Gisele Epsode0 谷城舞

@randol0025

第0話

私の最初の記憶。

不可思議な水の中、呼吸器をつけられ、生命を維持している記憶。

いや、その頃の私は人の形を保っていたかどうかすら怪しい。

けれど、私は「生かされて」いた。

目的はわからない、けれど私は培養槽の中で生かされていた。

視界の先に見えるは、白い衣服を身にまとった者たち。

今にして思えば、あれは私…「私たち」を作った親だろう。

「親」と形容するのも何か違う、彼らからしてみれば私たちは「モルモット」そのものなのだから。

動かない体と、働かない思考。

私はただ彼らが動く姿を眺めるしかなかった。

…そこで、一度意識が途絶える。



何度か、同じ出来事があった。

目が覚めてからは、あたりを見渡し確認することが日課になった。

変わらぬ景色に、変わらぬ彼らに、変化し続ける私。

意識が浮上して、また落ちてを何度か繰り返して。

どれくらい経ったかすら分からなくなるほどの時間を、培養槽の中で過ごしていた。

しかし、何時からだろうか。

段々と意識がはっきりし始めたのだ。

「私」というアイデンティティが確立され…そしてそれが強い「流れ」に巻き込まれる。

肉体もそれに合わせて変化を繰り返し、その度に私の意識が組み替えられていく。

確かな自己を確立しておきながら、自己が変化していく。

自分がありながら、自分じゃなくなる感覚。

…いや、「俺」にとって、既にその変化すらも受け入れ始めていた。

しかし肉体はいつまでたっても安定しない、まるでアメーバのように変化し続けている。

自分の意識が「混濁」し、「分離」し始めているのを直に感じ取れた。

肉体が全く安定しないまま、無為に時が流れていく。

そして幾ばくかの長い時を経て、「俺たち」の物語が動き出す。

あの悪魔に見初められてから、動き出してしまったのだ。




―――――――――――――――




「…舞、舞!」

声が、聞こえた。

意識を無理やりつなげられた感覚だ。

目の前にいる女性は、「私」の顔を心配そうに眺めている。

「どーした舞?なんかぼーっとしていたけど、風邪?」

彼女は私を「舞」と呼ぶ、「舞」って誰だ?

