無限テレポーター

アリマサ

第1話 アバンタイトル

 酩酊する…。これは爛れた顔の小鬼が放った槍の一撃か。コントロールスーツの隙間を突いて不意に背後から食らった切り傷程度の攻撃により、地下迷宮の5階にて脳味噌が一瞬蕩けそうになった。


 パラライズか。


 研究所で研鑽を積んだ熟練の秘法師が錬成した毒物が流出したと言う噂を耳にしたのは記憶に新しい。傷口周辺に痺れが走る。

 不覚を取られた相手の気配を複数に感じ、危機感を覚える。この狭く暗い通路において囲まれることは避けねばならない。躊躇は無用だ。出し惜しみは死を意味する。


「シールド!」


 不可視の力場が我が身を包む。遅れて弾き飛ぶ気配が3つ。その気配がする方向へ視線を巡らすとゴブリンが3匹、引っ繰り返っていた。反撃の隙間を与える気はさらさらない。


「フィールド!」


 手を翳した方向に転がっていたゴブリンが見えない重しで縦に凹む。耳障りな泣き声が耳朶にこびり付く。起き上がって来た別の小鬼が飛び掛かって来たので、翳したのとは反対の手をすかさず交差させてこちらに迫る小鬼の顔に接触させる。我が手に装着していたガントレットから分子を粉砕させる振動が発生し、小鬼を粉々に分解。この時点で外敵は1匹のゴブリンのみとなっていた。


 懐から取り出したアンプルの頭部をパキンと割り、中身の解毒剤を口に含む。

 即効性のそれは我が身に生じた麻痺状況をいともたやすく解除した。


 残りのゴブリンが通路より窪んだ小部屋へ身を隠すのを認め、即座に後を追う。

 小部屋へ入ると複数の白骨の中、まだ真新しい冒険者の姿が認められた。

 彼は1人、頭部にこびり付いている黒ずんだ血を拭うことも無く埋もれており、自力では動けないほどに衰弱していることが見て取れた。


 そして小部屋には小鬼の眷属も数匹、待ち受けていた。


「ブースト!」


 繰り返し音声認識によりフィジカルコントローラーに命じてスキルを起動する。初期認証はこの迷宮に足を踏み入れた時点で既に承認済みであることは言うまでもない。

 加速する体を制御し、小鬼達の中心へ身を躍らせると同時に腰に下げていた武骨な太刀を粗雑な鞘から引き抜く。力場のコントロールが可能なガントレットの性能により、いとも容易く引き抜かれた大太刀「チーロンフー」を掲げて袈裟に切り下すと斜め真っ二つになったゴブリンの群れがそこかしこに弾け飛んだ。濃密な血の匂いが充満すると同時に小部屋の奥から小鬼の3倍はあるかとも思えるような巨大な体躯を持つ存在が目を爛々とさせながら体を滑り込ませて来た。


「地下5階でグレーターデーモンだと?どういうことだ?」


 思わず口から漏れたセリフに我ながら驚きつつ、新たな敵に向けて体勢を整える。

 大きな拳を握りしめたグレーターデーモンが渾身の一撃をこちらに放つ。


「シールド!」


 物理障壁が弾き返すも怯まぬグレーターデーモンの追撃が容赦なく降り注ぐ。

 シールドメーターの耐圧上限に容易く迫りそうな勢いである。

 このままガードを続けるのは得策ではない。


「ブースト!」


 身を躍らせてグレーターデーモンの側面に回り込み、チーロンフーで殴りつける。

 奴にシールドは存在しないが、それを補って余りある硬く厚い皮膚がやすやすとはこちらの攻撃を通さない。


「フィールド!」


 狙いを奴の身体の内側に変更し、内臓周辺を圧縮する方向の力場を発生させる。

 手応えは感じるが決定打には至っていない。グレーターデーモンの圧力が止まらない。


「シールド!」「フィールド!」


 メーターが悲鳴を上げる。生身でこの攻撃を食らおうものならひとたまりも無い。

 人間とは脆弱な生き物なのだ。次にもう一撃食らったら耐え切れたかどうか。

 口から血の泡を吹きだし、グレーターデーモンは体をくの字に曲げて大きな音と共にその場にくず折れた。


 メーターが回復していく。迷宮内に充満している魔素を原料にフィールドエネルギーを自動生成。自動生成と共に自動回復まで成し遂げていく現代の科学の粋を極めた画期的なシステムによりどうやら継続して活動することが保障されたようである。


 地下迷宮の住人共を尻目に先ほど白骨の中で発見した冒険者の元へ歩を進める。

 近づいてみると思ったよりも顔色は悪くない。寧ろ血色は良いように見える。


「奴に見張られていて、この場を立ち去るのが困難と感じていたのだよ」


 白骨の中の冒険者が口を開いた。どうやら狸寝入りされていたらしい。

 実に強かに生還の機会を伺っていた模様だ。サバイバル教官にでもなればいい。


「あんたがファルセーヌか?クロウだ。寺院から来た」

「だろうと思った」


事も無げに言いやがった。


「あんたの『生還』は周囲にも諦められていたんだぜ?取り合えず俺はあんたの骨を拾いに来ただけだ」

「骨と言わず、肉も拾って行ってくれ」

「歩けるだろう?自分で歩けよ」


 ファルセーヌは事も無げに立ち上がり、白骨の中から小さな木箱を取り出した。


「へへっ。耐え忍んでお宝をお土産に帰還だ。さーて、どんなお宝かな?」


 奴は事もあろうにこの場で宝箱を開けようとした。奴の職業は刀振りであって、盗賊ではない。勿論、解除スキルがあるとも俺は聞いていなかった。


「止せ!止めろ!!」

「おおっと…」


 木箱は開かれ、それと同時に俺たちはこことは異なる場所に強制転送された。



 ― ・ ― ・ ―



 ふと気が付くと俺たちは地下1階、迷宮入り口前にいた。

 一気にふりだしまで戻って来た感じだ。


「いやぁ…初めて体験したぜ…テレポーターをよ」


 俺はこの男をブーストを使って殴り殺したい気持ちで一杯だった。


「くそ…テレポーターめ…」



(アバンタイトル:完)

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