第8話・低レベルな口喧嘩
「忘れてねえだろうな!あのセガール・レオンを!」
「ああ、あのくそったれの女傑!絶対にお近づきになりたくなかった女ゴリラ!」
「あのアマからお前を助けてやった!」
「それを言うなら、俺だってそうだ!足を怪我して泣き喚いてたお前を、安全な陣地に担いで行ってやったな!それも何度も!」
「それは俺もだろ!お前を、何度も、助けてやった!」
「いいや、俺の方が多いね!」
「ボケて数も数えられなくなったのか!お可哀想に!」
低レベルな口喧嘩。しかし、どちらがセガール・レオンに助けられたのかすら、その場にいるエルフたちには理解出来なかった。
ただひたすらに、あまりに速いのだ。
右から声が聞こえてきたと思えば、鎧のダルニアは左にいる。
左から声が聞こえてきたと思えば、マントのスタンは右にいる。
おそらくは、誰もがおそらくとしか言えないが、極限までスムーズに風に乗っているのだ。
風乗りの魔法は、非常にポピュラーだ。
基礎の基礎を学び始めた十のエルフだって、よく使っている。
効果は『風に乗る』。単一では役に立たず、風追いの魔術と併用するものだ。
まるで風に飛ばされるタンポポの綿毛のように、その身を小さな風に乗せる魔術だが、慣れていない若いエルフは力ずくの直線的な突風で、真っ直ぐに馬鹿そのものの突進するのに使う。
そして、多少慣れてくれば、鋭角にカクカクと曲がるくらいは出来る。
綺麗な弧で風に乗るエルフがいれば、それはさっさと逃げた方がいい、とびきりの手練れの証だ。
この魔法をどう扱うか。強者と、そうでない者を大きく分ける技である。
しかし、彼らと来たらどうか。
動作の継ぎ目一つ一つに、熟練の技がある。
小さな風追いが、ほんの小さな動作を後押ししていく。
それは例えば足首の動きだ。
ぐっと地面を噛むダルニアの鉄靴の補助として向かい風を呼び、しっかと伝わった力が膝へとたどり着く。
膝を緩め、腿を緊張させ、風に乗った腰が凄まじい勢いで回転をし、肩により鉄棒を押し出す。
大気を切るというより、もはや断つと言った方が正しいほどのおそろしい音。
離れて見ているのに、あのでかい棒の切っ先が一体、今どこにあるのかすらわからない。
全身に纏った風により、緊と緩が交互にダルニアの身体を駆動させ、鉄棒へとおそるべき力を伝えている。
彼の前に立つのであれば、一体どれだけの備えがいるのか。
生半可な壁を用意したところでなんの防御にもならない。いっそ要塞を運んでくるべきである。
「笑わせるぜ、ダルニア。お前が奥さんに愛を告げる時はどうした?ビビりながら流し込んだウィスキーは何杯だった?」
「それをお前が言うのか、『気取り屋』!何回、何十回、彼女の家の前を往復したってんだ!悪質なストーカーだぞ!」
それを受ける側も、また半端なものではない。
スタンの武器は、細身のレイピアだ。
刺突剣と呼ばれる細い剣は、ちょっとした直剣でもへし折れそうな華奢な代物。
それがスタンの手元でくるりと回れば、ダルニアの太い鉄棒がたちまち力を失うのだ。
なにをどうやっているのか。
術理としては想像がつかないわけでもない。
何度も、何度もぶつけるのだ。
百の力に一の力をぶつけてしまえば、当然のように砕ける。
だが、一の力に一の力を百度ぶつければ、相殺出来るだろう。
しかし、あの剛撃に、あの乙女の腕のように頼りないレイピアで?その全てを?冗談だろう!?
そんな冗談のような光景と、異様なまでに長く響く、ガラスを引っ掻くような激突音が、その術理が現実なのだと観客達に伝わってくる。
防ぐだけでなく、果敢に攻めかかるその刃は、鎧の分厚い守りだって苦にしない的確な速さを持ち、蛇のような狡猾な変化をする。
それがエンシェントエルフに最も近い、ニアエンシェントの力!
