第5話
あれから一週間か…
あいつはどこへ行ってしまったのだろうか。
俺はいつまでここにいるのだろうか。
汗が落ちる。
意識がはっきりとしなくなる。
担いでいる楽器も重い。
あれ、なんでギター持ってるんだっけ。
いや、曲を作るためだ。
なんでこんな場所にいるんだっけ。
あいつの歌をきくためだ。
あいつって…誰だっけ―――――――――――
「佐藤くんはできた?」
「まあ、ぼちぼち。そっちは?」
「うーん。半分くらいかな?」
まじか。できたかという確認は作詞と作曲の話だ。目の前で暑さにやられながら水を飲んでいる日向が作詞。そして同じく暑さにやられながらギターを抱えている俺が作曲。二人でオリジナルの曲を作って披露することになっているのだが、どちらも完成には遠い。特に俺のほうはまったく進んでいなかった。
お互いに作詞作曲の作業は進めながら、学校の屋上での日向の練習も継続していた。もはや日課のようなもので、とりあえず集まっては進捗の報告をしていた。まあ、特に進捗はないのだが。
この日はこのまま解散となり、いつも通りそれぞれに作業を進めることになった。俺はお決まりの練習場所である公園を目指しながら目下の課題について考える。
「どうするかな?」
やはりあの曲か、日向が好きだと言ってくれたあの曲。そして先日迷子の少女にも勇気づけられると言われたあの曲。そこを参考にしつつ作ってみることにしよう。さらには日向が作った1番だけの歌詞も貰ったため、そこから曲を作りあげることにした。
そもそも同時に作ろうとしたことが間違っていたのだ。別々に作るならせめてどちらかから作る方がいいし、歌詞がある程度できているならそれに合った曲を付けたほうがいいはずだ。人前で披露するだけならこれだけで十分だと言ったのだが、日向は2番までフルで作りたいと譲らなかったため日向の作詞作業は継続中だ。
「まあ、あの感じだとそれもそんなに時間はかからなそうだな。」
考え事をしていつの間にか着いてしまった公園で作曲作業に勤しむためにこの暑い空気の中、ベンチに座りでギターに手をかけた。
「うぉっ、ベンチ暑!」
考え初めてからは案外早かった。
とりあえず1番の部分は出来てしまったが、まあ2番も大体同じコードになるだろうとある程度形になったことに安堵する。
やはり歌詞があるのがかなり大きかったと思う。かつての曲の要素を入れつつ歌詞に合うように作っていったら思いのほかすらすらと思いついていった。
「暑い、帰ろう。」
今その暑さを思い出したような感覚になり、かなり集中していたのだと知る。
あとは明日学校に言ってこの進捗を日向に報告するようにしよう。下手したらもう歌詞は完全に出来上がっていてもおかしくないしなと思いながら、とりあえず今日は家に帰ることにした。
少し面倒くささも感じつつ、どこか楽しさを感じている自分がいた。
翌日、いつも通り屋上で日向が歌い、俺は水を差し入れてそれを聴くという日課を終え、それぞれの作業の話に入った。
「佐藤くんはどう?」
「昨日歌詞をもらったおかげでとりあえず1番の部分はできたよ。あとはそれを中心にするだけだから歌詞待ちかな。」
「いいねいいね。私はもう少しかな?ごめんねちょっと待ってて。」
さすがに完成まではしていなかったようだ。でもこの調子ならそんなに遅くはならなそうだ。
報告も終え、とりあえず今日やることは終わったのでそろそろ帰ろうかと準備をしていると、
「今日さ、夏祭りがあるんだけど…一緒に行かない?」
急に日向が言い出した。
この時期は毎年近くの神社で夏祭りが行われる。あまり大きくはないが、娯楽が少ないこんな田舎だ。みんなそれなりに楽しみにしているイベントとなっている。俺も去年は友達に誘われて行ったがただ屋台のご飯を食べ歩きしていたぐらいだった。
