第27話・骨剣と一口に言っても、結構な種類がある
骨剣と一口に言っても、結構な種類がある。
クランが使っていた三層式は、非常にシンプルな作りだ。
外骨で切り、内骨と中骨で柔軟性を維持し、剣全体の強度を確保する。
しかし、更に複数の骨で構成される骨剣になると、無数の種類がある。
三層式をそのまま進歩させ、柔軟性と剛性を高めた物。
切っ先には脆い代わりに鋭さを得られる骨を、攻撃をよく防ぐことになる物打ち部分には硬い骨を配置するなど、想定される使用方法に応じて最適な骨を配置して、剣自体の性能を上げていく物など、非常に様々だ。
前者はシンプルに使いやすいが、切れ味自体が格段に上がるものではないし、後者は使いこなすには熟練を要する。
さらに特殊なギミック、特殊な形状の代物も多々あり、そもそも武器なんだろうか?という物も多かった。
弁償の約束を果たすため、クランとトモナの二人は武器屋へとやってきていた。
「……大鎌か」
「クランがこれでいいなら、これにしますけどー?」
「ちょっと待ってくれ。考えてる」
クランとトモナは、壁にかけられた大鎌の前に立っていた。
槍ほどの長さの柄に、三日月のような形状の鎌がついている大鎌だ。
内側に刃、外側にはなんかよくわからん突起がたくさん付いている。
カッコいい。
これを持った自分を想像してみたが、我ながら結構イケてんな……と思う良さだ。
大鎌とマントは、カッコいいのである。
「……いや、でも無理だな」
刃物という物は、引かなければ斬れない。
包丁で肉を切る。料理に慣れた者なら、引いて切るという動作が頭に浮かぶだろう。
その点、この大鎌という武器は非常に取り扱いが難しい。
まず内側にある刃に敵を引っかけ……そこからどうやって引けばいいのか。いちいち全身を使って引かないと斬れないのではないか。
大鎌は、切断点が非常に遠い武器なのである。
そんな大鎌を使い、名を上げたエルフもいないわけではない。
『大鎌』のサフィール。
武器の名を冠する二つ名を持つエルフというのは、非常に数が少ない。
その武器を扱うのなら、右に出る者がいない。それほどの者でなければ、そうは呼ばれない。
そして、大鎌を使っているような奇特なエルフは、サフィールの他にいない。
別名を『消去法』のサフィール。
「うーん、真面目に考えると……片刃か両刃か……うーん」
「真面目に考えてなかったんですかー……?」
「真面目に考えて大鎌持ってくる奴がいたら止めてやれよ。クランお姉さんとの約束だぜ?」
「はーい」
両刃の武器は使い勝手がいい。
もちろん自分の身体に向かっている方の刃で怪我をすることはある。
あるが、そんなものは回復魔法で塞いでしまえばいい。
それよりもいちいち切り返して振らなければならない片刃と違い、両刃は取り回しが簡単なのである。
そして、片刃のメリットは頑丈で、鋭いということだ。
なるべく小さな断面を当てて、なるべく早く動かすことが、切断力を発揮するということである。
つまり、鋭さを得るため、小さく細く研がれた部分は必然的に脆さを孕む構造になる。
刀身の両面を削らなければならない両刃と違い、片刃では一方の面に鋭さを集中し、背面の構造は維持出来て、剛性を維持しやすい。
ただ若干、取り回しに難がある。
そのどちらを選ぶかは、結局は必然性があるかどうか、好みがどちらかなど、その程度だ。
「両刃は使ってたしな……今度は片刃にするか……でも、ギミック有りのやつにするか、それともシンプルなのか……迷うぜ」
「なんでもいいから早く決めてくれると、私は嬉しいなーって」
「おっと、トモナ。あんたはまだ着飾る喜びってやつを知らないらしいな」
「ドレスとかは着てみたいですけど、武器屋ですからねー……」
「うちのジェリ姉、基本はドレスだけど、スカートの下は暗器仕込んでるからな。ほかのお姫様だってそうさ」
「ええー……さすがにそれはエルフだけなんじゃないですかー?」
エルフだけである。
懐剣などという自害用の短剣などではない。
他種族にも有名なエルフ暗器といえば、ドレスの下に装着出来て、それでいてスタイルを一切崩さない展開式の戦斧だ。ダンスの際、触れてもわからないほどの隠匿性を持っている代物である。
暗殺者に襲われ、戦斧を衆目に晒した女エルフだったが、他種族は彼女を脅威に思った。まさかあんな物を隠し持っているだなんて!
