第4話:システマティック
中学生の時の社会科見学以来だ…と思った。PCがずらっと並ぶデスクに大量の社員がかじりついている。個々が音も立てず素早く歩いているだけなのに、それが集まるとこうも騒がしくなるのか、と感じるほどテレビ局は騒々しかった。
社会科見学時に訪れたのは食とある品メーカーで、工場を見学させてもらった。工場、と聞いて体力仕事を期待していた俺はオフィスにある機械を見てげんなりした記憶がある。俺はテクノロジーの発展に昔から興味がないタイプだった。
SNSの発達を機にテレビ局はかつてほど大きな影響力を持たなくなった。複数あったテレビ局で現存しているのは片手で数えられる程度だ。逆に言えば、この時代でもニーズの高い洗練されたテレビ局だけが生き残ることが出来たと言われているが、この様子を目の当たりにして噂は本当だったのだと感じる。
「すいません後ろ通ります」
いや、むしろ用もないのにこんなところに居てすみません。
届くはずのない声量で口から出た言葉は勿論相手の耳には届かない。当然、宙を舞ったその声に誰からのリアクションも無い。
うちの事務所とは大違いだ。基本的に勇者が事務所を訪れることはほとんどない。入社式の時と、何か契約の書類を提出する時くらいである。常駐の事務スタッフもせいぜい10人程度なので、事務所の規模もそこまで大きい必要が無い。部屋が狭い分歩き回る必要がなくて助かる、とヨシミが話していた。オフィスでの務め経験が無い分、そういうものなのかと相槌を打つことしか俺には出来ない。
事務所が忙しそうにしているのは今日のように、大きな実績を残した英雄がメディアに露出する時だけだと聞いている。しかし、テレビ局は常にこんなに人が動き回っているのか。お互いが互いの導線を邪魔しない、システマティックな動きをしている。その動きの美しさに感動すら覚える。
そう関心している間に背後から声をかけられて振り返ると、そこにはついさっき共演した評論家の夏上が立っていた。
「先程はありがとうございました」
「あ、いえこちらこそ」
「ご挨拶が遅れました」
夏上は自分のジャケットを探っている。名刺を出すつもりだ、と直感的に思ったが、当然俺はそのようなものを持ち合わせていない。なぜなら必要ないからだ。普段魔物を相手に仕事をしていると、どうしたって自分の名前を名乗る機会などない。この「マコト」という名前も今日のような営業で便利だからと事務所から割り当てられたコードネームだ。
「すみません、今名刺の持ち合わせが無くて…勇者のマコトと申します」
「お気遣いなく。勇者の方々は皆さん名刺を持たないと知人から聞いておりますので」
「そうですか」
知識の豊富な人物と話しをしているとなんとなく身構えてしまうものだが、多少の共通点があるだけで少し心が落ち着く心地がした。
「ところで」
夏上は俺と同じように、局員の様子を眺めながら続けた。
「今回は手強かったでしょう?アクタゾーレ」
「えぇ。稀に見る大型の特殊オオ魔族でしたから」
「確か、マコトさんは特殊オオ魔族の討伐は初めてだったと伺っておりますが」
「恥ずかしながら。10年ほどこの仕事をしてきましたが、今回が初めてです」
「へぇ。10年。珍しいですね」
勇者、という職業は俺の誕生月に生まれたため、現役で活動している勇者は若い人が多い。30代になり体力的な衰えが出てきはじめた多くの中年勇者は、転職活動を始めるのがお決まりになっている。彼が珍しいと話すのはそのことだろう。
「最近は新人が続々入ってくるので、いつ追い抜かれるか不安で仕方がありませんよ」
「勇者職はブランド商売。若くてカッコいい男には敵わない、と私の知人が言っていました」
失礼、と小さく付け加えながらアイコスを口に加える。こちらの気持ちに配慮せず事実を淡々と語る物言いは、先程の収録時と変わらない。彼の吸っているアイコスは無臭無煙の最新型で、どこで吸っても認可される、俺が長らく欲しがっていたタイプのものだった。
「ブランド、ですか」
「大変ですね。実績の積み重ねで働きぶりを評価されると言われるものの、メディアへの露出や人気投票で高順位を取らなきゃ仕事が回ってこないなんて」
「いやいや、結局は事務所から与えられた仕事をただ淡々とこなすだけですから」
「ただ、そういう意味では、今回マコトさんは良い機会を得たということになりますね」
「えぇ、メディアに一度露出すると仕事は増えると先輩にも聞かされています」
「そうですか」
ひと時の沈黙があった。忙しなく働く人間の中で、二人の中年男性(正確な年齢は知らないが、若い人には出せない貫禄があったため)が会話をしている様子は余計に目立っているように感じる。
ふと彼の表情を見たが、目が合わなかった。局員の働きぶりを観察しているのかと思えばそうでもない、まるで遠いどこかを見ているようだった。
そろそろ局員の働きぶりを眺めているのも飽きたので、貰った名刺に目を向ける。
