『妖に寄らば尾っぽが増え神に寄らば尾っぽが減る類のロリ』・漆
「へぇ~ハイカラじゃ~ん」
狐はそう
「ねぇ、どうどう陽ちゃん? カワイイ? カワイイっしょ? もお~素直にカワイイって言え?」
もはや語尾の疑問符が何の役目も果たしておりません。
陽のもとへ駆け寄った狐は、胡坐をかいた彼の膝をえいえいっと肘で小突きます。いやぁまぁカワイイんじゃあねぇの──という付き合って間もないカノジョが試着室から出て来た際、口下手なカレシがとりあえず発しがちな(
男が、頬杖をついた姿勢で、不服そうに目を細めます。
「ナニその目。狐耳のついた女の子のフィギュアだったら何でもいいって言ったの陽ちんじゃん」
「いや、言ったけどよ。もっとこう──控えめなのなかったのかよ?」
「ええっ、充分貧──シンデレラサイズだと思うんだけど」
そっちの控えめじゃねえよと声を荒げる、陽の視界の端に映っているのは──。
凹凸の少ない、明らか発育途上の躰に似つかわしくないボンデ―ジ風の衣装をまとった狐娘でした。兎角露出が多く、具体的には肩と腹と太腿がむき出しになっています。また衣装の性質上、ボディラインが際立たざるを得ないので、狐が前屈みになりますと主に腰回りが──。
何と言いましょうか、実にすけべな感じでした。
「控えめじゃん。ほらほら、こんなにジャンプしてもパンチラしないよ?」
「そりゃショーパンだからな。にしたって、スリットエグ過ぎだろ。その、お
「目線キモッ! 漢字のチョイスはさらにキモッ! パパ気取りじゃん、陽ちん」
「ヒトの純朴な優しさをキモイ呼ばわりするな。あと、陽ちん呼ぶんじゃねぇ」
「そうだぞー狐ちゃん。陽ちんを陽ちんって呼んでいいのはトリ君だけだぞー」
男ことトリの発言したタイミングに、狐はつい身を固くします。彼の瞳を探って、やはり視えてない、そこに自分の姿は映っていないのだと再確認します。
大学に
なるほど、今まさに軽く引いています。
「相変わらずよく会話に入り込めるな。おい、狐。こっちにしとけ。こっちの方が絶対似合うって」
そう言いつつ陽が指差すのは、二次会の花嫁を彷彿させるドレスに身を包んだ狐娘──のフィギュアでございます。
「え~、絶対アクロバットしにくいよ。コレ」
「ナニ人ン家でアクロバットやらかそうとしてんだよ。ちょっと動きづらいくらいでいいだろ」
「あとぉ~何かいかにも陽ちゃんのオンナの趣味って感じがして
「中身だから。人間としての本質を好きになってるから。別にああいうファッションの女全般が好きってわけじゃねぇから」
「ねぇーねぇートリちゃん。トリちゃんはどっちがイイと思うー?」
そう尋ねる狐の声が、陽に向けるそれと比べて、幾分甘ったるく聞こえるのは気のせいでしょうか。
奇抜なカラーで彩られたアンスリウム柄のアロハシャツ。陽が羽織れば鼻で笑われてしまいそうなそれが、トリにはよく似合っていました。ハーフタレントのように大きな眼と短く整えられた顎髭。イケメンというより、ハンサムといった方がしっくりくる顔立ち。
どうも──人外の世界においても、美形が優位である情勢に変わりはないようです。
「狐ちゃん。何て?」
「ナチュラルに狐が喋ったタイミング察知すんな。トリはどっちがイイと思うかって訊いてる」
「俺かぁ、俺ならサキュバス一択かなぁ。やっぱ動きやすい方が良いでしょ?」
今後お世話になる躰なんだしさ──と付け足して、トリは陽の目を見つめます。そういう合理的な面から諭されると、陽としては短く呻き声を漏らすほかありません。
というかこのフィギュア、サキュバスが元になっているのですね。──えっ? 狐耳がついているのに?
