第647話「青春、したいです……!」
「──というわけで、バチカンの剣姫……ユースティア=ペルフェクティオを、新たなブルームフィールド邸の住人として迎えてもよいだろうか。我がマスター?」
「いやうち宗教とかそういうの興味ないから……」
ですよね~~~。
秘蹟編纂省と先生が和睦を結んだ翌日、日本時刻にして土曜日の午前十時。
私……ユースティア=ペルフェクティオは、金髪美少女吸血姫様からの無慈悲な通達を、豪奢なお屋敷のホールに佇みながら受け入れていた。ですよね~、と。
いや分かりますよ? 先生は既に五人の王様達にお仕えする、奉仕の鬼。特に吸血鬼という者達は、自分の眷属に強い執着を寄せることが多い種族として界隈でも有名です。
そしてなにより……キラキラ十代女子高生である自分の彼氏が、いきなり『外国人のカトリック教徒でアラサーな美人を家に住まわせたい』とか言ってきたら、ぶっちゃけ関係なんてヒエッヒエになりますよね。
正直、五股を黙認してくれている時点で、リゼット様はかなりお優しいお方だと思いますよ……いやほんとに。
(しかぁ~し!)
私だって、ここで「はいそうですか」と素直に引き下がるわけには参りません。だって──、
「まぁまぁ吸血姫様……いえ、リゼット様。私もう日本の教会には『当てがあるんで大丈夫です!』って伝えちゃいましたし、玄関前には既に大量の引っ越しの荷物が放置してありましてぇ……」
「押しが強い……!」
先生との同居を目前に、私だってなりふり構っていられませんよぉ! 全力です! 全力で勝ち取りに行きますんで! なんなら足だって舐めますよっ! いや良い足してそうですよねぇリゼット様って……ん? もしここに住めることになったら、ワンチャン美少女達とのそういうえちえちハプニングにも遭遇したり……? ますます住みたくなりますねぇ!
広大なホールには、待ち構えるようにリゼット様が仁王立ちしており、その隣に頭を下げる先生。相対するようにエリィを腰に差した私が楚々と佇み、先生のご家族であらせられる鞘花様、刀花様は少し離れたところに立ち、興味深そうにこちらを眺めていらっしゃいます。先生から事前にお話を聞いておられたのでしょうか。このお二方からは、そう強い拒絶の念は感じられませんね。外堀から埋めるべきでしょうか……。
「ジンもこの聖女様も。そもそも、どういうつもりでここに──」
「──まーまー、リゼットお奉行」
と、私が戦略を練ろうとしていたところで。
恐らく食堂へと繋がる扉から、愛らしさと親しみやすさ……そして同時に大胆不敵さをも兼ね備えた素敵なお声を持つ少女が一人、ニヒルな笑みを浮かべながらこちらへと歩を進め、リゼット様に親しげに話しかけてきた。
以前のブライダルフェアの時には姿がお見えにならなかった、このピンク色の長髪が目に眩しいお方は確か……。
「別に奴さん、宗教の押し売りに来たってわけでもあんめぇ? 話くらい聞いてやっても、バチは当たんねぇんじゃあねぇかい?」
「あなたはなんでしれっといるの、ガーネットセンパイ」
「美少女あるところに、このガーネットあり! きらっ☆ どうも~、初めましてバチカンの剣姫たん♡ 戦鬼ハーレムの中で唯一の社会人、魔法使い兼大人気アイドルもやらせてもらってる、吉良坂柘榴だお☆ よろピクね♪」
「あ、好き……」
透明度の高いピンク色の瞳、その目元にピースをキメてウインクまでくれる美少女アイドルにキュンと胸を押さえる。ふおぉ~、全体的にシルエットがスラッとしててお綺麗~! しかしお胸はなかなかに大きい~! いや良っ! スタイルもお顔もお声も良っ!! まさに美少女って言葉が服を着て歩いてますねぇ!!
