第28話・うるさい、黙れ

「うるさい、黙れ」


「まだなにもいってねーよ!?」


 なんてひどい。このステイシーはなんて友達甲斐のない女だ。

 クランは憤った。

 こうなったら仕方ない、とクランは鞘から黄金旅程を少し抜き差しした。

 いいんだぜ、見ても?


「うるさい、黙れ」


「今度こそなにも言ってなくない?」


「顔と態度がうるさい」


「ひどすぎる」


 クランはしょんぼりした。

 新しい武器を買ったら、自慢したいではないか。それは知恵ある生き物として当然の態度だ。

 それにステイシーだって皮の胴鎧に、さらに防具を追加していた。

 犀の角をおったてた肩パッド、肘にいかにもよく切れそうな刃物がついている肘当て。

 さらに厳つさが増し、『殺戮覇王』とかそういう感じで呼ばれそうな装備だ。

 そして、クランも装備を更新していた。

 新調したブームの爪先と踵に鉄板を仕込み、胴のみだが蛇革で出来た革鎧。それなりの防御と、それなりの軽さで割と悪くはない。

 グローブは甲の部分に鉄板を仕込んだ物だ。これでステイシーを素手で殴ったような、あんな無茶はもうしなくて済む。

 あとはちょっとした短剣が一本。骨剣ではなく、金属で出来たがっしりとした作りだ。

 なによりマントも新しくした。

 なんの毛皮か名前を聞かずともわかる。クランたちがしこたま狩った狼の毛皮で出来た、灰色のマントだ。

 あほほどに獲れる狼の毛皮は、なんと原材料費としてはほとんどタダ。お値段は実質人件費と技術料だけの、銀貨三枚超特価セールだ。

 なんだか狼が可哀想になって、つい買ってしまった。

 帽子も買い換えようかと思ったが、どうも獣人は帽子をあまり被らないらしく、いいのがなかった。

 たまに血を浴びたりしているせいか、ちょっと血なまぐさいのが気になる。


「なあ、タニミチ。あんたは見たくないか、黄金旅程。七層式だぜ?」


「あ、はい。結構です」


「いいね、タニミチ。クランは甘やかすと付け上がるからね。その態度でいいさ」


「はい、ありがとうございます、ステイシー姐さん!僕のようなゴミクズにも劣るカスの生存を許可していただいて、感謝します!」


 タニミチの態度が違いすぎるが、ステイシーのように接して来られても非常に困る。

 そう思ったクランは、怒ることも忘れて黙り込んだ。


「さ、お喋りの時間は終わりだよ。お仕事の話をしようじゃないか!」


「現在、僕たちはご存知の通り、シュケルプの街から半日ほど北へ移動してきた遠征キャンプへと来ています。ここでは街のそばよりも強力な魔獣が現れます」


 ステイシーは一言かけた後、腕を組んでなにやら満足げな表情で頷いた。

 いや、あんた本当に一言しか言ってないし、なにもしてなくない?と思ったが、余計なことを考えているのがバレてあれこれ言われるのもな、とクランは辺りを見回した。

 遠征キャンプと言ったところで、大したものではないのだろう。

 戦士団が各自で立てた天幕があちこちに並び、その周囲をぐるりと柵で囲っているだけだ。

 テントの数からして、おおよそ二千は超えない程度の人数だろうか。

 獲物の買取所と、銀行が当然のようにあり、商機を見込んだ商人たちが荷を持ち込み、戦場価格のぼったくりだというのに、飛ぶように売れていた。

 その外に目をやると、ちょっとした小川の周りには草木が芽吹き、小川では動物たちがのんびりと水を飲んでいる。

 そして、熊の群れだ。

 水を飲む動物たちを無視して、食欲を垂れ流すような勢いでだらだらとヨダレを垂らす熊の視線は、遠征キャンプに釘付けだ。

 のどかな背景とは似つかない、その殺意と食欲に満ちた眼光はクランの頭をおかしくしようとしているとしか思えなかった。

 あちらこちらで戦士団が熊の群れとやりあっているが、狼と違う熊の巨体はやはり相当に脅威らしく、荒々しく暴れまわっている。

 狼相手にほとんど被害を出さないような戦士団、一人一人は明らかにステイシー戦士団を上回る連中が相当に苦戦していた。

 細かいところは実際に戦ってみてから考えよう、と思ったクランは視線を戻す。


「というわけで、今日もあらかじめ決めた動き通りにみなさんお願いします。問題点は夜のミーティングで話し合いましょう。僕からは以上です。最後にステイシー姐さんお願いします!我々にありがたい御言葉をお願いします!」


 終わってた。

 あらかじめ決めた動き通りとは一体?

