25 光り輝く鉱石の魔法
「綺麗でしょう?」
「とても」
「どれが一番好きですか?」
「では……これを」
「おじさまと同じ色ですわね」
澄んだ空色は老店主の瞳と同じ色。軽く掲げて、老店主の瞳と見比べる。どちらも美しく、アリスは自然と笑みが溢れた。
老店主はほんの少し照れ臭そうに眼鏡を押し上げ、膝を伸ばす。残りの
小振りで細い刀身と鋭い切っ先を有する二本の剣が氷の結晶を象った真鍮の額縁で壮麗と囲まれている。
双剣はどちらも宮廷貴族達が扱っていた代物に似ていた。決闘に使われる護身用の剣だが儀式や装飾用としても使用され、緻密な細工が豪奢に彫られた上で非常に軽く作られている。確かその剣を使った決闘には
しかし、それにしては無骨な部位もあった。確かに刀身に波打つ彫り込みが美しく施されてはいるが
「ちょっと、張り切りましょう」
と、二本ともではなく一本だけを右手に取った老店主は振り返るといままでとは違う不敵な笑みを作った。老店主はなにか運動をしていたのか年の割に身体付きが良い。袖を捲られて露出している肘下の
老店主の体格を眺めてどんな運動をしていたのかと推測していれば、剣を持っていないほうの腕がアリスに差し出される。求める物にすぐさま気付いたアリスは慌てて意識を変えて自分が選んだ
鞘に収まっていない刀身が剥き出しの剣を片手に、先程までと少し違った重みのある足取りで老店主はカウンターから出てくる。店内を進み、中心にある飾り棚を避けや丁度出入り口からカウンターまで垂直に伸びているスペースに身を置くと彼は剣を手の中で持ち直した。
流れる自然な動きは桃太郎が刀を扱う時の動作に似ていた。アリスは迷わず確信する。
双剣は、老店主の得物だと。
「属性の基礎は風、火、土、水、雷。これらは固定属性と呼ばれ、魔獣の身体から生える
アリスはカウンターに散らばる
「
色鮮やかな
だからアリスはすぐに老店主へと集中し直した。
「一般的な知識としては、
距離を確認するように剣を前に出し、前後左右の幅の安全性を確かめたあと老店主は剣に
「ここからが、ちょーっと特殊な知識ですよ」
右手に持つ剣を垂直に立てて構えた。足を揃え、背筋を伸ばし、軽く握った左の拳を後ろに回した姿勢は決闘前の作法に則る騎士のよう。ただし、このような作法をアリスは知らないが。
老店主は一度瞼を落とし、ゆっくりと開く。
穏やかであった青空の目に鋭利な光が灯った。ぞくり、と心地良い悪寒がアリスの背筋に走る。思わずポケットに手を入れてしまいそうになったが、ほんの刹那だけ放たれた威圧感は普通の子供であったら気付けないだろう。だからアリスも気付かない振りをして動作をエプロンを握るだけにとどめ、無邪気な微笑みを表情筋に形成し続けた。
「格好良いですわねおじさま。おじさまは
ただ、子供らしく好奇心から疑問を口にする。
「ジリリー。
「まあ!」
アリスは手を叩く。「格好良いですわ」と明るい声を出しながら老店主を吟味する。
でした。ということは過去形。この店の品を好き勝手に弄っている様子からしても彼がここの店主なのは間違いない。彼がいつまで
桃太郎がここにいなくて良かったとアリスは密かに安堵する。
もしもいたならば老店主の圧にくすぐられ、手合わせを願い出てもおかしくはない。むしろ、周りに花を咲かせながら嬉々とした笑顔で願い出る未来しか見えない。
「っ」突然アリスは意識を強く引っ張られた。
「………………」
冷気に肌を舐められる。紅茶で温まった身体から吐き出される吐息が白くなった。
目に見えて室温が下がっている。
原因は、探す必要もない。
「さて」
老店主が肩の力を抜く。身体から余計な力を抜く。
だからこそ――――その発動は一瞬だった。
「日常的に使われるものでなく、
歌うように口ずさまれる説明とは裏腹に、動作はあまりにも痛烈。
「
ひゅ、と空を切る音が遅れてアリスの冷たくなった耳朶に飛び込んでくる。
あてられたトランプ達がポケットから飛び出して来ようとしたのを逸早くポケットの上から押さえて制しながら、アリスは引き攣る頬を無理矢理動かしてぽかんと間の抜けた驚愕の表情を作った。
「良かった。まだいけました」
老店主が嬉しそうに笑う。
春先に芽吹いた花を見つけた時のような表情を浮かべる彼の周りには、真逆の季節が到来していた。
揃えていた足を勢い良く踏み込み、連動して剣を構える腕も突き出した。垂直な刀身を持つ剣に相応しい突き刺す動作だが、それだけではない。老店主は腕を突き出しながら剣にはない引き金を指で操作し、するとアリスには理解のできない原理で刀身が凶暴な冷気を纏った。
「
刃に刻まれていた模様に霜が這い、凍て付いた
「さっきお嬢さんが選んだ
ぱきり、と音。
老店主が踏み込むために開いた足を戻した時、凍った靴底と擦れて絨毯が音をたてた。絨毯の一部が強く凍結している。
「
老店主はなにかを思い出すように笑った。砂漠の空気のように乾いた笑いだった。それを払うように咳払いをひとつ。
「
一瞬視線を落とし、老店主は意図的に足元の氷を踏んだ。
「分かりやすい
白い息を吐き出しながら宝物を自慢するように老店主は言う。
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