第649話「こういうのですよっ……!」



「荷物はこれで全部か……存外、少ないな」

「一応、清貧を旨とする修道女ですので!」


 胸を張ってドヤ顔をしているが、己で『一応』と前置きしていれば世話もない。

 パッパッと手を払いながら、まだ段ボールの散らばったままの部屋を見渡す。ベッドや絨毯、クローゼットなどの家具は据え置きのため、ここからどうティア色の部屋へと生まれ変わるのか、なかなかに楽しみだ。

 修道院に置かれているものとは格の違う豪奢な家具に「ふおぉ……壊さないようにしないと……」と青くなりながら少々の貧乏性を垣間見せる聖女。そんな彼女に向け、今一度聞く。


「では、軽くこの屋敷の案内をするが……荷解きは手伝わなくてよいのだな?」

「あ、はい。その~……さすがに、殿方に見せるには心苦しいものも中にはありますので~……」

「"あだるとぐっず"は年少組の目の届かないところに隠しておけよ。教育に悪いからな」

「下着のことですぅ~! そういうのは修道院に置いてきましたのでっ!」

『ティア……』


 持ってはいるのだな……まぁ持っているだろう、この破戒僧は……聖剣も泣いておるわ。


「とはいえ、そういった恥じらいもすぐになくなる。俺とて洗濯を手伝うのだからな」

「え゛っ……」


 白い肌を更に白くして「ま、マジですか……」と呟くティアの背を軽く押し、廊下へと出る。俺に見られたくない下着などは、誰にも悟られぬよう自分でこっそり洗っておけ。

 そうして扉を後ろ手に閉め、俺は彼女へ促すようにして、まずは廊下全体を見やった。


「さて、ここ二階は主に各人の居室や客間が主だ」

「ふむふむ。皆様、普段はこちらでおくつろぎになるのですね?」

「ああ。休みの日中であれば下の談話室に誰かしらいることも多いが、大体はこの辺りだ」


 フカフカの赤い絨毯の敷かれた、木造の長大な廊下。

 昼間には日が差し込み、夜には洒落た電灯が足元を照らす我等の居住区である。


「奥からマスター……リゼット。俺、刀花、姉上。綾女やガーネットが時たま泊まる客間が続き、この部屋へと至る。他は空き部屋だ。必要であれば、物置として使ってよいぞ。改めて聞くが、人型を取る聖剣の部屋はいらぬのだな?」


 視線を下げ、ティアの腰にぶら下がる聖剣に問う。

 すると青い鞘に納められた聖剣は、金の装飾華々しい柄をカタカタと震わせた。


『必要ない。私とティアは一心同体。そもそも、我等刀剣が人の形を取るなど、奉ずべき担い手に対し烏滸がましいというものだろう?』

「理解はできる。殺戮兵器として打ち直された俺と、純粋なままの刀剣たる貴様では、向き合い方が異なるというだけのことだ」

『……分かっているのならば、いい』


 俺が意見を受け入れたのが意外だったのか、聖剣は少しの沈黙の後に小さく呟いた。

 とはいえ、あくまで理解ができるというだけだ。俺は聖剣に向け、鼻を鳴らす。


「だが、その内我慢できなくなるだろうよ。刀剣の姿のままでは、この屋敷に住む者達を相手取るにはあまりに不足……いや、"勿体ない"と気付く。ゆえについ足を生やして、歩み寄りたくなる。腕を生やして、抱き締めたくなる。いずれ貴様もそうなると、ここで予言しよう」

『……そうか』

「クク」


 異なる担い手を奉ずる刀剣同士、そして聖剣と妖刀という正反対の属性を持つモノ同士では相性も悪いかもしれんが……根底に抱く感情が一致していれば、やれぬこともない。

 そうして刀剣同士の価値観を擦り合わせていれば、ティアは一方で「むむむ……」と難しそうに唸って廊下を見渡していた。気になることでも?


