第643話「なんとかしてくださいよォーッッ!!」
「ペルフェクティオ、嘘ですよね……」
「え゛っ」
幼い頃から面倒を見てきて、今では立派で敬虔なカトリック教徒かつ最高峰の聖剣の担い手となった。
そんな、ぶっちゃけ娘にも等しい(シスターですけど)部下が、まさか悪鬼に誘惑されているなどと知れば、それはショックで真っ青になるというものですよね。血じゃなくてオイルが通ってるはずなんですけどこの上司。
「それで、どうなのだ? 俺が仕える王とまではいかずとも、一人の女として迎えても構わんが?」
「一人の、女……!!??」
「いや、ちょっ……!」
そしてこの場を一瞬で地獄にした私の先生こと無双の戦鬼様は、そんなことを意にも介さず再び私に問いかける。
あのあのあのっ! いきなり『離反』は人聞きが悪いっていうか~……! あくまでね? あくまで、悪魔と共存する道がにっちもさっちもいかなくなった場合に限って、そういう駆け落ち的なのも~、ありかな~、的な~? っていうニュアンスでぇ~……。
「……」
いやそんな計画立ててる時点でだいぶヤバいっすね……修道院に入る時点で、一生を捧げる覚悟とか誓ってるわけなんで私達は……。私達が独身を貫くのも、そういう『自分の生活捨てて全力で活動に励むぜ!』って献身的な意味合いも大きいですし。
だから~、その~、修道女の色恋沙汰は~、修道女の中でもだいぶ~、ヤバみが深い~、的な~? だいぶ裏切者……的な? いやもちろん、結婚するために辞めてく方々に温かいお言葉を贈られる人もいますよ? いますけど~……その辺の匙加減は人による~……みたいな?
そんで~……うちのヨハンナ様はといいますと~……。
「……あなたも、ですか」
俯き、絞り出すような声でそう漏らす。
そうして──バッと髪を振り乱し、ヨハンナ様は泣きながら叫ぶ!!
「あなたも! そんなチャラチャラした感情に惑わされて、私達を捨てていくんですね──!!」
そんなチャラチャラした感情を抱きかけてたのはどこのリ○ちゃん人形なんですか。
という突っ込みが出かけましたが、ヨハンナ様の疑いを晴らすこともできず、先生への恋心を否定することもできず。
修道女としても、恋する乙女としても卑怯者な私には、言い返す権利も無く……いやぶっちゃけ秘蹟編纂省ってイレギュラーな部分多いですし? エクソシストだって普通は男性しかなれないところ、私みたいな女性だって実力さえあればなれちゃいますし、恋くらいよくね? って思うんですけど……はい、こういうところですよね、すみません。なんでしたら私だって『結婚するんで辞めます(笑)』って去っていった人達に、飲み会とかで怨みぶつけてましたからね。逃げるな卑怯者ー! 逃げるなァー! 私を置いていくなァァァァーーー!! って。エイメン。
「馬鹿にして! 馬鹿にしてぇ!!」
止めどなく流れる涙を、両袖でぐじゅぐじゅと拭うヨハンナ様。百年単位で稼働し、いったいこれまでどれだけの修道女を、こうして見送ることになったのかも知れない。塵も積もればってやつですね……。
「や、馬鹿にはしてませんし、馬鹿なのは私なんで~……」
「うるさいうるさいうるさい! 聞きたくなーい! どうせ『別の幸せの道が見つかったんで(笑)』とか『修道院って思ったところじゃなかったな~』とか……『ヨハンナ様には分かりませんよ』とか! 『ヨハンナ様はいいですよね、そんな機能ないから。悩まなくても苦しまなくてもいいんですもの』とか! そうやって……わた、私を、突き放すのでしょう……!」
先生責任とってくださいマジで! これだいぶヨハンナ様の地雷ですよ!!
