最終話 これからもずっと一緒に「いただきます」って言いたい問題

 昼は賑やかな一家が食卓を囲んだ。里依紗ファミリーだ。元担任の根本までいる。


「いやー、大女優の娘さんが、こんなにも素敵なお店で働いているなんて。努力なさったのね」

「先生のおかげです。『自分のやりたいことをしなさい。私がそうだったから』って言ってくれたから、決心できたんです」


 ここまで琴子が、里依紗に師事していたと、孝明は初めて知った。


「そう言ってくれると、うれしいねえ」

 豪快に笑いながら、里依紗は頭をかく。

「今日はジャンジャン食べてください」

「えらい。このように育つんだぞー、チビ共ーっ」

 里依紗一家は、ガッツリしたメニューを中心に平らげて帰っていった。



 その後も、二人は次から次と、客をもてなしていく。


 

 夕方、孝明の両親が来てくれた。

 親不孝者なのに、両親は孝明の門出を祝ってくれている。

 酔った父は、「孫はいつだ」としつこかった。清太郎だっているのに。


「ああ、それなんだが。三ヶ月らしい」


 孝明が告げると、ガタッと父が立ち上がる。

 孝明の手をガッシリと掴み、「ありがとう」と何度も告げた。




 また、引き戸が開く。


「いらっしゃいま」

 琴子が、言葉を詰まらせる。


 今日最後の客は、琴子の両親だ。


「娘をもらってくれて、ありがとうございます。こんな立派な店まで」

 実栗真琴と共に、琴子の父親も頭を下げた。


 結婚の許可をもらいに挨拶へ向かったときのことは、今でも覚えている。

 教わらなくても、一瞬で琴子の母親だと分かった。


 娘は女優になるでもなく、一流企業へ嫁に行くでもなく、場末の大衆食堂を営む。

 普通ならエリートコースから外れた道だろう。


 なのに、琴子の両親は、孝明たちの門出を祝ってくれた。


「本当に、すいませんでした」


「謝らないで。あたしたちから娘を盗んだわけじゃないんだから」

 真琴が、席を立つ。


「娘のことを、よろしくお願いします」

 そう頭を下げた琴子の両親に、孝明も礼をいう。


「ありがとうございます」




 店を閉めて、店の二階にある自宅へ帰宅した。


 必要以上にお腹を心配する孝明に、琴子が「もう」と注意をする。


「まさか、コメくんとお店を始められるなんて」

 琴子がコタツに食事を並べた。今日のメニューは孝明のナポリタンである。


「オレだって同じ気持ちだ。でもさ、いずれはこうなっていた気がする」



「こうして、誰かの居場所になれるって、うれしいね」



 孝明が言おうとしていた言葉を、琴子が言う。


「大将、喜んでくれるかな?」


「きっと見てるさ。どっかで」

 月明かりを見ながら、孝明はつぶやいた。


「食うか?」

「そうだね」


 孝明と琴子が、食卓を囲む。


「いただきます」



 孝明がナポリタンに箸を付ける。


「ねえコメくん」

「ん?」



「これからもさ、ずっと一緒に『いただきます』ってしたいね」 




 琴子が言ったのは、孝明がプロポーズしたときの言葉だった。




                 (完)

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