第642話「ボ○バーマンやってんじゃないんですから!」
「ちょっとちょっとヨハンナ様……!」
「な、なんですかペルフェクティオ」
帰還早々にまたしても無茶振りをするブラック上司へ肩を寄せ、私は小声で文句を言った。
「欲しいのは分かりましたが落ち着いてくださいって……! せんせ──酒上様は既に他人の物! それも私より強い酒上刀花様の物なんですから! 私が個人的にお願いするならまだしも、ヨハンナ様からの命令を受けた上で勧誘なんてしたら、国際問題どころか最悪"剣神"に攻め込まれても文句言えませんって!」
「それを言うなら、先に秘蹟編纂省へ攻めてきているのは向こうですので。私だって迷ったのですからね? 今ここに詰めているエクソシストをけしかけるかどうか。おあいこですので、そこは気にしなくて構いません」
「でも……!」
「『でも』ではありませんペルフェクティオ。これはあなたのためでもあるの」
「え、な、なんでです」
「この頃、親しいエクソシスト達に聞いて回っているそうではないですか。『最近、悪魔ってどう?』と」
「うっ」
白い水晶の瞳を細める上司に、言葉が詰まる。
ゴールデンウィークに先生と再会し、私は『悪魔と共存する未来』を夢想した。せめて無双の戦鬼と、表向きに友宜を結べないかと。そのための足場作りを、それとな~く試みていたのですが……もうお耳に届いているとは。ちなみに『どう?』と聞いたところで『悪魔ですか? ばっちぇブッ殺してますよ!』と元気一杯な返事をするのが一般的なエクソシストという生き物です。まぁそんなもんですようちは!
つまりですよ……この上司は、疑いを晴らしたいんです。秘蹟編纂省の顔が、悪魔と通じているのか、そうでないのか。先生と私が接する様子を観察し、見極めようとしているのです……! これはいけません!
今のところ『無双の戦鬼がなぜかうちの聖女に懐いている』という認識でしょうが、実際は逆。私が先生に懐きまくりなんですよねぇ!
(迂闊……!)
もう少し慎重に動くべきでしたか……いやでも! こんなところに先生が現れるなんて思ってませんでしたし!? これ私は悪くないんじゃないですかね!?
(と、とはいえ、ヨハンナ様だって話の分かる方ですし……)
私の気持ちや、私のこれからしたいことを話しても『そうですか……驚きましたが、まぁそれも一つの道ですね。険しいでしょうが、頑張りなさい』とか言ってくれるとは思います。この上司も頭でっかちなようでいて、結構ファンキーですからね。地下をこんな趣味全開にしてそれを貫き通すくらいですし。
とはいえ、あくまできっと応援してくれるだけですけど。このお人形上司にも、長官としてのメンツとか祭司としての立場だってありますからね~。むしろこうして温情をかけてくれるぶん、充分なくらいですよ。
(え~っと……え~っと……)
整理!
まずそれとなく先生をうちへ勧誘。うちは呪具系も保管してるんで、管理下の名目であれば他のエクソシストの方達も文句は言わないはず。ヨハンナ様と私の決めたことなら尚更です。
達成条件としては、先生の滞在が秘蹟編纂省にバレないこと! これから長い時間をかけて友宜を結ぶ下地を作ろうって段階で、長官室まで侵入されたとあってはエクソシストのメンツ丸潰れ。不倶戴天の敵認定まっしぐら!
あとはやっぱり、私が先生をお慕いしていることも秘密で! まだ早い! アホンジャーズの方々にはバレてしまいましたが、身内は色々複雑なので! 最悪、離反の恐れありなんて思われてしまえばどうなることやら!
とりあえず! この場はテキトーに勧誘して、先生には速やかにお帰りいただくということで! 勧誘なんて成功しっこないですもの! この悪鬼様は既に、五柱の女神様を信奉しているんですからね!
(んもう!)
なんで上司の部屋になんか現れちゃったんですか! 私のお部屋だったらそのままバール巡りデートに行けたのに! もうもう!
「わ、分かりました。試しに、勧誘してみます」
「よろしい、期待していますよ」
私が血の涙を飲んでそう言えば、ヨハンナ様は澄ました顔で頷く。偉そうに……偉いんですけど。文句の一つでも言ってやりたくなります。
「……ヨハンナ様が勧誘すればいいじゃないですか」
「わ、私は管理職ですので。部下の仕事を盗るのは、良い上司ではありませんから」
強がってそんなこと言ってますけど、この上司ビビってるだけですよ。秘蹟の扱いに関してはスペシャリストではありますけど、本人の戦闘力はマジで皆無ですから。あと隠してますけど、神父以外の男の人も実はちょっと苦手。先生を部屋の片隅に置いているのもそのせいでしょう。こんなカビ臭いところに引きこもってるから男性への免疫が弱くなるんですよ!
