第644話「そういうことであろう!?」



「あ、もちろん殺生はナシでお願いしますね☆」

「…………」

「そんな嫌そうな顔しなくても」


 もし彼女達に傷でも付けようものなら、本っ当に戦争に発展しちゃいますんで!! そもそも先生が蒔いた種なんですから、後始末はしてくださいよっ! お姉さまだって『散らかしたものは片付けなさい』って言っておられてると思います! 知りませんけど!


(う~ん、しかし……)


 問題は着地点ですよねぇ。

 私と先生サイドは、秘蹟編纂省を暴力無しで無力化、できればそのまま和解が理想なんですが~……先生が和解なんて申し出る訳もありませんよねー……。

 一方でヨハンナ様率いる秘蹟編纂省サイドは、無双の戦鬼の討伐とまではいかずとも拘束ないし封印処理、そうしてバチカンの剣姫の洗脳を解くことが目標……私は正気ですけどねっ! でも捕まっちゃったら、懲罰房には入れられちゃいますね~これは……うぅ、叩かれるのやだぁ……エリィのお尻を叩くのは好きですけど──って、ふおぉ!?

 互いの戦略的目標を見定めていれば、先生が唐突に私の腰に手を回し、その逞しい身体に抱き寄せる……! 

 そしてその鼻先で髪を掻き分け、耳元に囁く──!!


「面倒だな……このまま、お前を日本に拐ってしまっても構わんのではないか? なぁ、ティア……?」

「お゛ほっ♡ ふほぉぉぉ~……♡」

『貴様ー! 私のティアに汚ならしい手で触れるなー!』


 うひょおぉぉぉぉぉぉ!! 先生のナマASMRぅぅぅぅ♡♡♡ しゃ、しゃらわれたいぃぃぃぃぃぃ!!♡♡♡ でも今じゃないぃぃぃぃぃぃぃ!!

 ほら見てください! 『組織の最大戦力を拐われるかもしれない』というあまりの悪魔的ムーブに、秘蹟編纂省所属の修道女達も顔を真っ青にして──、


「ぺ、ペルフェクティオ様が、これまで見たこともないメスの顔に……!」

「本当に悪魔に取り憑かれておられるんですね……でなければ、こんな死にかけの豚のような声なんて上げませんもの……お労しい!」

「なんて卑劣な……! 二十○歳のペルフェクティオ様に、叶わぬ夢を見せて……!」


 泣いていいです?


「──開け、目録二十一番! 五十七番!」

「あ」


 と、私の恋する可憐な乙女の声を聞き、一番頭に来ていたらしいヨハンナ様が長官椅子に座ったまま手を振るう!


「『神獣封鎖エンキドゥ』、『暴狼縛鎖グレイプニール』!」

「む?」

「私までー!?」


 秘蹟編纂省において、目録下にある秘蹟の管理権は全てヨハンナ様にある。

 そんな彼女の権能により、中空から召喚された鎖が私達を絡め取っていく。秘蹟編纂省が保管している中でも、最高峰と言っていい化物封じの鎖が……! 本人は非力ですが、こうして秘蹟を使いこなしてくるとなると話は変わってくるんですよねぇ!


「きゃー!?」


 金と銀に煌めくそれらは、縛った者の霊力や身体能力をほぼ無に帰させる隷属の鎖。

 それにグルグルと簀巻きのように巻かれた私達に、ヨハンナ様は号令をかける!


「今です! 無双の戦鬼を討ち取りなさい!」

『は、はい!』


 わぁっと押し寄せようとする武装シスター達!

 さ、さすがにこの状態では……!


「ふん……貴様等のような聖職者の足を止めさせるなど、簡単な話だ」

「へ?」


 南無三……いえ、エイメン! と私が目を瞑ろうとしていれば……あ、ちなみに修道女って正確には聖職者の枠組みではなくって~、なんならシスターと修道女もフィクションでは混同されがちですけど普通に別枠の役職でぇ──、


「彫刻は少々苦手だが……そら」

『な──』


 鎖に巻かれていることなど意にも介さず、先生は下駄をカツンと床に打ち下ろす。

 すると磨き上げられた床石に、無数の斬線が走る。威嚇射撃ならぬ、威嚇斬撃でしょうか。しかしこれでは一瞬のみの足止めで……いや! これは……!?