エルフは思った。こつこつ作った自分の暗器の方が出来がいい。
わざわざ誰かに見せびらかしたりしないだけで、貴婦人はいつだって刃を含んでいる。物理的な刃を。
「しかし、ギミックか……使いこなせっかな」
片刃の背に数々の突起を付け、相手の剣を引っかけて折るソードブレイカーのような物理式の骨剣もあれば、振ると突起が飛んだり、魔力をこめると特定の魔獣が嫌う臭いを出す魔術式骨剣などもある。
さらにグレードを上げると、エルフが刻んだ魔術式があるが、クランとトモナの全財産を合わせても足りるものではない。
店で売られる物ではないが、魔術が三つ載った武器を買おうとすれば、城が買えるほどの金貨が必要となる。
米粒に小説一冊程度の文字量を刻み、それを装備の効果を及ぼしたい部分にまで広げなければならない。
これが魔術一つなら、米粒に近況の手紙一枚程度か。どちらにせよ難易度は非常に高い。
魔術を刻むというのは技術以上に、ひたすらに根気のいる作業であり、若いエルフはなかなかに手を出しにくいのだ。
クランも基礎の基礎なら学んでいるが、それ以上になると割と躊躇してしまう。
「これとかどうですかー?」
「……なんだこれ」
「振ると光りますよ!」
「光るとどうなるんだ?」
「えっ?綺麗ですよね?」
「……くっそくだらねー割に高いな、これ。いらねえ」
「綺麗なのに……」
「じゃあ、自分で使うか?」
「え、なんでこんなの使わなきゃいけないんですか?」
純粋に不思議そうな表情を浮かべるトモナに、クランはちょっとイラッとした。
子どもなのだろう、という話だ。
しかし、その子どものトモナでも、相当な値段のする十二層式の骨剣でも買えてしまうほどの稼ぎがある。
三層式なら安く、人間の農民が一年の収入を全て注ぎ込む程度で買えるだろう。
しかし、十二層式ともなると彼らの人生が丸々収まっても足りはしない。
それでもトモナには他人に弁償して、なお余裕がある。
「トモナはどういう基準で武器を選ぶんだ?」
「えー、おしさまが選ばせてくれないんですよねー。私も剣とかカッコいいのがいいですねー」
「戟だって格好よくないか?」
「あんまり可愛くないかなーって」
「可愛い武器か、やっぱ大鎌かな」
「大鎌はありですねー」
そう言うと、トモナは壁にかけてあった大鎌を手に取った。
骨製であり軽いとはいえ、巨大な大鎌だ。
ちいさな少女が持つには不釣り合いな得物だが、軽々と担いだトモナにふらつく様子もない。
「うーん、軽すぎるかな」
「英雄候補ってやつなんだっけ、トモナは」
「はい。なんか才能あるらしいですよ、私」
「ふーん、大した話だな」
「頑張って稼ぎますよ!私が自分でお城建てて、お姫様になるんです!」
と大鎌の柄を両手を握って、頑張るポーズをトモナは取った。
果たして自分の稼ぎで城をおっ建てるお姫様は、トモナの憧れるお姫様なのだろうか。ちょっと甲斐性ありすぎじゃね?
