第26話・なにせ全員が、なにをすればいいか理解している
ステイシーの言っていたことを、ちっとも理解出来ていなかったクランではあるが、その効果は実感出来ていた。
なにせ全員が、なにをすればいいか理解している。
知恵ある者の集団が一つの目的に向かって動く、というのは相当に難しい。
一つの目的、と言ったところで、そこに至るまでに必要な行いは相当な数がある。
それは一つの船を動かすのに、よく似ているかもしれない。
目的地を決めて、風を読み、帆を動かし、舵を切り、各部を修理し、料理を作る者だって必要になるだろうし、細かく言っていけば、もっと多くの行いがある。
これを一人でやれば、ちょっとしたことでも相当な労苦になるが、分担してやれば負担は軽減される。
当たり前の話だが、これがまったくなにもわからない素人がやれば、また話は違ってくる。
今、自分たちがなにを目標にして動いているのか、次に自分がなにをすればいいか。そういう目的意識と、行うべき行動の全体像が理解出来ていないと、千人いたってちっとも船は動かない。
右に行きたいのに、左へ舵を切られてはいっそ有害ですらある。
あるのだが、知恵ある生き物は右に帆を張りながら、左へ舵を切ることをよくやる。
百の行いを、十人で十の行いにするのが、得難い組織というものだと、その中にいればクランにもよくわかった。
「クランさん出過ぎです!十歩下がってください!」
「あいよ」
そして、ステイシー戦士団の戦士たちは、自らの行いをよく知っていた。
確かに彼らはまだ未熟だ。一人で戦線を維持し、ひっくり返せる腕前がある者は誰もいない。
しかし、魔獣を狩り、換金する。
必要な行いの筋道を、自らで立て、そのために動ける。
そのステイシー戦士団の中で頭角を現してきたのが、一人の獣人だ。
獣人、タニミチ。二つ名はなし。
彼は狼を狩るのがやっとな程度の、まぁ平均的な馬の獣人でしかない。
十や二十を狩るのがやっと、百や二百は到底不可能な程度の腕前だ。
しかし、ステイシーに荷車を引くことを褒められたのが、転機となり、彼は奮起した。
馬の頭がそのまま乗っている彼は、非常に視界が広い。
ほぼ全周囲を見渡せるタニミチは、単純に獲物を集めるだけではいけないと気付いた。
なにせ足元に物が落ちていては、前衛はとても動きにくい。
それが戦闘の場では特に顕著だ。
普段なら足元になにかが落ちていれば避けることは簡単だろうが、いざ命のかかる戦場ともなれば、周りというやつは簡単に見えなくなる。
それなら最初から前衛の周りを片付けておけばいいのだ。
彼は拾い集める獲物に、優先順位を付けることを提案した。
前衛に近い獲物を先に、その時は一声かけて注意を促してから取りにいく。
無言で後ろに来られると、咄嗟に動いた時にぶつかって危ないのだ。
言われた後は当たり前のことだが、そのことに気付けて、ステイシーに提案出来たのはタニミチだけだ。
細々としたことによく気付き、周りとよく話し合うタニミチの報酬は、今では他の者より、ほんの少しだけ多い。
金貨十枚ずつ分配されれば、十一枚になる程度の差だが、そのことで不満が出ることはほとんどなかった。
これが頭角を現すってことなんだな、とクランは実際に見れて少し感動していた。
結局こうしてたくさんの知恵ある生き物と触れ合った経験が、自分には決定的に欠けているということなのだろう、とクランは自覚する。
それが星を斬るために必要なのか、自分には必要なのか。そういうことすらわからないのだけれど。
「ステイシー姐さん!出過ぎです!出過ぎです!戻ってください!」
「あっはっはっは!弱いねえ、あんたたち!」
こうしてクランや、そしてステイシーに指示を出す必要があれば、タニミチはやるべきだと言える男だ。
これはなかなか簡単に出来ることではない。自分より強い生き物に口をきくというのは、なかなかに恐ろしいことだ。
こうして結果が上手くいくとは限らないのだから。
楽しくなってきたのか、どこまでも突進していくステイシー。
その後ろに着いていくには、実力の足りない獣人では被害を覚悟しなければならないシチュエーション。
「クランさん、そろそろ引きますので適当に散らしてくださいますか!」
「あいよ、任せといて隊長殿」
「隊長!?いえ、僕はあくまで補助というかステイシー戦士団の隊長はステイシー姐さん以外にいないというか、あの凛とした立ち姿と鋭い眼差しに睨まれると僕の胸はもはや潰れたアケビのようになりましてこれが恋なのかなと思う次第ではありますがステイシー姐さんのことを考えると僕は震えが」
