鬼賀山恩寺

安良巻祐介

 

 地元の人間として、鬼賀山恩寺について話せと言われれば、近ごろ巷で言いふらされているような、空恐ろしい山門ではないということだけは、伝えておかねばなるまい。

 確かに、山だけ見れば恐ろしい峻険の古峰であり、昔から数知れぬ霊妙怪異の噂に満ちた場所であるけれど、その頂上に在る寺はむしろ、人を寄せ付けぬどころか、積極的に呼び入れている。

 何と訪問者は、見上げると眩暈のするような山の斜面を、えっちらおっちら上ってゆく必要がない。

 なぜと言って、大変親切な事に、斜面に沿って巨大な昇降機構エスカレーターが作られていて、ただ一歩を踏み出せば、あとは自動的に頂上の寺の門前まで運んでくれるからだ。

 驚くべきことに、この昇降機構は、江戸の終わりごろにはすでにそこに在って、一般に世界最古と言われる米国の回転階段の実用化よりも古いのだという。

 当時の覚書と共に色あせた写真が一枚残っているばかりなので、真偽は不明だが、兎も角相当の年代物なのは確かなようである。

 古いだけあってその材質も今の昇降機械とは異なり、見る限りでは木材であるように思われる。しかしそんな長い間雨曝しで昇降の役を果たしながら破損どころか劣化の兆候も見せない木材などがあるものだろうか。これも素人知識では何とも言えぬ。何にせよ、木製らしい昇降機械に乗って、檀家や相談者はその山門に上がってゆくのである。

 ガチュガチュトゴトゴという独特な音を立てて、人を山の上へ運ぶその機構に身を任せていると、なぜか不思議と、がらんとした仏間に一人座して、誰かの叩く木魚を聴いているような気持になるそうで、どんな理由で以て山門を訪れるにしろ、だいたいの者は、頂上に着く頃にはえらく神妙な様子になっているらしい。

 あの山門に棲みついて、来る日も来る日も訪問者の相談や愚痴を聞いている住職の正体についても、伝承を信ずるならば、二百年以上前から代替わりせず、山から降りる事すらもなく、山の清水と山菜のみを採りながら、ずっとあの場所に籠っているということになるのだが、さすがにそんな馬鹿な話はないので、檀家や訪問者にあれこれの品を調達させつつ、何代目かがそうやって頑張っているのだろう。

 そもそも、公的にはあの寺は、江戸の初期に当時の住職や弟子たちの散り散りに逃げ去った後、定められた寺社の列にも復さず、ずっと無人のままの廃屋として記録されている。

 そういう意味では現代に生きる仙人の住みか、世俗から隔絶された霊跡として語られるのも無理からぬことではあろう。

 ただ、結局はそれも、伝聞と噂が織り成した眉唾なイメエジに過ぎず、それは今も日ごとに少なくない人々が、何事もなく山門へと行き来していることからも伺われる。

 あの木の昇降機に乗り込んだ後、一日か二日の間を置いて、訪問者たちの八割ほどは、山から降りてくる。口留めでもされているものか、多く山門での出来事について話したがらないが、無理やりに聞き出したところによれば、少なくとも住職が山清水と山菜だけで生きているというのは嘘らしく、むしろ途方もない健啖家かつ美食家だという話だし、やはりそうそう不思議なことなどはないものだと、地元に住んでいる私などは、そのたびに思われることであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼賀山恩寺 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