頭の中で該当する項目を検索し、すぐに答えが出た。

「谷城舞」

それが俺個人の名前であり、培養槽から外に出た谷城の名前。

「大丈夫、それよりどうした?私を呼ぶなんて珍しいじゃないか。」

「あー、やっぱ聞いていない!」

目の前の女性は見るからに怒っている。

けれどそこには親愛に似た感情が含まれているのは目に見えてとれた。

目の前の女性、加東絢は少なからず「谷城舞」に対し対等に接している。

そんな彼女はため息をつきながら、話を切り出す。

「いやさ、体調はどうかなーって。」

「違うでしょ、貴方がそんな世間話を切り出す人間じゃない。」

「いったい私をなんだと思っているのさ…まあ確かにこれは本題じゃないよ。」

「けれど、けれどさ?君はも~ちょっと会話を楽しむのを心掛けないかい?」

くしゃりと砕けた笑みを浮かべながら絢は話しかける。

それに対する返答は無表情で、機械的に言葉を紡ぐ谷城舞。

二人の間には不可思議な空気が漂っていた。

かたやFHセル「トラベラーズ」のセルリーダー。

かたや「プロジェクト:ノヴァ」で生まれた嬰児の成り損ない。

立場や取り巻く環境が違う二人がこうして歓談を繰り広げるこの場では。

どこか暖かく、懐かしく、そして得難い何かがそこにはあった。



「じゃ、本題に入ろうか。」

「舞、君の今後の事さ。」

突如、空気が引き締まる。

先ほどまでは一個人としての「加藤絢」がそこに居た。

しかし今はFHセルリーダーとしての「加藤絢」が居た。

「一応君は私たちが保護した…ってことにはなっている。」

「けれど私たちはUGNみたく慈善団体やってる訳じゃない、つまる所今の君を助けた所で一銭も金が入ってない。」

「そこで、だ。」

彼女はそう言いながら私に指を突きつける。

「君には私の仕事を手伝ってもらう、拒否権はない、つーか首根っこ掴んでも手伝わせる。」

「貴方目が笑ってないから怖いのよ…」

私は眉を顰めながら、突きつけられた指をのける。

「わかった、貴方には恩義もあるわけだし手伝うよ。」

「あ、あら?結構素直じゃない…珍しい。」

自分から話題をふっておいてそれは何なんだ。

なんて思いつつも、その言葉を口には決して出さない。野暮でしかないから。

「戦闘でしか役に立たない私に仕事を手伝わせるってことは、そういうのに人手が必要なんでしょ?」

ならば、と柄だけの刀を出す。

私自身が持つ「見えない刃」を持つ武器。

そして絢もまた、私と同じ性質の武器を使う者。

「それにわざわざ前置きを置いたってことは…私絡みなんでしょ?」

「舞ってば本当に会話を楽しむ気がないよね、焦らしって大事よ?」

彼女は軽口を叩きながらも、その目は笑ってはいない。

「ま、言っちゃえばとある施設の襲撃。」

「そこはプライムオーヴァードを作ろうなんて言う馬鹿げた計画を生み出した場所。」

「そして…貴方の生まれ故郷?ってとこかしら。」

「襲撃は私、舞…あと春樹も連れて行こうか。」

何処からか「なんで俺なんだよー!」と聞こえた気がするが、気のせいだろう。

「何故わざわざ襲撃なんてする必要が…」

「そこに貴方を狂わせた計画の一部が秘匿されていたとしたら?」

私が言い切る前に、彼女は言葉を紡ぐ。



「高度のレネゲイドの結晶であり、古来日本に存在する叡智の塊であり、あの計画の心臓部。」

「天叢雲剣、須佐之男命が八岐大蛇を切り伏せたとされる伝説の剣。」

天叢雲剣、その言葉に胸が跳ね上がる。

まるで刻み込まれたDNAが反応を示すように、記憶に無くても身体が覚えていた。

「正直アレがあると面倒なことになる、どこのセルにも渡したくはない。」

「だから、奪うのか。」

「そう、FHらしいでしょ?」

さも当然のように答える絢。

「それにー、君気づいていないようだけどさ。」

「君、笑ってるよ?」

魂が震える、あの女に一泡吹かせられるのだと思うと、笑みが止まらない。

…あの女って、誰だ?