『く、う……』


 一様に、修道女達の足が止まる。中には床を踏まないよう、片足を上げたままの者さえいた。

 そんな少々お間抜けな格好をする修道女達を前に、先生は楽しそうにクツクツと肩を揺らす。


「姉上の言う通り、歴史は役に立つ。貴様等はこれが大層苦手なのだろう? 己の命と誇りを天秤にかけるほどには」

「きゅ、救世主様! マリア様……!」

「おのれ悪鬼が……!」


 ──床一面に顕現した、救世主様とマリア様の彫刻画。それが我等修道女の足を釘付けにする。踏み絵ですねぇ!

 なんとも古臭い戦法ですが、古臭いからこそ伝統を重んじる敬虔な信徒にはよく効く手です。修道女達の手には銃もありますが、跳弾を気にしてか引き金も引けず──、


「──どいてくださいませ」

「ほう……?」


 しかし。

 室外から放たれた無数の弾丸が、それら彫刻を一掃する……!

 その所業を前に、足を止めていた修道女達は一斉に振り返り、喝采を上げた!


「あ、あなた様は!」

「さ、三騎士さんきし様っ! 三騎士様が来てくださったわ!」


 若手の修道女達を守るべく、前線に出んとする勇ましい者達。その姿に、特に若手からは「きゃあきゃあ!」と黄色い声が上がった。げげ~、いやまぁ本拠地なんでそりゃいますよね~……。


「何者だ?」

「私達、秘蹟編纂省に所属するエクソシストの中でも、指折りの三人です。修道女の三つの誓いである"従順"、"清貧"、"貞潔"をそれぞれ冠する三人なのですが……これは手強いのが出てきましたね」

「ほう……おっと」


 鎖の繋ぎ目を狙う正確な射撃。先生は少しの身動ぎのみで、それを防御する。跳弾を利用して真後ろから迫り来た、それを。

 鎖と銀の弾丸が擦れ合うギィンという金属音も高らかに、私はこのゾッとするほどの正確無比な射撃を行った者に当たりをつけた。この絶技は……!


「──外しましたわね」

「"従順"のテレジアさん……!」


 廊下へ続く扉の影……そこから覗く狙撃銃の銃口と、一房の長い茶髪。獲物を逃さず捉え続ける、鷹のように鋭い金色の瞳……!

 ギラついた殺気を放ちながらも物腰の柔らかそうなその声に、先生は感心したように吐息を漏らした。


「ほう、銃使いか」

「はい。遠隔狙撃も、近距離の銃撃戦もこなされる方です。狙撃ポイントに入れば、一週間であろうと息を潜めて待ち続け……どのような角度からも獲物を確実に仕留める狩人。その任務に忠実な姿勢から、彼女は三つの誓願の内の一つ、"従順"を賜りました」

「それはそれは」

「加えて」

「む?」


 私は神妙に、言葉を続けました。


「実は修道院に入る前にはご結婚されており、幸せな家庭を築かれていたのですが……夫と子どもを溺愛するあまりに分刻みの予定表を押し付ける、スケジュール管理の鬼と化した彼女! 一日の通知は百件を越え、既読無視には即鬼電! そのあまりの拘束ぶりに、疲れ果てた夫から離婚を言い渡され」

「お、おお」

「しかし愛するあまりストーカーと化した彼女は、ついに接近禁止令をも言い渡され……」

「おお……」

「最初は半径数百メートルだったのですが、『どこからか彼女の視線を感じる』という夫の訴えにより、徐々にその範囲を広げ……今では半径一万メートルの外から、元夫と子どもを見守る凄腕スナイパー!」

「おぉ……」

「そうして律儀に接近禁止令を遵守しながらも、一途な愛を貫く気高さを讃え……"従順"のテレジアと!」

「……そうか」

「ちなみに夫はとっくに再婚済みで、お子さんは小さかったのでテレジアさんのことは覚えてません」

「……そう、か」


 なんかテンション下がってません? っと。

 部屋の気温が、一気に下がっていく。それは室温や体温だけでなく、意識にすら干渉して芯の底から凍えさせていく。

 相対する物や者から熱気を失わせる、この術式は……!


