いちばん古い記憶
高橋柚子之助
いちばん古い記憶の真実とは
「お前、一番古い記憶って何だ?」
柴田は中学生の頃、同じクラスのTにそう訊かれた。そんなの覚えてないよと答えると。Tは「そうか……」とつぶやき、
「俺はあるんだよ」
と話し始めた。
Tの一番古い記憶は、小学生にあがるずっと前のこと。畳の部屋で、風邪を引いたのか、ものすごく体が寒くて吐き気と頭痛に見舞われている。周囲にはたくさんの人がざわざわとしていて、かわるがわるTの顔を覗き込んで心配している。親戚なのかもしれないが、それにしてはみんな見た目が若い。
Tは、二十歳くらいの女性に膝枕をされている。白いニットを着たそのお姉さんは髪の毛が肩くらいまでの長さで、唇が分厚く、あごにほくろがある。胸のふくらみが大きいのが印象的で、死にそうなくらいの頭痛と吐き気に見舞われながら、Tはその香りを鼻から吸おうと必死なのだという。
「で、そのまま俺、眠っちゃったんだよ」
「お前を介抱しているその女っていうのは、親せきのお姉さんなのか」
柴田は訊いた。
「いや、知らない女の人なんだよ。おふくろに聞いても、親せきにそんな人いないっていうし。そもそもうちのいとこやらなんやらはみんな男だし」
Tは不思議そうな顔をしながら、首をひねる。
「夢なんじゃないのか?」
「それにしてはリアルなんだよなあ。絶対に俺の、一番古い記憶なんだよ」
どういうわけか確信をもった様子で、Tは答えた。
Tが亡くなったという報せを受けたのは、柴田が高校を卒業し、大学に進学した年の春のことだった。
Tも同じ時期に大学生になっていたが、あるサークルの新入生歓迎コンパに参加して、飲んだこともない酒を一気飲みし、そのまま急性アルコール中毒に陥って命を落としたのだという。
葬式に参加した柴田は、Tが死んだのが和風居酒屋の座敷の部屋だったということをきいて、ふと思い当たった。
畳敷きの部屋。周囲には見たこともない若者たち。寒気と吐き気。
――Tが「一番古い記憶」と思っていた光景は、死ぬ瞬間のものだったのではないだろうか。
彼を最後に解放していたのが女性なのかどうか、たしかめるすべはないという。
いちばん古い記憶 高橋柚子之助 @yuzunosuke
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