第21話・がらりと気候からなにからなにまでが変わる

「おお、なんだこれ……」


 静の国がある大青河南部と、サバンナのある北部ではがらりと気候からなにからなにまでが変わる、とはクランも聞いていた。

 船から降りたクランが街の外に見たのは、広い広い平原だった。

 背の低い草木の広がる平坦な土地は、見渡す限り見通せるような場所だったのである。

 それが今ではどうか。

 宿で疲れを抜くのに、その間はちょっと武器屋を回ったり、新鮮な魚介類に舌鼓を打ったりと、ちょっと遊び歩いていた。

 そのたった三日の内に、サバンナはがらりとその装いを変えていた。

 万を優はくだらない、頭に角の生えた狼の魔獣があちこちで群れを作り、上空では鳥の魔獣同士が互いに食い合い、地面に落下し、待ち構えていた獣どもに食われた。

 丸太ほども太い蛇が地面の僅かな起伏を縫うように街へと近付き、それに気付いた獣人の戦士たちが石を投げて迎撃する。

 クランの知らないうちに始まっていた戦争は、とうの昔に戦端が開かれていた。


「言っただろう?大氾濫さ」


 おおよそ二月ごとに繰り返される乾季と雨季を迎えると、サバンナは圧倒的なまでに生の季節へと変貌する。

 昼寝にはぴったりな穏やかな風と共に、その生臭い吐息乗ってきそうなほど大量の魔獣が繁殖するのだ。

 繁殖と言っても獣と魔獣を分けるのは、その一つの特異な性質だ。

 魔獣には子どもがいない。正確には誰もその姿を見たことがない。

 知恵ある生き物の前に姿を見せる彼らは、常に成体の姿である。

 個体差もあり、腑分けをしてみれば子供を作る子宮もある。鳥の魔獣であれば卵を腹の内に抱えているものすらいた。

 しかし、それがどういうわけか、大人の姿でしか魔獣は姿を現さない。

 ぽんと生んだ子供が即座にすくすく大きくなるか、それとも最初から大人のサイズで生まれてくるのか。

 馬鹿馬鹿しい妄想のような考えだが、そう思いたくなるほど魔獣の幼生は発見されたことがなかった。エルフの、他の知恵ある生き物たちの長い歴史の中で。

 中には知恵ある生き物と言葉を交わす魔獣もいるが、彼らも自らの生を詳しくは知らなかった。


 そんな奇妙な、というよりも謎しかない生態の魔獣ではあるのだが、サバンナでは雨季が空けたなんでもない日に、彼らは突然やってくる。

 どこからともなく、唐突に。最初からそうだったかのように、昨日までは子供でも歩けていたような平和だった平原を埋め尽くす。

 もちろん静の国や、人間の国にも魔獣はいる。

 角のついた狼であるダイヤウルフは、人間にすれば脅威だろう。

 俊敏なダイヤウルフは、その頭の角で人間の柔らかな皮膚を簡単に突き破ってしまうのだ。

 毎年、毎日のように被害が出る、とても厄介な魔獣であり、彼らによって滅んだ村は数えることすら億劫になるほどだ。

 まぁそれにしたってオークの敵にはまったくなれない。

 最大必殺の角はオークの硬い皮膚にちっとも刺さらず、その牙にしたってオークの方が鋭いくらいだ。

 ステイシーが軽く撫でてやれば、簡単に絶命する哀れな生き物である。

 クランにしたって十や二十は素手で相手が出来るだろうし、装備次第ではさらに結構いける。

 しかし、そんな雑魚でもここまで集まると、圧巻としか言いようがない光景だ。

 獣人に混じっていたエルフが大魔法を編み、百のダイヤウルフを焼き尽くし、その後ろから今度は千のダイヤウルフが獰猛な唸り声を上げながらシュケルプの街に向かって駆け込んでくる。