「うおお、なにさねこの蛇!?」
こうしてステイシーが関わると気持ち悪い早口になるタニミチだが、どこまでも突進して行き、蛇に巻きつかれているステイシーをさらりと無視していた。
どうせ、そのうち帰ってくるだろ、と信頼しているのだ。手綱を握れるとは、そもそも思っていないし。
ステイシーの婚期は近いのか。そうしたら旅はどうするのか。結婚したらステイシーはクランと遊んでくれるのだろうか。それよりヤベーとこまで行ってるのではないか。さすがにあたしもなにも言えねえぞ。
クランには、最近そういった悩みが多い。
そして、その中にステイシー戦士団についてのことは、ほとんどなかった。
まぁ小気味よく動ける組織というのは、結構気持ちいい。
無駄なことに煩わせられることなく、必要なことをしてくれるのだ。嫌いになる理由がないし、稼ぎもよい。
しかし、あれやこれやと細かく指示を出したり、組織運営のあれこれというのは、どうも興味がなかった。
頭の中の組織をこねくり回すのは割と楽しいが、実際に他人と接してあれこれするのは、いかにも億劫な気がする。
ステイシーがあれこれ言ってたのは、タニミチほど細かく考えていたのかは疑問だし、ステイシーが細々となにかを言うことはほぼなくなっていた。
彼女が運営のほぼ大部分をタニミチに投げたのか、任せたのかは議論が分かれる部分だ。
しかし、ここまで動きがよくなったのは絶対にタニミチがいたってだけの結果オーライだよな、とクランは思っている。
実際、クランとステイシーが抜けても、というより抜けた方が全体のバランスがよくなって上手く回る気すらしていた。
そういうのは難しい、と思うと同時にどうでもいいと思う。
強くなるのが、今は楽しい。
最近ハマっているのは、骨斬りだ。
真っ向から斬りおろし、正面から一番硬い頭蓋骨を斬り割るのだ。
クランの骨剣と、狼の頭蓋骨。どっちが硬いかと言えば、狼の頭蓋骨だ。骨剣は磨かれて鋭い分、脆くなっている。
しかし、そこに速さと力を乗せるのだ。
一直線の真っ向勝負、それで勝つ。
確かに骨剣の扱いとしては上手くないだろうが、なにが必要で不必要なのか。どうやったらルディを斬れるのか。
ちっともわからないあれこれで悩むより、あらゆる技術を得るべきだろう、とクランは考えている。
ここ数日の酷使に継ぐ酷使で、剣自体が相当にへたっている、という理由もあった。
この剣は今日で使い潰して、修理せずに買い直す予定である。
それくらいは余裕で出来る稼ぎがあった。今度はグレード上げて五層の骨剣を買おうか、それとも槍に手を出すのも面白いかもしれない。
「おーい」
「ん?」
そんな中、クランの耳に届いてきたのは、いっそのんきそのものの声だった。
「クーラーン!」
「伏せろ!」
「バカテメェ!?」
そして、死が来る。
背後で獲物を集める連中のことまで、気にすることは出来なかった。
クランの全身全霊をかけて、生き残れるか。そういう直感。
鋭さなんて物は、《それ》にはちっともない。
オークみたいに刃筋を立てることすらされていない。
《それ》は戟だ。
槍に斧やらなにやらをくくりつけた複雑な形状をした戟は、横からすっ飛んできて狼の群れの上半分をごっそりと吹き飛ばし、硬いはずの骨を打ち砕き、砕かれた骨はまるで火にくべた栗のように弾け飛ぶ。
弾け飛んだ骨弾は、他の狼の柔らかな身に食い込み、その痛みを感じる前にいっそゆったりたした動きで通り過ぎていく戟に、次々とその身をぶち抜かれていった。
「あれ、寸止めで冗談だよーてへへ、のはずだったんですけどー」
「完全に当てるルートじゃねーか!?」
受け止めようなんて、ちっとも考えられないだけの力がこもっていた。
風に乗り、とんぼを切って空中に飛び出したクランの視界に映るのは、横薙ぎ一発で全滅した狼の群れと、なんとか伏せて避けられたステイシー戦士団。
そして、一人の少女と一人の猿だ。
獣人、『甕割り』セイエン・ホシ。
そして、獣人トモナ。二つ名はなし。
慌てるセイエンは無手。トモナは戟を握っている。
振るわれた戟は、ひたすらに巨大なものだ。
総金属の輝きの戟は、ステイシーよりなおデカいデカブツ。クランなら持とうとすら思わない逸物だ。
そんな戟を、トモナは片手で振っていた。
