きつねとうさぎ
石燕 鴎
きつねとうさぎ
ダンゴを食べて幸せな気持ちになったぼくは、もっとダンゴを食べたいと思った。だけど、ぼくが持っているぜにこはもうそんなに残っていない。その日は幸せな余韻に浸りながらも、次にダンゴを食べられる機会はあるのだろうか。そんなことを考えて家路についた。江戸にはダンゴがあるが、ぼくの住処にダンゴが供えられたのは一度だけ。きっと江戸か京に上らないと食べられないものなのだろう。江戸はにんげんに化けなければならないし、京までは三日三晩走らなければなるまい。ぼくはとっても悩んだ。悩めど悩めど、衆人から供えられるのは、油揚げかお米だけであった。
「ああ、ダンゴが食べたい」ぼくはそうつぶやく。そのつぶやきは誰も聞くはずがない。ぼくは洞穴に横たわる。きっと何らかの形で意思表示をすれば人間たちもダンゴをくれるだろう。しかし、ダンゴをもらったとしても自らの手で得ないとは、きつねの矜持に反する。「全国長寿鳥獣寄合」も終わってしまったことだしもう他の動物たちに聞く手段もないのだ。ぼくはしょぼくれるしかなかったのだ。
とある日のこと。ぼくに武蔵のとある寺に住むうさぎが訪ねてきた。うさぎはにこやかに白い手をぶんぶんと振った。ぼくは彼とは正反対の黒い手を振ってこたえた。
「よう。武蔵のさんぼんきつね。元気か」
「やあ。武蔵のうさ公。ぼくは元気だよ。うさ公どうした。」
うさぎはにやりと笑う。
「お前、ダンゴにはまってるんだってな。この間の寄合の後、あのさんぼんきつねが甘いものにはまったと諸獣から聞いたぜ」
そうか、ダンゴは「甘いもの」なのか。まるで花の蜜を奥ゆかしくした味のことを甘いものというのか。ぼくは頷きながらよだれが出るのを止めることができなかった。うさぎはそれを見てうんうん、と腕を組む。
「俺の願を聞いてくれたら、ダンゴの作り方、教えるぜ」
「えっ。いいの。でもぼくが叶えられる範囲でだよ」
「おう。俺の願はな、寺の再建だ。こないだの地震で寺の屋根が崩れちまった。和尚さんも嘆いてな。この景気だ村の人たちからお金取るわけにもいかない。秘仏を公開したみたいだがどうも銭が集まらねえ」
「なるほど。じゃあ、そのお願い、ぼくが出来る範囲で聞くよ。だからダンゴ、作り方を教えて」
「いいぜ」
うさぎは腕をまくるようなしぐさをした。今度からダンゴをぼくは作って食べれるのだ。ぼくは嬉しくなった。
「この粉、江戸で買えるぜ。水と合わせて捏ねるんだ」
まぜまぜこねこね。まぜまぜこねこね。まぜるとなんだか手がべとべとしてきた。
「そこにこれだ。にんげんはサトウを使うけど、サトウは高い。蜂蜜ならお前さんも取ってこれるだろ」
そういってとろとろをまぜこねした物体の中に入れる。
「それを丸くちぎって湯の中に落とせ」
ぼくらはお湯(お日様で沸かした)のなかにそれを入れた。なんだかぷかぷかと浮いてきた。
「ほら、これで完成だ。食ってみろ」
ぼくはうさぎと一緒に作った丸いものを食べた。美味しい。ああ美味しい。これが甘いというものなのか。ぼくはうさぎに幸せな気持ちにしてもらった。一口食べたうさぎもこころなしか嬉しそうだ。
きつねとうさぎ 石燕 鴎 @sekien_kamome
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