 数人の戦士団がその群れに正面から立ち向かうのを、クランは現実の光景に思えず、ぼんやりと見ていた。


「すっげーな、おい」


 十人に満たない、獣人のみで構成された戦士団だが、狼たちの突進を巧みにいなしていく。

 盾で受け、その横腹を晒したところで次々と仕留めていく姿には熟練を感じる手並みだ。

 後方からはエルフの手練れが次々と狼を射抜き、戦士団に影響を与えないような小さな魔法が速射され、狼の群れは手際よく処理されてしまった。

 即座に群れを殲滅した戦士団は、仕留めた狼の死体を抱えるだけ抱え込み、荷車へと載せるとあっという間に後方へと下がっていく。

 その穴を埋めるように獣人と、そして再び大量の魔獣の群れが現れ、ぶつかり合っていた。

 戦士団により運び込まれた魔獣の死体は、後方に控えている者たちの手によって手際よく解体され、あっという間に姿を消していく。肉と毛皮と骨として利用されるのだ。

 その間にも戦士団は賃金を受け取り、威勢のいい鬨の声を上げて再び戦場へと戻る。

 その横には銀行の受付がきっちり用意されており、戦士団が差し出す血まみれの銀貨を預かっていた。

 戦場というにはどこか緩く、日常というには血生臭過ぎる光景だ。

 もちろん上手くいく戦士団ばかりではない。だれか一人がとちり、そこから魔獣の処理が追い付かず、決壊する者たちもいる。

 しかし、新手の戦士団や、少人数の手練れがあっという間にそこを押し返し、圧倒的な数の差はあれど、曲がりなりにも戦線と呼べそうなものが街の全周に自然と形成されていた。


「なんだと聞かれたら困るんだけどね。あいつらはこうしてなんか来る。そして、私らは狩る。財布がぱんぱんになる。いいこと尽くめさね」


「北に行けなくない?」


「だから行けるわけないって言ったんじゃないのさ。この辺りの大氾濫なんて、全然マシな方さ。北に行くにつれて、地面が見えないくらいの魔獣で埋まるくらいさ。この辺りじゃ英雄だっていやしないよ。若い連中と、ちょっといる手練れでなんとか出来る範囲さね」


「英雄ってエンシェントエルフと戦える個人戦力だっけ?そんなもん本当に実在してんのか」


「むしろ、英雄と戦えるエンシェントエルフが本当にいるのかって私は思うんだけどねえ……まぁいいさ。本当に北に行くかどうかはともかく、ちょいとここらで腕慣らしと行こうじゃないか」


