第4話
彼女のことを思い出した。
涙が止まらなかった。
彼女を助けたかった。
どうすればいいか考えて、色々と模索した。
そして、そんな彼女の夢を見る―――――――
弦に指を掛ける。
感覚を確かめるように音を鳴らす。
――――――――――――――
懐かしい感覚だ。自分が思ったように音を鳴らすこの感覚は嫌いじゃない。では何故ギターをやめてしまったのか。それはこれができたとて誰にも注目されなかったからだ。しかし、1人だけには注目されていたことを先日知ったのだが、あとはまあ
「指痛え。」
やはり久しぶりだと指が痛い。
オリジナル曲の作曲を日向に依頼されてから5日が経ち、ギターを弾く感覚は戻り始めているところだった。
本当は家で練習したいところなのだが、父親は最近夜勤が多いらしく、昼間は家で寝ているため邪魔にならないように近くの公園で練習していた。
夏の暑さも相まってすごくつらい。肉体的にも、そして精神的にもだ。その理由はやはり、
「それにしても作曲しなきゃいけないんだよなあ、どうしよ。」
とりあえず、不安を紛らわすために思いを口に出してみたが、だからといって何も解決しなかった。むしろ問題を再認識させられて頭が痛い。
かつて俺が自作の曲を作った時には思いつきでどんどん作っていた気がする。しかし、あの時は今よりも若かった。それ故に恐いものがなかったのだ。人間は成長するにつれて様々なことを知っていく、そして同時に様々なことに恐れ、出来ないことが増えていく。それは学習し、賢くなっているという成長でもあるが、一方で好奇心がなくなり純粋さも無くした停滞、あるいは退化ともとれるかもしれない。
これこらそれをさらに実感することになるのだろうか目の前の道を通りすぎるスーツ姿のサラリーマンを見て思いながら、それでも昔ほどの好奇心はなくなったなあと何も録音されていないスマートフォンに目を落とす。
そもそも作曲云々というが、始まりはギターを調達するところからだったのだから、笑ってしまう。
5日前
「じゃあ、佐藤くん作曲お願いします!」
「了解、なんとか頑張ってみるよ」
元気よくお願いしてくる日向に対して、なんとなく出来そうな気がして少し前向きな気持ちで帰宅しようと、屋上の扉に向かおうとした。
「あ。」
急に思いだし、俺は間の抜けた声を出していた。
「ん、どうしたの?なにか忘れ物?」
「いや、ちょっと思い出したんだけど…」
この時かなり引きつった顔をしていたと思う。なにせ、ヨシと気合いを入れ少し前向きになっていたあとにこんなことを言わなければいかなかったのだから。
「あー、えと、ギター売っちゃってもうないんだった。」
日向は何も言わない。は?何言ってんのこいつ?みたいな顔をしているように見えなくもない。何か言ってくれないかな。
「…え、えー!そんな、私の歌に刹那の曲をつけてもらう、はずだったのに…」
分かりやすくうなだれていた。こんなに落ち込んでいるのを見るのは初めてだ。いや、まあその原因は自分なのだが。
「本当にごめん、やる気はあったんだ。ただその、忘れてた。」
「やる気があってくれたのは素直に嬉しいよありがとう。」
こうやって後ろ向きなことは言わないのが日向の良いところだ。本当にいい人だなと実感する。
「そうだ!音楽室は?あそこならギターあったりしないかな?」
すぐに立ち直った日向が提案してきた。確かに音楽室というくらいだからあっても不思議ではないが、
「いや、うちの学校はないよ。ピアノと金管楽器がいくらかあるくらいだったと思う」
「なあんだ、そっか…」
日向は残念そうだ、確かに提案としては悪くないが、我が校の音楽室は定番のピアノと吹奏楽が使用する金管楽器などしかなく、ギターは見た事がない。学校自体の規模が小さく、生徒数も少ないため吹奏楽の人数も多くはなく担当楽器も少なかった気がする。そのため大会に出ることもなく、街のイベントや文化祭などでのみ演奏をしているようなのだ。
あれ、そういえば文化祭といえば…
「今思い出したんだけど、もしかしたら軽音部が持ってたかもしれない。」
「軽音部?この学校にあったっけ?」
「昔はね。今は確か部員が居なくなった気がするけど。」