「……先生の部屋に行くには、お姉様と刀花様の部屋の前を通らねばならないのですね……?」

「ん? ああ、そうだな。とはいえ、姉上と我が妹は就寝時間も早い。ちょっとやそっとの騒音では起きんぞ。もちろん、ある程度以上であればしっかり察知するということでもあるが」

「……ほうほう」


 神妙に頷くティア。寝酒にでも誘うつもりか? それとも夜這いだろうか? いずれにせよ、楽しみな話だ。

 クツクツと笑いながら、連れ立って廊下を進んでいく。我等の他に人影はない。今頃我が王達は談話室にて、せっかく集まったのだからとゲームに興じている。森深くの洋館に、楽しげな少女達の声のみが響いていた。ここのみで楽しむことのできる、最上の音楽だ。

 私室が主の二階から、共同で使う部屋が多い一階へと降りる。ホールへ繋がる大階段を踏みながら、俺はブルームフィールド邸における生活様式を説明した。


「消灯時間は特に決められていない。好きな時に寝ろ。だが最後に風呂へ入ったならば栓を抜き、軽く掃除はしておけ」

「ふっふっふ、お掃除は任せてください! 修道院でそういった家事は一通り鍛えられましたからねっ」

「それは頼もしい。だがここの風呂場は広いぞ。俺でも一時間以上かかる」

「……あ、あの~、最後に入られる方って、どなたが多いんですか……?」


 早速日和るな。気持ちは分かるがな。


「クク、安心しろ。俺が意識的に、最後に入るようにしている。マスターもゲームにのめり込み、深夜を過ぎて入ることも多い。そうそう最後になることはあるまいよ」

「ほ……あ、いえ、もちろん掃除くらいは手伝わせてもらいますよっ」

「ならば、俺と一緒に入るようにするか?」

「ふおぉっ!?」

『わ、私のティアに不埒を働けば許さんぞ! 童子切安綱ぁ!』

「ククク……」


 早速手が出そうなエクスカリバーを尻目に、頬を染めてドキドキした様子のティアを視覚で愛でる。むちむちの太股をモジモジと擦り合わせる様が、こちらの情欲を掻き立てた。初心な聖女め。

 そのまま一階へ辿り着き、大まかな間取りを指で示す。


「先程いたのが食堂。夕食は必ずここで集まって食べる。朝と昼は談話室や各自がまちまち。平日と休日で、朝食は時間が異なるため注意しろ。食いっぱぐれた場合は、冷蔵庫に保管してあるものを食うように。飯が不要な場合は、厨房のボードにその旨を書いておけ。リクエスト欄もあるぞ」

「当番などはあるのですか?」

「姉上が担ってくれているが、手伝いは随時募集している。俺もよく手伝うゆえ、暇なら来い。平日には弁当も必要ゆえ、作ってくれても構わぬぞ?」

「……でへへ、先生と新婚さんプレイ……♡」

『鞘花様がお食事を……ほ、ほほう……』


 なぜ聖剣まで反応する。人型で生活しだすのも存外早いかもしれんなこれは……。


「あちらはトイレだ。致した後は、きちんと流せよ」

「流しますって! いえ、聖女はおトイレしませんので……」


 ガーネットみたいなことを言うな。 


「芳香剤や紙が切れた時は、気付いた者が補充をする。買い出しはまた別だが」

「シングルですか? ダブルですか?」

「うちはダブル派だ」

「了解です!」


 さすがに修道院で長らく共同生活をしてきただけはある。そういった部分に気が付けるのならば、馴染めるのも早いだろう。


「風呂はさっき言った通りだ。各自、好きな時に入る。自分の洗髪料を使われたくなければ、名前を書いておけ。でなければ、忍び込んだガーネットが勝手に"ぐるしゃん"をする。いや書いていてもする時はするが」

「ガーネット様は妖怪か何かなのですか?」

「談話室は二十四時間開放している。テレビを見るもよし、読書や茶を楽しむもよし。暇を持て余しつつ、誰かに会いたい時にはそこへ行け。誰かしらいる。あぁ、窓際と暖炉にはあまり近付き過ぎるな? ガーネットが飛び込んでくる時があるゆえ、最悪飛び散る破片や煤に巻き込まれる」