そう思った時である。
「あ」
「あ」
ぐしゃり、と握られた大鎌の柄が折れた。
偶然折れました、という折れ方では明らかになく、クッキーを握ったら潰れてしまったような、繊維自体が圧力に負けて潰れて果てたという折れ方だ。
「またやっちゃいましたー……力加減が苦手なんですよね、私……。すみません、店員さん!弁償します!」
トモナが握り潰した柄は、オーク杉だ。
腹を空かせたオークも食わない硬い樹木で、大の大人が振り回しても滅多に折れるものではない。簡単に折れるようなら、長柄の武器に使われるわけがない。
それが焼き菓子を折るように握り潰す握力とは、一体どれほどのものか。
「……才能ねえ」
店員にぺこぺこと頭を下げるトモナの背中に、そんなものはちっとも感じなかった。
普通の、身体能力も、技巧も、女としても何一つ花開いていない少女でしかなかった。
それでも今のトモナにほんの僅かの技巧を乗せただけで、恐ろしいまでの暴力を撒き散らす存在になるのは明らかだ。
たった一振り、雑に片手で振られた一合で、クランは死の臭いを嗅ぎ取った。
あの場にいたステイシー戦士団全員がそうだっただろう。
普段のトモナは、もっと北にいる。
北にはもっと強力な魔獣が住み着いていて、そこでトモナとセイエンの二人で戦っているらしかった。
遠征組と呼ばれる彼らは、その類稀なる実力を見込まれ、遠隔地にいる強力な魔獣を間引くことが望まれ、高額な報酬が約束されている。
もちろん最前線ほど強力な魔獣が出るわけではないが、それでも必要な行いらしい。
「…………」
ズルいな、とクランは思ってしまった。
生まれた時に持っていた力を振り回すだけで、トモナは強い。
あと十年もすれば、トモナはとんでもなく高いところに、高い位階にいるはずだ。
その時、クランはどの高さにいるのだろう。
いや、そもそも今の時点でどっちが高いところにいるのか。自信を持って自分が上だとは、クランには断言出来ない。
八歳の子どもを相手に、だ。
皮膚はオークとは違い、刃が刺さる。先手を取れれば、勝てる自信はある。
暗殺紛いな真似をすれば、おそらくは反応一つさせずに斬れるだろう。
しかし、それを勝利と呼べる気はまったくしない。
トモナをどこか疎んでいる自分が、ひどくちっぽけな物に思えて、クランは、
「難しいなあ……」
「ああ、確かにね。これは結構な難問さ。クラン、こっちとこっち、どっちが似合うさね?」
「こっちだな。ちょっと先っぽが丸まってる方があんたには似合うよ、ステイシー」
「そうかね」
と、ステイシーはその逞しい肩に、パッドを装着した。
硬いオーク杉をベースに、火熊の皮を貼り付け、梟犀の角を突き刺した肩パッドである。
隆々と聳える
「なるほどね。あんたの見立ては悪くないさ」
トゲ付きの肩パッドの利点は多い。
世間には肩パッドに、何故か、どういうわけか、そんな彼らはどうしようもない愚か者なのだろうが、武器としての利点を求める者が多い。しかし、その本質は当たり前だが防具だ。
首を狙う一撃を繰り出すにしても、肩の横にぶっとい角がおったてられては、横から切ろうという発想は捨てざるを得ない。
攻撃範囲の限定が図れるのだ。
そして、いざという時は必殺のショルダータックルで串刺しにも出来る。
なにより見た目がクールだ。
「ああ、それとあんたが雑魚だと思ったことはないよ、一度もね」
それだけを言うと、ステイシーは振り返ることもなく、会計へと向かって歩いていった。
「……ふん」
自分のダサさを見透かされた屈辱はあるが、ここまで颯爽とやられると怒るよりも感心してしまうではないか。
深く息を吸う。ゆっくりと息を吐く。
横隔膜の動きを、クランはゆっくりと確かめていった。焦りを吐き出し、汚いものを追い出すように。
目を伏せ、帽子のつばをいじる。
余計なものを見ず、自分を確かめる。いつから始めたのか、自分でもわからない癖。
トモナには、天与の才がある。いつか英雄へと至る者だ。
年が上のクランでも、八歳のトモナに勝てるかわからない。
さて、勝てるかどうかわからない。で、あのちいさな少女を嫌いになって、冷たく当たる理由になるのか?