──あと体内の魔力の流れからして、なかなかの使い手ですね。ぱっと見、火力四・妨害六って感じの配分。正面切っての戦いより、相手の隙を誘うスタイルの魔術師様ではないでしょうか? えぇ、そういう魔力の流れです。隠した魔具には、いったいいくつの魔術がスタックされてるんでしょうねぇ……?
(……でへへ)
ま、そんな“どうでもいいこと”は置いておいてぇ。
特に私のことを『美少女』って言ってくれるところが一番好きです。そうなのです。女性はいつだって、恋する女の子の心を持っているのですから! エイメンっ!
しかしそのやり取りを見守るリゼット様は、どこか訝しげに紅い瞳を細めてガーネット様を見る。
「……なにを企んでいるの、あなた」
「酷いなぁリゼットたゃは。考えてもみ? 相手はあのバチカンの剣姫よ?」
「それが?」
「ばっか。バチカンの剣姫っていやぁ、強い! 優しい! エロい! の三冠王として世界でも有名なエクソシストよ?」
「それ本当にエクソシストの評価で合ってる?」
ま、まぁ、否定はしません……つよつよランキングに関するまとめサイトでも『口さがないファンの者達に、この聖女がなんと呼ばれているか知っていよう』、『むちむちデカケツ聖女』、『シコられバチカン親方』だなんてコメントが付くくらいなので……敬虔な修道女をエッチな目で見ないでください! でも……いやぁ私、まだまだイケるもんですよねぇ?
ちょっぴり自己肯定感の上昇を感じていれば、ガーネット様は腕を組み、こちらに流し目を送りながら頷いた。
「そんなのさぁ……いて欲しいじゃん。近くに」
「あなたこの聖女様にセクハラしたいだけでしょ」
ウェルカム──!!
「そもそも『近くにいて欲しい』って言うけれど、あなたが住んでないでしょここに」
「じゃあ家賃払うから、あたしにも部屋ちょうだいよ」
「イヤ。トラブルメーカーと分かってて、そんな人を近くに置いたりしないでしょ」
「またまたぁ~。あたしとここに二人で留守番してた時も、なんだかんだあたしにべったりだったくせにぃ~。寂しがり屋なリゼットたん♪」
「そっ……! そんなこと、ないもん……」
えぇ~~~可愛い~~~。
以前の懺悔室での問答でもそんな気がしましたが、リゼット様って本当にお優しくてお可愛らしい女の子なんですねぇ~……ど、同棲して甘やかしてあげたいです──!!
可愛らしいお嬢様の姿にキュンキュンしていれば……ガチャリと背後で扉が控え目に開く音が。おや?
「──お、おはよう~……ユースティアさんが来てるって刃君が……あっ、ユースティアさん! こんにちはっ」
「綾女様! ご無沙汰しております~」
私の姿を認めた途端、人懐っこい笑みを浮かべてくれる小柄(一部は大)な女の子。薄野綾女様ですねぇ!
ペコペコと頭を下げ合い、笑みを交換する。あぁ、癒やされます……これが、元同級生のよしみってやつなんですかね! この歳でセーラー服を着た甲斐がありましたよ!
そうしてこの場にはリゼット様、刀花様、綾女様、ガーネット様、鞘花様という、先生が愛しお仕えする少女達が奇しくも全員揃いました。
この全員が……王の資質を持つお方。うぅむ、さすがの迫力です。立ち居振る舞いからして、華がありますよねぇ。私には無い何かが……いや若さとかではなくてね!?
私が危うく自爆しようとしていれば、後頭部で手を組んだガーネット様が「さーて」と音頭を取った。
「んじゃ、役者も揃ったことだし……面接、はじめよか?」
「どうしてあなたが仕切るのよ……」
「リゼットちゃんは素直に言えないかなって。先輩の粋な心遣いね、これ」
「はいはい……じゃあ聖女様? こちらに」
「えっ……い、いいんですか? チャンスを貰っても?」
意外な流れに、つい問い掛ける。最初には渋っておられた様子でしたのに。
するとリゼット様はプイッと横を向いて……、
「……ブライダルフェアでは、ドレス着させてもらったし。その後の相談にも、真摯に対応してもらったから……。ま、まだ分からないけれどね? あなたの態度次第ではあるのだけれど、まぁ、ちょっとは考えてあげなくもないっていうか……」
「──先生。私も、リゼット様にお仕えしたいです」
「駄目だ。この子は、俺だけのご主人様なのだからな。自慢の、俺のご主人様なのだ」
「あ、あなた達ね……もう……」
私と先生のやり取りに、リゼット様は完全に顔を逸らしてしまわれた。ですが流れる金髪から覗く、吸血鬼特有の尖った耳の先端が真っ赤です。おかわわわわわ。
そうしてゾロゾロと、食堂へと入っていく。
上座にリゼット様。こちらから見て右側面に刀花様と鞘花様。左側面に綾女様とガーネット様。
それで、私が下座。隣には、こちらに味方するように先生が立ってくれている。いつの間にか、それぞれの手前にお紅茶とお茶菓子まで用意されて……あぁ、いいなぁ。私も先生に、こうして甲斐甲斐しくお世話されたいですぅ……それでぇ、昨日みたいに『あーん♡』なんてしてもらっちゃってぇ……いや~ん♡ 先生ったら、そっちはエッチな方のお口でぇ~♡ むほほほほほほw
「それで?」
「はっ」
いけませんいけません。つい先生のポ○キーを下のお口で食べる妄想をしてしまっていました……。
私は居住まいを正し、眉をピクリと上げるリゼット様を見据えた。
「はい、リゼット様」
「あなたはどうして、ここへ? ジンからは『仕事だ』としか聞かされてないのだけど」
「は、はいっ。この度は、我が秘蹟編纂省と無双の戦鬼様との和睦が結ばれ……『まずはお互いの事を知りましょう』という形で、こうして派遣されてきたといいますか~……」
「ふぅ~~~ん???」
あ、信じてくれてませんね。まぁ対外的にはそうなってるだけですから。裏には監視とか、牽制とかの意味合いもあるわけで。
それに、なにより……。
「あなた、ジンのことが好きって言ってなかった? 中庭で一緒にお昼ご飯食べてた時に」
「うっ──」
その指摘に、冷や汗が流れる。
やっぱり普通にバレてます? 仕事のていで、先生との共同生活を楽しみに来ただけの女だって……!
ゴクリと喉を鳴らす。リゼット様の縦長の瞳孔が、更にキュッと絞られる。視線が痛いです……!
ここはどうお答えするべきなんでしょう! あくまでお仕事!? それとも正直に言いましょうか!? あわよくば先生に貰われに来た女なのだと!
私は……わ、私はぁ~~~……!
「こほん──ご安心を、リゼット様。このユースティア=ペルフェクティオ、一線は弁えております。あくまで、お仕事として──」
「ティアたん、今何歳?」
「ふおっ!?」
どどど、どうしてそこでいきなり歳を聞くのですかガーネット様!? それと『ティアたん』とは!? 先生もそう呼んでくれませんかね~。でへへ。
なんて現実逃避気味に考えていれば、ガーネット様は容赦なくもう一度問い掛ける。
「いやまずはプロフィール聞いとかないとね~。ちなみにあたしは十八歳。一月一日生まれのハッピーガールだお☆」
「頭もハッピーなのよね、このセンパイ」
「ノーガーネット、ノーライフ!!」
「うるさ」
「そんで? ティアたんは何歳なのかにゃあ~? いや芸能人としては芸歴が全てだけど、下界じゃ年功序列が普通じゃん? そのへんがね~、どれくらい気を遣えばいいのか、あたしも大人の女としてね~?」
「は、はひ……」
に、逃げられません……! これまで不思議な力で守られてきた、私の詳細な年齢を明かす時が……!
私は真っ青になりながら、過呼吸気味の息を整える。
あ、明かさねばならないのですか……十代後半の女の子しかいない、この場で──!!
「わ、わた、しは……」
「うん」
しかし求められたからには、い、言い、ますよ……! たとえその結果、瀕死になろうとも……!
「に……」
「に?」
「二十七歳、で、で~す」
「な~んだ、普通に若いじゃんね。アラサーだなんて言うからもっといってんのかと──」
「──ごめんなさい。まだ二十七ですが、今年で二十八です」
「そういうリアルな見栄がさぁ、キツく映ることもあんだからやめな~? にしても二十後半って、一つ違うだけでも生々しくて重いな……」
「うわぁ……」
キツッ!? うわぁ!?
ガーネット様のマジトーンの忠告と、ドン引きするリゼット様の視線がグサッと心に刺さります……!!
一気に瞳に湿っぽさを乗せたリゼット様が、頬杖をついて唇を動かす。
「二十代の中でも一番焦り始める頃ね……そんな女性が? 恋人の聖剣がいるとしても単身? 初恋の男の家に『仕事』と割り切って住みたいって?」
「はぁ……! はぁ……!」
「ちなみに、ずっと黙ってるそこの聖剣はどう考えているの」
『わ、私は……担い手の選択を、尊重する刀剣ですので……』
「ふぅん。じゃあもう一度聞くわ、バチカンの剣姫。聖女様? あなた、どういうつもりでここに住みたいの?」
「ハァ……! ハァ……! ハァ……!」
わ、わた、しは……! 私は……!
うぅ……うぅ゛~~~~~~~~~……!!
「リ、リゼット様ぁ゛……私……青春が、したいです……! ぐすっ……ぶえぇ~~~……!!」
「そんなバスケがしたい人みたいに言われても……泣いてるし……」
「アラサーが十代に泣かされる姿を見ることでしか得られない栄養素たっぷりじゃんね」
ふえっ、ふえぇ~~~……!
私は人生で一番泣きながら、慟哭を上げるようにして叫んだ!
「イチャイチャ……イチャイチャし゛た゛い゛! 私は……私より強くて、私を小娘扱いしてくれる初恋の男性と甘い時間を過ごしたくて……ここに! 来ました゛ぁ~~~~~~~!!」
「ユースティアさん、なんだか可哀想……」
「愚弟に過去、脳を焼かれた女性というわけですね。お労しいことです……」
「むふー、私と“遊んで”くれるのでしたら、妹は全然構いませんよっ」
綾女様、鞘花様が痛ましそうに眉を下げ、刀花様はちょっと怖いこと仰ってますね……。
「ぐすん……本当は『あくまで仕事』として振る舞いつつ、誰も見てないところで隠れてイチャイチャする、オフィスラブみたいなことするつもりでしたぁ~~~~~~!!」
「そ、そう……」
「──って、昨日のうちに先生と『そうしましょうね♪』って打ち合わせてぇ……!!」
「ふぅ~~~ん???」
あ、これ秘密でしたっけ?
困ったように笑うだけだったリゼット様が、私の言葉を聞いてスッと瞳を鋭くする。
「ジン?」
「ああ」
「なにか、弁明でもある?」
「可愛い聖女だろう? 是非、うちで飼いたい」
「捨て犬拾ってきたノリで言わないの。いやまぁ、私もちょっとその気持ちは分かるし、今ので少し好きになりかけてはいるけれど。でもとりあえず──“オーダー”『死になさい』」
「ごふ」
──こうして、麗かな日が照らす森深くの洋館で。
「お願いしま゛すぅ~~~! 住まわせてくださ゛いぃぃ~~~!! なんでもしますか゛らぁ~~~~~~~~~!!」
「リゼットお奉行、へいパス」
「私にどうしろっていうのよ……」
「先輩がユースティアさんの歳なんて聞くから……」
「追い打ちをかけたリゼットちゃんも悪いですね、これは……」
「兄さんが死んでますのに、どうして誰も心配してあげないんですか……」
アラサーが泣きながら喚き、死体が一つ増え、十代の少女達が眉間を痛そうに押さえるという地獄が、休日の朝に顕現するのでした……。
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