「──お寒いでしょう。さぁ、お早く……ペルフェクティオ様を手放してくださいませ……」

「"清貧"のソフィアさん……!」


 木々を抜ける寒風のように、か細く感情の希薄な声。

 長くボロっとした黒髪に、痩せこけた顔立ち。病的なまでに白く、枯れ木を思わせる体躯に纏うのはブカッとした修道服。分厚い眼鏡と前髪に隠れた灰の瞳は、先生と私を捉えて離さない。

 胸の前に掲げるようにして持つ銀のロザリオの輝きも夥しく。覚束ない足取りで入室してくるのは、"清貧"を冠する修道女……!


「次は術式使いか。こちらの界隈ではなんと言う」

「秘術です。特に彼女は、相対する者から熱意……エネルギーを失わせる術に長けた術者です。己の持つ全てを手放すがゆえ、相手にもその在り方を強制する。ゆえに"清貧"……!」

「それはそれは」

「加えて」

「む……」


 私は神妙に、言葉を続けますよ。


「修道院に入る前は、所謂ダメンズウォーカーであり、悪い男に騙されては私財をなげうつ日々」

「お、おぉ……」

「それでもいつかはと愛を貫き、しかしお金も家も全て失った彼女に手を差し伸べるのは主しかおらず……」

「おぉ……」

「そうして裏切られ続けた彼女は、次第に真の愛を謳う修道女としての頭角を現し始め、その模範とされるまでの敬虔な信徒となりました。きっと彼女にとっての、楽園を見つけられたのでしょう」

「おぉ~……」

「ですが、今でも元彼に渡した複数のクレジットカードから来る請求を支払い続けているという……」

「……おぉ」

「その尊い在り方を貫く姿から……"清貧"のソフィアと!」

「そう、か……?」


 解約すればいいのに……いえ、いつか救われると信じて祈るのも修道女のお役目ですからっ。本当にそうでしょうか……。


「──まったく、揃いも揃って情けない! ペルフェクティオ、あんたも! そんな悪魔なんかにほだされちゃって!」

「あなたは……!」


 そうして最後に、修道女の海を真っ二つにして堂々と歩いてくる小さなシルエットは……!


「最年少にして三騎士に抜擢された……"貞潔"のベアトリクスさん……!」


 テレジアさんとソフィアさんは二十代半ばですが、ベアトリクスさんはなんと十代半ばとなんともフレッシュ! 声も高く、小生意気そうでキュート! 燃える赤毛の二つ結びもピョコピョコ揺れて可愛らしい!


「ふんっ。どいてなさい、皆。わたくしの"蛇神刈りアダマス"に巻き込まれてしまうわよ?」


 そうして居丈高な態度のままガコンと構えるのは、その背丈を越えるほどの大鎌。

 蝋燭と警報灯の赤い光をぬらりと照らし返す刃は、まさしく今しがた悪魔を斬ってきたかのような生々しい輝きを放つ……!


「気を付けてください、先生」

「何をだ。またけったいな来歴にか」

「彼女は神話武装"蛇神刈りアダマス"に選ばれた修道女。あの若さで、公式世界つよつよランキングで二桁に食い込むほどの実力者なのです。万物を切り裂き、決して悪魔の甘言に乗らず、己と信徒に返り血も傷も一つ無く生還させるがゆえ……"貞潔"のベアトリクス!」

「……………………」

「加えて」

「っ」


 なんでちょっと頬をひくつかせるんです? 続けますよ?


「言及すべきは彼女の愛。どれだけのイケメンに言い寄られても、これっぽっちも動じない鋼のような精神性!」

「おぉ……」

「その秘密は、彼女の性的嗜好。彼女はなんと、絵画嗜好ピクトフィリア彫刻嗜好アガルマトフィリアと呼ばれるモノを宿すお方……」

「お、おぉ……」

「つまり、救世主像やその絵画にしか興奮しない、できない、修道女の中の修道女! 自称『救世主と寝た女』!」

「大丈夫なのか、色々と」


 え? なにがです?