「ぐすっ、うえぇ……私の可愛いティアぁ……」
「うっ」
上目遣いで私の名を呼ぶヨハンナ様に、心抉られる。思い起こすのは、そんな彼女が経営する修道院で過ごした日々。入信したての頃は、実親より迷惑をかけたかもしれない。
『ペルフェクティオ、座学中に寝てはなりません。これは迷える子羊や、悪魔に襲われている信徒を助けるための知恵。ひいては……あなた自身を助けることになる知識なのですから。しゃんと聞いて、私に心配をさせないの。いいですね?』
『眠れないのですか? では、こちらに。はい……蜂蜜を垂らしたミルクです。これを飲んで、もうおやすみなさい。他の子には、内緒ですからね』
『ティアが聖剣に選ばれた!? あぁ、あぁ……! よかった……あの子は、あの子の望む自分になれたのですね……!』
孤児にも、一般の出である平凡な私にも。ヨハンナ様は分け隔てなく接し、育んでくれた。そんな距離感が心地よかった。私がエリィを抜いた時など、同僚より泣いて喜んでくれた。
「──」
これでも慕っている上司の、恐らくずっと心に秘めていた叫び。
それをぶつけてくれることを光栄に思いつつ、同時に痛ましくも思いつつ……これは、かなり心にグサリと──、
「──今更、異性との愛だの恋だのではしゃぐ歳でもないでしょう……! 自分の歳を考えなさいよこの不信心者ぉ~~~……!」
「は~~~?」
だからって私の地雷を踏み抜いていい理由にはならないと思うんですよ。年齢煽りは教義で禁止ですよね? こっちはちょっとホロリとくる回想してたんですけど?
私は青筋を立てて、泣きじゃくる上司の机をダンと叩いた。
「うるっさいですねぇ! 二十○歳なんてあなた達長命種にとっては小娘も同然でしょう!? 少しくらい大目に見てくれてもよくないですか!? あと私にはヨハンナ様を馬鹿にする意図は一切ありませんので!!」
「い、いいわけないでしょう!? 連綿と受け継がれる伝統を! それに準じ主の愛を今も懸命に広めてくれている教徒達の、その血の滲むような努力を! あなたはなんだと思っているの! 申し訳ないと思わないの!? あなたの恋心が本気というのなら、それは尚更たちが悪いことなのです!! 正気に戻りなさい!!」
「しょ、正気ですよ私は! いいじゃないですか何回も世界救ってあげてるんですから! 恋する権利の一つや二つくれても!」
「貢献度の話をしているのではありません! 平等なる神の愛を謳う我等が、それを乱してどうするのです! 言いなさい! 『悪魔にたぶらかされた』と! 『私は被害者だ』と! 今ならまだ間に合います!」
「はんっ、『先生ちゅきちゅき~♡』これでいいですか? いくら神でも、私の初恋を否定することは許しませんよ」
「せ、『先生』!? ペルフェクティオ、あなた……本当に……!?」
「ヨハンナ様こそ、まだ間に合いますよ。なにも『今すぐ悪魔と共存しろ』だなんて言いません。ただゆっくりと、そういった道を探ることを許してくだされば。今は、それで」
「ペルフェクティオ……」
『ティア、そこまで……』
ヨハンナ様だけでなく、エリィまでも瞠目したように呟く。
私達の歴史だって数千年。それだけ続けば、変革だってしてきました。できないことは、ないはずです。
私は"もう一人の先生"とも呼べる上司を、真剣な瞳で覗き込む。その美しい水晶の瞳は戸惑いに揺れている……。
しかし同時に、大切に育ててきた修道女を信じたいという祈りも、その虹彩にほんの少しだけ見て取れた。
互いの本音を、勢い任せとはいえ全てブチまけた。そんな今、私とヨハンナ様との間には、細いけれど確かな信頼の糸が繋がっている。この場においては、何も誤魔化さない。嘘も言わないという、信頼が。
「ああ、それと」
「は、はい……」
良い機会です。これも言っておきましょう。
「私、両刀使いなんで。人型を取ったエクスカリバーとは既に恋人関係にあり、肉体関係もあります」
「あなたやっぱり悪魔にたぶらかされてますよ……」
ヨハンナ様は痛ましそうにそう言って、机に備え付けられていた赤いボタンをポチっと押した。
すると地下全体に、緊急警報がけたたましく鳴り響く!