「ふん、いいぜ。昨日買ったこいつの出番だな!」


「いや、もういいさ。何回も見せられたし」


 クランが腰から抜いたのは、白に黄色みを帯びた刀身だ。

 長さはクランの指先から、肩には届かないほどの長さか。

 癖のない直剣で、刀身の割には少し柄が長めに取られている。

 大の男が使うには、ちょっと柄の長い普通の直剣だろうが、クランが使うなら合いの子剣バスタードソードと呼ばれるサイズになるだろう作りであった。

 もう少し長ければリーチに任せて振り回せ、もう少し短ければ片手剣として扱えて盾も持てるような、本人に技量がなければどっちつかずになりやすい武器である。


 ちなみにではあるが男女の身体の作りの差は多々あれど、戦闘能力に関していえばさほどの差はない。

 ちょっと気の効いた知恵ある生き物であれば、強化の魔法や魔術が扱えて、生来の差を埋めてしまうのだ。

 しかし、武器や防具に関してはそうもいかない。

 細やかな体格の差に合わせ、きっちり装備を作る技術がどこの国にもある。


「なんだよ、聞けよ。骨剣だぞ、骨剣。あたし初めて見たんだからな」


「いいよ……この辺りでなら、いくらでも見れるじゃないのさ」


「これだからあんたはダメなんだよ!内骨、中骨、外骨に分かれた三層構造が剣を扱った時に生じる衝撃を吸収し、上手いことあれしてくれるんだからな!安かったし!」


「わかったわかったって……」


「聞けよ、おい。これ、柄にリングがついてて、ストラップも付けられるんだぜ?」


「なんだい、そのいらない機能」


 骨剣という特異な存在は、この大氾濫という特異な現象に襲われる獣人しか考えなかった。

 普通は加工の容易な金属を使った方が早いからだ。

 だが、獣人たちは骨の扱いに非常に困っていた。

 皮や肉の使い道はいくらでもある。骨だって家畜の餌にしたり、自分たちで食うことはそれなりり出来る。畑にまくことだってやる。

 だが、余るのだ。

 大氾濫ともなれば毎日毎日千や万なんて目ではないほどに、あほのように出てくる骨をどう扱うのか。

 外に捨てるにしても、山のように積まれた骨は見ていて心休まらない。

 埋めたら文字通り山になるし、街の外の地面を掘ると骨しか出てこない、というのは犯罪の温床になりそうだ。誰かを埋めてもバレやしない。

 そこで考え出されたのが、骨を使った武器だ。

 まともに骨で戦っても、普通は折れる。

 骨という物は縦からかかる圧力には非常に強く出来ているが、横からの圧力には弱い。

 突き出された手のひらを殴っても腕の骨は折れないが、二の腕を殴れば折れるかもしれない、という話である。

 二本足、四つ足の差はあっても身体を支えるという構造上、生き物の進化は横からの圧力はさほど想定していないのだ。

 そういうわけで、骨という物質は武器としての扱いにさほど向いていない。

 まっすぐに突くならともかく、振ってぶつけると折れるのだ。

 しかし、逆に言えば縦の圧力には強い。

 その強い部分だけを集めればいいのではないか?獣人は考えた。

 試しに使える素材は、腐る程ある。長い長い研究の末、骨剣などの骨武器は完成した。

 クランの使っている三層構造の骨剣は、はっきりと安物である。割と予算が厳しかった。

 それでも鋭さを確保した外骨が受けた衝撃を、内骨が柔らかく伝え、さらに柔らかな中骨が吸収し、なかなか折れにくい代物になっている。

 そして、本式の最高品質ともなると、百以上のの性質の違う骨を組み合わせ、磨き抜いたものとなる。

 もはやここまで行くと、下手な金属製の武器を上回る逸品だ。

 そして、お値段の方も圧倒的なまでに金属製の武器を上回ってくる。

 ただ三層構造程度の安物であれば、一層が壊れた程度ならあっさりと直せてしまい、修繕費も非常に安く済む。

 壊れた部分を取り替えてしまえばいいだけなのだ。