「ガーネット様は怪奇現象か何かなのですか?」


 似たようなものだ。


「あちらには、あまり使っていないが遊戯室もある。ダーツやビリヤード、麻雀なども置いているが嗜む者がいなくてな。使いたいなら、勝手に使って遊んでくれて構わない」

「……ガーネット様は?」

「ああ、ガーネットが置いていった"まじっくげーむ"も紛れ込んでいることもあるから気を付けろ。この前も、ボードゲームの世界に皆が囚われて大変だった」

「ガーネット様に部屋を貸そうとしないリゼット様の気持ちが分かりました……」


 可愛いアイドルであろう? お仕置きで尻を叩かれる彼女もまた可愛いぞ。

 一階のホールから細い通路へと入り、次は窓から見える庭を示した。


「庭は植木や芝を時折刈る程度で、あまり活かせてはおらん。何か植えたいのならば、勝手に植えてくれて構わない。姉上の買った桜は傷付けぬようにな」

「おぉ~。お花とか、もしくはお野菜とかやってみましょうかねぇ!」

「ああ、庭は──」

「またガーネット様ですか!?」

「いや、庭は刀花だな。近頃、修業と称して刀を振り回している。命が惜しければ、そうしている彼女にあまり近寄らぬことだ」

「肝に銘じます」

「……一緒に"遊んで"やってくれてもいいのだぞ?」

「……え、エリィが~……」

『ティア!?』


 美しい主従愛を見た。主のために身を切る、下僕の鑑よなぁ?


「あの離れは茶室となっている。抹茶や琴を楽しみたくば、姉上に頼め。琴に関しては、教えを乞えば稽古をつけてもらえるぞ。綾女もたまにそうしている」

「ほほう! 雅ですねぇ~。それも面白そうかもですっ」

『……鞘花様が、手取り足取り……? ごくり……』


 もう人型を取ったらどうだ聖剣。

 鼻を鳴らし、突き当たりに到達する。この先は……、


「最後に、地下室だ」

「ち、地下室……? まさか拷問部屋……」

「阿保か」


 石造りの階段を、スリッパのまま乾いた音を鳴らして降りる。

 そうしてパチッと電灯をつければ、その光景を見たティアの瑠璃色の瞳が更に輝いた。


「こ、これはっ!? ワインセラーですか!?」

「マスターの許可は必要だが、飲みたければ好きに飲め」

「──私、ここの番をする係りに立候補したいのですがっ」

「残念ながら、こいつらの面倒は俺が見ている。とはいえ、俺のような粗野な男ばかりを相手にしては、こいつらも退屈だろう。たまには顔を出してやってくれ」

「ふおぉ~……! でへへ、もちろん先生をお誘いしても?」

「酒を断る鬼などおらん。昼には学業があるゆえ、晩酌ならば付き合おう」

「めくるめく大人の時間きましたーー!!」

『……ティアは酒癖が悪い。あまり飲ませないようにしてほしい』

「知っている。まぁ、ほどほどにな」


 諸手を上げて喜ぶティアを横目に、聖剣と言葉を交わす。リゼットもたまに嗜むとはいえ、未成年の目の届くところではあまり飲ませはすまい。俺の部屋であれば、その限りではないがな?

