18 求めるは適切な距離感と関係性

 自分達はまだこの世界に来たばかりでこの世界が誰の物語か判別、把握ができていない。主人公が誰だか教えてほしい。そしてひっちゃかめっちゃかになる前の物語の正規な内容と、魔獣と精霊の違いや魔核コアというこの世界の専門用語の解説を求めた。


「主人公でありながら、いまのわたし達にはナレーションもなにもなく……登場人物の詳細も細かな専門用語も把握しきれていないのです」


 困惑するアリスに対し、ウッドペッカーはアリス以上に狼狽した様子でほぼない薄い眉を歪めた。

 彼女の表情の変化を無知だと思われていると勘違いをしたアリスは「すみません」と一度謝罪を入れ、どう思われようと下手に偽らずすべてを素直に語ろうと決める。知らないことを問うことは恥ではないとアリスは思っていた。


「この世界が誰の物語の舞台なのか、教えて頂けませんか?」


 ウッドペッカーが前髪をかき上げる。じわりと滲み出す朝日の輝きに濃いそばかすが照らされるが、やはりそれよりも黄色から緑に染められた長い睫毛のほうに目がいった。日の元で見るとグラデーションの睫毛は爛漫な花弁を連想させ、彼女の強い眼差しにとても似合っている。


「……ワタシも、それなりにワケありの輩を見てきたのだがね。小鳥チャン達みたいな子は初めてだ」

「アリスですわ」


 ウッドペッカーは心境を隠すかのように意図的な苦笑いを作り上げ、思案顔をする。グラデーションの眉毛を落とし、アリスから目線を外して下唇を舐める彼女の姿にアリスは手を叩いた。

 アリスはウッドペッカーから零された訳ありの単語に遅れて反応する。確かにこちらの素性をきちんと伝えていないと。


「そうですわね。聞くのなら、まずはこちらについて詳しく伝えるのが礼儀。失礼致しましたわウッドペッカーお姉さま。わたし達は不思議のく――」

「ゴメン小鳥チャン! 聞きたくない!」

「えっ?」


 慌てたふうに勢い良く顔をアリスに戻したウッドペッカーが声を大にする。拒絶にも違い否定に、アリスは思わず固まってしまった。

 ウッドペッカーは三つ編みを肩の後ろに流し、深い呼吸をしてから背筋を伸ばして真っ直ぐにアリスと向き合った。


「小鳥チャン達がすごい子なのは分かったよ。分かったからこそ、本物だと理解したからこそ……すまないが、ワタシは小鳥チャン達とは情では関われない」


 ウッドペッカーの月桂樹の瞳が昇ってくる朝陽を吸い込んで濃くなっていく。


「小鳥ちゃん達はワタシの可愛い愛鳥達を助けてくれた。感謝している。その分の恩はきちんと返させてもらおう。だが、ソレ以上は関われない」


 静かで落ち着きながらもとても強い言葉。強い眼。

 強い意志に真正面から刺され、アリスの背筋にぞくりと何かが這う。


「多分、ワタシでは小鳥チャン達を背負いきれない。ワタシにはもう背負っているものがある。だから、すまないが小鳥チャン達個人の事情を知り、深い部分で関わり合いたくはない。あくまでも、恩を返すだけの表面上の友好関係だけにさせてもらう」


 させてもらいたいではなく、させてもらうと言い切るウッドペッカー。

 確かに相手の個人的な詳細を知れば何らかの感情を抱くだろう。そしてこの短時間の間で嫌というほど痛感させられたウッドペッカーの責任感の強さからして、それを知れば知るほど彼女はアリス達を放ってはおけなくなるはずだ。


