08 なぜなら彼女達は主人公
「クソッ……自然災害がこんなトコにいるとは思わなかった。ワタシの
前髪を握り締めて呻くウッドペッカー。
口振りからして、もしかしたら彼女はそれなりの立場の人間なのかもしれない。が、いまは彼女個人のそれらを聞く時ではないのでアリスは追求しなかった。
いまは必要な情報を訊く。
「ウッドペッカーお姉さま。無知をお許しください。わたし達はこの世界にきたばかり。この世界の主人公も知らなければ、ドライアドが自然災害と呼ばれる理由も分かりませんの」
アリスは素直にウッドペッカーへ問い掛けた。
「自然災害とはなんですの? なぜドライアドがゴブリンに寄生するのですか?」
ウッドペッカーは少し戸惑う表情を見せたが、丁寧に説明をしてくれた。
この世界には精霊が存在する。それはアリスにも馴染みのある存在で、すぐにイメージができた。が、アリスの知る精霊とはやや異なっていた。
この世界の精霊は自然の一部という認識がされ、摩訶不思議な能力を扱う人智の及ばぬ存在の総称である。本体は視認できるが人間が直に触れることは叶わず、特殊な道具をもちいらねば物理的な接触は不可能。
ある程度の意思や感情を有しながらも意思疎通は一切不可能で人間とは相容れぬ存在。ゆえに精霊が起こした問題は自然災害とされるらしい。
精霊の思考や行動は突拍子もなく、明確な判断は難しい。どんな理由でドライアドがゴブリンに寄生し、なにをするために人を襲ったのかウッドペッカーでは断言できないが、ドライアドは他者の命を吸うこともある精霊なのでゴブリンに寄生して餌集めをしているのではないかと予想を零した。
「なるほど」
面白い設定ですわ。の言葉をアリスは飲み込んだ。
アリスの知識にある精霊とはランプの精や泉の精と呼ばれる類いのもの。アリスの知るそれらは願いをなんでも叶えてくれたり、池に落ちた斧を拾ってくれたり、どちらかと言えば手助けをしてくれることが多い。無論、どこぞのニヤニヤと笑う猫のように嫌みったらしいものや意地悪なもの、罰を下すものもいるが、それでも災害とまで呼ばれることはない。なによりそれほど強大な力の持ち主ならば普通は主人公や敵と何らかの関係がある役割を持っていそうなのに、意思疎通ができないのは不可思議だとアリスは思考を巡らせる。
最終的に、この世界も歪ませられて様々な役者がひっちゃかめっちゃかになっているのだろうという結論に至った。
「最後に、これだけお聞かせくださいまし」
アリスは慎重に唇を開いた。
もっとも大切なことを訊ねる。
「この展開は、ウッドペッカーお姉さまの元々のストーリーでしょうか?」
アリスの真剣な問いにウッドペッカーは瞬きをひとつ。大きく零された瞬きは疑念と逡巡を孕んでいて、明らかにウッドペッカーの表情が変貌する。
露骨に困った様子で、なんと答えれば良いのか、そもそも質問の意味を理解できないというふうに頬を引き攣らせる彼女へとアリスは続けた。
「王子さまはやってきませんか?」
「王子ィ?」
ウッドペッカーが素っ頓狂に裏返した声を夜空に反響させる。
あまりの驚きようにアリスのほうが虚をつかれた。けれども、狂った茶会の喧騒やヒステリックな女王の裁判に比べればなんてことはなく、アリスはすぐに我に返る。
「はい。災害と呼ばれるほどの精霊ならばストーリーに関わる大事な存在ではないのでしょうか? それに襲われるとなれば……やはり王子さまか狩人が助けにきてくださいますでしょう? わたし達はウッドペッカーお姉さまの役割を知りませんが……こうして大事が起きるのなら、それなりに重要な立ち位置では?」