「俺はいいけど、日向は友達とかと行かないのか?」
「私は転校したばかりで知り合いがあんまりいないからさ…。」
そういえば日向は転校したばかりだったのを忘れていた。こんな中途半端な時期に来てしまったのだから友達もできないししょうがないのだろう。
「そうだったな、ごめん。俺でよければいいよ。」
「本当!ありがとう!じゃあ夕方に神社の鳥居の前に集合ね。」
「分かった。じゃあ夕方にまた。」
夏祭りのために神社で落ち合うことを決め、一旦今日は解散となった。
ひぐらしが鳴き始めていた。空にはフライング気味に月が顔を出し始め、青と赤の中間のような色に染め上げていた。
俺は約束通り神社の鳥居の前で日向を待っている。目の前を浴衣姿の人たちが通り過ぎていき、祭りの喧騒が遠く聞こえている。夏祭りがすでに始まっていて楽しそうな雰囲気だ。
「少し早く来すぎたか…。」
いつも約束より早く到着するのは自分の性格なのだが、すごく楽しみにしているように思われるのではないかと謎の不安を抱えてしまう。
「お待たせー!」
少し遠くから声が聞こえて、そちらに目をやると、カラカラと音を鳴らしながら日向が向かってくるのが見えた。
「ごめんね、待った?浴衣着るの久しぶりでちょっと時間かかっちゃった。」
「い、いや今来たとこ。」
なんかすごいベタな返答をしてしまったなと思ったのも束の間、浴衣姿の日向に目を奪われた。青い浴衣に髪型もいつもとは違うものになっている。制服以外に見るのは初めてだから新鮮だな。いつもの元気な感じよりも少し落ち着いて見える格好を見て心臓の鼓動が少し早くなる。
「じゃあ…行くか。」
「うん!よーし、まずは焼きそばだー!」
喋ってみるとやはりいつもの日向で少し安心する。鳥居をくぐり、光が集まる場所へ向かっていった。
「それ、全部食べるのか?」
「当たり前じゃん。お祭りって食べたいものが多すぎるよね。」
たこ焼き、焼きそば、わたあめ、等々。ほとんどの屋台の食べ物を持っているのではないかというほど大量の食べ物を抱えた日向がいた。おっとっととか言って時々こぼしそうになっていて見ていてハラハラする。まあ屋台の食べ物が美味しそうに見えるのは分からんでもない。実際食べてみると特別美味しいわけではないし、なんなら値段も高めなのだがあのライブ感、高揚感がなぜか美味しそうに見せるというマジックがあるのだ。俺もついつい匂いにつられて、焼き鳥串を買ってしまった。
「とりあえず、どこか座るか。ゆっくり食べたいだろ。」
屋台群から少し離れた所に手頃なベンチを見つけて、二人で腰を下ろした。
「ふいー。いやー食べ物って結構重いね。これが食のありがたみってやつかな。」
「食は感謝すべきだけど、その重さは量が異常に多いだけだぞ。」
「あはは。ちょっと買いすぎたね。」
ちょっと?とか疑問に思ったが、日向は特に気にすることもなく、いただきますと言って買ったものを食べ始めた。
「今日は本当ありがとね。すごい楽しいよ。」
「いや、別にいいけど。俺は誰かと行く予定なかったから。」
ずっと地元にいると、夏祭りなんて興味が薄れてしまうのだ。まあ、でも俺もなんだか楽しい…とは少しは思う。
「もしかしたら今年は夏祭りなんて行けないかもって思ってたから、すごく嬉しいんだ。」
「行けないってなんで?受験勉強をしているようにも見えないけど。」
実際高校3年の夏休みなんて、受験生からしたら勝負の時期だ。娯楽を断っているやつだって少なくない。しかし、日向は歌を歌っているばかりで受験勉強しているようには見えないのだ。
「いや、私だって勉強はしてるんだよ。歌もどっちも一生懸命にやってるだけ。」
え、そうだったのか?ちょっと驚いた。