 そして、うるせーな、タニミチ。


「しこたま稼いだ私たちは、もっと稼げると見込まれて北に行けるとお偉いさんに見込まれたんだ。北行きを許可してくれたお偉いさんに恥かかせたら、情けなくて街に帰れないよ!気合を入れなよ、あんたたち!」


「へーい」


 クランの気の抜けた返事とは違い、真新しい装備に身を包んだステイシー戦士団総勢二十二名は、相当に気合の入った返事を返した。

 ほとんどお仕着せの、一山いくらの鎧と一山いくらの剣だけを持っていた彼らも、今ではそれなりの装備をしていて、剣を予備武器に槍を持っている者や、弓を持っている者もいる。

 板金鎧こそいないが、金属製の胸当てや籠手、首当てくらいはみんな持っていた。


「……あれ、あたし結構装備軽い?」


「なんでそんな薄い装備なんだろうと思ってたさね。なんでだ?」


「あたしにもわからない」


 ファッション性の問題だろうか。

 オシャレといえば、この黄金旅程の柄尻にも丸い輪っかがついていて、ストラップが付けられる。

 今度、街に戻った時になにかいいのを探そう、とクランは考えた。

 ふさふさしたやつがいいかもしれない。

 あ、あと長いマフラーとかどうだろうか?首が剥き出しなのはよくない。

 剥き出しの首に、ちょっと爪が掠めるだけであっという間に致命傷だ。

 何より長いマフラーをたなびかせるのは格好いい。断然ありだ。

 赤……いや、白はどうだろう?あたしのイメージカラーとは一体?