「とにかく、――――、――――」

声が、遠くなる。

意識が、記憶が、魂が引き離される感覚。

まるで自分の意識だけが水の中に落ちて、沈んでいく。

自分の鼓動だけが、けたたましく鳴り響いている。

手を伸ばしても、届かない。

「俺」の意識だけが水の中に沈んでいく。

そして段々と何も見えない、深淵の闇が視界に入る。

そこで、意識が途絶えた。




―――――――――――――――




「…舞、舞!」

「……んあ?」

どうやら、私は長く眠っていたようだ。

目の前には頼りなさそうな顔を見せる少年、槇原奏。

私…「秋家舞」のパートナーであり、UGN「ジゼル」としての相棒。

「いや、「くれは」…?」

「…舞よ、いい加減見た目で分かってもらえないかしら。」

私は大きな欠伸をしながら体を伸ばす。

「ごめん、だって殆ど似ているから…」

「……で、何の用?」

「ああそうだ、裕子さん呼んでいたよ。『日頃お疲れのお二人にケーキをプレゼンっ!』だったさ。」

「ケーキ!いいですねケーキ!食べましょうよ!」

突如、首飾りの宝玉が輝き中から少女の声が聞こえる。

龍頸玉いつみ、かつての事件で出会った、もう一人の仲間。

「…いつみ、貴方食べられない。」

「分かってますよー!せめて雰囲気だけでも味わいたいじゃないですか!」

「というか舞さん、ここ数日本に没頭して碌に食事もとってないじゃないですか!」

宝玉の中から少女の声が響くのは、他では見られない光景だろうし、見せられない光景だ。

思わず私はほおが緩み、声が漏れる。

「舞…?」

奏が心配そうに私の顔を覗き込む。

彼はいつもこうだ、オーヴァード歴的に言えば私のほうが先輩なのに。

「…大丈夫、私も後から行くから先に行ってて?」

「う、うん分かった。じゃあ先に行くね。」

彼はそう言い残し、部屋を後にする。

彼の姿が見えなくなったところで、再び宝玉が光り、いつみの声が響く。



「ねー舞さん、何で一緒に行かないの?」

「……別に深い意味はないわ。」

「まーったくもう!舞さんってば年頃の女の子なのに浮いた話の一つもないんだから!」

「この仕事やってるとどうしても枯れちゃうものなの、裕子さんも似たようなものじゃない。」

「それさらっと裕子さんディスってるし!ていうか舞ちゃんまだ16歳でしょ!!」

彼女との会話のやり取りに、またほおを緩める。

なんて懐かしい気持ちなんだろう。

…「懐かしい」?何が懐かしいのだろうか。

年相応の会話を楽しんでいることが?いや、違う。

「私」は…何かを…

…忘れている?

「…舞さん?」

いつみの声で我に返り、宝玉を見る。

「大丈夫でしたか?一瞬意識が途切れていたような…?」

「……大丈夫よ。さ、ケーキが無くなる前に貰いに行きましょ。」

いつみが「ケーキ!」と1段高いトーンで声を上げる。

それを聞きながら、部屋を後にする。



…いつみ達が不安がるから誰にも話していないが、ここ最近の記憶のブレが激しい。

妙に途切れているというか、記憶が断続的に繋がれている感覚。

何かを覚えて、何かを忘れて、何かを思い出している。

けれどそれが何なんのかハッキリしない。

「くれは」に一度相談をしようと意識を潜らせたこともある。

が、どこを探しても私の意識の中に「くれは」が見つからなかった。

存在しているのはわかる、それは私と彼女が繋がっているからこそ分かる。

けれど姿だけが見えない、姿が見えなければ話をすることもできない。

不安がないと言ったら嘘になるが、それで私の心がぶれることは決してない。

私は私でしかない、例え「くれは」という意識が存在しなくなったとしても、だ。

私は「秋家舞」、UGNの「隠者」であり、「ジゼル」の片翼。

そこは決して迷うことがない、私の芯なのだから。

だから、せめて。

「……紅茶を飲みながら、ケーキを食べて、本を読むこの時間だけは大切にしたいの。」

誰にも聞こえない声で、私は呟く。

いつ訪れるか分からない結末が訪れる、その時まで。




―――――――――――――――





揺らめく海原に、だだっ広い砂浜。

一本松が生え、果ての先は闇しか見えない世界。

白髪の少女が、天を見上げている。

太陽も月もないが視界だけは開けている。

現世ではありえない光景を目の当たりにしても、少女はただそこに居た。

「…俺は何なんだ。」

…「くれは」は誰もいない砂浜で一人、呟く。

その言葉に返答もなく、また答えもない。

「秋家舞」の中に潜むもう一つの人格。

遺産の知識を持つ者、舞の凶暴性を秘めた者、もう一つの側面。

それだけのはず、なのに。

「俺は誰なんだ。」

「俺は何故生まれたんだ。」

「俺の知らない俺を、知っている奴がいるなんて。」

気づいたらこの砂浜に立ち、海のさざめきを聞き、この世界に居た。

そしてその時既に俺の頭には「遺産の知識」が存在していた。

考えようとすると、頭の中が割れるように痛む。

鍵を掛けられたかのような違和感が、ここ最近「くれは」の思考を締め付けていた。

こんな不安定な状態で舞の前には立てない。

けれど思いだそうとしても、何も思い出せない。

まるで最初から記憶がないような感覚。

けれど、これだけは確かなこと。

記憶ではない、魂が、覚えている。

「…俺はこの先、舞と対峙するだろうな。何かしらの形で。」

「それが吉と出るか凶と出るかは分からない。」

「…天命に任せるしかねえか。」

彼女はそう呟き、意識の闇と同化する。

「今は休息の時だ、ならあいつもたまには俺のことを忘れないとな。」



これは裏切りと謀略と、その中に潜む確かな記憶を紡ぐ物語。

語られる未来はないけれど、語り足りない過去は確かに存在する。

過去には決して戻れない、例えどんなに強い力をもってしてもそれは不可能だ。

ならば未来に進むしかない。

暗闇立ち込み、決して前が見えるとは限らないけれど。

それでも進むしかないのだ。

例えそれが、つらく厳しい現実だとしても。

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