26 ウィッチ・オブ・ジュエル
アリスは拍手をした。
「大変素晴らしいですわ」
すごいと思った。本当にすごいと感動した。
きっと彼は室内で発動するために色々な加減をした。
加減をして、この威圧感。
実戦となったら、どれほどの威力をお目にかかれるだろうか。
「本当に、素晴らしいですわ……おじさま」
桃太郎の影響か。それとも元より己に携わる好奇心のせいか。
手合わせをしたい。と、熱くなった心を隠すようにアリスは拍手をする手を握った。きつくきつく、燃え滾る心を隠すように胸の前で握った。
「……でも」
アリスは冷徹な刃を一瞥。
「
自分のためにも疑問を口にして、考えを別へと移す。気を配っていないと赤い靴でも履いたかのように身体が勝手に動いてしまいそうだった。
「それに
「ジリリー。お嬢さんは妙なところを知っていますねえ。知り合いに
「えっと……元
「それで」
老店主は納得とばかりに頷きながら剣を手の中で持ち直した。
「
くしゃみをした老店主にアリスは慌ててカウンターに置いてある彼の紅茶を手に取った。零さないよう少し高い椅子からそろりと降りて「どうぞ」と差し出しに向かう。
老店主は眼鏡を指の腹で押してから「どうも」とティーカップを左手で受け取った。大きく飲み込んで、白い息を深く吐き出す。老店主の周囲は一層冷え込んでいた。
「
「まあ、大人の事情……なんて強い響きかしら」
「
老店主は自分の剣を軽く掲げた。手を伸ばしてもアリスでは刃に届かない位置に構え、けれどもしっかりと
「私は元
「あ、そうですわね」
アリスは今し方見たものを思い出す。店主の足元と絨毯は未だに一部が凍っている。
「もう少し、専門知識を知りたいですか?」
「足早に過ぎ去る時間が許されているのなら」
「リンゴーン。では肝心な部分を。
どうやらまだ時間に余裕はあるそうで、老店主はゆるりと続ける。
店主の話を聞くに、アリスの知識に置き換えると
「
「それは魔獣の
「リンゴーン。上質な
剣を構えて、ティーカップも片手に、恭しく一礼をする老店主。
姿勢を戻すと紅茶を嗜んだ。ふう、と温かさに頬の血色を良くすると彼はカウンターの内側へと剣を片付けに行った。靴底も凍っているのか、絨毯の上でもパキパキと足音が鳴る。
「ということは……」
アリスは壁に愛剣を戻す老店主の背中を眺めながらポケットを漁った。
エプロンドレスのポケットから子豚サイズの
それにアリスも桃太郎もこの世界の金銭を一切持っていない。流石に金銭までウッドペッカーに頼るのは憚られたし、なにより自分達と距離を取りたい相手と金のやり取りをさせるには彼女にも悪い。金銭の縁とはどうしても深くなるものだ。
「おじさま」
アリスは小走りにカウンターへと近付く。「この
口を押さえ、膝を折って激しく咳き込む老店主にアリスは当惑する。レッドスコーピオンの
「な、なにか持病をお持ちですか! それとも
「ジリリー。あの……失礼。お嬢さん。近い……近い、です。それ……」
「それ?」
震える老店主の眼がアリスの抱える
アリスの銀の眼差しも手元に落ちた。その隙に老人が立ち上がる。逃げるような素早さだった。
咳払いをし、チョッキを直し、眼鏡を押し上げる。それらは故意に行われているもので、明らかに自分を冷静にさせるための動作だった。
「お嬢さん。それは……有り得ないかもしれないですが、もしかして、レッ」
「レッドスコーピオンのものですわ」
「んっ! ッ――ふ、ふふふふ……!」
再度口を押さえ、今度は指の隙間から怪しく上擦った笑い声を出す老店主。アリスはただ見守るしかできない。
「すみません。まさかの、本物……うん。うん。本物、です」
老店主は眼鏡を外して肺を絞るような深呼吸をひとつ。眉間を指で揉んでから眼鏡を装着。青空色の瞳を窄め、また一笑した。
「レッドスコーピオンの
「ええっと……ここに来る途中の、川がある森で。迷子の……そう、迷子のレッドスコーピオンを見つけましたの。いじめられていて、とても可哀想な子でしたわ」
「可哀想な、子?」
「ええ。いじめられて怯えていましたわ。それで感情的になっていて……おいたをしようとしたのでちょっと注意をしましたの」
「お嬢さんが?」
「あっ、ほんのちょっとですわよ。ただ思ったよりも脆い子で、これが欠けてしまいました。悪いとは思っています。……けれど、いまではこれは……あの子の……」
赤い亡骸を思い出し、アリスの心に冷たい風が吹く。
逃してあげられたと思ったが、最終的にはドライアドの養分とされてしまった。ドライアドが消滅した際に薔薇に覆われたレッドスコーピオンの骸も霧散してしまったので、これしか残っていない。せめてもの弔いとして誰かの役に立ち、生きていた証となってくれればアリスは嬉しかった。
「あの子の
なって欲しいと強く願いながら、アリスは
「そういえばここのところ騒ぎになっていましたね。
アリスの質問に答えず、老主人は妙に感慨深く壁に戻した双剣に視線を這わした。
「リンゴーン。
「まあ、それではこれは」
「良すぎるのですよね」
老店主の動きは本当に、なにもかもが一瞬だった。
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