「お、思い出した。あいつはスタンだ!スタン・フリジアーノだ!」
「なんだって!?知ってるのか、あんた!」
「ああ、『気取り屋』スタンと、『鉄棒』ダルニア。散々西を荒らし回った人間どもを、しこたま蹴散らしたコンビさ!最近は随分と名前を聞いてなかったが、まだまだ元気そうじゃないか!」
「あのジイさん、有名人だったのか」
「百年くらい前だけどな!」
そんな時である。
「このうすのろの老いぼれどもめ、いつまでやってやがる!」
そう叫ぶが早いが、観客の中から一人のエルフが矢を抜き放った。
矢のセッティングは爆炎、その目くらましから続く二の矢が本命。
「はっ、しょんべん我慢してたのかよ」
「まったく、若いエルフは辛抱が足りん。弓矢というものは、もっと静かに撃つべきだ」
横合いから飛んできた一矢は、最初からそうだったかのようにスタンの左手に収まっていた。
二の矢も当然のように、ダルニアの手の中に。
視線は外さず、互いに互いだけを見ているままで。
「てめえ、この下手くそが!」
「やれ、やっちまえ!」
奇襲をしかけたエルフが、周りにボコボコにされているが、これについてはエルフの中では問題にされることは一切ない。
やれる、と判断し、攻撃をしかけ、見事エンシェントを討ち取った場合は、その奇襲者が勝者となる。
エンシェントと、そうでない者の間には、こうしてそれだけの差があるのだから。
しかし、失敗した場合は、決闘に水を差したとびきり愚かな間抜けとしてボコボコにされるのだ。
それは法だ。いちいちもっともらしく、誰かに見せて同意を得るため紙に記された法ではない。
エンシェント落としをせずにはいられないのと同じように、エルフ達の魂に刻まれた当然の権利だ。
祭りに乗り遅れるな、と盛り上がるクランが一発叩き込んでいる間にも、事態は動いていた。
「さて、そろそろ観客の皆様もこのチンケな武芸比べに飽きてきた頃だろう。派手な魔法合戦といこうか、『鉄棒』。しかし、だせえ二つ名だな」
「こいよ、『気取り屋』。どっちが上か、そろそろ決着をつけるべきだと思ってたんだ。ところで気取るなら気取り続けろよ、なんでいつもあっさり素になんだよ」
「くたばれ、クソジジイ!」
「お前がな、クソジジイ!」
スタンの手のうちに収まっていた魔矢が、そのセッティング通りに火を吹いた。
目くらまし程度でしかない炎だが、勢いよく赤を広げた魔術は、一瞬にして金属質の光を反射させるいくつもの鉄菱へと変化し、その鉄菱を起点に雷撃が巻き起こり、風を孕んだ水の渦があっという間に辺り一面を霧で覆い隠した。
どちらが仕掛けているのかすらわからない魔法合戦は、ボコボコにしていたエルフの襟元を掴むことすら忘れ——ごつん、と大きな音を立てて石畳に奇襲をしかけたエルフの頭が落ちたが、クランも周りのエルフも気にする余裕がなくなっていた——次々と色合いが移り変わっていく。
観客の中で、奇襲を狙っている者は何人もいるだろう。
しかし、ここになにを撃ち込めば効果的なのか、それがさっぱりわからない。
赤、青、黄、紫、錆、藍。十八の色合いは二十九の図形を描き、まばたきを終えた刹那で曖昧模糊の根源的混沌へと塗り替わる。
果たして何の属性変化が、あの霧の中で行われているのか。
腕に自信があり、一通りの魔法を収めているはずのエルフ達にだってわかりはしない数々の魔法合戦。
物理境界線を揺るがす数々の変化は、ラクリアの堕落と呼ばれる魔法境界線の向こう側へと世界を引きずりこむ。
そのほんの一歩手前、エンシェントと、ニアエンシェントの二人の男たちでなければ、街ごと吹き飛ばしておつりが来るであろう魔法的駆け引きの中、スタンは魔術的、魔法的。そのどちらでもないとんぼを切って飛び退いた。
その手のうちには、銃だ。なんの魔術も加えられていない、小さな拳銃だ。
しょぼくれた鉛玉を放つ玩具だが、スタンが扱えばどうか。
銃身の奥に秘められた五グラムの鉛玉には環境に満ちた魔力がしこたま叩き込まれていて、プラズマ化してあまりある、もはや誰も何の名前をつけられていない魔法現象がその手に発現している。
