第2話 プロローグ
ある日、ベッドで目覚めた俺は白衣を着た見覚えのない男たちに囲まれ、見下ろされていた。ある者は手元のレポートにペンを走らせ、ある者は何かしらの器具を俺に当てて様子を窺っている。どうやら医者の類らしい。いや、研究者か?
ある種いかがわしい雰囲気を身に纏った連中の他に一人、若い女の姿も認められた。髪の長さはショートで標準より少し小柄、胸のサイズは残念ながらささやかではあったがその分、形はいい。
「う…ああ…」
反射的に口から出た言葉に反応するように白衣の男たちのうち、痩せ気味で背が高く、嫌みったらしい表情をした男が俺に対して話し掛けて来た。
「ようやくお目覚めかい?のんきなもんだね?君を壁から掘り出すのに我々がどれだけ労力を払ったのか分かってるのかね…?」
偉そうなその口ぶりが正直不快でこの男に対する俺の第一印象はすこぶる低評価だった。
「ダンジョンで迂闊にテレポーターを作動させるからそういうことになったのだ。君、講習で学んでるはずだろう?」
ダンジョン…。耳慣れぬ単語が記憶にこびり付くが、考えようにも脳味噌がどうにも反応しない。そう言えば俺はなぜこんなところで寝ているんだ?講習ってなんだ?
「先生、お手柔らかにしてあげて下さい。壁に埋まってから発見されて掘り出されるまでに3日も掛かってるんですよ?」
「ん…うう……なんだ、その…ダンジョンってのは…?」
若い女の言葉を遮るように俺はそう呟いた。すると連中の表情が一瞬、固まった。
「ほう、面白い。どうやら君は記憶が混濁しているようだね。いや、喪失しているのかな?テレポーターで転送された者に起こる事象としては極めてレアなことだ」
「先生、面白がってる場合じゃないですよ!彼は寺院でも名だたるトップエージェントの中の一人なんですからね?こんなことで任務に支障を来たすようでは上に報告出来ないですよ」
「起き抜けにこんな間抜けなことを言うのはこれで二度目だ。君と初めて出会った頃と同じで成長の無さを痛感させられるねぇ」
どうやら俺はこの男を知っているらしい。そしてそのことを思い出すことが出来ない。また、こうしたことは前にもあったらしい。これでは立派な記憶喪失者だ。
当然だが、こっちの若い女にも見覚えがない。他の男たちも同様だ。
俺はこの女とも見知った間柄だったのだろうか?
「ともかく記憶が戻るまで少し様子をみましょう。壁に埋まっていた体の方は割と上手いこと引き抜けたようですし、思ったほど損傷も無く、左手の義手さえ用意出来ればすぐにリハビリも出来ますよ」
左手?若い女の言葉を受けて、目線を左手に移してみた。
俺の左の肘から先が消失していた。
「なんだこれ?どうした?なんで無いんだ…?」
「思ったより冷静だな?もっと大騒ぎするかと思っていたぞ?」
「まあ…聞いた話から類推するに、俺はそのテレポーターとやらで転送された先の壁に埋まっていて、掘り出された際にどうしても左手だけは救えなかったってことか?」
我ながら冷静で驚いた。俺はどうやら窮地で自制出来る人間らしい。
ただ、自制はしてもふつふつと怒りがこみ上げてくる…。
「くそ…テレポーターめ……」
- ・ - ・ - ・ -
これが俺の記憶の始まりだった。
ここまでの記憶はさっぱり飛んでしまっている。そしてこれまでの任務に関する記憶も思い出せないが、任務を果たすために必要な能力は損なわれていない事がこのあと分かった。
俺は巨大研究機関「カント」が生み出した地下実験場、通称「ダンジョン」の暴走により増殖を続けるダンジョンの区画を巡り、探索する者たちをさらに探索するエージェント。その役割は主にダンジョンで失踪し、命を落とした者たちの回収業務である。
発達したカントの科学による蘇生システムを活用して死者を蘇らせるための組織である「寺院」のエージェントとして俺はそれまで4年の間に169人の亡骸をダンジョンから回収し、そのうちの123人が寺院による「詠唱」システムにより復活を遂げ、残り46人が灰に帰した。
ダンジョンは今も自己増殖を続け、地下の階層は現在、37階層まで及んでいるというのが調査班による報告で判明している。
左に義手「ガントレット」を装着し、音声入力式身体強化装備「コントロールスーツ」を身に纏い、腰に通常の金属の7倍近い質量を有する大太刀「チーロンフー」を下げてこのダンジョンを縦横無尽に立ち回るのは誰に説明を受けるでもなく、自然と勝手に体が覚えていた。
「俺の名は?」
あのとき、ベッドの上で痩せ気味の男、ヴァイラス教授に尋ねた際に彼はこう答えた。
「君が自分で好きに名乗るといい。君と初めて出会った時も自分で思い出すまでは仮の名前として自分で好きに名乗ると、その時の君はそう言っていたのだよ」
「前の俺は結局、自分で元の名前を思い出せていたのか?」
「さてね」
「なんでそこ、隠すんだよ。いけすかねぇおっさんだぜ…。そんなことじゃ先が思いやられるし苦労するのが目に見えるな…」
決めた。これから先、苦労が絶えないのならその苦労を乗り越えてやろうって意味も込めて…。
「クロウだ。俺の名はクロウ。これからはそう名乗る。これからの行動で爪跡を残してやろうって気概を込めて、な」
名前の由来は偽った。正直に全部伝えるのも馬鹿らしく感じたためなのだが、この名を告げた時、教授も若い女も一瞬、目を丸くして俺のことを見ていたのが印象深かった。
「クロウ、聞こえますか?第11階層で探索者の失踪案件が発生しました。すぐに向かえますか?」
コントロールスーツより骨伝導で直接耳朶に若い女、アンナからの通信が聞こえてくる。ダンジョン内の魔素はコントロールスーツ内に十分吸収されている。準備は万端だ。
「了解。これから第11階層に向かう」
こうして俺の日常は再始動した。
(プロローグ:完)
無限テレポーター アリマサ @arimoto
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