「そうじゃなくてね…私、病気だったんだ。そのせいで中学校もあまり行けてなくって。」
「病気?」
「そう。身体の麻痺で歩くのも難しくなっちゃって。余命宣告とかもされたことあるんだけど、なんとかしぶとく生き残ったの。あはは。」
あはは、とか笑っているがかなり重い話を急にされてこちらとしてもどう返せばよいか分からず、言い淀んでしまう。
「で、でも今は普通にしているじゃないか。治ったのか?」
「そう、段々と体調が良くなってきてね。でも、心配だからっておばあちゃんが住んでるこの町まで引っ越してきたんだけど。私が無理言って中途半端な時期だけど学校にも行かせてもらえるようになったんだ。」
「そうなのか。今元気なら良かったよ。昔そんなに重い病気だったなんて驚いたけど。」
「ごめんね、急にこんな話しちゃって。あんまり人に言うつもりはなかったんだけど、なんだか佐藤くんには話してもいいかなって思ったんだ。隠し事みたいなことするのも良くないかなって。」
そんなことは気にしなくてもいいのに。それにこんなことを笑って話すことが出来ている日向はやはり強いのだろう。こういうところは素直に尊敬するし、憧れるところだと感じている。
「そんなこともあって、今すっごく楽しいんだ!昔に比べたら夢みたいだよ!夏祭りも来れて、憧れてた人と曲も作って。最高の思い出だよ。本当にありがとね。」
日向の明るさはこういうところも要因だったのか。もちろん、元からの性格というのもあるのだろうが昔出来なかったことを全力で楽しもうとすることで今のキラキラと輝く彼女に繋がっているのかもしれない。
そんなことを考えていると大きな音と眩い光が目の前から感じられた。
夏祭りといえばやはり花火だ。いつの間にか時間が経っていたらしく、花火の打ち上げ時間となっていた。大きな花火大会などと比べると貧しい花火かもしれないが、それでも一発の綺麗さは変わらない。この会場にいる誰もが同じ方向を向き、その色とりどりの光に目を奪われ幻想の中にいるような美しさを感じていた。それは俺も同様で、この一瞬の時間が永遠にも感じられるようだった。
横で座っていた日向が立ち上がり、俺の視界の真ん中に現れた。
「どうしたんだ、急に?」
「もうそろそろ夏祭りも終わりが近いからさ、改めてお礼を言っておこうと思って。本当にありがとね、佐藤くん。とっても楽しかったよ。」
「お、おう。それは良かったよ。まあ俺も楽しめたよ。」
面と向かってお礼を言われたもので、少し照れて雑な返答をしてしまった。なんだよ急に。
花火のせいか、彼女自身によるものかこの時の日向はとても輝いて見える。しかし一瞬で消えてしまう花火のような儚さもあるように見えてしまった。やはり花火のせいだろうか。花火の光が消えたとき、暗闇で日向の表情は見えなかった。
夏祭りも終わり、それぞれが名残惜しそうに帰っていく。わたあめや光るおもちゃを満足気に抱える子どもと手を繋ぐ親、お金を使いすぎてなぐさめられながら仲間と歩く学生達、浴衣を身を包んだ笑顔の老夫婦。皆が楽しそうにこの幻想からいつもの日常へと帰っていく。
「そろそろ俺達も帰ろうか。」
「うん。」
そうして鳥居の前まで二人で歩き、向かい合う。
「じゃあ、これで。また明日屋上でな。」
別れの挨拶を言って、明日もいつも通りの日課をこなすのだろうと考える。
「うん、さよなら。」
日向もそう言ったのを確かめて、俺は日向に背を向けて家へも帰るために歩き出す。
日向はまた明日とは言わなかった。
次の日、日向は屋上に姿を表さなかった。
あの日の歌は夏に消えた つづき @tsuduki
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