そりゃちょっと違うだろうよ、クランさんよ。
「あたしは強くはない、か」
しかし、トモナとは悪くない勝負が出来るということだ。
ステイシーとも戦える。
魔獣だっていくらでも狩れる。
努力だって欠かしていない。
強さの根拠は、クランの中にあった。
だけれど、それはひどくあやふやな気持ちだ。
自分が強いだなんて、ちっとも思えない。
「だけど、あたしは弱くは、ない」
その根拠は、ない。ちっともない。
上を見れば限りがない。
トモナやステイシーだって、ちょっと撫でられたらおねんねするような強者は、腐るほどいる。
セイエン、ヴィヴァ、ダルニアにスタン。街を歩けば、クラン以上の者はいくらでもいるだろう。
武闘派ではないはずのアンジェリカも、その底を知れていない。なにか隠し球の二つや三つは持っている気がする。それ以前にまともに戦わせてもらえる気がしない。
この中の誰に勝てるかと言えば、クランは誰にも勝てない。
きちんと装備を整えた『恥知らず』ともう一度やって、クランが勝てるかと言えば相当に分が悪い。
だけど、あたしは弱くはない。
根拠のない、その確信。それだけは力強く握りしめていた。それだけは、ずっと。
悪いものをすっかり吐き出してしまえば、その確信を思い出すのは簡単なことだった。
「あーもう、どうして私はお金が貯まらないんですかねー!本当いやになりますねー!」
「ん、お帰り。きちんと謝れたか?」
「もちろんですよ!謝り慣れてますからね、ハハッ!」
煤けた笑顔を浮かべるトモナに、クランは肩を竦めた。
誰が悪いわけでもない、完全な自業自得なのだ。気をつけろとしか言いようがないし、本人も聞き飽きていることをいちいち言うのも面倒だ。
そして、才能を理由に嫌いになることはなくても、クランは花を散らしたことは忘れていなかった。弁償はさせる。
「それよりそろそろ決まりましたかー?弁償したばかりのお店にいるのって、なかなか気まずいんですよー知ってましたかー?ハハッ」
「なかなかいい経験してんな。更にあたしに弁償中なわけだし」
「笑えますねーハハッ!」
世知辛いねえ、と呟いたクランの目に、一本の骨剣が飛び込んできた。
「これにする」
「あれ?七層式ですよー?クランが使ってたのは十二層じゃなかったでしたっけ?」
「これがいい」
複層式の骨剣は、整備を簡単にするため、柄の取り外しがしやすくなっている。
刀身部分の骨を組み合わせ、二枚の板で柄骨を挟み、糸でぐるぐると巻く。
売り場に置かれた骨剣は、中身を見やすくするため、柄を外されたバラバラの状態で置かれていた。
その中の一本、七層式。ギミックは無しのシンプルな、幅は広めで反りの強い片刃。
七層式なんて、まぁちょっと慣れた駆け出しの骨鍛治の仕事だ。
十年後になれば、そんな仕事もしていたな、と懐かしむような若い思い出として語られる。
そんな一本の骨剣に、銘が刻まれていた。
銘とは自らの誇るべき一本を、高らかに謳い上げる宣言だ。
それを七層程度に刻む?しかも、外骨の刀身に堂々と?
ちょっと上手くいった若者が、少々痛々しいおいたしてしまった。こなれた職人なら苦笑いを浮かべるであろう顕示欲。
跳ね回るように刻まれた線の群れは、なんだか妙に嬉しげで。
自分はここからだ、と叫んでいるようですらある。
自分はここからなのだと全身全霊で叫んでいるような、大人から見ればほとばしる痛々しさにむず痒くなるような言葉。
そんな大自己顕示欲を大上段に構えて、荒々しく馬鹿馬鹿しくなるほどに、真っ正面からぶちかましてくる。
そいつはエスプリってことなんじゃないかね?気に入った。
「うーん……それでいいんですかー?妙にお安くなってますし、私には文句ないんですけどー」
「あたしは、これがいい」
ひどく嬉しげに刻まれた銘が、クランはすっかり気にいってしまったのだった。
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