二人目の犠牲者
藤堂探偵は橘川邸の庭をふらりと散策していた。かの庭には多くの朝顔が咲いている。もしや、その庭から獲れた植物の中に、麻などもあるのではないかと彼は睨んだのだ。その考えは当たっていた。庭の奥隅には麻が繁茂している。この庭はただ見るだけの庭ではない。恐るべき薬物を栽培し売買する、橘川家の財産を増やすための庭でもあったのだ。藤堂探偵が先ほど地下室であったものを考えていると、毬が藤堂の足元へ転がってきた。その毬を追いかけてきたのは、昭子と先日殺された耕史の息子の雄一郎であった。
「藤堂さま、失礼ですがその毬をとっていただけますか」
よくとおる透き通った声が聞こえ、藤堂は転がる毬を手に取る。昭子は肩で呼吸をしながら、藤堂の元に走ってきた。昭子はあの平凡そうな父親である武史の養子であるが、父親とは正反対の性質を持っている。柔らかそうな髪の毛、大きい瞳、そして無邪気にもとてもあの惨劇とは関係がなさそうな屈託のない笑顔を浮かべている。一方雄一郎はどうか。雄一郎は父親とよく似ており狐目でミニチュア版耕史を彷彿とさせる。
「ああ、君たち仲よく遊んでいるね。父君とおばあさまはいかがかな」
「おばあさまはあちらでお掃除をされていますわ。お父は…残念ながら存じません。」
「そういえば、君たちは雄一郎くんのお父さんが亡くなったとき、いったい何をしていたんだい」
そう、探偵がいうと雄一郎は顔をこわばらせて、何も言おうともしない。昭子は軽く笑みを浮かべると「私たちは一緒にかるたで遊んでおりましたわ。ねえ雄一郎さん」と告げる。雄一郎はそれを聞くと頭を縦に振る。彼は口がきけないのか。藤堂探偵はそう思い雄一郎に話しかけた。
「ねえ、雄一郎くん。君は昭子ちゃんと遊ぶのが好きかい」
「……うん」
彼の声はとても小さいが確かに口はきけるようだ。藤堂探偵は幼子二人の関係を怪しんだ。ひょっとしたら、天使のような外見をしている昭子が雄一郎を従えているのか。あまりにも先ほどの反応はいびつに彼には感じられたのだ。二人に毬を渡すと、二人はまた、雄一郎の父が巻き付けられていた松の木の近くの広場の方向へ向かっていった。やはり昭子の方が先導しているように、見受けられたのだ。その幼子たちとすれ違うようにして現れたのは、藤堂の相棒、大谷だ。彼は上方役者のような顔をくしゃくしゃにし、走ってきた。
「おい、藤堂」
「なんだい、君一人でどこにいっていたんだい」
「ああ、先の地下室にあった写真を取りに行っていた。この写真を見てみろ。これ以外にも同じ被写体の写真が何枚もあった」
大谷に見せられた写真はえげつないモノであった。被写体は小さな女の子だ。しかし、幼女とは思えぬ淫らなポージングをしていると思えば、目隠しをされ口を開けているだけの写真、さらには何かに巻き付いたようなものから床で小用を足しているような写真まである。きらびやかな衣装を身に着けていると思えば、ほぼ何もつけていないような様子のものもある。余りの趣味の悪さに藤堂の顔が思わずゆがんだ。その様子をみて、大谷が重々しく口を開く。
「この被写体の女の子、どこかで見たことないか。俺には見覚えがあるようにしか見えないのだが」
「この子は、まさか昭子ちゃんじゃないか。昭子ちゃんは幼児虐待の被害者だったのかもしれない。大谷急いで屋敷に戻ろう」
藤堂は先ほどの不気味な幼児たちの関係を思い浮かべながら声をはずませた。ここは大きな庭だ。大人の足でも十分はかかるであろう。しかし、幼児の足であれば、もっとかかるはずである。藤堂と大谷は急ぎ屋敷に戻ることにしたそのときであった。大きな女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。二人は顔を見合わせ、走る。その広場には喉を割かれた明史の死体と側で泣き叫ぶ老いた母親、そして唖然とする武史、怖がる雄一郎ときょとんとしている昭子の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます