第2話:勇者の生い立ち

勇者という職業が生まれたのはちょうど俺が生まれた年頃だったと記憶している。それまで革靴販売店の店主として勤めていた父親が、これまで仕事に捧げていた情熱を全て勇者という職業に向け始めた。


「熱心なところはいいんだけど…ね」


そんな父をよく思わなかった母親は俺の前で愚痴をこぼしていた。


(母は母で趣味だったアクセサリー作りを始めたことがあった。魔法石のアクセサリーは販売後即完。2人揃ってちゃっかりしてる、息子の俺は思う。)


そもそもこの国に勇者が必要となったのには理由がある。急に魔物が現れたのだ。最初は特定の過疎地に2、3匹変異体の生き物が現れたという報告があり、国防軍は特に気にも止めていなかった。それが、俺が生まれた年に急速に増殖し始めたのである。


長きにわたり戦争の起きなかったこの国の国防はめっきり廃れきっていた。隣国との関係も良好、立派な経済圏も作り上げ豊かな国交を築き上げていた分、内部からの攻撃にはめっぽう弱い。他国との争い、内部紛争など起こるはずはないという世論の考えもあり、そもそも攻撃を想定した軍事能力など持ち合わせていなかった。


誰もが安全だとたかをくくっていた。

そう思っていた分、突如現れた不安は一気に蔓延する。


SNSでは魔物の写真がバズりメディアで取り上げられ、国内の殆どの人類がその存在を認識した。それと同時にこれまでの平和は嘘だったかのように、騒がしい世間になる。

・魔物は夜の12時以降に現れる

・魔物除けの薬が闇ルートで取引されるらしい

・魔物は人間の血を吸う

・魔物の正体は地球外生命体と人間のハーフである

・ファブリーズで魔物が撃退出来る


嘘か真かの区別がつかない噂がまことしやかに口に出されるようになった。

ただ一つ、魔物が人間界の生活を脅かし始めたのは確かな事実だった。


そしてその現象に対する反応は大きく分けて3つに分かれた。


1つはただ怯えながら生活する者。殆どがこれに分類される。次にこれをチャンスと捉えて商売を始める者(明らかに怪しいグッズを販売している奴もいたが、ネット上でバズると相当儲かったという話もある)。そして、これを悪とし淘汰を志すもの。


その中の1人がうちの親父だった。

親父は持ち前の職人気質が功をそうしたのか、勇者として随分成り上がったと話を聞いている。その分俺も裕福な生活をさせてもらった。何より命をかけた仕事だ。例え高額なれどそれ相応の報酬を受け取ってもいいではないか…と現にその職について思うようになった。それでも当時の俺には「勇者」という職業がイマイチ理解出来ていなかった。


勇者と職業、という構図がピンと来ない読者には、ゴキブリ駆除の業者をイメージしてもらいたい。皆んなの嫌われ者を退治し、その対価としてお金を貰う。需要と供給。勇者、という言葉だけ取れば立派な職業に思われがちだが、結局は企業に勤めるサラリーマンと何の変わりもない。そのことにいかに無頓着で、国や街の安全の為に身体を張れるのかという点がこの職業に適正があるかの判断材料だ。


そして俺は現在所属している事務所から選ばれた。父親が勇者の経歴持ちだったこと、特に誇れる学問の成績は無いが、辛うじて身体能力が高かったこと。入社前試験や幾度の面接を経て、上記の二点のみで俺は適正があると判断されたらしかった。「小学生憧れの職業No.1」とメディアで取り沙汰される勇者という職業であったが、内定を貰った当時同時期に同世代から羨望の目を向けられることは殆ど無かった。


そうして俺は「ゴキブリ駆除」の仕事を始めて丁度10年になる。

齢31。独身。2LDKの部屋を見渡せばカップ麺やレトルト食品の残骸が積み上っていた。


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