 悪い企みをしながら、「さて」と息をつく。施設については、こんなところだろう。

 ワクワクした様子でワインの棚を覗き込むティアに、俺は腕を組んで問いを投げた。


「屋敷の主だった部分は以上だ。何か、質問はあるか?」

「えーと……はいっ。ここに住む方で"これだけはするな"っていうものがあれば、今の内に教えておいてください!」

「大事なことだな。して……」


 要は各人のキレどころというわけだが……うぅむ。


「そうだな。先も見た通り、マスターは少々潔癖な部分がある。彼女専用の皿やカップは、あまり使わないように。刀花やガーネットがたまに使って怒られている」

「私とエリィ用のを用意してますので、そこは大丈夫です!」

「勉強中や読書中などの時間は、存外話しかけても快く対応してくれる。だがゲーム中は駄目だ。最悪、台が壊れるから極力控えろ」

「げ、現代っ子ですねぇ……」

「ああ、もし料理を作るのならば、食材にも気を遣ってやってくれ」

「アレルギーですか?」

「いや、単純な好き嫌いだ。残すことはしない気高きご主人様だが、見ていて辛くなるほどの涙目で食べてくれるぞ。健気で愛らしいが……ちょっと、可哀想だからな」

「リゼット様は本当に良い子なのですねぇ……」


 ご主人様に関してはこんなところか。


「次は刀花だが……そうだな。あの子は基本、その場のノリで話すし動く部分がある。あまり深くは考えぬことだ」

「でしょうね……」

「あまり怒ることはないが……ああ、姉上を含む物事で、仲間外れにすると分かりやすく拗ねる。姉上を何かに誘う時は、刀花も合わせて誘ってあげてくれ」

「美人姉妹がセットでついてきてくれるなんて、お得ですね♪」

「その意気だ。ああ、それと刀花の部屋には気を付けて入れ。最悪、侵入者と見なされ"兄さん人形"に殺されるぞ」

「ミ○ガンか何かです? お祓いしなきゃ……」


 して、次は姉上だが……、


「姉上はそうだな……余人からのセクハラは、あまり好きではないな」

「好きな人いないと思います」

「飯が不要な時は、あらかじめ伝えてほしい。急に『不要になった』とあれば、大変に拗ねる」

「たとえ外で食べてきたとしても、全部食べます!」

「それと……ああ、彼女は耳が弱い。聞こえぬという意味ではなくな。迂闊に囁いたり、触れたりしようものなら手首から先がなくなるぞ」

「先生もそうなったんです?」

「余人の話だ、俺や妹であれば許される。姉上のあれは最早性感帯だからな。スリスリと指で弄ぶごとに、上気していく頬が……たまらぬ」

「さ、触りたい……!」


 死ぬ覚悟があれば、そうするがよい。


「取り急ぎ、ここの住人に関してはそんなところだな」

「先生は?」

「知っての通りだ。我が王達を傷付けるようなことがあれば、貴様であれ必ず殺す」

「ふふ、でしたら大丈夫ですねっ♪」

「ふむ」


 さすがは世界で三番目に強い剣士。こちらの殺気を受けても、胆力がある。

 と、ああ。大事なことを言い忘れていた。


「共通のことで、もう一つ。人の目に触れる場での淫行は基本的に禁止とされている。よくて口付けまでだ」

「それはそうでしょうねっっ!!」


 ご理解いただけたようでなにより。そういったことは、さりげなくだ。

 するとティアは頬を染めつつ、おずおずと手を上げて聞く。


「あ、あの~……ちなみに……よ、夜伽の順番などは、あるのでしょうか~……?」

「ない。全てはその場のノリと勢い、そして雰囲気だ」

「も、ももももしかして~……わ、私にも、先生はそういうことを、する、気、だったり~……? でもでも~、私、これでも主に身も心も捧げている信心深いカトリック教徒でぇ~……」

「……ふぅむ」


 俯き、モジモジする修道女。その動きに合わせ、尻を覆うほど長大で先端のカールした白金の髪もゆらゆらと揺れる。

 黒と白を基調とした修道服にあり、なおその陰影をはっきりとさせる豊かな女性的身体の曲線は見事の一言。成熟しきった女性の身体だ。とても、そそられる。

 無論のこと、味わえるのならば心行くままに貪りたい。

 だが……そうだな。ここは、こう言っておくとしよう。

 教義を言い訳としつつも、何かを期待するようにクネクネするティア。そんな彼女を目前に、俺は頷いた。


「分かっている。俺からティアをそういった方面で求めることは、しないでおこう」

「え゛……あ、あのあのっ……や、やっぱりその~、教徒としては試練を求めてるといいますか~、むしろそういうのを期待してるからこそここに来たといいますか~、放置プレイはあんまり好きじゃ──」

「ククク……」

「きゃっ──」


 そうしてあたふたするティアの腰を抱き寄せ……耳にかかる長髪を鼻先で除き、囁いた。


「俺からは求めん。──俺の女になりたければ、お前から俺を求めろ」

「──っ!?」

「夜。修道服を脱ぎ……一糸纏わぬ姿のまま、俺の部屋を訪ねてこい。お前からだ。お前から信ずる神を裏切り、俺という男を欲しがれ」

「はっ……♡ はっ……♡」

「──いやらしく、俺をねだれ。いつでも、待っているからな」

「ッッッ♡♡♡ しぇ、しぇんしぇえ……♡ 刃しゃまぁ……♡」


 最後に耳へ口付けすれば、彼女はへにゃっと腰砕けになってその場に崩れ落ちる。

 だがその顔は、修道女と称するにはあまりにかけ離れた喜悦に歪んでいた。涎すら垂れている。


「ああ……こういうの……こういうのですよっ……! こうやって私を”どう足掻いても所詮一人の女である”と自覚させ、毎日ドキドキさせてくれるつよつよ彼氏が欲しかったんですよ私は……! それが、ついに……!!」

『私は非常に複雑ですティア……』

「ククク……」


 是非、思うままに深く、俺と神との間で葛藤し……最後に、俺を選べ。


「クハハハハハハ……!」


 さすれば、神のことなど考えられぬほどの快楽を、その身に刻んでくれるわ!

 俺は悪鬼の笑みを浮かべながら、ティアを至近距離から見詰めて言った。


「改めて、よろしく頼むぞティア?」

「は、はひぃ……♡ よろしくお願いいたしましゅ……♡」

『今夜にでも行かないでくださいね!? ティア!?』


 ああ──とても楽しい生活になりそうだ。

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