 クランは深遠な悩みに踏み込もうとしていた。


「……それよりクラン、ちょっと耳かしな」


「返してくれよ」


「くだらないこと言ってんじゃないさ。……それより、あんたちょっと周りを見てておくれ」


「あん?」


「私とあんたと、ちょっと変わったやり方のせいで北に来れたけど、こいつらの実力が付いたわけじゃないのさ。ほっとくと間違いなくヤバい」


 シュケルプの街を守る戦力は、獣人の国全体で考えた時、まったくもって大したことがない。

 駆け出しの戦士と、切り札として少数の手練れ。あとはふらりと立ち寄っているエルフやらオークなど。

 サバンナの最も端っこにあるシュケルプの街を守るには、その程度で十分だ。

 しかし、どういうわけか動物を襲わず、知恵ある生き物を襲う魔獣は、知恵ある生き物がいないと互いに争う。

 放置しておくと他種と戦い合い、喰らい合い、そして力を蓄えて大魔獣へと変化する、らしい。

 実際にそうなのかどうかはわからないが、街を守ることのみに専念し、遠征班を出さないと大魔獣が出現しやすいことから、一般的にはこう考えられている。

 そこで狼くらいは物ともしない手練れ(サバンナ基準では、それでも駆け出しだが)を遠征に出し、周囲の討伐に当てていた。

 ステイシー戦士団は遠征班に相応しい程度に稼いだらしく、この度めでたく北へ向かう許可が降りたのである。

 クランたちのいる遠征キャンプの周辺は熊の領域だが、さらに北のトモナがいるキャンプでは高速で駆け回るカンガルーの群れがいるらしい。

 拳闘の術理を知るカンガルーは、的確な回避を重視し、勝ちを焦らない忍耐強さを兼ね備えた強敵のようだ。なんだそいつら。


「つまり?」


「私は前、あんたは後ろ。危なそうな辺りをなんとかしな」


「ええー、あたしも前がいい」


「馬鹿言ってんじゃないさ。私が小器用に援護なんか出来ると思ってんのかい。そういうのは小賢しいエルフの仕事さ」


「やめろよ、自分の猪っぷりを盾にするのは。わかったよ、了解」


 とはいえ、全員が装備を更新出来るほどにしこたま稼いだステイシー戦士団だ。

 狼の群れがいくらこようと、相手になりはしない。

 熊相手にだって、きっとなんとかなるだろう。










 ならなかった。まったく。

 熊の密度は狼と違い、さほどでもない。ステイシー戦士団の周りには、五頭しかいない。


「うわぁ!?」


 直立した熊は見上げるほどの巨体だ。

 振り回された腕は、ちょっとした木くらいならへし折ってしまいそうなほどであり、二本足の生き物がちょっとした盾を構えたくらいではどうにもならなかったらしい。

 倒れこむステイシー戦士団の若者。傷は大したことがなさそうだが、このまま放置した結果がさほどいいものではないのは誰の目にも明らかだ。

 割れる盾から飛び散る木屑に突っ込むように、クランは動いていた。

 速度としては、クランの出来る限りは出している。

 時間が足りず、粗いと自分でも思う構成の強化魔法と風乗りだが、全力疾走する馬くらいには出ているはずだ。


「熊公め!」


 しかし、戦士団を蹴散らした熊の目は、しっかりとクランを捉えていて、速度任せの突撃は控えるしかなかった。

 急制動をかけ、熊の前で足を止めたクランは下段に構える。

 まだほとんど熊のことがわかっていない。少しでもわかっておきたかった。間合いはすでに一足で熊の前足が届く距離。

 顔を突き出すようにして誘ってみれば、熊の左前足が動いた。


「くっ、の!?」


 そう思った瞬間に振られたのは、右前足だ。

 あほみたいに単純なフェイントだが、けだものの分際でそんな真似をしてくるとは想像もしていなかったせいで、クランはまんまと引っかかった。

 左前足を迎え撃つつもりで黄金旅程を振りかけていたクランは、ほんのわずかだが構えを崩してしまっている。

 構えを崩してしまった、ということは剣を振るう助走距離が短くなっているということであり、つまりは威力が落ちるというわけだ。


「小賢しい熊公だな、お前は!」


 ステイシーのパンチよりは三段落ちる程度だろうか。

 つまり、食らったら首から上が吹っ飛ぶ。

 結果にあまり差が見当たらない熊の一撃を受け止めようとはあまり思えず、しかし崩された構えから前にも出れず。

 瞬間、クランは予定と予想を全て廃棄。後の先。かっ飛んできた前足に合わせることに決定。

 右前足は真横から、クランの肩口を引き裂くように振られている。

 端的に評価するなら、すごい力強い。それだけでしかない。


「だったら余裕!」


 ステイシーのパンチを食らっても生き延びたタフな女であるクランが、熊ごときにやられるはずがないという結論が出る。

 側転。身体を左に倒し、重いブーツで偏らせたつま先を頭上に振ってやれば、クランの軽い身体は風切り音を立てて一気に身体がくるんと回る。

 あまりの高速回転に虚空に置き去りにされた帽子と、クランの尻の間を通っていく熊の腕。

 あるはずだ、と予想していた手応えを完全にすかしてやれば、身体が流れるのが生き物のことわりだ。

