第3話:魔族評論家との出会い

怪物【アクタゾーレ】を退治してからというもののメディアへの露出が一気に増えた。前代未聞の大悪族を退治した勇者、としてメディアで取り沙汰されて以来、多くのテレビ局からオファーが届いた。事務所からは勇者としての説明義務を果たす必要があるとかなんとか御託を並べられ、いくつかのテレビ番組には顔を出すことになった。


(事務所側は我々を休ませるつもりは無いらしい。求人に出されていた「完全週休二日です☆」の文言は即刻取り消してほしい。)


「朝なま放送局」に出演した時には流石に多くの知人の目に留まったらしく、大量のLINEを貰った。普段は連絡をしないくせにこういう時に思い出したうように連絡をしてくる奴らにはむっとしたが、そう言いつつも案外悪い気はしない。パチンコで勝った時やツイートで好きな子からいいね!を貰った時の高揚感に似たものを感じた。


「マコトさん、何笑ってるんですか。」

「え?」

「スマホ見ながら笑う癖直した方がいいですよ。」


そうか、表情に出てしまっていたか。電車内でおじさんが取る行動を無意識に自分も行なっているということに恥ずかしさを感じ、スマホをポケットにしまう。指摘したマネージャーの【ヨシミ】はタクシー内でもPCでなにやら作業を行なっている。勉強熱心な奴だと常日頃思う。アクタゾーレを倒し事務所に報告するとすぐにうちのパーティーについてまわることになったマネージャーだ。以前は芸能プロダクションに勤めていたそうで、この手の案件は得意分野らしいと事前に聞いていいる。


「今日出る番組はご存知ですか?」

「The ワイドショー。あれだろ?良くYoutubeに転載されてるテレビ番組」

「その発言、局についたら絶対に控えて下さいね。ネットの動画プラットフォームとの兼ね合いは今業界的にナイーブな問題ですから」


そっか、と軽く聞き流す。心配されなくてもそんな話はしない。話し下手な俺には出来ないっと言った方が正しいかもしれない。俺は着慣れないスーツの襟元に手を伸ばし、何度も折れが無いかを確認した。


聞かれたことに応えていればいいから、と事務所の社長に言われていた通り、収録中時間がトントン拍子で話が進んだ。事前打ち合わせで聞いたいた質問に、これまたヨシミが用意してくれていた台本通り答える。ただこれだけで滞りなく話は進んでいく。それだけでもどっと汗をかいている俺は、あっさりとした表情で番組の司会を務めるアナウンサーに心から尊敬の念を感じ始めていた。


メインパーソナリティが話を振ってくる。


「でもね、最近娘と良くファンタジーランドに行くんですけどね。悪魔退治のアトラクションが人気があるっていうじゃないですか。あれどうかと思うんですよね。いや、ほら!もし万が一通学路でコマ族と遭遇した時に、変な責任感で手を出してしまうんじゃないか?と不安になるんですよね」


コマ族、というのは、文字通り小魔族、小柄で人間に害を与えない魔族のことだ。

魔族、とはいっても人間に影響を与える種類はそう多くない。その分今回処分対象となったアクタゾーレのような、大型魔族に関する業務は必然的に需要が高まる。


「そうですね。コマ族は、まぁ、基本的には人間の生活に影響を与えませんし、お互いに干渉しなければ問題のない、いうなれば生活圏を共有している存在な訳です。そのことをしっかりと学校教育で伝え、自分の安全について考えるキッカケになってくれればいいとは思いますね」


少し質問と回答がズレているような気がするが、きっとこの番組を見ている人様はこういう回答を求めているのだろう。現にヨシミは満足げな表情を浮かべている。


「あの魔族流入時代を経験した私達とは違い、魔族に対する感覚が違いますからね。それらを教育していく責任が私達にはあるのかもしれません。それでは続いて魔族評論家の夏上さん、お願いします。」

「はい。」


魔族評論家の【夏上輝】。最近テレビでよく見る名前だ。キッチリ固めたジャケットにタイトジーンズ。がっちり固めた髪型は気の強そうな印象を余計際立たせている。全体的に黒のイメージが強い服を纏っているからか、番組セットのカラフルな背景とは浮いている印象を受け、それがまた彼らしさを強調しているようだ。


「今回の例でいうアクタゾーレのような大型魔族は数年に一度のスパンで現れると言われております。実際に一昨年のナシゴーレム、ラミルトスなどの大災害をもたらした魔族も約一年置きに出現しており、それらを考慮すると…」


毎年この時期になるとこのような話が繰り返されている。

去年はアイツが街をひとつ壊滅させた。

その前の年は火山の噴火を誘発させたそうではないか。

事務所で呪文のように聞かされ続けてきた歴史話を前に、机に突っ伏してしまいたくなる。とはいえカメラレンズに睨まれているうちは、余計な挙動を許されない。時折頷きながら彼の話に耳を傾けているように振る舞う。


「事前の対策は必要なのではないかと思われます。」

「ありがとうございました。傾向を知り、対策を考えることは大事かもしれません。そんななかで、現在このような現象が起こっているのを皆さんご存知でしょうか。スライドにご注目ください」


パッと巨大なスクリーンモニターに映像が映る。そこにはなにやらぬいぐるみを持った男の子が楽しそうに遊んでいる姿がある。とある玩具商品のCMらしかった。映像の最後には有名な製造会社のロゴマークが写しだされる。