俺は1年生の頃の文化祭で軽音部の演奏を見たことがあるのだ。特別上手いわけでも下手なわけでもない演奏で、少し昔のバンドのコピーをしていた。その時のメンバーは3年生のみで、これが最後のライブだとか言っていた記憶がある。
「まあ、楽器なんてみんな自前で持ってたかもしれないけど部室にあまりとか、」
「行こう!いますぐ行こう、部室!」
日向は少々食い気味に言い、俺の手を引っ張っていく。
「で、どこにあるの?部室?」
屋上を出て、階段を降りた時に日向がこちらを振り返り言った。意気揚々と飛び出したのに何も分かっていなかったみたいだ。
まあ日向は転校してきたばかりだから、分からないのだろう。ましてやもう部員もいなくて活動していない部活なのだから尚更だ。
「それは先に聞けよな。色んな部活の部屋が集まった部室棟っていうのがあるんだ。たぶん、そこだったら可能性はあるかもしれない。」
「分かった、ありがとう。行こう!」
日向はすぐさま俺の手を引っ張って右に進路を切って走り出す。
「ちょ、そこ左!」
全然分かってなかった。
部室棟は校舎の1階から繋がっていて、端の方に位置している。何度か来たことはあるが、俺は部活に入っているわけではないのでどこにどの部活があるのかはあまり覚えていない。もちろん、軽音部の場所は全く分からない。
「軽音部、軽音部と」
部室ごとに取り付けられた部活名の書かれたプレートを見ながら軽音部を探していく。
どの部室も年季が入っていて、歴史を感じさせる。野球部やサッカー部などの運動部は基本的に外の活動で別に使用しているプレハブ小屋などがあるらしく、部室を使うことはあまりないと聞くので中は物置きのようになっていた。そんな運動部のエリアを抜け、文化部の部室が集まっていそうなエリアで目当ての部活を探しているのだが、まったく見当たらない。というか吹奏楽部すら見当たらないような気がする。
「軽音部の部室ないよね。」
「そうだな。ないことはないと思うんだけど。」
「部員がいないって話だったから部室もなくなっちゃったのかな?」
確かにその可能性は考えられなくもない。元より存在自体を忘れていたようなものなので、部室がなくなったという情報にも関心がなく知らなかったのかもしれない。とりあえずそういうことだろうと納得して、ではどうしようかと悩む
「そうなると、ギターをどうするか。買うしかないかあ。」
「そっかあ。ちなみにギターっていくらぐらいなの?」
「まあ、安いのから高いのまであるけど。安くても俺の持ち金じゃあギリギリかもな。」
男子高校生の懐事情はとても寂しい。俺はあまりお金を使う方ではないが、アルバイトはしていないためお金が入るのはお年玉やお盆に祖父母の家に行ってもらえるお小遣いくらいだ。両親からの支給は一切ない。さすがに並の男子高校生だったらお金が消えていると思う。
「そっかあ…。ねえ、やっぱり音楽室見てみない?念の為確認でさ。音楽の先生が持ってたりしないかな?」
「どうかな?まあ、ダメ元でも行ってみるか。」
あまり期待はしていないが、どうせ可能性がないならとりあえず見に行くのもありかもしれないと、渋々音楽室へ向かうことにした。
三階にある音楽室に到着した。結論から言うとあったのだ。なぜかピアノの隣でギターが一つだけ立てかけられていた。まるでピアノに寄り添っているように、音楽室に楽器があることは自然なはずなのに不自然にその楽器は置かれていたのだ。
「あったよ!あった!来てみるもんだね。」
「まじか…」
完全にないと思っていたが、まさかだった。しかし、これはやはり日向が言っていたように音楽の先生のものなのだろうか。
「よう、どうしたんだこんなところで」
置かれたギターを見ていたら突然入口の方から声が聞こえた。
「あれ、夏目先生?先生こそどうしたんですか?数学の先生なのにこんなところで。あ、音楽の若林先生に会いに来たんですか?美人ですもんね。」
日向は面白がってニヤニヤと茶化すように夏目にここに居る理由を訪ねる。それにしても確かになんでこいつがここにいるんだろうか。あまり夏目とは会いたくないので少し不機嫌になってしまう。
