第23話 剣聖ノドム・ハルマン
ワシらが連れてこられたのは、普通の冒険者も使う訓練場だった。ベックスの訓練場にはほとんど縁が無かったが、入ってみればカルラの訓練場とあまり変わらない。今日も踏みならされ、堅くなった土の上を、暇を持て余した男達が剣や槍を振るっていた。
この中にあの子供達が混じって訓練をするのは、いささか危なくないかとノドムに聞けば、しらんとな。
代わりに答えてくれたのは、最初に出会ったポーターそっくりな女性だ。彼女の名前はサリエリアというらしい。ついでにあのポーター氏の名前はサリナリアだ。
一文字違いでややこしいので彼女をエリア、ポーター氏をサリナと呼び分けることにした。エリアはノドムの後ろを影のようについて歩きながら、こっそりと耳打ちしてくれる。
「子供達の訓練の時間は、大人の使わない早朝よ。アナタの思った通り、一般の冒険者に混じって訓練をするのは危険ですからね」
「何をこそこそ話とるんだ。さっさと武器を取れ!」
「あ、はい」
怒鳴られた。ノドムが指を指し示す壁際には、いくつかの棚があり、訓練用だろう木製の剣や槍などが置かれていた。
ワシは棚に駆け寄り、その品揃えを見る。剣だけでも、かなりの形状があり、どれを取れば良いのかわからない。
「何を迷うか! 初心者の使う剣などまっすぐで軽いモノに決まっているだろうが! その小さいのを持って早く来い!」
「はいはい」
いろいろと面白そうな形の剣があり、もうすこし迷っていたいと思った。いわゆるショートソードと言われる刃渡り30センチほどの直剣をひっつかんで、ノドムの元へ行く。
「構えてみろ」
ワシは、剣のつかを両手で包み持ち、腰の正面からまっすぐに持ち上げてみる。一番記憶に新しいのは、エルフィをさらおうとしていた野盗の構えだった。なんとなく構えてみたが、ノドムは顎をしばし撫でて、ため息をつく。
なんだ?
「?」
「まあいい、とりあえず振ってみろ!」
この構えから見たことのある攻撃は、突きしか見たことがない。振るのと突くのは、違うモノだ。さてどうしようかと考えて、ワシは剣を持ち上げた。振り下ろす。
うん、なんか違う。想像していた鋭さが全くない。力を込めていないせいだろうか。へろへろしている。
この訓練用の武器は木製だ。最近、ワシも良いあんばいを見つけて、うっかり握りつぶしてしまう事は無くなった。しかし、剣を振る時にどれくらい力を込めればいいのか、皆目見当もつかなかった。
とりあえず、もう一度振り上げて、振り下ろす!
「あれ――あたっ!?」
軽い感触。ワシが振り下ろした手には、肝心の剣身が付いていなかった。頭に落ちてきたのが、それだった。
加減を間違ったのか剣の柄は潰れて、折れてしまっている。
「何やってんだ、おまえ?」
それはワシは聞きたい。
「さ、さあ?」
「ちょっと貸してみろ」
ノドムはワシの手形に圧縮変形した柄を受け取ると、頷いた。
「もう一本取ってこい。次は片手ずつ。握って振ってみろ」
「わかった」
言われたとおりに振ってみる。しかし、結果はあまり変わらなかった。一振り目はヘロヘロとしてキレがなく。二振り目で、力を込めると折れてしまう。
ワシは何をやっているんだろうか?
「よし、もういい。わかった」
それを見てノドムは難しい顔で頷く。そして、自ら木剣をとった。片手に一本ずつもった木剣は、だらりと体側にそって垂らされたままだ。「よく見ていろ」と、言って、ノドムが動き始める。地面に足を擦り付けながら、円を描くように移動する。その動きは緩やかでいて、止まることなく、段々と円の中心へと収束していくようだった。
次第に、ノドムの振るう双剣からヒュンヒュンと、風を切る音が鳴り始める。
一振りごとに移動を繰り返していたノドムの体は、一点に立つ駒のように、足の組み替えでの回転にとどまった。それも、時間を追うごとに、体全体での動きから、上半身だけ。終いには肩を中心にした左右別々の回転へと変化していく。
剣が交差して、空を刈り取った。
パンッと風船が弾けたような音がなる。
「よし、まねしてみろ」
「は?」
「やってみろ。あ、力を込めるんじゃねぇぞ。剣がいくつあっても足らない」
「……わかった」
差し出された木剣二本を受け取り、ワシはノドムの舞を最初から頭に思い浮かべた。
右、左、右左……。
しかし、記憶にあるようななめらかな動きにはならない。地面にブーツが引っかかる。両腕が絡まって、勢いが外へと外れていく。
ぜんぜん巧くいかない。
「うお!?」
ワシは、自分の足にもう片足を引っかけて、すっころんだ。
それを見ていた周りの冒険者に、笑われた。こんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてだった。
「おまえ、なんでそんなに不器用なんだ?」
「知るか!」
立ちあがって、再びノドムの動きを追うが、やはり巧くいかない。何がおかしいんだ?
「まあ、最初からうまくいくやつなら、こんな所に剣術をならいにくるはずがない。頑張れ」
「え、おい!」
「ワシは寝る」
困惑するワシを置いて、ノドムは行ってしまった。
1000年生きた最強のドラゴン、二週目の人生は気ままに冒険者を目指す はいきぞく @kurihati
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