19 世界のすべてを知りたくて

 ● ● ●


 ウッドペッカーの提案でアリス達は移動しながら説明を受けることとなった。

 彼女はまず起こした仲間にアリス達を紹介した。勿論、ドライアドを倒したことや手に入れた魔核コアのこと、子供二人だけで三人を助け出したというのはうまくはぐらかしながら。

 ウッドペッカーの仲間なだけあり彼女達はすぐに何かを察したようで、虫食いのような説明にも深追いはしてこなかった。倒れていた自分達を発見してくれたことになったアリス達に笑顔で礼を口にする。

 それから三人ずつに別れて車に乗り込み移動をする話になった。最初はウッドペッカーの運転する案内を兼ねた先頭車両にアリスと桃太郎が乗る予定だったのだが、他の三人が運搬用車両に乗り、尚且つ一人が荷物とともに後部座席におさまると知った桃太郎がそれを頑なに拒否したため、アリス達が後方を走る運搬車に乗車するかたちとなった。


「すべてかあ」


 片手でハンドルを操作するウッドペッカーの横顔をアリスは右の助手席から眺める。


「はい。すべてですが……そうですわね。よろしければ、まずは先程仰っていた精霊の魔核コアについてお伺いしたいですわ」

「確かにソコは知らないとね」


 前を向いたままウッドペッカーが納得したふうに笑みを深める。

 走行の振動で荷物が揺れ、背後から小さな音を響かせた。ふと荷物達の演奏の隙間に挟まった身動ぎの音をアリスの耳が拾う。荷物に混ざる桃太郎が改めてこちらに強く集中したらしい。

 アリスも肩紐を整え、聞き入る姿勢を作った。


魔核コア変異迷宮ダンジョンの奥に安置されていたり、魔獣や精霊からとれる硬質化した魔力エネルギーの塊を指す言葉だ。魔蒸機関スチームクロックの動力源である大切な自然魔力オーガニックエネルギーだよ。まあ、変異迷宮ダンジョン魔核コアに関しては魔蒸機器スチームギア発展期に取り尽くされて活動領域ホール内には殆ど残ってないけどね」

魔蒸機関スチームクロック? 活動領域ホール?」

「ふむ。魔蒸機器発展期……?」


 首を傾げたのはアリスだけでなく、後ろで桃太郎も腕を組んで呻く。


「えっ? あれ? 魔蒸機関スチームクロックも知らな――っ、あ、ああー……そうか……すべてとは。ああ…………ウン。ウン。分かったよ」


 驚愕したものの自己完結したらしいウッドペッカーは、すぐに動揺して見開いた目を元の大きさに戻した。それは納得したというよりも降参したというふうな苦い表情だった。「すべてかあ……」とウッドペッカーが呟く。会話を始める前にも聞いたその呟きは一度目よりも妙な重みを含んでいた。


魔蒸機関スチームクロックというのは魔核コアを原動力とした人工魔力マギアエネルギー発生装置の総称なんだ。各魔蒸まじょう稼働かどう都市としには必ず設置されていて……コレは、実物を見てから説明しよう。ちょうどこれから向かう三地刻さんじこく魔蒸稼働都市には最大級の大型オーバー魔蒸機関スチームクロックがあるからね」

「三地刻、魔蒸稼働都市……」


 さらりと零された知らない都市名をアリスは脳髄で吟味しながらゆっくりと復唱する。


「取り敢えず、魔蒸機関スチームクロックについてはいまは生活に欠かせない必需品だとだけ覚えておいておくれ。この車にも内臓されている代物だ」

「この世界には電力や風力発電はございませんの?」

「電力? …………ああ。魔獣や精霊の有する属性のひとつに電気というのはあるね。電気を作るのにも、まず電気に変換するための元となる魔力エネルギーが必要だろう? 魔力エネルギーがなければ別の属性には変換ができないからね」

「なるほど。この世界では、物事を生み出す力の源が魔力エネルギーなのですわね。それらは空気中に漂っているものなのですか?」

「昔はそうだったみたいだ。第二次大洪水で神が魔力エネルギーを完全に大気から消し去り、人からもソレを生み出す力を剥奪した。いまの第三文明では魔力エネルギーを体内で作り出せるのは魔獣と精霊だけで……」


 考えるようにウッドペッカーは言葉を区切った。


「魔獣と言うのが、昨晩の悪戯妖精ゴブリンみたいな肉体を持つ存在のコト。魔獣は害獣指定されているモノが多いのだよ」


 魔獣と精霊の違いを知らないと思ったのかウッドペッカーは丁寧にそこからまとめだしてくれた。精霊については昨晩微睡んだ彼女から聞き出したものの、魔獣との違いや魔核コアとの関係性までは把握していないのでアリスは有り難く聞き入った。現状、交わした内容から文化や技術の違いは明確。