「理解したよ。小鳥チャン達は普通じゃない」


 ウッドペッカーは断言する。

 彼女の言葉は大正解だ。アリス達は普通モブではない。

 主人公メインだ。

 普通モブからしたら、異常に見えるだろう。

 こういう発言をするということは、ウッドペッカーはこの世界の普通モブなのだろうとアリスは考えつつ「……ああ……っ!」

 だらしなく緩む頬を両手で押さえた。

 自分の弱点を理解した上で、いま背負うものを守るために動くウッドペッカーのあり方にアリスは正直、興奮した。

 興奮し、歓喜に顔が熱くなった。


「もちろんですわ!」


 アリスは高ぶった感情に突き動かされ、ウッドペッカーへと飛び付く勢いで近付くと彼女の手を握り締めた。


「ええ、ええっ! わたし達は普通ではありませんもの! そう考えられて当然……いいえ! むしろきちんとわたし達と自分が違うと理解して動くウッドペッカーお姉さまは素晴らしいですわ!」


 物語がひっちゃかめっちゃかになってからはでしゃばる普通の脇役モブキャラクターも増えた。むしろ愚かにも自分が主人公になろうと粋がる輩すらいた。

 そんな最悪の展開を神様作者は腹を抱えて楽しむのだから、主人公としてはたまったものではない。

 繰り返されるひっちゃかめっちゃかになった物語の中でアリスも何度か白兎や他の住人に追いかけ回される経験をした。夢から現実に飛び出してきた住人達との攻防戦は思い出すと何かを殴りたくなる。

 分を弁えているウッドペッカーの誠実さに感動したアリスは目に涙すら浮かべた。


「距離をとることは弱さではありませんわ。自分との違いを拒絶せず、距離をとって自分の受け入れられる範囲で関わることはむしろ強さ。相手に対しての素晴らしい礼儀ですのよ!」


 人付き合いとは必ずしも距離を近付け仲良しである必要はない。

 自分と相手の違いを理解し、適切な距離を保ちながら関わるのも大切だ。


「人間関係に必要なのは仲良くしたいという感情だけではありません。振る舞い方と適切な距離感と、互いに尊重し合うことですわ」


 ウッドペッカーは理性的だ。理性的で知的だ。

 きちんと自分と自分の周りと相手を見極め、いまではなく先のことも考えて動く。アリスや桃太郎の幼い外見だけで物事を判断せず、実際の結果を目にした上で判断し接してきた。その上で深入りできないと断言し、それでも恩は返すという。

 冷静ではあるが冷酷ではない。

 理性的だが感情が薄くはない。

 純粋に、判断のできる人間だ。


「ああ……っ! 自分を知り、自分のできることを理解し、自分の優先すべきことをきちんと守れる方は素晴らしいのです! わたし達の住人もこの冷静さと感情を一度置くことを覚えるべきですわ。特にお茶会の方々と公爵夫人にハートの女王……ッあああ! ハンプティ・ダンプティも何度落ちれば気が済むのかしら!」


 肩を振るわせるアリスの黒い剣幕。

 私情に飲まれているアリスは自分に圧されているウッドペッカーに気が付けない。


「謝る必要はございません! ございませんことよ!」

「あ、ああ……ありがとう」

「ウッドペッカーお姉さまは立派なレディですのね。わたし達にも見習って頂きたいものですわ」

「そう、かい。小鳥チャンも、大変そうだね?」

「アリ――」


 ウッドペッカーの呼び方を指摘しようとして、はたとアリスは止まった。


「小鳥チャン?」


 固まるアリスを窺ってくるウッドペッカー。

 彼女が自分を名前で呼ばないのも、きっと彼女なりの気持ちの整理と距離感の取り方なのだろう。

 名称ならまだしも、個別につけられた名前というのは強いものだ。呼ぶのも。呼ばれるのも。


「いいえ」


 察したアリスは首を振った。


「なんでもありませんわ。


 落ちた肩紐を持ち上げ直してからアリスはウッドペッカーに微笑んだ。

 随分と明るくなった森の空気を大きく吸う。

 澄み渡った空気は少し肌寒い。肺を満たし冷やす空気が心地良かった。

 彼女と一定の距離を保った関係しか築けなくても、なにも問題はない。むしろ適切な距離感をはかれるのは有り難かった。なので断言してくれたウッドペッカーにアリスは何の不安も抱かない。

 ただひとつ。彼女がこちらに聞こえないよう洩らした「……悪魔憑きは荷が重い」との愚痴にも近い抑揚のぼやきだけは魚の小骨のように引っ掛かっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る