「コマーゾク・バスター通称【コマバス】と呼ばれたアニメが子供達の間では人気絶頂だそうです。それに対し、一部の保護者からは子供に悪影響を与えるとクレームが入ったということが話題になっています」


続いてクレームの内容がモニターに浮かび上がる。お茶の間が見やすいように可愛らしくデザインされており非常に見やすい仕様がクレームの内容と合わない印象を受けた。最近はそういうところまで気を使って、視聴者に選んでもらえる番組作りをしているのだと聞いたことがある。「固すぎず、媚び過ぎず」が良い塩梅だそうだ。


【20代大学生:子供が観る作品としてはクオリティが高い。楽しんで観れたが、子供達はどう感じるのだろう】

【30代主婦:暴力的シーンを見ていると、子供達の暴力行為を助長することにならないか心配になる】

【サラリーマン40代:魔族の被害にあった遺族がこのアニメを見てどう思うのだろうか。想像力が足りない気がする】


想像力が足りない気がする。この一文に目が止まる。この辛辣な一言、昔誰かに言われことがあったっけ…と頭を巡らせるが、思い出せない。


「このような意見がSNS上で挙げられていますが、実際的にアニメは大ヒットを記録しています。大衆はこのような作品の存在を認めた、ということになるのでしょうが、専門家の皆さんはどのアニメのムーブメントについてどのようにお考えですか?」

「そうですね。まさに時代を反映した意見だといえますね。」


前置きと同時に夏上は淡々と話を始める。


「シンプルに捉えれば二種類の意見に分けられると思っています。1つは魔族との共存。魔族が人間社会を脅かす理由が、魔族に対する差別心によるものだと考え、理解し合うことさえ出来れば共生社会は可能だとする魔族共存説。そしてもう1つが魔族脅威説。人間との生物的な差異が大きすぎる為、共存は不可能とする説です。」

「夏上さんはどのような立場を取っていらっしゃいますか?」

「比較的害の少ないコマ族であるとしても、例えば突然発生するコーモラーのせいで交通事故が誘発されてしまった事例があります。またはそれに伴った盗難事件や怪我等の関連事件が、魔族の発生以前と比較し圧倒的に増えています。その現状を考えると…魔族との共存は難しいと思います。」


魔族にも様々な種類があることが判明したのはつい一昨年の話だ。とあるライバル事務所が複数人の勇者を調査団として送り出し、その事実が発覚した。体が大きく攻撃性を有するものが【オオマ族】、小柄で攻撃性のないものを【コマ族】と仮称として名付けられ、それ以降固体の一種ずつに名前が付けられるようになったのだ。


「では、魔族排他説を支持していらっしゃるのですか?」

「いえ、あくまでも現状の話をしているだけです。魔族との和平交渉の手段が存在するのなら共存を考えていくべきだと思います。しかし今現在はその手段がありません。そうなると必然的に勇者という職業に頼る必要が出てきます」


一瞬、ちらっとマコトに視線が向けられた。夏場で冷房の効いているスタジオのせいか、背筋にヒヤリとしたものを感じた。


「それにこのようなアニメが大衆の支持を得ているのも、共存への願望の表れのように感じられます。争いを好まないが、致し方なく戦闘を行う主人公の葛藤の物語。世論が反映されているように思えます」


なるほど、とパーソナリティーが頷く。専門家の意見とは不思議なもので、その意見が最も正しいと思い込まされてしまう。先週も新しいルンバを買いに行った時、家電量販店の店員に勧められた物をまんまと購入してしまったのだ。実際、説明通り使い心地は抜群だった。


「アニメ【コマバス】に登場する【翻訳ヤシの実】があれば対話可能ですが、現実そうもいきませんしね。」


ニッとはにつつのトークに少しスタジオの空気が和む。この辺りは流石プロだと思わせられる。


「では、今少し話題に上がりましたが勇者のマコトさん。」

「はいっ」

「今の意見についてはどうでしょうか」


ちらっと原稿に目を落とす。


「私はまさに紹介されたアニメでいう、主人公の立場にいます。本音を言えば、魔族を倒すことに抵抗を感じることも当然あります」

「やはりそのような場面もあるのですか」

「えぇ。魔族とはいえ命ですから。しかしこれまでの歴史を振り返るとわかるように彼らが人間生活に及ぼす悪影響が大きいことも事実です。ですから私も含め、私の所属する事務所では皆様を魔族からお守りすることを重要な任務だと考えております」


事務所の名前も宣伝してほしい、ヨシミに頼まれていたが露骨すぎやしないかとやんわり断ったが、後で小言を言われるのも怖いのでしれっと事務所の宣伝もしておく。


任務ですか…と夏上がボソッ呟いたような気がした。マイクでも拾われないような声量。話題は一旦別の話へと移っていったが、彼の呟きが頭のなかでリフレインする。


これ以上俺が話すこともなく、何事もなく番組は終わった。エンディングを撮影した後にふと机の上にある自分のネームプレートが目に入った。普段居ない場所、環境で自分の名前を発見すると、まるで自分のものではないかのような感覚になる。続いて、隣の席の名前を見た。


「魔族評論家 夏上」


ちゃっかり机の上に飾られている、先日出版されたらしい本の表紙に佇む彼が俺のことをじっと睨んでいるような気がして、そっと目を背ける。俺はそうして逃げるように楽屋へと足を向けた。

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