「まさしく修道女になるべくして生まれ、天運にも選ばれし修道女! 秘蹟編纂省の若手のエースなのです!」

「嫌みかしらペルフェクティオ~……?」

「ちなみに模擬戦では、私の全勝です。まぁこっちはエクスカリバーなんで、ちょっと大人げなかったかな~と(笑)」

「きぃ~~~!!」


 ベアトリクスさんが地団駄を踏む。かわい~♡

 しばらくそうしたベアトリクスさんは、息を切らせた後……こちらの様相を見て再び「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「ざまぁないわね、ペルフェクティオ。このまま、あなたごとぶった斬ってあげましょうか?」


 そんなこと言ってますけど、絶対にしないんですよね~。仲間思いの良い子なんで。今も鎌を構えながら、先生のみを斬って私と分断するための僅かな線を探してます。あ~ん、でも私ぃ、もう少し先生とくっついてたいって言いますか~……♡ この硬い胸板と、お着物からむわっと香るオスのスメルが……はぁはぁ……♡


「……はぁ」


 ちょっと先生。何も言わないまま溜め息つかないでください。うちの三騎士……影では"三重士さんじゅうし"と呼ばれてる激重な実力者に囲まれているからって!

 眼前には大鎌を構えるベアトリクスさん。その後ろには熱意を奪い続けるソフィアさん。そして変わらず扉の影からこちらを狙うテレジアさん。

 さてさてどうしたものでしょう……と考えていれば、ベアトリクスさんはまだ言い足りないのか、ちょっと尖った八重歯を見せながら捲し立てる。


「わたくしのライバルが、情けない! いったいどれほど強力な呪い、もしくは催眠にかかったのかしら!」


 ごめんなさい、シラフです。


「これだから愛が足りない者は! あなた達も! こんな不出来な踏み絵なんかに踊らされて! 救世主様はもっとイケメンでしょう!?」


 踏み絵を見てイケメンかどうかを気にする人はあなただけだと思います。


「やれやれ……そうやって異性との恋だの愛だのに惑わされるお方の気が知れないわ。いいですか? そもそも──」

「放置して帰っていいか、ティア」

「だ、ダメですって」


 ご高説を垂れようとするベアトリクスさんを前に、先生はすっかり白けたご様子。ま、まぁまぁ……私が先生をクンカクンカする代わりに、こうして密着してたゆんたゆんのおっぱい当ててあげますし、空いた手でお尻とかちょっとだけなら触ってもいいですから……でへへ。

 そうしてまだ先生の香りや感触を堪能できそうなので身体を押し付けていれば、ベアトリクスさんは澄ました顔をして、漆黒の修道服の胸元に手を当てて言った。前線に出てよく動き、よく食べるからか、ベアトリクスさんはなかなかに健康的な体つき……じゅるり。


「そもそも──"我々は入信する際、救世主様を生涯の夫と見立て、貞潔を誓った女性"なのですよ? その自覚が足りないのではなくて?」

「──」


 その、私にとっては耳の痛い言葉に──、


「……ほぉ。そうなのか?」

「えっ」


 なぜか強く反応を示すのが、先生でした。

 え? 『そうなのか』って、貞潔について……ですよね? え~っと……。


「ま、まぁ、そう捉えても問題ないかと。『救世主との結婚』とも言いまして、修道院によっては、誓いの証として指輪とかロザリオを配布するとこもありますし……? よく施設のちっちゃな男の子から『シスターと結婚する!』って言われた時も『もう救世主様と結婚してるの(笑)』ってなぁなぁで済ます台詞も常套句ですし……」

「ほぉ~~~~~~~~~~???」


 え、なんですなんです? なにをそんな興奮してるんです!?


「なるほどなるほど……つまりはあれか、貴様等」

「は、はい?」


 鎖で雁字搦めにされたまま、先生は集まる修道女達を今一度睥睨する。戸惑いに揺れる修道女達。

 そんな彼女達を前にして……先生は悪鬼の牙を見せ、やる気に満ちた顔で不敵に笑うのでした。


「──ここにおる全員、人妻というわけか……!」

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