「こいつを覚えてるか、『鉄棒』。俺たちがあのセガール・レオンから、慌てて尻に帆をかけた、あいつの切り札だ」
「知っているとも、『気取り屋』。今ではそれの破り方もな」
霧が、晴れた。
巨大な台風が通り過ぎたかのような突風は、観客達を文字通り根こそぎに吹き飛ばした。
会場とする石造りの政庁にすら損壊を与えた風の中央には、まだ二人の男が立っている。
一人はなにかを捨てるような動作を、一人は鉄棒を真っ直ぐに突き込んだ姿勢のままで。
びちゃびちゃに溶けた銃が、最初からそういう性質を持っている物体であるかのように、石畳の上で湯気を上げて蒸発し、虚空へと消えた。
「くっそ、同じ破り方考えてやがった」
「そりゃ仕方ねえ。お前はいつだって俺の後を着いてくるしかないんだ。お前は年下、年上には永遠に勝てねえんだよ」
「言ってなよ、おじいちゃん。若い者には道を譲るべきさ」
じり、とスタンはゆっくりと動く。
右手のレイピアを前にした半身の構えで、左手をマントに隠すようにして。足元は軽やかに。
じり、とダルニアも動く。
左半身を前に、どっしりと重い構えだが、手元は軽く。ほんの僅かの緩みがあれば、目にも止まらぬ突きがたちまち飛び出すであろう構え。
観客たちはようやく瓦礫の中から身を起こすと、怪我すら、奇襲をすることすら忘れてその光景に魅入る。
一転して、場が締まる。
目にも留まらぬ魔法合戦の次は、ひたすらに重い重い膠着だ。
未来の有利な位置を占めるため、互いにミリ単位に動き続ける。
それは足場だけではない。
筋肉の動き、重力加速度、星辰の巡り、そういう諸々の存在を争う場である。
敵が足裏で地面へと描いた魔術陣を踏みつけ無効化し、極限まで隠蔽された魔力で描写される空間トラップを山勘で阻害し、重ねに重ねてきた経験が、相手の意図を三手先で粉砕し、また粉砕されていく。
散りゆく魔力の残滓が魔法として構成されていく。発動寸前に相手の魔法として利用されるのを囮とし、ひどく単純な心理的トラップを仕掛けるが、その発火の魔法を巨大な大魔法の起点にされる前に、三手前の布石が相手の意図を挫く。
四手先、五手先、六手先。次々と重ねられる無言の打ち合いの末、彼らはついに完全に動きを止めた。
刀身に左手を添え、掲げた右手でレイピアをはらわたをさらけ出すほど大上段に構えるスタン。
対するダルニアは地を擦るほどに切っ先を下げ、いっそ背を向けるほどに身体を捻じ曲げている。
百にも満たぬ若きエルフたちも、二百を超えて物がわかり始めたエルフたちも、三百を超え一端と認められたエルフたちも、数少ない四百五百六百のエルフたちも、もはやこの戦いにつまらない解説をひけらかすだけの理解をすることが出来ずにいた。
ひどく拮抗したエンシェント同士の戦いというものは、こういうものであった。
飛び抜けた技巧の数々は一つとして決定打とならず、魔法的深奥はまるで児戯のように散らされる。
「静かになっちまったな」
「おいおい、皆の衆。冗談じゃあないぞ?」
その拮抗の中、二人は武器からすっと片手を離した。
この瞬間、相手がかかってくれば、決定的な敗因になるであろう、この場で、だ。
動作は手のひらを下から上に。繰り返し。
一瞬、なにやら我々の理解及ばぬ複雑怪奇な魔法的動作なのかと考えた観客たちであったが、その動作の意味をようやく理解した。
『盛り上げろ』
である。
どん、と一人が地を踏んだ。
頼りない、たった一人の地鳴らしである。
あれほどまでに、エンシェント落としを自分でやるのだと、このブーツがその秘密の鍵なのだと自信に満ちていた魔術的刻印は、その最初の一人になんの勇気も与えてくれなかった。
ひょっとしたら、あの無様に奇襲を失敗した間抜けと同じように、ボコボコにされてしまうのではないか?
そんな風に気弱に周りを見渡すほど。
本当にこれは正しかったのか?本当はやはり、自分にはわからない魔法的動作であり、すでにもう新たな局面に入っていて、そこに水を差してしまったのではないか?