「あのなあ、学生ってのはすぐにそう恋愛ごとに繋げてくるよな。まあ、若いうちはそんなもんか。健全に育っている証拠だな。それに若林先生は既婚者だぞ。」
「なあんだ、違うんですね。つまんないの。」
「お前なあ。一応先生だぞ俺は。学生は学生周りの恋愛関係だけ気にしてろ。」
すいませーんと日向は楽しそうに返す。なんだかこの2人は仲が良さそうだった。そういえば屋上で日向が歌っているときに水を差し入れに来ていたとか言っていた気がする。まあ、そのあたりで話しているのだろうが、少しもやもやした気持ちになる。
というか結局何のために来たんだこいつは。
「何しに来たんだお前は?みたいな顔で睨むなよ。たまたま通りがかりで音楽室の方から盛り上がる声が聞こえたから見に来ただけだよ。で、初めの質問だがこんなところでどうしたんだ?」
よほど盛り上がってしまっていたらしい、日向が。それでわざわざ来るとか暇なのか。ついこいつに対しては悪態をついてしまう
「ごめんなさい。実は少し必要だったのでギターを探していて、ないと思ってた音楽室で見つけたから盛り上がっちゃってました。」
「なるほどな、軽音部の部室とかは見なかったのか?」
「それは行ったんですけど、軽音部の部室はもうなくなっていたみたいで。」
「なくなった?そんなことは……ああ、そうか、そうだったな。」
なんか今変な間があった気がする。でもまあ正直こいつの言うことに興味はないのであえて聞き返すことはしなかった。
「ちなみにそのギターはずっと置いてあるそうだから借りる分には大丈夫だぞ。若林先生には俺から伝えておこう。」
「え、本当ですか!ありがとうございます!やったね佐藤くん。」
「あ、ああそうだね。」
まあ確かに喜ばしいことだ、こいつに頼るのも癪だけど許可も取ってくれるなら任せておこう。じゃあとそのままギターを持っていこうとすると、
「ま、頑張れよ。」
夏目がなんのだか知らないが激励してきた。しかも俺を見て言った気がするのは気のせいだろうか。日向はいつも通り元気よく、はい!と応え、俺はとりあえず、軽く会釈だけして音楽室を後にした。
その後俺たちは解散し、俺はギターを持ち帰ることにした。
そして今、公園で練習するに至る。
そろそろ暑さで溶けそうになって来た。あと10分もしたら帰ろうと意気込んで水を飲んでから練習を再開する。最後にあれをやるか。作詞作曲・刹那もとい俺のあの曲だ。日向はかつて俺が作ったこの拙い曲に感動してくれた。それならばこの曲からインスピレーションを得られれば日向も満足できる曲ができるのではないかと思ったのだ。
その時、重々しい足取りで公園の土の上を踏みしめる音が聞こえた。
さらに人影がこちらに近づいてくるのを感じる。特に気にせず手元に集中して目線を落とす。
人影が数メートル前で止まった。足元しか見えないがローファーを履いている。学生だろうか。
「いい歌…」
目の前の学生が呟いた。声からしてやや幼い。中学生くらいの女の子だろうか。というかずっと聴いていたらしい。なんか恥ずかしくなってきた。少し照れくさくて顔を上げづらいし、年下の相手も苦手なので手元に集中している感じで答えた。
「あー、聴いてたのか?」
「あ、ごめんなさい。つい、音が聴こえたから。でも歌詞も曲もいいですね。」
なんだかあまり元気はなさそうだ。というか俺は無意識に歌詞も口ずさんでいたようだ。すごい恥ずかしい、とりあえずありがとうと小さく言っておいた。さっきまで記憶を封印していたくせに思いだしたら歌詞までスラスラ出てくる自分が憎い。
「ごめんな。俺はミュージシャンとかじゃなくて、ギター練習していただけなんだ。」
「いえ、大丈夫です。勝手に聴いてただけなので。実は私、知らない場所…いや知ってる場所なんですけど知らない場所に突然いて困っていたらギターの音が聴こえて、勝手に足が動いていたんです。」
「えっと…」
正直目の前の少女が何を言っているのか分からない。どう言葉を返したものか戸惑ってしまう。
「あ、ごめんなさい。何言ってるか分からないですよね。すみません、私はこれで」
「とりあえず迷子…ってことなのかな?」