「ところで、いいのですか?」
「はい?」
そんな純情乙女人形上司へ内心文句を連ねていれば、ヨハンナ様はカタカタとカラクリ音の鳴る指を再び部屋の片隅へ……ん、先生? 勉強してるんじゃ……。
「うーむ。集中していると、細かな雑念さえ余計気になってくるものだな。ゆえ、厠に行ってくるぞ」
早速その辺ウロウロしようとしてますこの人!!
「待ってください!!!!」
光の速度で扉の前へ移動し、先生を止める。ここあなたにとって敵地なんですって!!
「勝手にウロウロしないでくださいってば!」
「俺が歩む道こそが、覇道となる」
この人ナチュラルに「俺が道を開けるのはう○こが落ちている時だけだ」って言いそうですよね。多分言ってます。
「せめて変装してくださいっ。酒上様は自分で思っているより有名人なんですからね! もちろん悪い意味で! この意味分かりますよね!?」
「……ティアがそこまで乞うのならば、仕方あるまい」
お、珍しく言うこと聞いてくれました。ヨハンナ様は「へぇ……?」と疑いの目を強くしてますけど。めんどくさい現場ですねぇここは!
そうして先生は指を鳴らし、和服男性の姿から和服女性の姿へと。あら、先生のお姉様ですねぇ。さすがにご本人ほどの迫力はありませんが、それでもお綺麗です♪
「……ほ、ほほう。これは、なかなかの造形美ですね……?」
赤くなって言うのやめてくれませんヨハンナ様? 私のですよっ!!
『あ、サヤカ様……♡』
エ~~~リ~~~イ~~~~~???
闇落ち気分がいまいち抜けていない聖剣をペシリと叩きつつ、姿を変えてくれた先生に笑みを向けた。
「ありがとうございます。そのお姿でしたら、今のところ安心できます」
「それは重畳」
「と、ところで、酒上様はどうしてこんなところでお勉強を?」
「情けない話だが、追試を申し渡されてな。集中して勉強できる場を探していた。自室ではどうも誘惑が多い」
ハイスクールレベルで追試ですかぁ……自室に誘惑が多いって話はよく分かります。特に先生なんて美少女三人と同棲してますもんね。私だったら一分たりとも勉強せずイチャイチャしちゃうと思います! でもだからってここに来るのもおかしな話ですけどね!
「それと、ティアの職場も見てみたかった。その上司とやらも」
「っ」
先生のセクシーな流し目に、ビクッと肩を跳ねさせるヨハンナ様。あー、私がブラック上司の愚痴とかたまに言ってたから……バイト戦鬼は勤労者の味方ですから監査に来てしまったのかも。でもあんまり私が上司の悪口言いふらしてたって言わないでくださいね? 爆弾が増えていきますねぇ!
私が嫌な汗を背中に流していれば、先生はお姉様に似た深淵の瞳を研ぎ澄ませてヨハンナ様を見る。
「生き人形……それも骨董品の類いか」
「な、なんでしょう……?」
ビクビクとして、ヨハンナ様が気丈にも聞き返す。ヨハンナ様はやり手ですが、前線には出ませんからねぇ。あんまりうちの上司を虐めないでくださいね?
いつでも割り込めるよう身構えていれば、先生は「ふむふむ」と頷きながらヨハンナ様を上から下までためつすがめつ観察している。まぁ日本にも髪の伸びる人形があるみたいですけど、こうして自立して動くお人形は珍しいですからね。防衛装置として、ヨハンナ様の脅威を測っているのでしょうか?
「……うむ」
すると満足したのか、先生は一つ大きく頷いて……。
「初めて見たがよいものだな、生き人形というのは」
「っ」
なんか講評し始めたんですけど……。
「ふむふむ。人間を模しているようでいて、しかし明確に異なる部分を持たせている。髪、関節部、瞳の材質……人間に似せるのならば、より良い材料があるにも関わらず、似せる技術があるにも関わらず、だ」
なぜそうなっているか分かるか? みたいな目で見られても困るんですけど?
「ある人形師は言う。『人間と見分けの付かぬ人形を……人間を作りたい』と。だが俺に言わせれば、そのような願いを抱く者など三流よ。人間を作りたいのならば、雌でも孕ませればそれで済む」
そこまで言って先生は顎に手をやり、キラリと瞳を輝かせた。
「だが見よ、この生き人形を。明らかに人間とは造形が異なる。だが此奴は人のように生きている。命を吹き込まれている。それはなぜか?」
「は、はぁ……なぜでしょう?」
「──美しいからよ」
先生、キマってます。でもここではちょっと……特にこの引きこもり上司には……。
「そうとも。人間など作ってどうする。人形師は、人形を作ってこそ人形師なのだ。それをこの製作者は、とてもよく理解しているよう見受けられる」
「っ、お、お父様が……?」
「ああ。なぜ人を模しているというのに、人とは異なる? それは製作者が『完璧』を求めたからだ」
ちょっと~、ヨハンナ様まで聞き入ってるじゃないですか~。
「人間という種は、元より完璧とはかけ離れた存在だ。では人形師の言う完璧とは……それはつまり『人間を越えた究極の美』であらねばならない。人ではあり得ぬ造形、材質。それを以て表現されておるがゆえ、貴様はなにより美しい」
「う、うつくしい……!?」
「製作者に愛されているな。『これこそが美しい』『こちらの方が美しいに決まっている』という頑なな美意識。そして『人間には到底到達できぬ美を成し遂げた』『どうだ。人間などでは決して届かぬだろう?』と驕る製作者のいけ好かない顔が透けて見えるわ。だが──ゆえに、天晴れ」
「ッッッ」
人形の体躯と、それを造った者への惜しみない称賛に、ヨハンナ様はキュンと胸を押さえる……!
「愛だ。蒙昧であれば、それをただの狂気と見なすだろう。間抜けであれば、嫉妬に目を曇らせるだろう。だが、俺には分かる……その美しさの真髄が。細工、カラクリ、材質、大いに結構。だが──!」
ここで先生、グッと拳を突き上げたー!
「──愛だ! 造形物を通して見る、製作者の曇り無き愛こそが! この人形を至高の領域へと押し上げる! 製作者の異様なまでの拘りがあるからこそ、人形は人間を越えた美を獲得できるのだ! その証拠に、どうだ! この人形は生きている! 魂に応えられるモノは、魂でしかあり得ぬ! 製作者の熱き魂に応えんがため、この人形は命を宿すに至ったのだ! 製作者の美を証明するため、命無きモノが懸命に叫びを! 産声を上げるに至ったのだ! これを愛と言わずなんと言う! その魂の在り方の、なんと美しいことか──!!」
「う、うぅぅぅうぅぅ……!!」
ヨハンナ様が口許押さえて、めっちゃ感動して泣いてる……。
「うむうむ、良いモノを見せてもらった。やはり美しいモノを見ると、心が洗われる心地だな」
「そ、そうですか……」
私はついていけませんでしたけど……人型を取るモノ同士、シンパシーでも感じちゃったんですかねぇ。
「ティ、ティア、ティアっ」
「はいはい、なんです?」
アセアセコソコソと袖を引く上司に、耳を寄せる。もう任務失敗ってことで帰っていいですか?
「気付いてしまったのですが──彼は私の事が好きなのかもしれません」
な~~~~~にをたわけたこと言ってんですかこのリ○ちゃん人形は。
「こ、こんなに情熱的な言葉をかけられたのは初めてなの……ああ、私が美しいばかりに。ティア、是非彼を手に入れて。私の真の美しさを理解できるのは、きっと彼だけ……う、どうしてでしょう、胸が苦しい……私に、こんな機能は……」
「ゼンマイ切れかけてるんじゃないですか?」
な~に私を差し置いて恋に落ちかけてるんですか。男に耐性の無い処女はこれだから! ちょっと甘い言葉を吐かれただけで!
「む、無双の戦鬼様、一つお願いが。ゼンマイを巻いてくださいませんか?」
ちょ~い。信用した人にしか絶対に巻かせないゼンマイを取り出さないでくださ~い。服をはだけないでくださ~い。
「どこだ? ああ、うなじのここか?」
「あんっ♡ や、やさしく……敏感ですので……」
「そら、俺の霊力も注いでやろう。ぐりぐり……」
「お゛っ、ちょっとイグッ……」
なに勝手にイッてんですか!!
「はーーー……♡ はーーー……♡」
「面白いな。ゼンマイを巻けば半永久的に動くのか。完璧を求めるのならば、永久機関にでもなっていようものだが……そこは美意識の違いか。いや、これも製作者の愛なのだろう。完璧とは孤独なものゆえ、あえてこうして欠くことで孤独にはさせまいと。存外、製作者は人間の事も好きだったのかもな。ああ、人間が嫌いならば、人間に似せて造らぬか……人間を愛するからこそ醜さを許せず、こうして美の究極を求めるに至ったというわけか」
「お、お父様……!」
偏屈親父が実は自分を愛してくれていた……! 的なリアクションを……。
あーもう滅茶苦茶ですよ~。爆弾が一個増えちゃったじゃありませんか~。ここ私の職場なんですけど、どう収拾つければ……。
「ところでティア」
「はい、なんでしょう……」
誰か代わって~と投げやりに思っていれば、先生は軽い調子でこちらを振り向いて言い放った。
「良い職場なのは分かったが、お前はいつここを離反し俺のモノになるのだ?」
「ちょっ──!?」
「ペ、ペルフェクティオあなた……!?」
ボ○バーマンやってんじゃないんですから、次から次へと爆弾投下しないでくれません!?
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