完全に力任せで、技なんてどこにもなく、右手一本で。
立ち姿も足を踏ん張るとか、そういう動きはない。ただ普通に立って、ちいさな女の子が普通に腕を動かすような仕草。
それだけで、彼女はこの惨劇を成した。
「あっ、そうか!止めればいいんですね!あっ」
「トモナァァァァァァ!?」
「うっそだろ、おい」
そして、残った左手にはなにがあるのか。同じ戟がもう一本である。
まるで拍手でもするかのように二本の戟を打ち合わせ、恐らく左手の戟を当てて、右手の戟を止めようとしたのだろう。
それがなにがどう当たったのか、左手の戟がトモナの手を離れて斜め上にすっ飛んできた。
的確に、最初から狙っていたとしか思えないほど正確に。クランめがけて。
空中に身を躍らせていたクランに、空踏みの魔法なんて高度な技法を扱う技量はない。
そして、一瞬余計なことを考えていたせいで、防護の魔法を編む時間すらも失っていた。
どさり、と膝から落ちたセイエンが腹を押さえ、苦痛に喘いでいるのに目を取られたせいだ。
「ふぅ」
戟はすでに目の前だ。
クランの左腰から右肩に抜けるような回転をする戟は、どういうわけか綺麗に刃がこちらを向いている。
本人が扱うより、上手いじゃねーか。
踏ん張りが効かない空中で剣を振るなんて、考えられるコンディションの中で相当に最悪だ。
しかも、上から下に落ちていて体重が乗せられるならともかく、下から上に登っている最中だったのもよくない。
しかし、本当に適当に振るった末の偶然だったのだろう。上手く速度が乗る投げられ方をしたわけでもなかった。
なんとか対応可能な範囲か。ミスったら一発で真っ二つだが。
「ッラァ!」
腕力だけで振るった骨剣は、ちっとも上手くない。
自分でも笑ってしまうような情けない剣筋は、骨剣の最期の寿命を削ってしまったらしい。
戟にぶち当たった骨剣は、内側から枯れ木が折れる軽い音を立てた。
その甲斐もあって、ほんの僅かに軌道がズレた戟は、びゅんびゅんと音を立てながら地面へと着弾。あほみたいな爆発音を立てて、地面にもうもうと土煙を巻き起こしてくれた。
「おじさん、走馬灯が見えたよ。エンシェントの連中が復讐のために襲いかかってくる光景」
「ご、ごめんね、わざとじゃないんだよ!?」
土煙の中に落下したクランは、膝を曲げて衝撃を和らげた。
そのついでにクランはブーツと地面に、骨剣を挟み込んだ。
ぽきっ。
花が、散っていた。
「いやいや、あたしはわかってるよ。心の広い女だからね。わざとじゃないってことはね」
「クラン……やっぱりお姫様なんだ……!優しい……!」
「うん、でもな」
クランが差し出したのは、骨剣である。
刀身が《半ばから》、真っ二つに折れている骨剣だ。
花が散っていたのだ。
どうせすぐに散っていただろうことはわかっている。魔獣が花なんて気にするはずはなくて、すぐに踏み散らされていたはずだ。
それはそうとして、トモナが無造作に振った戟で花が散ってしまったのは、ちょっとばかり腹が立った。
「あたしの、この《十二層》の骨剣は、お亡くなりになっちまったようなんだが?」
「えっ?……あれ、折れてた?」
「おいおい、見てわかるだろ。折れてるだろ?」
「えっ、でも受けた時……え?折れてた?折れてなかったような気が……?」
「折れてるよな?それともあんたの目に、この剣は繋がっているように見えるかい?」
「え、折れてます」
「あたしは許すよ、あんたを。でも、それじゃああんたが納得出来ないだろう、トモナ。わかってるよ」
「え?え?」
「弁償してくれよ、《十二層》の骨剣。それで命の危険、チャラでいいぞ」
「はい……ああ、ここ何日かの稼ぎが……」
空中で折れたはずの刀身が地面に半ば埋まるような形で折れており、骨剣全体が押し付けられた跡が地面にあるのにセイエンは気付いていたが、彼はなにも言わなかった。
大部分を占める、トモナにそういう冷静な観察眼や落ち着きを持って欲しい、という師匠心。そして、ほんのわずかな、ミジンコのようにちょっぴりとした小さな感情だが、やらかしたトモナが痛い目を見てしまえ、という気持ちもあったのである。
エンシェントエルフに襲われる。
奴らを詳しく知っているだけに、セイエンの脳裏をよぎった走馬灯は、ひどく……本当にひどくリアルな代物だったのだ。
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