17 啄木鳥の目覚め
● ● ●
「ああああああっ!」
早朝の澄んだ空気に苦渋の悲鳴が木霊した。
「ああっ、あああっ! なん、っな、なんで! なんでワタシは――!」
四つん這いになり、いまにも腹の中のものをすべて吐き出してしまいそうな様子のウッドペッカーをアリスは頬に手を当てながら「あらまあ」と鑑賞する。
木々に囲まれながらも舗装された地面に額を押し当て呻くウッドペッカー。まだ頭上の月の光は淡いものの徐々に周りの夜が薄れてきているので、そろそろ月から太陽になる時間帯なのだろう。
つまり、いまは早朝。だからかアリス達以外の人影はまだ周囲にない。が、森の中に敷かれた道路のど真ん中で悲痛に喘ぐ女の奇妙さは、万が一にも事情を知らぬ第三者に目撃されたら怪しまれるだろう。怪しまれず、当たり前のような雰囲気にでもなればアリスはこの正体不明の世界を『第二の不思議の国』と呼ぶ。
「ウッドペッカーお姉さま。落ち着いてください」
アリスはウッドペッカーの丸くなった背中を撫でた。途端にがばり! と彼女は上体を起こし、頭を掻き毟る。左右で三つ編みにされている髪が乱暴に揺れた。
「ゴメン!」
そして突然アリスはウッドペッカーに抱き締められる。
「なぜワタシはこんなに愛らしい小鳥チャンを! とめないなど! 自然災害に向かわせるなどっ! 有り得はしない!」
「そ、れは……仕方がありませんわ」
形の良い胸に押し潰されながらアリスは答える。
「だって、あの時のウッドペッカーお姉さまは夢と現が混ざっていましたもの。不思議が当たり前。だから有り得ないことをしでかしたのです」
「ホントにしでかした! ゴメンね!」
「ぅぎゅ!」
たわわな胸部にアリスの顔面が埋まった。世界が終わるとでも言わんばかりに悲嘆し、激しい自責の念にかられるウッドペッカーにアリスは悩む。
アリスの予想ではもうしばしウッドペッカーは意識が微睡んでいるはずだったのだが、この様子だと明らかに覚めている。
最初は彼女の元に王子様が現れるかと疑ったが、ウッドペッカーの口調や仕草、雰囲気を見ていると彼女自身が王子のようだ。
「こんなにも愛らしい子達をワタシは、ワタシはァ!」
そしてウッドペッカーは相当自我が強く、責任感も強いらしい。
精神がこれくらい強くなれば自分の肉体もここまで成長するかもしれないと些か脱線した思考になりつつアリスはウッドペッカーの胸に顔を埋め続けた。
胸部の筋肉は相応の大きさがある場合、見目は羽毛のように柔らかそうに感じられるが実際の触感は存外張りと固さをも有しているのだなあとアリスは他人の大胸筋を堪能する。
「……けど」
ふと頬に当たっていた温もりが離れていく。
「自然災害から逃げてくるなんて、すごいのだね」
月桂樹の瞳を柔らかく細めて安堵の表情を作るウッドペッカーを見上げ、アリスは瞬きを三度。
ぱち。ぱち。ぱちくり。
白銀の双眸を真珠のように真ん丸にして、疑問符を頭上に浮かべた。
「逃げておりませんわ」
それからアリスは真実を口にする。
「きちんと刈り取りましたのよ」
「ウン?」
「ちゃんと『めでたしめでたし』ですわ。倒したとでも言えば分かりやすいでしょうか?」
「倒した、とは……自然災害をかい?」
「はい」
今度はウッドペッカーが双眼を丸くした。月桂樹と真珠が見つめ合う。
二瞬目、大きくウッドペッカーが
アリスは頬を膨らませ、ウッドペッカーから数歩距離を取る。
ポケットに両手を突っ込み「証拠ですわ」と頭蓋骨ほどの大きさを有した結晶を取り出した。
新鮮な臓腑の色合いのそれをウッドペッカーは前屈みになって凝視する。
ぱち。ぱち。ぱち。ぱちくり。
先程のアリス以上に瞬きを繰り返し、「ヒッ――」と息を飲んだ。次の瞬間ウッドペッカーの拳が頬を殴った。
自分で、自分の頬を、思い切り。
今度はアリスが「……ひい!」と息を飲む。
「ウ、ウッドペッカーお姉さま!」
「イ、タイ……」
「でしょうね! ええ、そうでしょうねっ!」
崩れ落ちたウッドペッカーの肩に手を添えながらアリスは困惑する。どうしようかと悩み、呻き、咄嗟に桃太郎を見てしまった。
二人から離れた位置にある黒い車の側に佇んでいた桃太郎は口を半開きにしていた。アリス以上に唖然としている。
「夢じゃぁ、ないようだ……」
「もうわたし達はウッドペッカーお姉さまに干渉しておりませんわ! 現実です! 現実ですのよ!」
結晶を素早く小脇に抱え、開いた片手でアリスはポケットから懐中時計を取り出したが時間を操る前にウッドペッカーが立ち上がってしまった。
軽くふらつくも彼女はすぐにバランスを取り直し、自分の頬を摩る。
「疑ってゴメン。許しておくれ小鳥チャン」
「アリスですわ」
「誰かに見られる前にソレをしまいたまえ」
ウッドペッカーの声音が静かなものになる。
「ワタシも元
表情筋をやや引き締め、真剣な眼差しでアリスの持つ結晶をウッドペッカーは睨んだ。
「自然災害の生み出す
圧すら感じる眼にアリスは頷いて、
改めてまじまじとウッドペッカーがポケットを注視する。明らかに容量を越えているにも関わらず
明るさと青みを増していく空から溜め息とともに頭を下げ、ウッドペッカーは車へと目線を流す。つられて白銀の眼もそちらへ動いた。
道路に規則正しく並んで沈黙するのは後部座席が二列ある黒い屋根付きの大型四輪自動車。横転していた彼女達の車は二台ともアリスが時間の力を駆使して直している。先頭車両の座席にはウッドペッカーの仲間である三人が座っていた。
肌には傷も汚れもなく、新品同様に整った衣服を纏って眠り鼠を連想させる落ち着いた寝息をたてている。穏やかな寝姿は良い夢でも見ているのかとても気持ちが良さそうで、こちらまで欠伸が出そうになった。
車の傍らにはアリスよりも幼い容姿の桃太郎が護衛として静かに直立している。鉢巻きで目を隠しているが桃太郎はウッドペッカーの視線にすぐさま気付いて彼女へと軽く会釈をした。
「ねえ、小鳥チャン」
「アリスですわ」
「アリスチャン。キミ達は…………いいや」
ウッドペッカーは何かを振り払うふうに頭を横に振る。三つ編みを指で撫で、胸を大きく上下させて深い息を吐いた。
「ありがとう」
澄み切った朝の空気を揺らした一言にアリスは花咲くように笑む。
様々な疑問や感情をあえてその一言のみに留めたのはウッドペッカーなりのアリス達に対しての気遣いだったが、あいにくアリスにはそれは分からなかった。
なので、アリスはシーツを被せ木々の影に隠して横たえさせていた他二人の遺体の説明をして彼女からの返答を聞き、一通りの方針を決めて落ち着いた後、頼んでしまった。
この世界について教えてほしいと。
真っ向から、ウッドペッカーに頼んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます