第648話「いずれお前もそうなる」



「『なんでもする』とは言うけれど……じゃあ実際、あなたは何ができるの」

「あ、悪魔退治ぃ……」

「宣戦布告してる?」


 この場における人外は俺と、吸血鬼である我がマスターしかおらぬため、それを聞いたリゼットが笑顔で青筋を立てている。

 うぅむ、いかんな。特段、俺の王達は損得で関係を構築しているわけではない。

 とはいえ、家族でもなければ何もできない人間を近くに置きたがる者は少数だろう。ここは是非、ティアに己の有用性を皆に説いてもらいたいものだ。

 俺とて、この聖女の全てを知るわけではない。これから共に生活したいと言うのだから、たとえ些細なことでも彼女のことは知っておきたい。

 今のところ判明しているのは、年齢が二十八歳であることと、その事実に対して焦りを抱いていること。そして青春したいと願っていることくらいだ。有用性を示すどころか、他人にねだるばかりか……これはいかんぞ。

 こちらからなんぞ問いかけるべきか。死んでいた俺は息を吹き返し、年下に泣かされたアラサーの隣に立つ。これでも世界最強の聖剣使いにして悪魔祓いなのだがな……。

 そうして食堂に悲壮感と若干の同情が漂う中、しかしそんな空気を振り払うかのように勢いよく「んじゃ、はい!」と手を挙げたのは──ガーネットだ。ティアを泣かせる遠因となった罪滅ぼしでもしようというのだろうか。


「ティアたんはさぁ」

「ぶえぇ……は、はいぃ……」


 ここに住みたくて堪らない聖女に、ピンクの魔法使いは神妙な面構えで、透明度の高いピンクの瞳をキラリと煌めかせた。


「──今、どんな下着履いてんの」

「ふおっ!?」


 セクハラ面接──!!


「え、いや、そ、それはぁ~……」

「あぁ、別に答えにくかったら答えなくってもいいよん♪ ……はぁ~~~……」

「びくっ」


 笑顔でそう言った後、わざとらしく溜め息なぞつくガーネットは、どこから取り出したのかクリップボードに何かを書き込む仕草をしている。芸能界で鍛えられた腹芸を披露するのはやめてやれ。低得点をつけられたと思い、ティアが真っ青になっておるだろう。


「う、うぅ~……! ……チラッ」


 葛藤するように唸り、こちらを恥じらいと共に見上げるティア。酒さえ入っていればな……素面であると、まだ羞恥が勝るか。酒の一本でも胃にダバダバと流し込んでみるか……?

 そう画策していれば、しかしティアは白い肌を朱に染めながらも、常であれば柔和な眼差しを決意の色に染める。


「ま、待ってください! 言えます! 自分、言えますっ!」

「え、そう? 無理しなくていいよ? あぁ、答えるんだったら身長、体重、スリーサイズもお願いね」

「う゛っ」

「このセンパイほんとサイテーね……」

「魔術師に『サイテー』は褒め言葉なんだよなぁ。あたしに負けた敗北者が地を舐めながら、こぞって言う台詞だからよぉ!」


 美人が相手だからか乗りに乗っているなガーネット。相手はこれでも世界で三番目に強い剣士なのだがな……不憫なことだ。

 一方でティアは震える指でティーカップを口へと運び、唇を湿らせている。悲しきかな、涙が落ちて少し塩味となってしまっている……。

 そして時折、助けを求めるような眼差しでこちらを見上げるが……悪いが力にはなれん。なぜなら俺も知りたいからだ。セクハラ的な意味合いではないぞ? 後学のためにな。この眼下に垣間見える、黒白の修道服をたゆんと押し上げる胸囲……いやさ脅威を測るためのな。

 腕を組んだままの俺が何もしてくれないと判断したティアは瑠璃色の瞳を絶望に染め……プルプルと震えながらガーネットの方へと目をやり、己の"ぷろふぃーる"を明かした。


「し、身長は、百六十七センチ……体重は……ろ……ろろろ、六十六キロ、です……!!」

「平均体重十キロオーバーかぁ~。まぁそんなデカ乳デカケツムチムチ太ももの三冠王してたらなぁ……サッカーならレッドカードよ? しゃーない。戦闘職だがら筋肉もあるだろうしねん」

「私達の中では一番高いトーカよりも身長あるのね」

「外国の女の人って脚長くって、ちんちくりんの私から見たら羨ましくなっちゃう……いいなぁユースティアさん……」

「えぐえぐ……悲しめばいいのか、喜べばいいのか……」


 己の身体に対し、口々にあーだこーだ言われるティアの情緒が壊れ始めている……。


「んで、スリーサイズは? 何カップなのよそのちょっと垂れたところがマニアックなデカ乳はよぉ!」

「は、はひっ……! ば、バストはHカップです! 調子良い時はIカップ、いけます! ウエスト六十九、ヒップは九十のムチムチ聖女です!!」

「ムッッッッチプリィィィィィィィ!!!!!」

「今、"ムチムチな女性に反応するト○ピー"いなかった?」

「続いて下着はぁ!」

「──黒の、ティーバックです!!」

「──」


 自棄になったかのような個人情報の奔流。

 それを受けたガーネットは「ジーザス……」と静かにしばらく天を見上げ……戻した時には、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。


「勝負下着の開示、本気だね。──採用」

「勝手に進めないでよ……だいたい、女性の価値をスタイルで決めようだなんて無粋でサイテーな──」

「スレンダー族が嫉妬乙」

「はぁ!? 体型的にはあなただってそうでしょう!?」

「いや~サヤちゃんも、新たなムチムチ族にうかうかしてられねぇな? ノーブラ・ノーパンJカップは独自性の塊とはいえ」

「私を巻き込まないでください、キラちゃん……」

「えっ、お姉様そのお胸でノーブラは……近い将来、絶対に垂れま──」

「お、帯や当て布で調整していますので大丈夫ですっ!」

「はよ弟君にモミモミされて、K点突破しな~? むしろあたしが毎日揉みたいくらいだわ。実際どうなん最近? ヤッてる?」

「下品ですよキラちゃん。やっていません」

「──ちょっと待ってください。今、姉さんの視線が一瞬、0.01ミリほど右上へ逸れたのを妹は見ました。ね、姉さん……? 姉さんはまだ、妹と一緒に一度したきりです、よ、ね……?」

「刀花ちゃん……ちょっと何を言っているか……」


 しかしこのやり取りに、最も驚愕を浮かべたのはティアだった。


「えっ、ちょっと待ってください。先生って童貞なのでは……?」

「情報遅いでティアたん。おらっ! 非処女の人、挙手!」

「えっ!? えー!? ガーネット様以外、全員!?」


 多いな。


「んなわけあるかーい。おう処女は下ろせや!! 君のことやぞリゼットちゃん!!」

「わ、私は清らかで精神的な繋がりを──」

「うるせぇ~~~。あとなんで薄野ちゃんまで……ややこしくなるから、君も下ろしなちゃい」

「あ……せ、先輩? その、私……」

「ん?」

「……た、誕生日の時、刃君と……し、しました……♡」

「Nooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!」

「ダ○ス・ベ○ダーが父親だった人みたいなリアクションしてるこのセンパイ……言ってなかったの、アヤメ?」

「あ、あはは……タイミングが……」


 苦笑する綾女に、ガーネットが幽鬼のような足取りで近付いていった。その目尻から、一筋の涙が伝う……。


「薄野ちゃん、嘘じゃんね……」

「えっと……ご、ごめんなさい」

「あ、あたしは信じねぇぞ……薄野ちゃんは我等の光であり……」

「ど、動画ならありますケド……」

「君らはハ○撮りしなきゃいけないノルマでも科してんの? シャレになってないよ」

「これなんですけど……あ、やば、音がっ」

『恋する~♪ 瞳は~♪ ガーネット~♪』

『ふふっ♪ 刃君頑張って♡ もう少し~♪』

「え? なに? 普通のカラオケじゃん? しかもダーリンの歌う。まったくぅ~、薄野ちゃんとのデートであたしの曲歌うとか、どんだけあたしのこと好き──」

『魔法をっ……かけ、て……駆け抜け、て……い、イク──!』

『わっ、わぁ~~~♡ えへぇ、残念~♪ 最後まで歌えなかった刃君のま~け……♡』

「人の曲で手○キカラオケすな~~~~~!!!! あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!!!」


 あぁ、ラブホテルでの一件か。綾女は俺の知らぬことをたくさん知っていた……。

 床をのたうち回るガーネットに、綾女は冷や汗を流して苦笑などしている。


「先輩こわれちゃった……」

「アヤメが壊したの間違いでしょ。まったく、あなた達ときたら本当に下品なんだから……」

「ところで妹は流しませんけど、姉さん? 妹にナイショで兄さんとエッチしたんですか?」

「してませんよ?」

「どこでしたんですか?」

「し、してませんから……」

「姉さんの部屋」

「っ……?」

「私の部屋。ラブホテル。お風呂。おトイレ。廊下。ホール」

「あのっ、あのっ……!」


 おぉ。これは十一年前、姉上が追手に仕掛けた尋問術。一つひとつの単語を耳に入れ、その反応如何で真実を見極めるやり口だ。

 それを今、何の因果か姉上は妹から受けている。顔を真っ青にしながら……お労しや、姉上……。


「バルコニー。洗面所。離れの和室」

「と、刀花ちゃん、あの、これは誤解で……」

「──食堂」

「っっっ」

「あはぁ……見ぃぃぃィつけたぁァぁぁぁァ……!」

「はぁっ!!?? ちょっ、あなた達!? よりにもよってこんな共同のスペースでしたの!? し、信じられない信じられない!! 嘘でしょう!?」

「むふー、もちろんゴムはしましたよね? 妹の知らないところでナマなんて♪」

「も、もちろんですよ刀花ちゃん。私は刀花ちゃんの自慢の姉にして、避妊に対して意識の高い女──」

「うぅぅゥゥゥぅぅぅぅそぉぉぉォォォォォぉぉぉつぅゥゥゥゥゥゥぅぅぅゥゥゥきィィィぃぃぃぃぃィィィ…………!!」

「ぴぃぃぃぃ~~~!? ごごごごめんなさい刀花ちゃんんんんんんんん!! しかしお外にはっ! お外には出してもらいましたのでぇぇぇえぇぇぇぇ!! お許しを~~~!!!!」

「信っっっじらんない信じらんない信じらんない信じらんない私も使う食堂でなんてサイアクサイアクサイアクサイアクサイアクサイアクサイアク」


 おぉ……もう……。

 廃人となったガーネットを綾女が介抱し。秘め事がバレた姉上は妹から怨みがましい視線を至近距離から注がれ続けて泣き。ご主人様はショックのあまり虚空を見据えながらブツブツと恨み言を呟き続けている。


「……先生」

「なんだ?」


 そんな新たな地獄を前に。

 先程まで泣いていたティアは、どこか励まされたような様子で「むん!」と両手を胸の前で握った。


「私、秘蹟編纂省では変わり者扱いだったんですけど……私、まだまともだったんだなって。自信がつきました!」

「……」


 お前も相当だと思うぞ俺は。下を見て安心するな。

 そう言いたかったが、この状況で蒸し返すのもなんだ。俺は「ふん」と鼻を鳴らし、身を翻した。


「……さて、荷物を運び入れるか」

「え? でもまだ私、何も決まって……」

「よい。ガーネットが『採用』と言い、マスターも殊更それに反対しなかった。ならば、よいのだ。俺には分かる」

「そ、そうなん、ですか……?」

「ああ。己に何ができるかなど、後々問うていけばいい」

「は、はぁ……」


 ティアがチラリと、リゼットを見る。『何ができるの』と問われ、上手く答えられなかったここの家主へ。

 その遠慮がちな眼差しを見て……俺は余計なことと知りつつ、口を開いた。


「あまり気負うなよ。マスターがそう言ったのは、彼女が『家の中で、何者にもなれぬことの痛み』を知っているからだ。およそ、明確な役割を事前にお前へと与え、気兼ねなくこの屋敷で過ごせるよう手配したかったのだろう。ゆえに、こうしてお前を知ろうとする場を設けたわけだ。生来の不器用さゆえ、あまり上手くはいかなかったがな」

「あ──」

「二十四時間、俺の監視など続けてもすぐに飽きよう? 追々、適当に見繕っておけ。幸いにもこの屋敷は広い。すべき家事など、腐るほどある」

「……ふふ、なるほど。先生がリゼット様にゾッコンになるわけですね♪」

「ふん……彼女と接していれば、いずれお前もそうなる」

「楽しみです。では、色々とよろしくお願いいたしますね♪」

「ああ」


 そうして食堂の喧騒を背後に。

 我々は新たな住人を、屋敷に迎え入れたのだった──。

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