。

「なんっだ、このパーティー編成。お前らやる気あんのか?」

「ねえ、編成したの誰だと思ってんの? あたしらだってこのナリでラストダンジョンとかヨユーっしょとか思ってないからね?」

 お狐さまの言う通り、単独の陽が襲われなかったとはいえ、ここから先は団体行動。そもそも千暁が"対処"をした以上、ヒト型も全くの無害ではないわけです。交戦は基本回避するにせよ、ちょっとした荒事ぐらいは覚悟しておかなければならないわけで。


「一応確認したいんだけどさ。お前らって──強いの?」


 ジジイと王子と狐が、各々顔を見合わせたあと、陽の方へと向き直りました。

「率直に述べると自信はない」

「あたしは、ほらっ、神様と人間の仲介役がメインのお役目だし?」

 ジジイは、何故かアメリカンスタイルで肩を竦めて見せました。

「よーし、要は期待できないってことだな」

 一ついいだろうかと言って、王子が軽く挙手をします。

「はい社長ちゃん早かった。で、どしたん?」

「その呼び方をデフォルトにする気か女狐。まあ、いいだろう。現状、自宅には辿り着けない。やみくもに目指したところで謎の空間に迷い込んだ挙句この近辺に戻されてしまうと、父上は言ったな」

「ああ、言ったな」


「この場に──その状況を打破できる者がいるのか?」


 今度は、陽とジジイと狐がそれぞれ顔を見合わせてから、王子へと向き直りました。三者仲良く、アメリカンスタイルで肩を竦めて見せました。王子が、盛大な溜息をつきました。

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