「第一露出が厭なのって、ついつい目がいっちゃうからでしょ? 自分がムッツリなの隠したいだけじゃん」
「だけじゃーん」
「おい、止せ。曲者同士結託するな」
まっ、そうは言うけど──と吐息混じりに呟いて、狐は自身の尻尾を愛おしそうに撫でつけます。お尻から伸びるそれは、矢尻のように先の尖った、まさしく西洋の悪魔に相応しいものでした。
「大して修行もしてないのに尻尾が一本になっちゃったっていうのは、ちょーっと狡い気もするけど」
「──狐って強くなったら尻尾の数増えるんじゃねぇの?」
「それは悪い狐の話ですぅー。善い狐は修行するほど神様に近付くから尻尾の数が減るんですぅー」
「へぇ、そうなのか。えっ、お前もう一本じゃん。うっわ、ずっる」
「唐突にクソガキ化すんなし。あっ、そういえばこの
この娘──というのは、フィギュアの元となったキャラクター名を訊いているのでしょう。
「トリ。このキャラ名前何だって?」
「えー、フルネームは知らない。あだ名はなっちゃんって言うらしいけど」
「──なっちゃん?」
平素より明らかに低い狐の声。耳が前を向くやピンと尖りました。
「ねぇ、もしかしてだけどさ、これって対になる感じで狸の女の子いない?」
「あっ、ちなみになっちゃんにはバディ兼ライバルみたいなポジションではっちゃんっていうあだ名のキャラがいて、その娘は狸モチーフなんだって」
「はぁ? 煽りじゃん!」
「いや、ブチキレポイントどこだよ!」
狐の唐突な憤激に、陽もまたわっかんねぇヤツだなぁと声を張り上げます。
「あー、『狐七化け、狸は八化け』が元ネタかぁ。そこにちなんでなっちゃんとはっちゃんとは」
「いや、僕全くついてけないんですけど。あと、どうして君らの会話は地味に成立してるの?」
「名前で狐の変化スキルディスってるんだよ! 狸より化けるの下手クソだって。わかった! コレ作ったヤツ絶対狸だ! 百%伊予国の狸だよ!」
「──などとおっしゃってるんですが」
「ええ──流石に通訳サボるのは勘弁してよ。とりあえず、今お怒りなんでしょ? うーん。ああっ、でもでも、なっちゃんの方が断然人気あるみたいだよ」
トリの発言に、狐の耳がへにゃりと横たわります。親指であったときより、断然感情の変化が描写しやすくてこちらとしては大助かりです。
「あっ、やっぱそっすかー。やっぱキツネ。今キてますよねー」
狐は照れた笑みを浮かべながら、頭の後ろで手を組んで、身をもじもじさせます。
ちなみにこの光景、視えない者の目を借りれば、ロリ系美少女フィギュアを前にして、二人の男子大学生がああだこうだと喋っている、滑稽通り越してもはや不気味な
とはいえ、視える者の目を借りたとしても、二人の男子大学生が動き回るサキュバス狐娘と一緒にはしゃいでいるという現実に変わりはないので、結局どう足掻けど不気味な画でございます。
「おい、トリ」
陽はどこかつっけんどんにトリを呼ぶと、
「ん」
たったその一文字だけを発して、持っていた財布から出した諭吉二枚をこれまたつっけんどんな所作で彼に差し出します。
「足りない分は明日返すから。とりあえず、今はこれだけ取っとけ」
トリはしばしそれを見つめたあと、陽の手から諭吉一枚を抜き取りました。
「貸しとくよ」
唇の片端を吊り上げるトリに、陽はいかにもじぃんと心打たれたというふうな眼差しを向けてから──。
残る諭吉で彼の頭をはたきました。言うまでもなく痛いわけがないのですが、トリは反射からか、あ痛っと声を上げてしまいます。陽は、残された諭吉をトリの足許に置きました。
「貸しとくよ──じゃねぇよ。イケメンのくせにイケメンムーヴしやがって。さっさと拾って財布にしまえや。あとレシート見せろ、レシート」
「ほんっと強引だなぁー」
渋々といったふうに、それでいて明らかな喜色を覗かせながら、トリは財布に二枚の諭吉をしまったあと、レシートを陽に手渡します。
陽は、フィギュア二体分の金額を確認して──トリの顔を鮮やかに二度見しました。
「いや、薄々足りないとは思ってたけど、全く足りてねぇじゃん。というか、何でお前二体買ったの?」
「一体だけ買ってああこれダメだわ憑けないやってなったら困るでしょ。それに女の子だったら昨日はあの服だったから今日はこっちみたいな気分あるじゃない?」
陽は、狐の方へと視線を走らせます。いつの間にか、彼女は陽が勧めたフィギュアに乗り移っており、
「気に入ってないとは一言も言ってませーん」
と華麗なターンを決めた末、クロスさせた脚を隠すスカートの両端をちょいと摘んで、ぺろりと舌を出して見せます。いざ魂が宿ると、二次会の花嫁というより、人間を吃驚させることが趣味の妖精みたいでした。
借りるわけないって言ったのは陽ちんだかんねーというトリの念押しに、内心ちょっと後悔しながら、陽はレシートを財布に収めます。まさか、諭吉二枚を犠牲にして一体分の値段しかないとは──。
「あ、あとな。トリ」
「何? もしかしてもう一枚くれたりする?」
トリが笑顔で差し出した掌を、陽もまた笑顔でぴしゃりと叩きます。
「違ぇよ。ただ、お土産はいつでも歓迎って言うか、グラスのこと気にすんなよ」
どうかしてるのはあくまで僕の体質なんだからな──と陽は伏し目がちに補足しました。
トリには、すでに狐が喚起された経緯を説明していました。狐はトリのプレゼントしたグラスをきっかけに喚び出された、そう言ったとき、彼の顔が幽かに曇ったのを陽は見逃さなかったのです。
トリは目を瞬かせたあと、
「優しいなぁ。陽ちんは」
少し恥ずかしそうに笑みを零してから、立ち上がりました。
「じゃっ、そろそろ俺はお暇するね」
「えー! 晩ご飯食べて行きなよ~」
「いや、それをお前が言うんじゃねぇよ」
「そーだよー。それはちーちゃんの台詞でしょ」
トリのツッコミに、狐の身がまたも強張ります。固い面持ちはそのままに、ゆっくりと陽の方を向きました。陽の目線の動きから視えない彼女の反応を察したのでしょう。トリは小さく噴き出してから、肩を竦めてみせます。
「陽ちんのツッコミから内容を予測しただけだよ」
じゃあまたね──と肩越しに手をひらひらと振って、トリは廊下に続くドアを開けました。
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