 サイズの差だって、体格の違う魔獣の骨をちょっといじれば簡単に合ってしまう。

 そのため骨で武器を作る骨鍛治と、武器とのサイズが合う骨をぴたりと見抜く修繕師で分かれているほどである。


「まぁどうでもいいさ、そんなことは。だいたい流れはわかったね?」


「おう。とにかく突っ込んで、獲物をかっさらって、金を受け取ったらまた突っ込むんだな」


 あほの子そのものの答えである。

 獣人の戦士団には熟練があった。

 どの魔獣にはどの装備が有効であり、どういう技術が必要なのか。

 その装備がないなら、自分たちはなにと戦うべきか、というノウハウがある。

 小物狙い専門の戦士団もいれば、大物狙い専門もいる。

 大物小物ではなく、狼だけを狙う戦士団もいた。

 彼女たちには、そのどれもない。


「正解さ」


 しかし、この場にはあほしかいなかった。

 時々物を考えなくなるエルフと、大抵はなにも考えていないオークしかいないのだから、この結果は当然だったのだ。


「ああでも、私らには荷車ないからね。どっか小さい戦士団の所に相乗りするよ」


「ええ、横殴りかよ。そういうのよくないと思うぞ」


「こんだけ獲物がいるんだよ。向こうは飛び込みだって大歓迎なのさ、腕が立てばね」


「なるほど、そういうことか」


 クランは頷いた。

 強さの根拠があるわけでもなく。しかし、力強く。

 不敵で楽しげな笑み。自分ではとびきり凶暴な、客観的に見れば愛らしさすら感じる笑みで。

 ステイシーも笑った。

 主観的にも、客観的にも一致する凶悪そのもののオークの笑みだ。


「そういうわけさ。どこから行く?」


「うーん……こういう乱戦は経験がないからわからん。任せるよ」


「よし、任された。じゃあ、あそこだね」


 ステイシーが指したのは、大氾濫のど真ん中だ。

 狼の群れの中に隠れ潜んでいた蛇が突如強襲し若い獣人を呑み込み、上空を飛び回る鳥が火の玉を乱射し陣形を乱し、隙を見せた鳥が鳥に襲撃される。

 まがりなりとも戦線のようなものが形成されている他とは違い、すっちゃかめっちゃか大乱戦とでもいうような激戦区である。

 後方に控える射撃集団は、他の戦線に支援を届けている最中で、ちっとも手が回っておらず、単独で戦線をひっくり返す手練れもいない。


「ふむ……その心は?」


「あそこが一番盛り上がってるさ」


「よし、乗った!」


 言うが早いが、クランは風に乗った。

 技巧のぎの字もない直線の風乗りだが、その代わり速度が出る。

 だが踏み込めば踏み込んだだけ速さを増す魔法を扱うエルフに、ただの身体能力だけで追いつくのがオークである。

 結構な速度で並走しながら、二人は話を続けた。


「所詮は勝ちが確定してる場さ!ちっと時間を稼げば私らが全滅しても、後ろに控える手練れが最後には全部平らげちまう!気楽にやんな!」


「さすが頼りになるお姉さん。戦場経験だって豊富ですこと!」


 クランは飛んだ。

 力一杯地面を踏みつけ、高らかにバスタードソードを掲げながら。

 その先にいるのは狼だ。

 最も数が多く、こいつらに勝てないなら街で引っ込んでいた方がいい、という程度の生き物である。

 その証拠に脆弱な人間種の姿はほとんど見えない。その代わり数少ないエルフより数少ない、戦場に姿を見せる人間は若さの残る獣人よりも圧倒的な熟練を感じさせる者ばかりなのだが。


「ウラァ!」


 そんな余計なことを考える余裕がある程度の敵だった。

 買ったばかりの骨剣は、まだ手に馴染んだとは言い切れない。

 ちょっとばかり振り回しただけで馴染むほど、クランはまだ武芸に満ちている生き物ではないのだ。

 しかし、狼の首筋に打ち込んだ骨剣は、しっかとその刃を毛皮へと食い込ませ、肉に食いつき、長めの柄をちょいと手元で操作してやれば、骨と骨の間を避けて首の肉をさっくりと裂いてくれる。