「株式会社ケイトー 専属ライター兼魔族評論家 夏上輝」
社名の上には良く見る大手企業のロゴマークが描かれている。シンプルな窓とカーテンの描かれたロゴで、薄い緑色がその名刺のイメージを爽やかに感じさせていた。確かネット広告では爽やかな男性アイドルを起用し、ロゴマークそっくりの窓とカーテンを背景に耳馴染みのある歌を歌っていたような覚えがある。
「失礼ですが、評論家の方って企業に勤めるものなのですか?」
「えぇ。フリーで活動をしている方も良くいらっしゃいますが、やはり組織に所属していないと出来ないこともたくさんあるものでして。それにここだけの話、評論家だけでは食っていけません」
意外だった。特に昨今では数々のメディアに露出を増やしている印象が強く、一体いくら稼げているんだろうなんて想像すらしていた。
「よく周りの人間からも意外だと言われます」
思ったことが表情に出てしまっていたようだ。
「そうだったんですね」
あまり気の効く返しも出来ない。再び夏上が言葉を発した。
「一昨年のナシゴーレムの反逆は直接討伐現場に関わっていたんです。当時は今のように専門家として動いていたわけではなかったので、魔族記事のライターとして雑誌記事を書いていました」
ナシゴーレムの反逆。毎年一度、この国に大きな災害を巻き起こす特殊オオ魔族の一種。今回のアクタゾーレと同様に、当時最も意見されていた議題だった。かつてない強固な皮膚を持ち、どんな物理攻撃も通用しないため、当時集めうる限りの魔法戦士を集めて戦闘を行ったそうだ。その影響もあり、ナシゴーレムとの戦闘がその地域にもたらした被害は底知れず、特殊オオ魔族案件でも特に規模の大きい事件となった。
「そうでしたか、あの現場にいたんですね。大変だったでしょう」
「私は護衛隊に守って貰いながら見ていただけですから。大変なのは勇者の方です。いつも矢面に立たされて」
「まぁ、それが私達の仕事ですから」
ズボンのポケットにいれておいたペットボトルを取り出し、一口水を飲む。撮影前に購入したばかりだが、もう既にほとんど残っていなかった。
「パーティのメンバーは全員無事帰ってこられましたか?」
「えぇ。幸いうちのメンバー達は誰一人かけることなく任務を遂行出来ました。まぁ、私が最年長ですから、死ぬとしたらまず私だと思いますけどね」
軽い冗談のつもりだったが、夏上は一切笑わない。
「そうでしたか…ともかく、無事帰ってこられて良かったですね」
既に興味をなくしたようで、機械的にアイコスを吸い続けている。
今回のアクタゾーレは比較的被害が少なかった。俺達のパーティが無事全員生還出来たのもそうだが、全体的に年々人的被害は少なくなってきている。これまでは首都に出現して暴れまわっていが、少しずつ出現箇所がずれて田舎町へと移動しているからだ。アクタゾーレの出現場所に至っては、自動農作物育成エリア(つまり無人の地域)の田畑だったため、被害に遭う人間は最小限に抑えられることが出来た。おかげさまで俺達も思う存分に戦うことが出来た。
「不自然だと思いませんか」
夏上の声のトーンが少し下がった。
「何がですか?」
「被害の規模がどんどん小さくなっている。被災の場所がかなり限定的になってきています。一昨年がとある村の廃ビル内、その前が地中海沿岸。そして今回の農作物エリア。もし魔族に人間に対する明確な悪意があるとするなら、もっと人の集中する場所に出現するはず。」
「確かにその通りです。被害が少ないのは喜ばしいことですから、こちらとしては今後もそうでいてくれた方がありがたいですがね。」
「ただ、期待してばかりではいられません。この現象が何を意味しているのか確かめる必要があると思っています。そもそも魔族の行動は意志を伴うものなのか。あるとすれば今、この国に訪れる目的は何なのか」
アイコスをしまい、改めて俺と向き合う形になる。正面で見ると思っていた以上に屈強で逞しい身体をしていると思った。
「私はそれを知るために評論家として活動しています。何か今後の戦闘で気づいたことなどがあったら、ご連絡頂けますか。少しでも参考になる情報が欲しいのです」
そう話す夏上の様子は、高校時代に学級委員を務めていた同級生と被ってみえた。自分のしようとしていることに一切の迷いがない、何事も断言する性格。当時俺の苦手なタイプだった。
「わかりました」
「また弊社から別日にインタビューをお願いするかと思いますので、よろしくお願いしますね」
目的は達成したと言わんばかりに足早に離れていく夏上。エスカレーターに乗るのを見届け、軽く一息つく。遂にこのフロアで、ゆっくり流れる時間を過ごしているのは俺だけになった。
勇者職の名のもとに 仁司じん @tatatara
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