「ちょっ!? なんで警報押すんですかー!!」
「ほぼ女職員しかいない秘蹟編纂省ですよ。そんな話を聞いて、危機感を覚えない方がおかしいの。あ、あなたまさか、私にもそういう目を……?」
「いやヨハンナ様はナイでしょ(笑)」
「誰かー! 早く来てーーーー!!」
「なんでキレるんです!!??」
なんなんですかこのリカち○ん人形は!?
赤い警報器がピカピカと部屋を照らす中、廊下からこちらに詰めかける多数の足音が聞こえてきて……ダン!
「ご無事ですか、ヨハンナ様!」
「ペルフェクティオ様まで! いったいなにが……そちらの女性は……?」
初めて聞くであろう警報に緊張感を滲ませながら、十人以上の修道女が部屋に突入してくる。その手には祝福を受けた銀製の武器……メイス、剣、斧、銃などを握り締めて。
そんな困惑すら浮かべる敬虔なる信徒達に……ヨハンナ様は沈鬱げに言い放った。
「──悪い知らせです。我等がバチカンの剣姫が、悪魔に取り憑かれました。そこで笑っている悪名高き悪魔……無双の戦鬼が女性に化け、秘蹟編纂省に侵攻してきたのです! ペルフェクティオを利用して!」
「む、無双の戦鬼……!? まさか、あの……!?」
大物の名前に、年代はバラバラですが一様に目を丸くする修道女達。
いまだ片隅の机に着いたままの悪鬼に、皆は恐れやおののき、その他諸々の入り交じった視線を向けた。
「無双の戦鬼……刀の一振りで世界すら滅ぼす、あの……!?」
「五人の未成年を手篭めにするドヘンタイにして鬼畜で有名な、あの……!?」
「大事な物を差し出せばなんだかんだ言うことを聞いてくれるツンデレで有名な、あの……!?」
「それが王の資質を持つ女の子であれば、一生をかけて大事にしてくれて、駄目になっちゃうほどお仕えしてくれて甘やかしてもくれると噂の、あの……!?」
「あなた達!?」
『す、すみません』
私が"無双の戦鬼クラスタ"をこっそり布教したばかりに……刀花様のお兄ちゃん好き好き日記を読んだのですね。修道院は娯楽少ないですから……。
ま~実際、先生ってこっちが噛み付かない限りはそうそう噛み付いてきませんし~。躾のよくされた大型の番犬って感じで、そこもちょっぴり私的には可愛いポイントっていうか~。あ~、入会特典の巨大兄さんぬいぐるみ発送楽しみ~。これ偶像崇拝に当たりませんよね? まぁうちはオッケーなんですけど。
「ほ、本物だぁ……ど、どうしよう私……」
はいそこ~、どうもしないでくださ~い。髪型も気にしないでくださ~い。ちょっと紅潮した顔で先生を見ないでくださいね~? わ た し の、先生ですからね~? あなた達の態度次第では、私の対悪魔戦闘用13mm二丁拳銃『アトルム&アルブス』が火を吹きますからね~?
「……クク」
「っ!?」
現実逃避していれば、先生はお姉さまの姿を解き、クツクツと笑いながら席を立つ。
途端に、息を飲んで武器を構える修道女達。広い長官室に、とてつもない緊張感が走った。
え、えらいことです……せ、戦争ですぅ……どうしてこんなことに……。
「さて……」
そんな武装シスター達には目もくれず、昼下がりのコーヒーブレイクでも楽しんでいたかのような平穏な様相のまま……先生はこちらに向けて、手を振った。
「──騒がしくなってきたので、俺は帰るぞ。勉強にならん。その気になったら連絡してくれ、迎えに行く。ではな」
「ちょーーーーーい!!??」
いやいやいやいやいやいや!! そんな『週末の予定考えといて』みたいなノリで!!
いったい何考えてんですか!? ここ放置して帰るとか主も許しませんし私も許しませんよ!?
私は光の速度で先生の袖を捕まえ、涙を流しながらいやいやと何度も首を横に振った。って、ぎゃー!? こんな私の姿を見て修道女達が「は? これもしかして男案件?」って感じで、視線を地獄みたいに冷たくしてます~~~!?
「私の職場と上司を破壊して、そのまま放置する気です!? た、助けてください~! もうメチャクチャなんですよーーーッッ!!」
「ん~……」
先生の『無双の力』で、なんとかしてくださいよォーーーッッ!!
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