「ストーリー……役割?」
「はい。ウッドペッカーお姉さまはお姫さまでしょうか?」
「ワタシは、ただの
「まあ。それでしたら湖に向かう途中でしたか? そこで王子さまに出会うご予定で?」
「ワタシは偽脚専門の
ウッドペッカーはスカートを摘み上げて血の通わない硬い脚を月光に瞬かせた。
彼女は
「依頼してた。護衛に、二人。……公演の際はいつも雇わせてもらっていたんだ。身内みたいなモノだった……」
ウッドペッカーの表情に影がさす。自然と俯いていく彼女の肩は小刻みに震えていた。
「なぜ……自然災害なんかが……こんなコトは、初めてだ」
「初めて?」
「こんなの……普通なら有り得はしない……っ」
「普通では、有り得ない……」
吹き上がる感情を堪えて額に拳を当てながら奥歯を噛むウッドペッカーの丸まった背中をアリスは柔い手付きで撫でる。
アリスは銀の視線を桃太郎へと流した。
桃太郎の隠された双眼と目が合う。互いに頷いた。
「ウッドペッカーお姉さま。お荷物のご様子からして、ウッドペッカーお姉さまと狩人さん以外にも誰かいらっしゃいましたよね?」
「ああ……」
溜め息にしては濁りきった重い息とともに肯定が返ってくる。
「一座の子が三人。所用で、ワタシ達だけ別で動いてた……クソッ」
ウッドペッカーの膝になにかが落ちる。それは透明な涙ではなく、血だった。
「座長のワタシが……守らなければいけないのに」
きつく深く噛まれた下唇から血が零れる。
それをアリスは美しいと思った。
悲しみや恐怖の涙ではなく、後悔と責務に苛まれる血潮。なにより彼女の目は、悔やみながらも仲間を失ったと嘆いてはいない。
仲間を取り戻すと燃えている。
ホットミルクの優しさに微睡まず、力強く咲き誇る意志をアリスは美しいと思った。
彼女はまるで大輪の薔薇。
その茨で敵を刺し、けして簡単には手折れない気高い薔薇。
「三人……ですわね」
アリスはそっとウッドペッカーの唇に手を伸ばす。
縮こまっていた姿勢を弾かれたように正したウッドペッカーを追って華奢な腕を伸ばし、もはや乗り上げる勢いで近付き、するりと彼女の唇に触れる。
滴る情熱的な赤を指先で撫で、アリスは微笑んだ。
「こちらでお待ちください。ウッドペッカーお姉さま」
美しい薔薇を愛でる手付きでアリスはウッドペッカーの唇を指の腹で拭う。
「初めての改変されたストーリーは戸惑いますわよね。わたし達も最初に狂った時はそうでした。普通でないのなら、有り得ないのなら……きっとこの世界も、ウッドペッカーお姉さまの物語も、あの気まぐれな
熱を持った彼女の柔らかな唇に血の紅を引き、深い赤の似合う彼女にアリスは笑みを深めた。
困惑し、息を飲むウッドペッカーの顔から手を離し、アリスは飛び跳ねるようにして地面に足をつけた。白いエプロンドレスが舞い、夜を裂く。
黒を塗り潰す白い姿はどんな宝石よりも美しく、どんな人形よりも愛らしく、どんな菓子よりも甘い。
「その三人。わたし達が取り戻してまいりますわ」
微笑む淡い少女は月明かりが見せる夢現の幻影のようで。
「大丈夫。なぜならわたし達は主人公ですもの」
しかし、幻影にしてはあまりにも強烈な存在感を放っていた。
アリスは指についていた血を舐める。ジャムでも口にするように、ペロリと。
「お前達。ウッドペッカーお姉さまを守りなさい」
トランプ兵に伝えるとアリスは身を翻した。
それを見た桃太郎も踵を返し、「え……ちょ、なにを」と戸惑うウッドペッカーの声を最後まで聞かず、二人は地を蹴った。
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