 悪くはない、とクランは思う。

 金属よりも軽い骨は、さほど腕力のないクランでも扱いやすい。

 その代わり重心が少し不安定でもあるのが痛し痒しだが、その辺りはクラン程度の技術でもカバー出来る範囲だ。

 今度は横に振る。全身を回して、大きく。

 右手一本で全力で振り回してやると、軽い骨剣では今度は中途半端な手応えになる。

 ぎゅんと引っ張られる金属の重さとは違う、どこかふわっとした感覚になるのだ。

 しかし、それでも飛び込んできていた狼の口を真横に切り裂き、脳天まですぱりと切れる。

 二周目リピート。回転の先端を、今度はつま先にしてみた。

 ブーツの先に仕込まれた鉄板、ステイシーの顔面に突き刺さらなかった鉄板を買い替え、更に分厚く重い物に変えていた。

 膝が引っこ抜けそうな遠心力は、あっさりと狼の頭を打ち砕き、その速度に骨剣を乗せて次の狼を斬ってみると、なんだか非常にいい感じに振れてしまう。


「なるほど」


 少しばかり群れを蹴散らしたクランは、軽く骨剣を手の中で回してみると、軽さが利点と欠点になるのを感じた。

 重さは力だ。重い物を上から下に全力でぶちかますと、それだけで強い。

 狼の群れの中で力任せにばかみたいに暴れまわっているステイシーを見れば、それは明らかだ。

 硬い皮膚には角も刺さらず、その剛力は哀れな狼どもをひき肉にしていく。

 みっちり筋肉が詰まった強い生き物が、強さを振るう。それは重いということである。

 軽いということは非力だ。中に空間の多い骨は、扱いやすい軽さと引き換えに脆さを孕んでいる。

 軽い物を上から下にぶちかましたところで、強さに繋がるものではない。

 つまり、


「こいつは、あたしが使うってことだな」


 骨剣はそのままでは強いものではない。ステイシーがちょっと摘めば、簡単にへし折れる。まぁ金属でも折れるが。

 しかし、骨剣を扱う担い手が上手くやれば、この軽さというやつは驚くほどに強さに繋がる。

 今度は完全に動きを止めてみた。

 すると狼たちは動きを止めたクランに、少しばかり戸惑った様子を見せたが、その逡巡は一瞬だ。

 二匹同時に飛びかかってくる狼。両手でしっかりと柄を握ったクランは、力任せに下から上へと切り上げてみた。

 荒々しい切り口で臓物をまき散らした狼を横目で見ながら、初速の乗らなかった骨剣がそれなりに重量のある物体とぶち当たったことにより、完全に速度を失うのを確認。ちょっと刃先が欠けていて反省。

 その失われた速度は、今度はコントロールの良さに繋がる。

 ゆるゆると手元で操作し、剣先だけをもう一頭の首筋に合わせ、クランはくるりと一回転。

 クランの身体に引っ張られた切っ先が、綺麗に狼の首筋を切り裂いた。

 軽さを孕んだ圧倒的な速さの差は、こうして圧倒的な時間軸の差に繋がる。

 今回はこうやって動きの確認を込めて動いてみたが、もっと自然に動けるようになれば、この軽い骨剣はなかなか面白いことになるに違いない。

 視界の端に見えるマントが回転により、綺麗にたなびくのを見て、クランはちょっと嬉しくなった。

 そうして更に数十匹ほど仕留めた辺りである。


「クラン、そろそろ一度引き上げるさね!」


「ええ!?ノってきたところなんだけど!?」


「なんでもう帰る気なんだい!換金しに戻るだけさ!しばらくは、ずっと、いやになるくらい戦えるから安心しな!荷車持ちのところと話はつけといたから、適当に綺麗所を何頭か担いできなよ!」


「あいさー、了解!」


 返事をするが早いが、クランは即座に三頭を切り捨て、即座に骨剣を鞘に戻した。

 血糊と脂のせいで後でえらいことになりそうではあるが、ここでノロノロとしている方がえらいことになる。

 切り倒した三頭をあたふたしながら担いだクランは、ステイシーのたくましい背中を追った。

 彼女はまるで最初からそうだったかのように、若い、たった三人ばかりの戦士団へ指示を出し、すでに荷車を出発させようとしている。

 荷車は獲物から流れる血と脂でどろどろで、決して相乗りしたいとは思えない有様だ。


「欲張るんじゃないよ、どうせまたすぐに戻ってくるんだ!ええい、モタモタしてるくらいならその獲物を捨てちまいな!なるべく軽くしてすぐ帰る、そしてすぐ戻ってくる!また稼げる!その方が儲かる!どんな馬鹿にでもわかる理屈だろう!さ、出しな!」


「少しくらいあたしを待とうとは思わないのか、あんたは」


「まったく思わないさ。トロトロしてるなら狼の餌になっちまいな」


「なんて冷たい奴なんだ。友達甲斐がないぜ、ステイシー」


 そう言いながらも、クランは担いでいた狼を荷車へと投げ込んだ。

 荷車を引いていた首から上が馬の獣人は、その衝撃にびっくりしたような顔で後方を振り返るが、そこにオークのたくましい背中を見ると安心したように前へと向き直った。


「犬は右、猫は左!私とクランは殿だよ。さ、戻るまで気を抜くんじゃないからね。さっさと戻るよ」


「あいさー、了解でありますよ」


 クランの気の抜けた返事の後に、威勢良く返事を返す戦士団は完全にステイシーに乗っ取られていた。

 頼りになるお姉さんは経験豊富である、特に戦場経験に関しては。

 この日、ステイシー戦士団は夕方まで二十八度。換金所と戦場を往復し、金貨八十八枚を手に入れた。

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