 それに直立した熊の足は、二本足の生き物に比べてひどく短く、力一杯腕を振れば踏ん張ることが相当に難しい。

 つまりはチャンスだ。試したいことを色々試せる。

 側転を終え、クランは地面につま先を引っかけるようにして身体にほんのわずかな溜めを作った。

 側転の勢いを刃の切っ先に溜めるような、そんなほんの一瞬の間だ。

 左手一本で黄金旅程の尻を握り、右手で落ちてきた帽子を頭に納める。


「ふっ!」


 短い呼気と共に勢いと遠心力、腰の回転、腕の回しと諸々引っくるめてクランは刃を振るった。

 狙いはまだ引き戻されていない右前足、脇下。

 骨に当たった感触は強く、だが骨ごと断ち割るのを確認。

 大抵の生き物の脇の下には通常、大きな血管が走っている弱点である。


「ギャイン!?」


「なるほどねえ」


 とはいえ狼相手なら命を取れるくらいには切れ込みを入れてやっても、熊ほどの巨体だと簡単にはいかないらしい。

 数瞬後にはクランが刻んだ傷から大いに血を吹き出すだろうが今はまだそうではなく、熊公はそうでないなら戦おうとするファイティングスピリッツの持ち主らしい。

 こちらに向き直そうとする熊へ、クランは猛然と踏み込んだ。

 左前足を切りつけ、即座にしゃがみ込んで膝を傷つける。その直後にクランの頭上を熊の腕が通過。

 振り回される腕の勢いは強く、想定していなかった膝の傷のせいで熊の身体がぐらりと前に傾く。


「あばよっ!」


 即座に届くようになった熊の喉笛に、クランは黄金旅程を深々と刺し込んだ。


「あ、やべっ」


 即死した熊が、ぐらりと前に倒れる中、クランは焦っていた。

 深く食い込んだ切っ先が、肉に絡みついて抜けなくなっていたのだ。

 生き物の身体の中で、最も堅い部位は骨ではない。筋肉だ。

 自重を支える骨を支えているのは筋肉であり、その箇所によっては骨以上に強靭な部分がある。

 喉はそこまではないが、それでもひどく緊張した筋肉はかなりの硬さで、肉の柔軟性を持って刃へと絡みついていた。

 そして、前に倒れる熊。つまり、全体重が黄金旅程の刀身にかかる体勢である。


「よいしょぉ!」


 いきなりへし折るわけにはいかない、と単発で大強化を施したクランは無理矢理に黄金旅程を引っこ抜いた。


「危ねえ……予備武器は必要だな、これ」


 もし、ここで黄金旅程を折っていたら、クランは素手になるところだった。

 短剣一本で襲いかかるのは、さすがにリーチが足りな過ぎる。


「わはははははは!殴り甲斐があるじゃないか!」


「キャインキャインキャイン!?」


 クランではさすがに素手で、熊に可哀想な犬のような声を上げさせられる気がしない。

 寸打ならいけるかもしれないが、あれをやろうとすると全身がめちゃくちゃ痛む上、成功すると腕が折れる一発こっきりの秘密兵器だ。

 正面からバチバチ殴り合い、ついには肩パッドの角で熊の胸を貫いたステイシーも無傷ではない。

 あちこちに裂傷を負いながらも、肩に熊の死体を引っかけるステイシーは、遥か遠くの地平線の彼方から見れば、ちょっとご機嫌なお姉さんという感じだろう。


「……あっちはなんとでもなるか」


 熊から吹き出す血を浴びながら、ゲラゲラ笑うオークというものは、見ていて愉快になれるものではない。

 子どもが見たら夢に出てきそうな有り様だ。

 それよりも問題は他の戦士団だった。

 二人一組ではまったく歯が立たず、四人二組でようやく拮抗する程度か。

 三組しかいないステイシー戦士団の前衛では、二匹も相手に出来ないということになる。

 しかも、ちょっと撫でられておねんねするのは、明らかにこちらだけだ。

 相当な時間をかけて、ようやく一頭を仕留める。

 その間にクランはさらに一頭、ステイシーも一頭でなんとか熊の群れを全滅させることに成功する。


「そっち足持て!よーし、いくぞ!せーの!」


「無理無理!?全然持ち上がらない!?」


「どうすんだ、これ!?」


 回収班にも問題しかない。

 四人一組になって熊を持ち上げようとしている彼らだが、クランの倒した熊の巨体は、ちっとも持ち上がっていなかった。

 八人でようやく持ち上げ、荷車に乗せられたが、ぜえぜえと荒い息を吐く彼らに余力はほとんどなさそうだ。

 よその戦士団といえば、一人が一匹の熊を相手にし、倒した熊も一人で担いで荷車に投げ込んでいる。

 明らかに動きが違う。

 狼相手ならあれだけスムーズに動けていたステイシー戦士団は、熊相手にまったく地力が足りていない。


「おーい、タニマチ。なんかあるか?」


「えーと……どうしましょうか?」


「しっかりしろよ、おい」


 自信なさげにこちらを見てくるタニマチに、クランはため息を吐いた。

 こっちの足を引っ張る情けない奴らだ、とクランは思った。


「一回帰るぞ。全然話になんねえ」


 クランは、はっきりと戦士団への苛立ちを自覚していた。

 隠そうとも思えなかった。

 この日のステイシー戦士団の稼ぎは、狼を倒していた時の十分の一にも満たなかった。


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