立ち去ろうとする少女を呼び止めるように戸惑った末の言葉を口に出していた。ここで出会ってしまったのだ。このまま放っておくのも違う気がしてしまった。困った少女の姿を確かめるようにようやく顔を上げ、視線を目の前の少女に向ける。
「迷子、なのかな?あはは…」
少女は困ったように苦笑いをしていた。少女は夏服のセーラー服を来ており、やはり声の印象の通り中学生くらいのようだ。しかし髪が長めで前髪で目が隠れているので、顔の半分の表情は読めない。顔も少しやつれているように見えるのは気のせいだろうか。
「口ぶりは迷子みたいに聞こえたんだけど、違うの?」
「私、この町には住んでいるんです。けど、知ってる景色とちょっと違ってて。これって迷子なんですかね?」
あははと少女は冗談めかして言った。でも言っていることは冗談でもないのだろうと思った。そもそも初対面の相手にそんなことする意味が見つからない。人をからかうような子にも見えない。あくまで俺の主観的な意見ではあるが。
「それに…」
少女は続けて何か言おうとしているが、言い淀んでいる。先を促すようにそれに?と相槌を返した。
「それに、私歩けないはずなんです。病気のせいで。」
「どういうこと?さっき普通に歩いてきたように見えたんだけど。」
確かに足音が聞こえたし、今目の前の少女も立っている。
「実は先月、ある難しい病気にかかってしまって入院していたんです。それで病気のせいで日に日に足が動かなくなっていって、それで…。でも、今なぜか気づいたら外にいて普通に歩けたんです。夢でも見ているんですかね私?」
少女の話は信じ難い。それこそ夢のようだと俺も思った。またしても戸惑ってしまう。少女の話があまりに突飛すぎたのだ。
「まあ、奇跡?っていうのもあるのかもしれないな。せっかくなら夢でもいいから今のうちに楽しむっていうのもありかも、なんて。」
俺らしくない事を言ったと思った。こんなの気休めだ。病気で足が動かないなんて気持ちは分からないから共感もできない。ましてやそれが突然治ったことで戸惑いだけなのか、嬉しいのかも分からない。でも少女の顔が悲しそうに見えたから。少なくても俺が関わっていられる今は楽しくいられたらいいと思ってしまったのだ。もしかしたら日向に憧れがあるのかもしれない。あのいつも楽しそうな彼女に、そして目の前の少女にもなぜかそうなって欲しいという願望、いやわがままがあった。
「そう、かもしれませんね。せっかく自由になったんだからこの夢を楽しみますね。ただの夢だと思ったら少し変わった町も不思議じゃない気がしてきました。」
「そっか、それは良かった。」
とたんに少女は明るくなった。いくらなんでも気の変わりようが早すぎじゃないかと思ったが、おそらくこちらが本来の少女の性格なのだろう。まあ、なんであれ元気づけられたのなら良かった。
「じゃあ私行きますね。あ、そういえばあなたが歌ってた曲ってなんですか?知らない曲だったんですけどすごく勇気づけられる曲だったのでCDを買おうかと。」
「あー、あれはメジャーの曲じゃなくてな…。ネットで聞いただけで歌手もよく知らないんだ。ははは。」
自作の曲なんだとは言えるわけがない。とりあえずそれとなく濁しておいた。
「そうなんですね…残念です。じゃああなたのお名前だけでも。」
「あ、えっと佐藤。」
「佐藤くんですか。ありがとうございます。じゃあまた、佐藤くん!」
少女は元気よく別れのあいさつを告げた。
まあ、なんか分からなかったけどいいかとギターに向き直ろうとしたのだが。
あ、最近佐藤とばかり呼ばれていたからつい佐藤とさっき名乗ってしまった。
「あ、ごめん、佐藤はあだ名で!」
名前で嘘をつくのは少し気が引ける。訂正しようと急いで少女が去った方に声を掛けた。
少女はいなかった。
「まあ、しょうがないか。申し訳ないけど、もう会うこともないだろうし。」
しょうがないと諦め、改めてギターの練習に戻ることにした。
それにしても、少女から呼ばれた名前の響きは、どこか日向を想起させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます