第0章 少年とJK

アルファポリス「大衆娯楽」部門  一位獲得記念執筆

エピソード0 目玉焼きはソースかしょう油か問題

 実栗みくり 琴子ことこは、登校時間より早く家を出た。


 昨日、塾の帰りに気まぐれで繁華街に入る途中、イイ感じの大衆食堂を見つけたのだ。



 公園を歩いていると、うつむいている少年を見つけた。

 つまらなさそうに、ブランコを揺らしている。


「となり、いいかな?」

 気まぐれで、琴子は声をかけてみた。


 少年はこちらを見て、「どうぞ、お気遣いなく」と丁寧に応答する。


 えらく礼儀正しい少年だ。

 まだ一年生だろうに。


 それだけで、彼がどんな家の環境で育ったか、想像がつく。

 きっと窮屈な家庭なのだろう。


「小学校は、この辺?」

「はい」


 ランドセルはキレイだ。

 服を汚されたわけでも、殴られた跡もない。

 いじめられているわけではなさそうだ。


「どうしたの?」



「両親が、離婚するんです」


 

 聞いてはまずかったか。


「ごめん」

 琴子は詫びを入れる。


「いえ、話を聞いて下さい」


 こちらがJKなためか、少年は警戒心を解いて話してくれた。


 少年の両親は、ずっと前から仲が悪くなったらしい。


 なんでも、父親は厳しく育てられた影響で、家事が得意だとか。

 掃除や炊事に妥協を許さない。


「逆にお母さんは、仕事はバリバリできるんですけど、結婚してから家事を覚えたレベルでして。『使えない!』って父が怒るんです」


「いわゆる『バリキャリ』だったんだね?」

「はい。働く姿をカッコイイと思って結婚したんですけどね」


 父が母の上司で、母親は離縁の後、独立を考えている。


「ボクは、どちらにつけばいいのか」


 一人息子であり、父方は引き取ると断言している。

 

 だが、息子としては母親の側につきたい。


「だったら、お母さんについちゃえば?」


「目玉焼きにしょう油かソース、どっちをかけるかで言い争いになります。ただの口げんかならカワイイのですが、人格否定レベルでして」


「一番くだらない戦争だね」


 そんなことで本気のケンカができてしまうなんて、始めから仲が悪い。


 そういうと、少年は「そうですね」と応えた。


「でもいいなー。うちなんてさ、料理すら出ないもん」


 琴子はいつも、朝はコンビニの菓子パン、昼は学食、夜はスーパーのお弁当で済ませている。

 両親がともに海外で暮らしているから。


「ここだけの話だよ。あたし、お父さんが映画監督なの。女優に産ませた子なの」


 どうせ一日だけの関係だ。聞かれたって構わない。


 監督の妻は、子どもが産めない。

 だから、若い女優と関係を持ってしまったという。


「あたしと同じくらいの歳の子に手を出したんだよ? ヒドくない?」


 琴子は笑ってみせたが、少年はクスリとも笑ってくれなかった。


「その女優さん、知ってます。共演したことがあるので」

「マジで? キミ、いったい何者?」

「劇団員なんです。といっても、その当時のボクは通行人役でしたが」



 だから礼儀正しいのか。

 

「それで、あたしが産まれて、女優はしばらく産休していたんだよ。親戚からは財産目当てを疑われて、肩身が狭かったらしいよ」


 テレビや映画で活躍する俳優たちをうらやましそうに眺める母の姿を、琴子は見てしまう。


「だからさ、言ってやったの。『あたしに構わないで。自分らしく生きて』って」


 琴子は母親を説得し、父が活動している海外へ送り出した。

 今も、両親には二人揃って暮らしてもらっている。


「寂しくないんですか?」


「寂しいよ。参観日とかいつも一人だったし。でもいいんだよ。自分らしく生きることが大事だなって。どんな形になってもさ」


「お姉さんは強いんですね」


「強くないよ。ご両親のためにこんなに悩んでるキミの方が強いよ」


「いえ。もう迷いは消えました」

 少年は颯爽と、ブランコから飛び降りた。


「ボク、お母さんの側にいます」


 少年の笑顔が、清々しい。


「お父さんに言ってやるんです。『ボクなんかいなくたって、あなたは強く生きられるでしょ』って。でも母は、ボクがいないとダメになるので」


 決心がついたようだ。


「そっか」


 止める権利は、琴子にはない。


 彼には彼の人生がある。


「はーあ。なんだかお腹すいてきちゃった。朝ご飯食べる? よかったら一緒にどう?」


「家で済ませてきました。それでは」

 ランドセルを担ぎ直し、少年はダッシュで小学校の方へと走り去った。


 少年の背中を見送った後、琴子は大衆食堂へ向かう。

 

 玉子が食べたい。


「おじさん、モーニング!」


「あいよ」

 無愛想な大将が、モーニングを出す。

 ゆで卵と食パンだ。


 目玉焼きが来るかと思ったが、まあいいか。 


「いただきます」


 ゆで卵のカラを剥いていると、引き戸が開いた。



 (終)

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おっさんとJKが、路地裏の大衆食堂で食べるだけ 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

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