第22話 冒険者ギルドの裏側

 剣を習う。

 ワシがその必要性をこれまで見いだせなかったのは至極当然だった。自分自身に通らない刃を振るうより、この手で殴った方が早いのだから当然だ。すこし間合いが足りないなら、魔力を操って焼けばよかった。

 武器が必要なかったのだ。そう考えると、ワシに一番向いているのは徒手空拳の武術を習うことかも知れない。知恵を身につけるために剣の使い方を習うなら、拳でも良いのではないかと、考えながら、ワシはある建物の戸を叩いた。

 アンティネラとカエデは、ワシの昇級関係で別行動をしている。


 エルフィは迷い無くここまで歩いてきたが、本当にここで良いのか?


 戸の中から、「はーい」と返事が返ってきて、勢いよくドアが開く。中から出てきた女性を見てワシはさらに首を捻る事になった。

 そこにいたのは、ダブルダイアモンドの担当受付嬢、思い返せば名前を聞いていない、通称ポーター氏、によく似た女性だった。ポーターよりもすこし年上に見える。あの無口で無愛想な特徴のない女に、プラスな感情をこれでもかと植え付けた。そんな印象の満面の笑顔でワシらを待ち受けていた。


「いらっしゃい。えーっと、どちらさまかな」

「エドの紹介で来たんだが、剣を教えてもらえるのはここで間違いないだろうか?」

「ええ、サリナから話は聞いてるけど。え、じゃあ君があのアッシュ・フォートロイなの!?」


 ワシが肯定すると、女性が突然悲鳴を上げて、奥へと続く階段を駆け上がっていった。

 ワシの今いる場所は冒険者ギルドのちょうど裏側だ。表通りから一本裏の通りに入って、本来なら勝手口があるはずの場所に、すこし趣の違う扉がつけられていた。その戸口には、こんな標識が掲げられていた。


『サンドハースト冒険者学校ベックス分校?」


 冒険者ギルドの裏にこっそりと戸口がある学校とは。エドたちはここで冒険者としての知恵を学んだということか。


「どうぞー!」


 降ってきた呼びかけにワシとエルフィは顔を見合わせて、ややあって応じる。階段を上っていけば、次第にざわざわとささやきがこぼれてくる。

 視界が開けたとき、ささやきは無風になった。

 しかし、すぐに「本物か?」とか、「ちぃちぇ」とか、好き勝手な言葉が聞こえてくる。十数人のすこし汚れの目立つ服を身につけた男の子が、所狭しとワシらをみていた。すこし年上のやつはワシの後に続くエルフィ達に視線が吸い寄せられているようだ。数名の少女も、エルフィの雰囲気に目が吸い寄せられている。

 子供の壁から、ひとりの少女が進み出てきた。


「あの……ギルドカードをみせてください!」


 スカートの裾を握りしめている少女の要望どおり、ワシは襟元から銀のそれを取り出して見せた。


「あれ……金じゃない」


 少女が困惑し、それを見た少年達から非難の声が上がった。ワシがAランクに昇級したのは、つい今日の話だ。カエデ達が別行動なのも、その手の手続きのためにギルドへ赴いているからだ。


「お兄さん、本当にアッシュ・フォートロイ?」

「書いてあるだろ?」

「でも、金じゃないよ? アッシュ・フォートロイは金で、ベックスを救った英雄なんだよ?」

「うーん。多分もう少ししたら金に変わるんだが、ちょっと待ってな」


 少女があんまりしょぼんとするモノだから、ワシはあることを試してみることにした。ロメロがこのギルドカードを白から銀に変えたときの魔力の動きを思い出す。最初にギルドカードの表示をいじったときと同じだ。カードの色を変えている魔力の構成を変えてやれば良い。

 少女から見えないように、ワシは両手でカードを挟み込む。

 完全な金色を探し当てるのが、思っていたよりも難しかったが、無事、ギルドカードは金色染まる。


「ほら、これでいいだろ?」


 少女はぽかんと口を開いて固まってしまっていた。


「アッシュくん? 今何したんですか? 何やっちゃったんですか?」

「なにって、ちょっと色を変えただけだけど?」


「すごい、すごいすごいすごーい!」


 少女が飛び跳ねながら何度も「すごい」と連呼し始める。そしてそれは、あっという間に他の子供達にも伝播して、ワシらは包囲されてしまった。小さな手がワシの持つ偽装したギルドカードに伸びてくる。


「おい、やめろ」

「ひゃ、どこ触ってるんですか!? 離れなさい!」


 ワシが魔力を滲ませ、数人調子にのっている子供を威圧しようとしたときだった。


「じゃかしいぞ、ガキどもおぉぉぉぉぉぉぉ!」

「うわ、鬼じじいがくるぞ! 逃げろ!」


 建物全体を揺らす怒声が響いて、白髪の老人が、奥から杖をつきながら現れた。子供達は、老人の声が聞こえた瞬間、枯れた落ち葉が吹き散らされるように、ひらひらとどこかへと消えていった。冒険者の卵だけあって、どいつもこいつも身のこなしが軽かった。

 老人はしわくちゃな顔を撫でながら、白くぼけた瞳で、ワシらをまっすぐに見てくる。


「お前がアッシュか。子供達がエドワードとチェッタンの命の恩人らしいな。二人の父として、養子むすこ養女むすめの命を救ってくれたこと、感謝する。ありがとう。それで、剣を習いたいということだが。金にまで上り詰めて、なぜ今更、剣を欲する?」

「……ドラゴンを倒す知恵を身につけるためだ」

「ドラゴンだと?」


 老人が笑う。建物が揺れる。

 

「バカか、お前!数日でドラゴンなんか切れるようになるかよ。まあ、そういう無茶は嫌いじゃない。来い、とりあえずみてやろう」

「あの、おじいさま。お名前をお伺いしても良いでしょうか」

「ああ、ワシはノドム・ハルマンという。覚えておいて損はないぞ嬢ちゃん」

 

 心なし、すごみが増した老人を、エルフィは苦笑いで見ていた。そして、「覚えるも何も、知ってますよ。実物は初めて見ましたけど」とつぶやいていた。

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