「一般的に出回るのは魔獣の魔核コア――硬質化した魔獣の肝臓だ。魔獣の肝臓は吸収した栄養素を魔力エネルギーにする機能がある。第二次大洪水前は人間の肝臓にも同じ機能があったのだよ」

「あら? ならば精霊の魔核コアはなんですの? 精霊を刈った時、あれは肉のような触感ではありませんでしたわ。こう、水の入った風船のような……弾力のある膜のような感じでしたの」


 アリスは自分の両手を見ながら疑問を零す。


「アハハハハハハハハッ!」


 爆発したように突然上がった哄笑にアリスが顔を上げれば、煉瓦色の三つ編みを振り乱しながら愉快そうにウッドペッカーがハンドルを叩いていた。「お姉さま。危ないですわ」とアリスは注意をしながら、なんとなく腰に巻く安全ベルトに手を伸ばす。安全ベルトを強く握った。


「ゴメンゴメン。本当に自然災害である精霊を倒したんだなあ……って」

「まあ! 証拠は見せたではありませんの!」

「ウン。大丈夫。信じているよ」


 くくっ、と喉奥で笑うウッドペッカー。アリスは頬を膨らませた。途端、別の小さな笑い声をアリスの耳がとらえ、キッ! とアリスはそちらに銀の双眼を突き刺す。

 鉢巻きに隠されてはいるが、アリスの眼は荷物に挟まれた桃太郎としっかりと視線が重なった。誤魔化すふうに咳払いをし「失敬。アリス殿はお可愛らしいでござるな」と桃太郎が微笑みを作る。

 いつもならば可愛らしいと言われれば喜ぶのだが、なぜかいまは喜べずアリスはもう一回り頬を大きくする。瞬間、桃太郎が素早く軽く握った手で口元を隠しながらそっぽを向いた。


「桃太郎お兄さま……」

「あっ! 嗚呼……うむ。その…………ふふっ」

「桃太郎お兄さま!」

「あ、あれみたいでござるよ。あの、鼠ではなく……は、はぁー……はすた」

「ハムスター! 別の物語の、小動物とは似せてはいけない上位存在と間違わないでくださいまし!」

「う、うむ。誠に申し訳ない! はむすたのようでお可愛らしいでござる」

「この状況で言われても嬉しくないですわ!」


 頬を膨らませたままアリスは桃太郎に抗議する。二人のやり取りにウッドペッカーがまた盛大な哄笑を車内に反響させ、アリスの頬もまた一回り、二回りと大きくなった。


「精霊の魔核コアについてのお話ですわ!」


 アリスは自分の膝を叩く。


「精霊は最期、自らの内側に凝縮されていくようでした。あれは臓器が硬質化したというよりは、精霊そのものが魔核コアと化したように見えましたの」

「その通りだよ。小鳥チャン」


 ウッドペッカーが口笛を吹く。


「ソレが魔獣の魔核コアと精霊の魔核コアの違いだ。そしてソコが魔獣と精霊の違いでもある」


 彼女の口振りが真剣なものに戻った。その真剣さは危機感を孕んだもので、車内の空気が張り詰める。


「さっき言ったように、魔獣は摂取した栄養素を肝臓で魔力エネルギーに変えて循環させたり肝臓内に貯蔵したりする。死後、その機能を有する肝臓が硬質化し、魔核コアとなる。つまりは魔獣はあくまでも魔核コアという臓器を体内に有した生き物なんだ。しかし、精霊は違う。精霊は栄養素を取り込まない。取り込む必要がないのだよ」


 ウッドペッカーは一度息継ぎのために言葉を切った。乾いたのか上唇を舐める。


「精霊は」


 アリスは聞いた話と自らが体験したものを組み合わせた結果を言語化し、彼女の息継ぎの隙間に滑り込ませた。


「存在そのものが膨大な魔力エネルギーの塊なのですか?」

「流石に間近で体験しただけはあるね。小鳥チャン」


 車体が大きく揺れる。枝かなにかを踏んだのだろう。舗装された道路の左右にはまだ深い森が鎮座している。太陽を求めるように伸びた樹木が光と影のトンネルを作り出していた。

 木の枝に鳥がとまっている。足が砂金水晶アベンチュリンような鉱石でできた見たこともない鳥だった。

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