そいつで結構。さあ、ビビってないで盛り上げろ。
そんな内心すら伝わってきそうな笑みが、男たちを彩る。
どん、と誰かが地を踏んだ。
どん、と誰かが地を踏んだ。
どん、と誰かが、力強く地を踏んだ。
熱狂が、再び生まれた。
無言で、それでも誰かが力一杯地面を叩く。
それは鉄靴の金属音である。それは革靴が石畳を叩く音である。間抜けなサンダルの音である。
一律ではない音の響きは、だが一つの音の連なりだ。
心臓の鼓動にもよく似た、単純で、腹の底に響く音だ。
それはエルフが、戦場に響かせる歌だった。
「こうでなくちゃあいけない」
それはどちらが言ったのか。
再び武器を握りしめる両の手に、余分な力は一筋としてない。
二人とも相手の隙をうかがう、なんて真似はすでにしていなかった。
どちらも、相手の一番固いところへ、自分の一番信頼出来るとびきりの一撃を叩き込むことだけを考えていた。
息を吸う。息を吐く。
たったこれだけが、ひどく重いようにスタンは思えた。
数々の強敵から、命からがら逃げ出してきた。数々の難敵を、この手で、あいつと共に討ち取ってきた。
スタンの戦場には、常にダルニアと共にあったのだ。
あほみたいな真似、勇敢な行い、名誉と道徳。不名誉はあっても、不道徳はなかった。……いや、女風呂を覗いたりはした。ぶち殺されかけた。
笑えるぜ。思い出すのが、どうでもいい大騒ぎばかりなんて。
そして、その末が、ここだった。
数々の馬鹿騒ぎが脳裏を流れていき、もはや辺りから音は消え、色すら消え、自分がなにを見ているのか、そのすべてが理解のうちにある境地へと辿り着いた。
(いくか)
ダルニアも、そう思ったのが、スタンにはわかった。
上段に構えていたはずのスタンの剣が、下から跳ね上がる。
下段に構えていたダルニアの棒が、横からすっ飛んできた。
(どうやったんだろうな?)
と我がことながら、他人事ながら、とても不思議な気持ちだ。
しかし、のんびりと茶でも飲んでいるかのようなのろくさとした脳を置いて、スタンとダルニアの身体は動き続ける。
いつの間にかしゃがみこんでいたスタンの身体を、しなやかな足のバネが跳ね上げて虚空へと浮かす。背後から回した魔法の矢が、同じことを狙っていたスタンが相殺。拡散する魔力流を細やかに掌握しようとする暇もなく追う、というより最初からそこを狙っていたかのようにダルニアの棒が放たれ、とんと片手をついたスタンはくるりと身をひるがえすと、さらにその上に何故かダルニアがいて、皮膚から三ミリのところで発動していた突風が乗っ取り、地面を削るかのようにエンシェントの技すら及ばぬ力づくの急制動でスタンはぴたりと動きを止め、ダルニアは急峻な崖を登る山羊のような軽やかな動きでスタンはレイピアを繰り出しダルニアの棒がゆっくりと倒れて鉄籠手がスタンの顔面に届くよりも先にブーツが鎧を打つ。力の変転。腹で蹴りを受けての合気。拍子を外す。風に変換する時間すら遅くて魔力流を直掴み、無拍の先。魔法的深淵に辿り着く寸前、体重の乗ったフック、ジャブ、ストレート。
「いいパンチじゃねえの」
「今のはどっちが殴られたんだ?」
「さあ?」
ダメージを知覚する痛みすら、二人には追いつかない。
シンプルなボクシング。決して引かないインファイト。魔法では追いつけない数々の技巧。投げ。右肘を持っていかれる代わりに、左膝をへし折られた。
多分、スタンが?それともダルニアが?
折れたからと言って、止まっている場合ではないのだから、気にする必要は全然ないし、何より手足が折れてもげる程度で動きを止めていたら、負ける。
それはとんでもなく不愉快な話だ。
ほかの誰に負けてもいい。だが、お前にだけは負けていられねえ。
脳天に決められたストレート、おかえしにかちあげるアッパーが突き刺さる。
スタンが望んだ瞬間に金属の硬さを得る手袋で殴られながら、ダルニアはまるで怒り狂った猪のようにタフだった。
冗談じゃねえよ、倒れちまえ。スタンは心から馬鹿馬鹿しい気分を味わっていた。
なんでだ?どうしてこいつを食らって立ってんだ?超絶技巧により駆動する
どうして俺は立っていられる?こいつを食らえばドラゴンだってぶっ飛ぶ一撃だぜ?
お返しに同じもん叩き込んだってのに、なんでこいつは立っている?
何発殴られた?何発殴った?勝っているのか?負けているのか?レイピアはどこ行った?今、俺は何を握っている?
「がはぁ!」
「クソが!」
鼻血だか口からだかさっぱりわからない血で顔中を染めながら、スタンは腕を振り回していた。
殴るって、どうするんだっけ?
スタンの寝ぼけた脳みそは、そんなわけのわからないつぶやき。
どう、と先に倒れたのはどちらか。
「俺の、勝ちだろ、こいつはさあ……!」
「本当にきたねえ野郎だよ、てめえは……!」
もう指の先どころか、髭の先にも残っていないと思っていたが、どういうわけかなにかの間違いが起こったかのように、スタンは魔法を発現させていた。
構成はわからない。多分、すぐ消える。
そのしょうもない魔法は、意図的にラクリアの堕落を引き起こすことよりも奇跡的なことに、スタンは思えた。
地面に仰向けに寝っ転がっていたスタンは、立ち方をすっかりと忘れて、足の裏を付けたまま、腿の筋肉だけで起き上がった。
立ち方ってやつは多分こうじゃなかった気がするが、まぁ俺は立った。何しろガッツのある男だからな。
その手に握られているのは石である。
ひょっとしたら、魔法じゃなくてその辺りに落ちていた石を拾っただけかもしれない。どうなんだ?知らん。
それよりも、だ。
武器を持っている方が強い。そういう当然のことがわからない猪も、石を持っていた。
なんて卑怯な奴だ、とスタンは憤った。
兜はどこかへすっ飛び、顔面中がボコボコに腫れ上がっているツラはようやく見れたものになっている。
多分、自分もそうだろうな、と思った。
音は、聞こえない。境地ではなく、鼓膜が破れている。
ダルニアのうめき声だか、なんかの言葉が聞こえるが、意味はよくわからない。
ただ、ダルニアが立っているのに、スタンが倒れるなんて、絶対に許せることではない。当たり前だ。
俺が後、お前が先。年を考えても当然の話だ。
そういうことがわかってないから、お前は駄目なんだ。
モテる俺、モテないお前。そういうことなんだよ、とスタンは説教を垂れた。
そいつが声になっていたかどうかは、スタンにもわからなかったけれど。
「————」
「なに言ってっかわかんねえよ」
なにをしてるんだっけ?
ああ、こいつの顔面に、パンチを叩き込むんだった。
でも、パンチってなんだ?
よたよたと、まるで二日酔いの死霊術師が反吐をぶちまけながらこしらえたゾンビのような動きで、ダルニアが、スタンが近づいていく。
嵐は、去っていた。
熱狂は深く深く沈み込み、力強い足踏みはすでにない。
唾を飲み込む音すら相応しくないとでも言うような静寂の中、二人のエルフが動いていた。
「勝てよ、ジイさん!ここまで来たんだ、やっちまえ!」
クランの力一杯握った拳が、その辺りのエルフにぶち当たるが、殴られた奴だって迷惑そうな顔一つしない。
興奮に興奮を重ね、どいつもこいつも力一杯手を振り回していたせいで、この場にいる全員のエルフが殴られた痛みを取るに足らないどうでもいいことだと勘違いしている。
絶対に、目を離すべきではない瞬間に、そんな取るに足らないことで煩わされるべきではない。
そして、もう一人。
青たんや、鼻血を垂れ流す観客の中で、一人だけ綺麗なままで、
「清春・ジョニィ・パーレン」
その男は、弓を引いていた。
セッティングは風乗り、そしてひたすらに静粛に。
矢の作りは純水晶をくり抜いて尖らせ、鏃すら付いていない特注品。
固唾を飲んで見守る観客たちの隙間を見事に抜け、その矢は音もなく飛んだ。
激突の、瞬間に。
「エンシェントエルフ、討ち取りましたよ、っと」
「あ?」
スタンが、胸を押さえていた。
何故、こんなところに穴が空いてるんだ?という不思議そうな表情を浮かべている。
何故、ダルニアの胸に棒が生えているのか?と不思議に思っている顔だ。
「俺の、」
二人は、音を立てて倒れた。
「は?」
それは、誰の声だったのだろうか。
クランの声だった気もするし、そうでなかった気もする。
なにが起きた?
「はい、どうも。エンシェント落としは僕が成功させましたー。清春・ジョニィ・パーレンがやりましたよー」
男が、決闘場の中心にやってきた。
陽気な、いっそ間抜けな声をあげて。
しん、と静まり返る観客たちの前で、ジョニィは一つ頭をかきながらこう言った。
「あれ?僕なんかやっちゃいました?」
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